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死んだ後って
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【 年がら年中お盆 】
作者 田村トシミ
《 1…死んだ後って 》
彼は10ヶ月のあいだ、
暇を見つけては
ズッと下界を見つめて居た。
一人の女性が嬉しそうに
語っていたのだ。
「優しい御家族がいたの…」
彼女は嘘をつく様な人ではない。
だから彼は余計に気になって
しょうが無かったのだ。
「あぁ…あの家族だ!
やっと見つけた。
あの人達が
お京さんが言っておられた
御家族なんだ。
本当だ…
優しそうな人達だなぁ、
あれ?…えっ?
2人の子供さん達って、
えっ?嘘マジで、
そんな偶然ってあるんだ。
でっ…なに?
お父さんは
病院で危篤状態なの!
えっ~!
もう直ぐ此方に来られるんだ。
あぁ…
奥さんと子供達は辛いよね。
でも御父さん…
優しそうな方だなぁ、
こっちの世界で
仲良くして貰えると嬉しいなぁ」
彼は、
そんな独り言を言いながら、
その男性を
ジッと見つめて居た。
4月19日。
利冬は腕時計に目を落とした。
午後2時を少し過ぎて居る。
(俺は長男だからしっかりしないと…)
そう思いながら
下腹に力を入れた時、
弟の利春と目が合った。
目が真っ赤に充血している
きっと
何回も泣いて居たのだろう。
「兄ちゃん…」
心細そうな弟の声。
利冬は利春の肩を力強く抱き寄せ、
ただ黙って頷く事しか出来なかった。
里美は、
押し迫る恐怖と闘いながら、
夫(利秋)の右手を
自分の胸の中に包み込んでいる
「…ねぇ、利ちゃん、
30年前の今日、
まさしく2時、
覚えて居るでしょう、
私達2人が、
結婚したのよ。
本来なら今日は、
結婚記念日じゃないの。
どうしちゃったのよ利ちゃんの売りは
笑顔でしょ
『俺は出っ歯だから
何時も
笑って居る様に見えるんだ』
そう言ってた貴方が、
何で
死にそうな顔してんのよ
起きてよ!
ゴメン嘘だよ、
冗談だよって…
そう言って起き上がってよ。
今なら
笑って許してあげるから、
だからお願い…
私を置いて逝かないでよ」
意識が混濁している男性の耳には
妻の懇願は届かない。
しかし、
うっすらと開いた彼の目には、
ベットに身を乗り出している
妻子の泣き顔だけは
ちゃんと見えていた。
「…あれ…?どうしたの?
里美が泣いている…
あれ?
利春も泣いている…
えっ?
利冬も泣いているのか?
どうした
何かあったのか
誰かにイジメられたのか?
待ってな、
今お父さん起きるから
あれ?
何で動けないんだろう…?
あれ、声も出ない…何で…?
里美、
悪いけど起こしてくれないか
里美!
なぁ里美!」
利春は
父親の顔をジッと見つめていたので
「お母さん!
お父さんが何か言ってるよ!」
利春の声に里美は直ぐに
夫の口元に耳を近づけた。
すると…
「…ゴメンな…動けないんだ…」
と言う言葉だけが
かすかに聞き取れた。
「あなた!」
里美の悲壮な声に、
主治医は直ぐにペンライトで
壮年の目を覗き込んだ。
静まりかえった病院の一室で、
たった今
1人の壮年が息を引きとった。
ベットに寝ている壮年の身体から、
魂がフンワリと
浮かび上がって来た。
「…えっ?なに?
えっ?あっ!…そうか…
俺は死んだんだ!
だから声が出なかったんだ。
あぁ…
もう少し
生きて居たかったなぁ
人が死ぬ時って
こんな感じなんだ…」
62歳の彼は
そんな独り言を云いながら、
主治医の横に立ち、
自分の遺体を客観的に
見つめて居た。
主治医は時計に目を落とすと
「14時27分…
お気の毒ですが、ご臨終です」
そう言って一礼すると、
足早に病室から出て行った。
3人は呆然として身動きが出来ない。
ベットに寝ている父親に目を向けると
薄目を開け、
口元は笑って居る様に見える。
里美が
「お父さん…本当に死んじゃったの…」
そう呟いた次の瞬間、
家族の中だけ
時間の流れが止まった。
里美は利秋(夫)の胸にうつぶして
泣き出し…
長男の利冬は、
両手で自分の顔を
隠して泣き出し…
次男の利春は父親の足を摩りながら
泣き出した。
利秋は
その光景を観ながら
「皆んなゴメン!
お父さんの親戚は、
皆んな血圧系の病気で
亡くなって居るんだ、
お父さん、
けっこう気をつけて居た
つもりだったんだけど
本当にごめん。
そう言っても聞こえないか…」
そんな風に呟く利秋の魂は、
徐々に
空中に浮き上がり出した。
「えっ?なに?なんで?」
利秋は瞬時に
(あっ!もう二度と、妻子には
会えないんだ!)
と言う懸念を心の中に抱くと
「チクショウ!
もう別れの時が来たんだ!
里美!愛してるよ!
俺と結婚して幸せだったかい、
俺は、
とっても、
幸せだったよ!
一緒になってくれて、
ありがとう!
本当に大好きだよ!
利冬!優しい女性と結婚するんだよ!
お前の事だけをジッと見てくれて、
派手じゃなくて、
家庭的な女性の方が
良いと思うよ!
利春!お前は好き嫌いが多いいから、
料理の上手い人を探すんだよ、
お前の事だけを
愛してくれる人!
絶対に居るから!
大丈夫だから!
皆んな、
さよなら、大好きだよ!
一年に一度、
お盆の時にでも
帰って来たいな!
帰って来れるのかな?
来れると良いな、
いつまでも家族と一緒に居たかったな、
離れたくないよ、
でも、
さようならって
言わなくちゃいけないんだよね、
ちくしょう!
体の浮きが止まらない!
皆んな愛してるよ!
本当に愛してるんだ!
さようなら…」
利秋は出来る限りの早口で
家族に
最後の別れを告げた。
やがて利秋の魂は
天井を通り抜け
病院の屋上に上がり、
更に病院を見下ろす
高さまで上がって来た。
家族に泣きながら手を振る利秋の目に、
ふと、
自分の家の屋根が映った。
ブルーシートの帽子をかぶって
いる様に見える。
すると
今まで悲しかったはずの心の中に、
急に
怒りの感情が込み上げてきた。
「悪徳不動産め
嘘ばっかりつきやがって!
築45年の中古物件だから
『雨漏りはしませんか?』
って聞いたら
『はい!大丈夫です!』
って言うから
買ったのに
雨漏りだらけの家だったじゃねえか!
金が無いから12年間も
ブルーシートを使って
雨漏りと戦ったわ!
75歳までローンが残っているけど、
俺が死んだから
ローンは保険で
無くなるんだよな…
まぁ…
それで良しとするか。
あっ~俺って本当に
死んじゃったんだよね…
って、これって夢かな?
いや夢じゃないんだよね…」
そう言ってタメ息をついた後、
妙に冷静になって居る
自分自身に気がついた。
「其れにしても
町の景色が綺麗だわ~
家族で
飛行機を使った旅行なんて
一度も行けなかったなぁ…
お父さんは本当に
甲斐性なしだったよね。
ごめんなぁ。
でも…なんて言うか
入院して1ヶ月もしない内に
死んじゃったけど、
里美…俺が入院して居る間
ずいぶんと優しかったな…
今までキツく当たって、
ごめんなさいって言う事なのかな?」
利秋はそんな独り言を言いながら、
何となく、
ほくそ笑んでしまった。
しかし、
魂の方はと言えば
利秋の独り言など
なんの関係も無いように、
ただひたすらに
上に上にと
上がって行った。
《 2 …見た目が若い先輩 》
やがて利秋の魂は、
真っ白な
綿雲の大地と言いたく成る様な場所に
たどり着いた。
と言うか、
勝手に運ばれて来た。
パジャマ姿の利秋は周りを見回しながら
「道路も、木も、草花も
みんな真っ白なのに、
建物はカラフル…?
さてと
此処は…いったい
どこなんだろう?
スっごく不安なんですけど…」
そんな独り言を言っている時に
後ろから、
優しく肩を「ポンポン」と叩かれた。
(えっ?なに、誰…?)
そう思いながら振り返ると、
派手な花柄のアロハシャツを着た
一人の青年が、
満面の笑みをたたえながら
立って居た。
「こんにちは!
はじめまして、
私は村山シマモトと申します。
下界での人生
ご苦労様でした!」
そう言って青年は
右手を差し出してくれた。
利秋は屈託のない青年に
一瞬は驚いたが、
あまりにも真っ直ぐ
見つめて来るので
「えっ?あっ、
此れはどうも御丁寧に、
はじめまして、
私は田口利秋と申します」
若干怪訝な気持ちを抑えながら
青年の右手を握った。
青年は利秋の右手をギュッと
握り返すと
「じゃあ…利さんて呼ばせて貰いますね、
私は24歳です!」
利秋は心の中で
(初対面の人間に、
ずいぶんとフレンドリーと言うか、
人なつこい青年だなぁ…)
と、思った。
すると村山は更に
「でも…それは74年前の話で
生きて居れば98歳の
お爺さんなんですよ、
マジかよ!
なんかドン引きだぜ!
なんて思うでしょ」
利秋は瞬時に
(あっ!そうなんだ
戦争で亡くなられた方なんだ)
と、思いながら
「失礼しました。
私よりもズッと歳上の方なんですね」
そう言って深々と頭を下げた。
村山は
小さく微笑みながら
「いやいや頭を上げて下さい
昔の話しですから。
私は、
第二次世界大戦の時に
零戦に乗って
アメリカの駆逐艦に当たって
死にました!
…………
ごめんなさい、
嘘をつきました。
本当は
途中で砲弾に当たってしまい、
駆逐艦まで
たどり着けずに
海に落ちて
死んじゃいました!」
そう言いながら、
照れ臭そうに
頭をさすっている。
利秋は、
(なんの為の嘘で、
なんの為の告白なんだろう…?)
と思ったが、
いずれにしても
返す言葉が見つからず
黙ったまま
しばらく
村山を見つめ…
「あの、ごめんなさい。
なんと言えば良いのか…
すみません、
言葉が見つかりません」
そう言いながら、
また
頭を下げた。
「いやいや気にしないで下さい、
あの時は
何て言えば良いのか…
私自身パニクっていて、
『あぁ国の役にたてなかったなぁ』って
思って居たんですけど、
後に
世界中を回って観て、
今は駆逐艦に当たらなくて
良かった~
と思っています。
だってほら、
相手の方達にも、
大切な家族が居る訳ですからね」
そう言って小さく微笑んでいる。
利秋は、
何故だか胸がいっぱいに成り、
目に涙が浮かんでしまい
「すみません!
私は戦後生まれなものですから
村山さんの
苦しみや、悲しみが
まったく分かって居ません。
本当に、すみません…」
そう言って
また頭を下げた。
すると村山は
「いやいや、やめて下さいよ利さん!
頭を上げて下さい。
本当にもう
昔の話しなんです!
其れに、
利さんが謝る事じゃ無いですよ。
あの時代
『国の為に、命を捨てなければいけない』
世の中が
そんな感じの雰囲気に
成っていたんですよ」
「あの、戦争反対なんて言う人は
居なかったんですか?」
「居ましたよ!
今思えば本当に
正論を言って居られた方達ですよね!
でも、
その方達は
逮捕され投獄され
中には命を落とされた方も
おられました」
利秋は、
余りにも壮絶な時代背景に、
顔をひきつらせ
言葉を失ってしまった。
村山は微笑みながら
「利さんって
優しい人なんですね!
なんか、
ありがとうございます。
それよりも利さん、
私と友達に成って貰えませんか?
今から私の事を
シマさんって呼んで頂けると
嬉しいです!」
利秋は初対面ではあるが、
村山シマモトと言う青年(歳上)
の事が好きになった。
「ありがとうございます!
私も友達になって頂けて嬉しいです!
あの…シマさん…
宜しくお願いします!」
そう言って利秋は
また頭を下げた。
シマモトは、
目の前の利秋と言う壮年に対して
(お京さん…貴女の言う通り
何とも言えない
優しさを感じますよ。
もう
此方が喋る度に頭を下げるんだから…
少しでも早く
利さんに
この世の中を好きに
成って貰いませんとね)
そう思いながら
「利さん「あの世」に来た
ばかりだから
分からない事だらけでしょ、
何でも私に聞いてください。
大抵の事は分かりますから」
利秋はシマモトの言葉が
本当に有り難かった。
死んだばかりなので、
聞きたい事は山ほどあるのだ。
そこでまず
一番聞きたい事を尋ねる事にした。
「あの、すみません
年に一度…
家族の元に帰れたりするんでしょうか?」
シマモトは小さく頷きながら
「はい、利さんが言っているのは、
御盆の事ですよね!
私も生きている時に
親からその話を
さんざん聞かされましてね、
もし自分が戦死したら…
年に一度でもいいから
家族に会いたいなぁって
思ってました」
「やっぱり無理ですよね、
帰れないですよね…」
「あっ、いや、ごめんなさい!
私、変な言い方をしましたね、
そうじゃなくて、
逆なんです。
好きな時に
家族に会えますよ!
早い話が
「年がら年中お盆」
みたいなもんなんです!」
「えっ?」
「そう、普通は『えっ?』
って言いますよね、
でも本当なんですよ。
試しに今、
気持ちを込めて家族に会いたい!
って思って下さい」
利秋の表情は
一気に明るくなり
(マジかよマジかよマジかよ!)
そう思いながら
シマモトの言う通り
目を閉じて、
家族の顔を思い浮かべた。
(里美、利冬、利春に会いたい!)
心の中で必死に願う事 3秒。
シマモトが
とても明るい声で
「はい、利さん!
目を開けて下さい御家族ですよ!」
利秋は半信半疑で
ソッと目を開けてみた。
「えっ?あっ~病室だ!
里美、利冬、利春!
うわっ~真剣に泣いてる~
でも良かった!
また会える事が出来た!
シマさん!
ありがとうございます!
スっごく嬉しいです!」
そう言って利秋は泣き出してしまった。
シマモトは、
小さく頷きながら
利秋の肩を優しく撫ぜてくれ
「利さん!
何時でも家族に会えますから。
利さんが亡くなった後に
身体が浮いたのは、
貴方が行く場所は
『上の世界』何ですよ
と言う
『生命の法則』と言うか…
『御案内』
みたいなモノなんですよ」
「すみません、
私は何も知らないモノですから
取り乱してしまって、
人は死んだら
皆んな「上」に上がるんですね!」
「あっ、利さん!ごめんなさい、
少しだけ違うんですよ、
私の説明不足ですね。
他人の生命を奪った人は
『下の世界』
に行くんです。
故意に殺人を犯した人は当然として、
例えば、
高齢の方が車の運転で、
自分の
ハンドルミスで他人の生命を
奪うとするでしょ、
その時、
腕の良い弁護士が
無罪にしてくれようが、
罪を軽減させてくれようが、
死後の世界では
そんな事、
全然通用しないんです。
迷う事なく
『下の世界』に行きます!」
利秋は大きく頷きながら
「なるほど、
そうですよね。
亡くなられた方は無念でしょうし、
残された家族の悲しみは
計り知れない
ものが有りますもんね」
シマモトは頷きながら
「その通りです。
いずれにしても
利さんは大丈夫です!
とにかく
御家族に何時でも会えます!
安心されましたか?」
「はい、ありがとうございます」
利秋は深々と頭を下げた。
「利さん、他にも色々な質問が有ると
思うんですけど
今は、とりあえず、
御自分の気持ちが落ち着くまで、
ゆっくりと
御家族の側に居て下さい。
私は先に『あの世』に帰ってますね、
私を見かけたら
声を掛けて下さい」
そう言いながらシマモトは
病室の中から
やんわりと消えて行った。
《 3…あの世は良いかも… 》
利秋が『あの世』に帰って来たのは、
其れから2週間後の事だった。
彼は今
パジャマ姿のままで
小高い丘の上に立って居る。
前を向けば、
なだらかな下り坂に住宅街が建ち並び、
そして、
後ろを振り返ると
草原が広がっている。
利秋の目は周りの
景色を眺めては居るが…
実際は、
ぼ~っとしながら、
この2週間の出来事を
思い返していた。
「…いや~自分の火葬は
見るもんじゃないよね!
トラウマに成っちゃったよ、
なんで観ちゃったの
バカなの俺は、
本当に
何を考えていたんだろう
家内や子供達から
『お父さんは落ち着きがないって』
よく叱られたけど
返す言葉がないよね、
全くその通りだよね!
でも
俺が居なく成って、
皆んな大丈夫かなぁ~
なんて思っていたけど
皆んな強いね。
三、四日ほどは泣いていたけど、
日に日に元気を取り戻して、
少しずつ
当たり前の日常を
過ごせる様に成ってきたもんね、
良かったよ
少しづつ笑顔が戻って来て。
皆んな、
色々な事が有ると思うけど、
頑張ってね!
お父さんはね
何時でも
皆んなに会えるんだよ!
だからチッとも淋しくない!
なんてね…
本当は…淋しいけど」
そんな独り言を言いながら、
利秋は、
ボッーと立って居た。
其れでも、
徐々に気持ちが
落ち着いて来たのか、
周りのモノに対して少しずつ、
疑問を持てるくらいの
余裕が出てきた。
眼下に広がる
住宅街を見つめながら
「あれ?…何で…
グランピング的なモノが
至る所に
設置されているんだろう?
普通の家も沢山建って
居るけど、
ツリーハウスや
キャンピングカーもある…
あれ?
もしかして
死んだ後にも
貧富の差があるんだろうか?」
利秋は、
そんな独り言を呟いた。
その時、
家の中でくつろいで居たシマモトが
利秋の気配を察知して、
いきなり椅子から立ち上がると
「よし!利さんが帰って来た!」
そう言うが早いか
瞬間移動で利秋の後ろに現れた。
「利さん、
おかえりなさい!
どうですか?
少しは気持ちが落ち着きましたか?」
利秋が振り返ると
前とは違う柄の
アロハシャツを着た
シマモトが立って居た。
(あれ?…ヘアースタイルも違う…
ドレッドヘアーって…)
そう思ったが
平静を装いながら。
「こんにちはシマさん!
この間は本当に、
ありがとうございました。
いつでも家族に会えるなんて
滅茶苦茶嬉しいです!
皆んな
少しずつ元気を取り戻してくれ、
私自身、
安心して上に
上がって来れました。
あの、突然何ですが、
私いまパジャマ姿なんですよ、
その…
私もシマさんと同じような
服装にしても良いですか?」
「えっ?お揃いって言う事ですか?」
「はい!」
「どうぞ、どうぞ…何だか
照れますね、
私のこの格好が
気にいって貰えたんですか?」
「はい!カッコいいです!」
「マジですか!
何だか
めちゃくちゃ照れちゃいますよ。
でわ利さん、
心の中で私と同じような服装に
成りたいと念じて下さい」
「はい、分かりました」
利秋は目をつむり…
「ん~…」
と、念じる事2秒…
パジャマ姿の利秋は、
シマモトと同じ様な
ジーンズとアロハシャツ姿
に変わっていた。
「シマさん…どうですか?
62歳で白髪頭なんですけど
似合いますか?」
「利さん、とてもイケてますよ!
ロマンスグレーヘアーに
アロハシャツ、
合いますよ素敵です!」
「ありがとうございます!」
利秋は心の中で…
(もしも…
この世に来た時に、
シマさんに声を掛けて貰って
居なければ、
今でも
子供の様に座り込んで、
泣いて居たんだろうなぁ…
そう
思ってしまうくらいに
「死」と言うモノに直面した時、
我ながら
本当に情け無いくらいに
心細かったんだよね…)
と思っていた。
助けて貰った感謝の気持ちが
尊敬の念に変わり、
そこから更に
憧れの気持ちに変わり
「シマさんってカッコイイなぁ」
という想いに成ったのである。
利秋は今
憧れの人と同じ服装になって、
かなりの御満悦状態である。
「シマさん、
あの
少し質問をしても良いですか?」
シマモトは
明るい表情で質問をしてくる
利秋を見つめ
(良いね、向上心のある方だ!)
そう思いながら
「はい、何でも聞いて下さい!
何でも答えますよ!」
と、言ってくれた。
利秋は周りを見回しながら
「あの…何で至る所にテントが
(グランピング)
張られて居るんですか?
死んだ後にも貧富の差が
有るんですか?」
「利さん!良い質問ですね。
まず、
テントの人達は
家族を残して
自分一人が死んだ人達です。
そして
家を建てている人達は、
家族全員が一緒に死んだとか、
後からご主人や、
奥さんがコチラの世界に来られた
方達なんです。
突然ですが利さん、
今、テントを想像してみて下さい」
利秋は言われるがままに
目を閉じて
テントを想像してみた。
すると、
いきなり目の前に
テントがパッと現れた。
「えっ?魔法…」
シマモトは微笑みながら
「次に、利さんが
好きな感じの家を
想像してみて下さい」
利秋はもう一度目を閉じて
生前、
憧れていた家を想像してみた。
「利さん、目を開けて観て下さい!
ほら素敵な平屋建ての家、
利さんの家ですよ」
「おっ~、スゴイ!」
「此処では
想像した物が、
だいたい手に入るんです。
強く念じた事が、
だいたい、
その通りに成るんです。
一人者の
特に男性などは、
グランピングだけで十分だと思って
いるんでしょうね。
でも、
女性の方や、
また夫婦の場合、
また
子供が一緒だと
ほら…ねっ
夫婦の寝室がないと
子供達の手前
なんて言うかパートナーを
抱きしめづらいじゃないですか」
「成る程…その通りですよね!
分かりました。
ところで、
先程出て来た
家とテントは、
このままズッと建って居るんですか?」
「利さんが、
消えて良いよ、って言うと
消えますよ!」
「ありがとうございます。
お家とテント
消えてくれて良いですよ」
利秋がそう言うと、
家とテントは
煙が風で流されて行く様に
消えていった。
シマモトは、
両方とも消してしまった
利秋に対して、
「利さん今夜から寝る家は
要らないんですか?」
「はい、実は生前憧れていた
キャンピングカーが有りまして、
あとで
頭の中を整理してから
想像してみようと思いまして」
と言ったが、
本当はそうではなく、
(毎日下界に降りて、
里美の横に添い寝するんだ…)
と思っていた。
シマモトは
「なるほど、分かりました!」
と、言ってはいるが、
内心は
(そうか、利さんも僕と一緒で、
奥さんと、
添い寝するんだなぁ)
と思ったが、
あえて、
その事にはふれなかった。
「シマさん
もう少し質問して良いですか?」
「もう~
何でも聞いてください。
生きている人達はコッチの世界を
『あの世』と言いますけど、
私達からすれば
『この世』ですもんね。
伊達に74年間『この世』
に住んでないので、
ほとんどの事は分かりますよ。
利さん
質問をどうぞ!」
利秋は嬉しそうな顔で
「あの、周りに人が居ないのは…
たぶん私と同じ様に
家族の側に行ってるんですよね?」
「利さん!正解です!」
「あの…この世の広さは…
どれくらいですか?」
「日本の半分くらいの面積があって、
各、都道府県の上に有ると
思って下さい。
小高い丘はあっても
山や湖が無いんですよ、
まぁ、
小さい池とか川は有りますけどね」
「毎日沢山の方が亡くなられて、
この世が
人でいっぱいに成る事とか
無いんですか?」
「亡くなって、
全員が
この世に来るとは
限ら無いんです。
下界に未練があって、
この世に上がって来ない人達も
けっこういるんですよ。
だから、
この世が人で溢れ
窮屈に成って困る!
なんて言う事は無いんですよ。
ここに住むのも
住まないのも
自由なんです!」
「何だか嬉しい条件ですね!」
「でしょ!
更に付け加えて言いますと
意地悪な人は
この世には一人も居ません!
其れには理由が有ります。
例えば
この世に来て、
人の悪口を言ったり、
威嚇をしたり、
暴力をふるったり、
とにかく
他人に迷惑をかけた途端に、
その人の足元に
ポッカリと穴が開き、
アッと言う間に
下界に堕ちて行きます!」
「おぉ、もう上がって来れないんですか?」
「来れますよ、
本人が心から反省すれば、
ところが
人の命はなかなか
変わらないんですよ!」
「成る程、
あの、そう言った方達って
たまに写真や映像に映ったりとか
しませんか?」
「します!その通りです!
さまよい歩いている時に
たまたま
写り込んでしまうんでしょうね。
悪気はないんでしょうけど
自分のカメラや、
スマホに
写り込まれた人は
怖くて嫌ですよね」
「確かに怖いですね」
「この世からも
知人、友人が何回も助言を言いに
下界に行くんですけど、
そう言い人はなかなか
人の話しを
聞かないんですよ。
とにかく本人が、
自分の心を綺麗にしないと
帰って来れないんです」
「なるほど、
良く分かりました。
ありがとうございました」
シマモトの話しは
とても分かりやすく
言葉には説得力があった。
シマモトは更に、
この世の中を
利秋に案内して上げようと、
ゆっくりと
お喋りをしながら、
住宅街の坂道を降りて行った。
《 4…人柱のお姉さん 》
5分くらい歩いただろうか、
素晴らしい庭園が見えて来た。
利秋は、
むかし家族旅行で行った
岡山の後楽園を思い出していた。
「なんて素晴らしい庭園なんだろ…
あれ?
あのシマさん
向こうの方に
着物を着ている女性の方達が
見えるんですが、
皆さん白い着物姿なんですね?
あの方達は…」
シマモトは微笑みながら
「利さん、あの方達は私の友人です!
お姉さん達を紹介しますよ!」
そう言って前を歩き出した。
シマモトは
(きっと子供達の
お昼寝の時間で
休憩して居るんだなぁ。
お京さん…利さんを紹介したら
驚くだろうなぁ)
そんな事を思いながら
「利さん、
あちらの女性の方達は
私よりも400年から600年以上
歳上の方達で、
この世の大先輩なんですよ。
とっても優しい方達なんですよ!
利さん、「人柱」って聞いた事
有りますか?」
「はい!お城とか、橋とかを作る時に…」
「そうです。
アソコに居られる方達は、
昔、人柱で亡くなられた
23人の、
お姉様方なんですよ」
利秋は
人柱と聞いて
絶句してしまい、
やっと出た言葉が
「酷い話ですね、
400年から600年
そんなに昔から「この世」に
居られるんですね…」
シマモトは小さく頷きながら
「それだけ亡くなる時に
怖くて
苦しくて
悔しい
思いをしたんでしょうね。
何年経っても
消えない怨みが有るって
本当に辛いですよね」
利秋は眉間にシワを寄せ
黙って頷く事しか
出来なかった。
しかしシマモトは、
素直に納得してくれて居る
利秋の顔を見ながら、
(着物は怨みの象徴なんですけどね、
長く「この世」に居るのには
他の理由もあるんですけどね、
また今度説明しますね)
と思っていた。
シマモトは女性達のもとに到着すると、
とても明るい声で
「皆さん、こんにちは!」
と挨拶をした。
しかし女性達は
シマモトが声を掛ける前から
二人が此方に来る事を
遠目で確認して居たので、
シマモトから
「皆さん、こん…」と言われた
次の瞬間!
「キャー!シマちゃん久しぶり!」
「えっ~、後ろの人って誰!」
「シマさんの新しい友達なのかしら!」
「ねぇねぇ皆んなに紹介してよ!」
そんな黄色い歓声を上げながら、
お姉さん達は
2人を囲み歓迎してくれたのだ。
ただ今回、
もしも利秋が一人で庭園の前を歩いて
居たとしたら、
お姉さん達から
声を掛けて貰えただろうか?
たぶん
スルーされて居ただろう。
何故なら
お姉さん達は
極度の人見知りなのだ。
信頼するシマモトが一緒だったからこそ、
利秋は、
お姉さん達に
向かい入れて貰えたのだ。
しかし利秋は、
そんな事など知らないので、
心の中で
(あれ?意外だな
辛い思いをされて居る割には、
とても明るくて
フレンドリーで
楽しげな方達だなぁ?)
と、その様に受け止めてしまった。
そんな利秋を、
シマモトはワザと前に押し出し
「亡くなってまだ2週間の
利秋さんです
私の友人です。
皆さん、
利さん!って呼んで下さい!
仲良くして下さいね!」
シマモトは
そう言いながら利秋の
背中をさすり…
お京の顔をチラッと見た。
お京は
利秋の顔を見て
かなり動揺している様に見える。
女性達は嬉しそうに
「キャー!此方こそよろしく!」
「此処は良い所よ
心身共にのんびり出来ちゃうの!」
「悪い人は、一人も居ないのよ!」
女性達は自分の知っている事を
利秋に教えてあげたかったのだろう、
とにかく
一斉に喋り出してしまった。
しかし、
悲しいかな利秋の耳は
二つだけである。
むかし
聖徳太子と言う方は
一度に沢山の方の話しを
聴けたそうだが
凡人の利秋に
その様な凄い事は
出来る訳もなく、
笑顔で
皆んなの顔を見ながら
頷いては居るが
実際のところ、
何を言われて居るのか
今ひとつ、
いや、
ほとんど分かって居なかった。
そんな時、
見た目が20歳ぐらいの、
目の大きな女性が
利秋の目の前にやって来て
「突然にごめんなさい!
利さんって、
お城が
好きなんじゃないですか?」
と、尋ねて来た。
沢山の声が交差していたが、
その女性の声トーンが高かったので、
質問の内容がハッキリと聞き取れた。
利秋は満面の笑みを浮かべ
「はい!家内も、息子達も、
お城が大好きです!」
と答えると
女性は嬉しそうな顔で、
「やっぱり!
私、お京って言います、
利さんと、御家族の顔を
今でもハッキリと
憶えているんです!」
そう言って喜んで居る。
ただ
笑顔とは裏腹に、
お京は
左足が痛いのだろうか?
身体が少し斜めに
立って居る様に見える。
お京は良く通る声で
「皆んな聞いて!
利さんと、奥さんと、
二人の子供さん、
私の事を泣いてくれたの!」
周りの女性達は
「泣いてくれた!」
と言う言葉に反応し
自分達の口を閉じると
一斉に、
お京と利秋の顔を
交互に見つめ出した。
発言権を握ったお京は
満面の笑みを浮かべ、
その日の出来事を
嬉しそうに語り出した。
「お城の敷地の隅の方に
人柱になった
私の事が書かれている
看板が有って、
利さんの2番目が息子さんが
その内容を見て
「なんで人柱なの!
生きた女性を埋めて
城が強固に成るわけが
ないじゃん!
毛利元就は、
自分の城を建てる時に、
家臣から
人柱の事を言われたけど、
人命は尊いから
百万一心と石に書いて、
地中に
埋めれば良いって、
そう言ったんだよ。
この城の責任者
なんかスゴくムカつく、
バカじゃないの!」
そう言って息子さんが泣いてくれて、
そしたら
その声を聞いた奥様が
私の事が書いてある
立て看板に向かって
題目を唱えてくださったの。
その後、
ご家族の方達も一緒に
祈って下さって。
私ったら嬉しくて
泣いちゃって!
其れで
思わず皆さんの後を追って
旅館まで着いて行っちゃって」
利秋は「…んっ~…」
と言いながら腕組みをすると
自分の過去の記憶をたどった。
そして
考え込む事…8秒。
「実は、生前、
家族旅行に行った時に…
○○旅館の部屋で家族写真を
撮ったんですけど、
四枚目の写真に、
もしかして
お京さん
一緒に写りませんでしたか?」
「はい!そうです、
それ私です!
四枚目に写りました!
皆さん楽しそうでしたから、
つい私も写り込みたくなって、
ごめんなさい。
怖かったですか?
気味が悪いですよね…」
「正直言って、
はじめは少し驚きました!
でも家内が
『もしかしたら
人柱に成られた女性の方が
題目の御礼に
来られたんじゃないかしら』
って言いましてね
私も子供達も
『あぁ、そうかもしれないね!
ウチの家族
良い事したんじゃね!』
って勝手に思い込んで喜んでいました!」
すると
お京は本当に嬉しそうな顔で
「そうです!
御礼に行きました!
お城を観に来られる方達は、
お城その物に
感動して居られます。
『スゴイ建物だね』
でも、
私の事が書いてある
立て看板を観られると
首を傾げて
『これって断れ無かったの?
えっー、信じられない!
断れば良いし、
嫌なら逃げればいいのに、
何この女性、
考える力が無かったの?
行動力が無かったの?
いずれにしても
生きたまま埋められるなんて
考えられないわ、
馬鹿じゃ無いの!
埋めた人も、
埋められた人も』
そう言われる方が多かったんです。
でも
私が生きて居た時代の暮らしは
本当に大変で、
当時の私は字が読めなかったし
権力者には怖くて逆えないし、
だから私自身
あの時、
何の為に死ななくちゃいけないのか
何も分かっていなくて
怖くて怖くて、
でも、そんなバカな私の為に
泣いてくれる人が居るなんて、
嬉しくて、
本当に嬉しくて」
すると利秋は
首を強く横に振りながら
「お京さんは、バカじゃないですよ!
馬鹿なのは
その当時の権力者です、
人の命を軽んじる人が
バカなんです!
ただ、私の家族の事を
そんなに喜んで貰えるなんて、
なんだか本当に嬉しいです。
お京さん、
ありがとうございます…」
利秋は、
そう言った後、
急に
お京の前に膝まずき
「あの、先程から気になって
居るんですけど、
ちょっとゴメンなさいね、
触りますね、
失礼します」
そう言った後に、
お京の左膝を
着物の上から両手で包み込んだ。
「お京さんの足の痛みが、
どうか
消えます様に、
南無妙法蓮華経……
シマさんが教えてくれたんですよ、
「この世」では
強い思いを込めると、
だいたいの事は現実にする事が
出来るんだって」
そう言って目をつむり、
題目を唱え出した。
お京は、
突然の事に驚いて声が出ない、
両手で自分の胸を
押さえるような格好で
硬直して立っている。
周りの女性達も
自分の足を触られて居る様な気がして、
真っ赤な顔をしながら
身動き一つせずに
二人の事を見つめている。
利秋が題目を唱え出して
しばらくすると、
お京が
「なんだか足が…膝が暖かい」
と、言い出した。
利秋は
両手をソッと離し
「お京さん…
ゆっくりと左足に体重を
乗せてみて下さい」
お京は恐る恐る
言われた通りにしてみた。
「なんで?
どうして?
何百年も痛かった膝なのに…
いま痛くない!」
そう言って
お京は
足踏みをし出した。
「どうして?痛くない!」
そして利秋の周りを歩き出すと
22名のお姉さん達から
大歓声が上がった。
女性達のリーダーの「お亀」は
シマモトの両手を握り
「シマちゃん良い人を連れて
来てくれたわね!
ありがとう!
もう私達、
いっぺんに利さんの事が大好きに
成ったわ、
もう大歓迎よ!」
そう言って目頭をおさえた。
すると、お京の横から
「お熊」と言う女性が顔を出して
「利さん,私は橋を架ける時に
橋桁の土台に
人柱として埋められたんです」
と言い…
利秋の後ろに立って居た
「お稲」と言う女性は
「利さん、私は川の氾濫を防ぐ為に、
堤防の人柱に成りました」
と、言った。
更に
お亀の横に居た
「ゆりね」と言う女性も
「利さん、私は城壁の中に
塗り込まれました。
とっても苦しかった」
そう言って
涙をこぼした。
利秋は拳を握りしめ
「本当に酷い話しですね!
皆さんの人生を
力尽くで奪うなんて、
その時代の権力者は
本当に大馬鹿ものです!
どうか皆さんの苦しみが少しでも
癒えます様に…」
そう言って利秋は、
また
「南無妙法蓮華経……」
と、題目を唱え出した。
女性達は
(たとえ…たとえ少しでもいい…
私達の身体も…
楽に成ってくれないかなぁ)
そう、
すがる様な思いで利秋の顔を見つめ、
自分達も同じ様に
顔の前で、
両手を合わせてみた。
表面上は明るい
お姉さん達だが、
実は死んだ後、
上の世界に上がって来れたのに
生きたまま埋められたせいなのか?
死んだその日から、
まるで氷でも背負っている様に
ズッと背中が
冷たいのだ。
利秋が題目を唱え出して
2分ほどが経過した。
すると女性達は、
お互いの顔を見合わせて
ざわつき出した。
不思議な事に
今まで
氷を背負ったように
冷たかった自分達の背中が
暖かく成って来たのだ。
「どうしたの?
何が起こっているの?
何百年ものあいだ
冷たかった背中が、
なんで?
えっ~?
これって本当なの?
利さんって
お坊さんなの?」
と、騒ぎ出した。
すると利秋は
首を横に振りながら
「いえ、あの、違いますよ
私は高校を卒業してからズッと
死ぬまで美容師をして居ました。
あっ、皆さんの時代で言う所の
髪結さんです、
お坊さんでは有りません!
ただ、
息子が、大学の教授から、
『先生は色々な文献を読んだけど、
仏教で一番優れた教えは、
法華経なんだよ、
その理由は、
法華経には
『あきらめる』と言う事が
書かれてないんだ。
『絶対に人を幸せにする』
って、書いてあるんだ』
そう教えて貰ったそうです。
私は
物覚えの悪い父親でしたけど、
何となくその言葉が
心に残って居て、
先ほど
お京さんの足も治りましたし
それで
法華経を唱えてみました」
そう言って微笑んでいる。
その事を聞いたお亀は
シマモトの顔を見つめ
「あぁ…シマちゃんが日頃
言っている、
『特別な人って居るんですよ』って、
利さんの様な人だったのね!
私達の辛い気持ちを
分かってくれて、
泣いてくれて、
題目を唱えてくれる人!
シマちゃん
利さんを
連れて来てくれて
本当にありがとう」
そう言いながら、
とうとう涙をこぼしてしまった。
お亀は、
喜んでいる妹達の顔を見回しながら
(皆んな良かったね!
本当に居るんだねぇ、
利さんみたいな人が…
生前の、
地位とか、
名声とか、
学歴とか、
そんなの全然関係なくて、
生き方の中で
偶然身に付けた優しさを
持っている人。
本当にシマさんの言ってた
特別な人って居るんだねぇ」
そう、思った。
しかし世の中には
利秋とは正反対に、
非業の死を遂げた人達を
からかう様な人達も居る。
人柱のお姉さん達は、
そおゆう人達が大嫌いである。
夜な夜な幽霊の縄張りに
バイクや車でやって来て、
スマホやビデオをかまえるのだ。
「皆さん僕は今…
心霊スポットに来て居ます…
なんだか…不気味で怖いです…」
その地に愛着を持っている幽霊達は
ワラワラワラ…
と寄って来て。
『なによこの人達、
うるさいわねぇ…
怖いなら
来るんじゃないわよ!』
そう言って怖い顔で睨みつける。
しかし、
本質的には優しいのだろう、
無礼な人達の言葉にも
耳を傾けてしまうのだ。
「何だか…先程から…
鳥肌が立つ様な…
誰かが横に居るような
そんな…
気配を感じています…」
『残念でした!
私達は貴方の後ろに立って居るのよ!』
「でも…僕達は四人で来て居るから
怖く無いです、大丈夫です…」
『嘘おっしゃい、
四人とも震えてるじゃないの!』
「なぁ、何か映ってる?」
「いや、何も映ってないよ!」
『えっ?何あなた達、
私達と一緒に映りたいの?
もう~
しょうがないなぁ~
ねぇ皆んなどうする?
映ってあげる?
良いのね、
じゃあ皆んなで、
集中して念を込めましょう』
「やっぱり何も映って無い…
噂だけだったんだね…」
『えっ?短気!
この子たち短気なの?
少し待つと言う事を知らないの!』
「なぁ、もう帰ろうぜ、
でも一応
もう一回だけ
四人で映ってる動画も撮って
ネットに載せようぜ。
幽霊らしきモノが少しでも
映って居ると
「いいね」
が沢山つくんだけどなぁ…」
幽霊達は慌てて念を込め直した
『よーし今度は間に合った!
皆んな、あの子達の周りに
立ってあげて。
今度こそ
一緒に映って上げるわね!』
「なぁ…映像の確認をしようぜ…」
『大丈夫よ!心配しないで、
皆んなで
ちゃんと念を込めたから
映っているはずよ!』
「キャー!う、う、映ってる!」
『えっ?なに?
一緒に
記念撮影をしたかったんでしょ?
えっ?違ったの?
映っちゃいけなかったの?』
「この場所から逃げないと!
祟られるぞ!
早く車を出せ!」
「ウワアッー!エンジンが掛からない!」
『ちょっと待ってよ!
私達、なんか嫌われるような事をした?
貴方達の望み通りに
映ったわよ、
ねぇ…どうして』
「えっ~,何でエンジンが
掛からないの、故障なの!
早く出してよ~」
『皆んな、車を放しちゃダメよ!
ねぇ貴方達
待ってよ、
私達
嫌われるような事をした』
「わっーっ!フロントガラスに手形が!」
「キャッー横も後ろにも手形!」
四人の男女は絶叫し
『あっ!四人とも
オシッコを漏らしちゃった。
なんかギャン泣きしてるし、
あっ!鼻も垂らしちゃった、
なんかゴメンね。
皆んな、
車から離れましょう…』
もう,こう言った若者の多いい事、
怖いなら
心霊スポットに
来なければ良いのだ。
いったい何がしたいのか?
「やれやれ」と、
言わざる得ないのである。
そして更にタチの悪いのは
年に数回ほど
テレビ局から委託された
制作会社もやって来るのだ。
そんな時、
お亀さん達は
その場所には
絶対に行かない様にしている。
地縛霊の知り合い達にも
「その土地に居たいのは分かるけど、
その時だけは、上に上がって
らっしゃいよ、
嫌な奴らが沢山来るから」
なまじ映ると、
彼等(制作会社)は
調子にのって
何回も来る様になるのだ。
例えば、
病院で亡くなった人が居る。
自分に親切にしてくれた看護士に
「今まで本当に
ありがとうございました!
お陰様で身体が楽になりました…」
そう言って御礼を
言いに来る人がたまに居る。
若い看護士達は
悲鳴を上げて驚くが、
先輩看護士から
「貴女が優しくお世話をしたから
御礼に来られたのね、
お婆ちゃん、きっと嬉しかったのよ!」
そう言われると
若い看護師達は
胸に熱いものが込み上げて来て
「また元気な身体で
生まれ変わって来て下さいね!
今までご苦労様でした」
そう言って頭を下げる。
お婆さんは微笑みながら
姿を消していく。
そんな良い話しがテレビ局に入ると、
なぜか話が歪曲されてしまい
「病院!恐怖の心霊体験」
と言う感じの番組が
一本出来上がるのである。
お亀達は、
何だか自分達の存在を
バカにされて居る様な気がして
悲しかった。
そんな思いをして居る時に
シマモトが
利秋を紹介してくれたのだ。
人柱のお姉さん達が喜ぶのも
無理のない話しである。
利秋はこの日、
一気に23人の心友(親友)を
持つことが出来た。
お姉さん達はとにかく嬉しくて、
二人を囲んで
離そうとしない。
リーダーのお亀は
( 皆んなの気持ちは分かるけど、
あまり引き止めてしまうと
シマさんの活動の妨げに
成るのよね…)
そう思いながら
「皆んな!
ぼちぼち御二人を解放しないと
次に来て貰えなく成るわよ」
22名のお姉さん達は一斉に
「えっ~!」
と言う声を上げ
其れは嫌だと
口々に言い出した。
「じゃあ今日は、
とりあえず御二人に
サヨナラをしましょうね!」
お姉さん達は頷きながら
囲いを解いてくれた。
すると
お京が利秋に向かい
「利さん、
私達ばかりが喋ってしまって
本当に
ごめんなさいね。
利さんから私達に
聞きたい事って有りませんでしたか?」
すると利秋は
少し遠慮がちに
「あの…もし嫌なら
答えなくて構いませんので
あの、
私達が歴史の教科書や、
映画、ドラマ何かで知っている
戦国武将って
亡くなった後は
どうなったんですか?」
すると
お亀がニッコリと微笑み
「別に隠す様な事では無いので、
端的に言いますね。
人を殺した武将達は、
一人ももれる事なく
下の世界に行きましたよ。
有名な戦国武将が
ドラマや、アニメや、ゲームなどで
カッコよく描かれている事を
私達も知ってます。
でも、
冷静になって考えると
他人の命を奪って居る人達なんです!
どの様な
大義名分をかざしても
人殺しなんです!
一旦下の世界に落ちて、
反省して
それから小さな虫なんかに
生まれ変わり、
何回も生死を繰り返しながら、
徐々に善根を積んで
其れからやっと人間に
生まれ変わって来るみたいですよ」
利秋は、
「よく分かりました!
ありがとうございます。
以前からズッと
胸の中がモヤモヤしてたんですよ、
お亀さんの
おっしゃる通りですよね。
嫌な事を聞いて本当に
すみませんでした。」
そう言って深々と頭を下げた。
お亀は微笑みながら
「利さん、
別に嫌な質問ではありませんよ、
此処に居る私達は
そう言った武将達
あるいは
その家臣達に殺されました。
この世に上がって来て
下界を眺め
「アイツらが「この世」来たら嫌だなぁ」
って思っていたら
見事なぐらいに
誰一人として
上がって来ませんでした!」
しかしお亀は、
自分でそう言って置きながら、
首を少しひねり
「あっ待ってください、
上がって来た人もいました!」
「えっ?正しい人殺しって
あるんですか?」
「無いですよ、
その武将の刀は初めから
切れない刀だったんです。
戦いの時は相手を叩いて
気絶をさせるだけ、
何時も家臣を守る為に、
民衆を守る為に
走り回って居ました。
面白い事に、
家臣の人達の刀も
刃がついて居ませんでした」
「そんな方が居たんですね!
何だか嬉しいです。
お亀さん、
皆さん、
貴重な話を本当に
ありがとうございました」
利秋がそう言って頭を下げると、
シマモトは
人柱のお姉さん達に向かい
「話が盛り上がっている時に
本当に
ごめんなさいね。
利さんに、もう少し
「この世」を案内してあげたいので、
この辺で、
いったん席を外しますけど、
また遊びに来ますので」
絵に描いたような
お姉さん達の落胆ぶり
寂しそうな顔。
シマモトは少し焦りながら
「いやいや、
これから本当に頻繁に遊びに来ますから、
そんな顔
しないで下さいよ」
「シマさん、利さん、
約束よ!
本当に遊びに来てね!
私達って本当は、
すごく人見知りをするタイプなのよ、
だけど、
お二人は特別なんです、
来て欲しいんです!
お願いします!」
そう言って
お亀が頭を下げると、
他のお姉さん達も一斉に
頭を下げてくれた。
二人は皆んなに見送られ、
この世の散策を
再開した。
《 5…今中さん 》
利秋は歩きながら
(こんな俺でも
人様の役に立てるんだ。
あんなに喜んでもらえた。
生きている時は
「落ち着きの無いお父さん、
しっかりしてよ」って
何時も家族に叱られていたのにね、
何だか喜んで貰えるって、
すごく嬉しいよね)
そんな事を思っている時
ふと、
疑問に思って居る事が浮かんだ。
「シマさん…
くだらない事を聞いても良いですか?」
シマモトは微笑みながら.
「はい、どうぞ、
何でも聞いて下さい!」
「この世は、
地上から何メートル位の高さに
有るんですか?
死んだ時に体が上に上がり
経験はしてるんですけど、
あの時は気が動転していて」
「そうですねー…
だいたい地上から1000mぐらい
ですかねぇ。
私自身、
前に何度か
雲一つない青空の時に
ゆっくりと
この世に上がって来た事が
あるんですよ。
雲がないから
宇宙まで行けるのかな?
なんて思いましてね。
ところが不思議な事に
1000mほど上がって来たら
自然と「この世」に着いて居ました」
「なるほど、
この世って
異空間に有るんですかね?」
「残念ながらそこまで
詳しい事は分かりませんが、
でも
まぁ、飛行機とも
気球とも
スカイダイビングの人達とも
誰にも会った事が無いで、
まぁ、
良いかな、
と言う曖昧な答えでどうでしょうか?」
「はい!あいまいで結構です。
スミマセン変な質問をして」
「ぜんぜん構いませんよ」
そんな事を話しながら歩いていると、
野球場が五つほど入る様な
広い草原に出た。
白い草木がほんの少しだけ
風に靡いている。
しばらく歩いていると
50mほど先に
白いベンチが置かれている。
誰かが
座っている様である。
二人が近づいて行くと
若いお母さんと、
四歳くらいの
女の子だという事が分かった。
二人は此方に気付いたのか、
立ち上がり、
小さく会釈をしてくれている。
利秋はこの段階で
(おぉ、シマさんのお友達なんだ)
と思った。
シマモトは小刻みに手を振りながら
「今中さん、こんにちは!」
女性は優しい声で
「シマさん、こんにちは…
あの、お隣の方は?」
「2週間前に「この世」に来られた
利秋さん!
私は既に
利さん!と呼んでいます。
今中さん、
友達になってあげて下さいね」
「はい、シマさんの
お友人でしたら喜んで!」
利秋は
この答えで、
シマモトがいかに多くの人達から
信頼されて居るのかが
良く分かった。
利秋が今中に向かって
頭を下げると
「私は、今中洋子と言います、
そして、娘の真由美です」
女の子は満面の笑みを
利秋に向けてくれた。
利秋は背筋を伸ばし
「ご丁寧に
ありがとうございます。
私は田口利秋と申します、
宜しくお願いします!」
そう言いながら、
もう一度頭を下げた。
シマモトが微笑みながら
「今中さん、
何だかとても嬉しそうですね?
何か良いことでも有りました!」
「はい!主人がもう直ぐ
此方の世界に来るんです!」
「そうなんですか!
真由美ちゃん、
これからパパと
ズッと一緒に居られるね、
嬉しいね!」
「うん、パパとママと一緒に
ご飯を食べて、
お風呂に入って、
ゲームして、
一緒に寝るの!
それから…ねっママ!
三人で旅行に行くんだよね!」
洋子は真由美の言葉に
満面の笑みを浮かべて
頷いている。
利秋も嬉しそうに微笑むと、
シマモトが
「利さん、
昔…阪神淡路に大きな地震が
有りましてね。
今中さんのご主人、
真司さんって
言うんですけど、
たまたま仕事で
東京に行っておられて、
ニュースを見て
急いで神戸に帰りたくて、
でも、
鉄道も道路も寸断されていて…」
利秋もその震災の事は
鮮明に覚えている。
長男の利冬が産まれて、
まだ一歳になる
少し前の事である。
洋子は、
シマモトの話を聞きながら
真由美を
ゆっくりと抱き上げ
「…私と真由美は、
寝たままでの状態で
家屋の下敷きになり即死でした。
はじめ、何が起こったのか
理解出来ませんでした。
でも、自分達は
「死んだんだ!」
そう理解した時、
とにかく主人に
「会いたい!」
って思いました。
そしたら、
私の魂は娘を抱きしめたままで
主人のもとに飛んで行きました。
真さん(夫)は
ビジネスホテルの一室で
寝ていました。
東京は揺れて無いので
当たり前ですよね。
私は真さんにキスをして
「ごめんなさい…わたし…
真さんを残して死んじゃった…」
そう伝えたら、
真さんが急に飛び起きて
自分の胸を両手で押さえ
「なんだか胸騒ぎがする…
なんなんだ!」
そう言ってテレビをつけ、
地震の事を知ると、
私と娘の名前を叫びながら
着替えだして、
新幹線で京都まで行き、
真さん
タクシーの運転手さんに
「行ける所まで宜しくお願いします、
家族と連絡が取れないんです」
泣きながら運転手さんに
お願いして、
運転手さん
とっても優しい方で、
ギリギリの所まで連れて行って下さって、
そこから真さん、
歩いて家まで帰って来てくれて。
私と娘の魂は
常に真さんの
隣に居たんですけど、
生きている人には
分かりませんもんね。
真さんが
私達の遺体に会ったのは、
それから
二日後でした。
「ごめんよ出張なんて
行かなきゃ良かった!
俺が一緒に居たら
絶対に!
絶対に助けられたのに!」
そう言って三年間、
私達二人の事を
思い出しては泣いてたんです。
私の両親が
「真さん、ありがとう、娘も孫も
真さんにズッと思って貰って、
きっと
幸せだと思います。
でも真さん…
まだ若いんだから
再婚して自分の幸せを掴んで…」
そしたら真さんが
「しません!
絶対にしません!
私の妻は、
洋子だけです、
子供は…真由美だけです!」
そう言い切ってくれて、
私…何回も真さんの夢の中に入って
「私達の事はいいから幸せに成って」
そう言ったんですけど、
真さん夢の中でも
「絶対に嫌だ!洋子
そっちで待っててくれ!
頼むから…」って…
自分が働いた
お金のほとんどを、
自分の両親と
私の両親に使ってくれて、
毎日、
残業、残業で身体を壊して…」
利秋は
涙で声を詰まらせた
洋子に向かい
「ご主人は、
洋子さんと真由美ちゃんに
一日でも早く
会いたくて、
でも、親御さんの事も心配で、
何度も
何度も色々な事を考えて
頑張って来られたんでしょうね、
本当に優しくて
素晴らしい方ですね!」
そう言って
泣きながら
真司の事を称賛した。
シマモトは利秋の言葉に頷きながら
「さぁ洋子さん、
ご主人を
迎えに行ってあげて下さい。
亡くなる少し前ぐらいから、
ご主人と喋れますよ。
きっと、
魂が肉体から離れたら
泣きながら
洋子さんと真由美ちゃん
に抱き着いて来ますよ!
また御主人が
この世に来られましたら、
改めて紹介して下さいね!」
洋子は嬉しそうに頷くと
真由美をギュッと抱きしめ
「真さん…」
と、呟いた後に
二人の前から、
フワッと消えて行った。
《 5…この世の仕組み 》
利秋は
40歳を超えた頃から
かなり涙もろく成っている。
62歳の現在などは
もっとひどく成っている。
この時も、
洋子の話しの中盤くらいから
既に貰い泣きをしている。
「シマさん…奥さんと娘さん
長い間…
あのベンチに座って…
ズッとご主人の事を…
待っていたんでしょね…」
するとシマモトは
あっけらかんとした表情を
浮かべ
「違いますよ利さん、
あのベンチにズッと居た訳じゃないです、
洋子さんと真由美ちゃん、
毎日3時間ほど御主人の
側にいて、
あとの時間は色々な所に
遊びに行ってましたよ」
「えっ?あっ、そうなんですか?」
利秋の目から、
涙がひいていった。
シマモトは小さく微笑むと
「此処に居るほとんどの人が
遊びに行ってますよ。
さて利さん!
突然ですがクイズです。
なぜ遊びに行ってるんでしょうか!
はい、利さん、5秒で答えて…」
「えっ?5秒ですか…
えっと…えっ~と…
んっ~………とっ……」
「はい、残念!
利さん時間です!
答えは
連れ合いの方が「この世」に
来た時に、
一緒に遊びに行く為の
下見に行ってるんです!」
「そうなんですか…」
「はい!
生きてる間
お金持ちの方は別として、
遊びに行ったり、
旅行に行ったりって、
普通は
そうそう行けないでしょ。
でも「あの世」である「この世」は、
思った通りの事が
出来るじゃないですか。
だから
生きている時に住めなかった様な
豪邸に住んで、
美味いモノをいっぱい食べて、
旅行に行って、
御芝居を観に行くのも良い!
コンサートに行くのも良い!
映画を観に行くのも良い!
テーマパークに遊びに行くのも良い!
風に乗って世界中の素敵な景色を
観て回るのも良い!
生きている間に辛かった分
「この世」で
いっぱい楽しみまくって、
そして、
思いっきり満足した状態で、
「次の世」に
生まれ変わりましょうよ!
そう言った感じの
話しなんですよ」
「何だかすごく、
嬉しくなる様な話しですね!」
シマモトは頷きながら
「利さん、
生きている時に辛かった分だけの、
モトを取りましょうよ!
誰かが、
人は楽しむ為に生まれてきたんです、
なんて言ってました。
私は個人的に
ふざけんな!
誰だそんな事を言った奴は、
俺の前に出て来い!
寝言言ってんじゃねぇよ!
楽しい事は
ほんの少しで、
辛い事の方が断然多いいわ!
幸、不幸の
バランスが滅茶苦茶
悪いんだよ!
って…
ゴメンなさい、
私は誰に向かって文句を言って
るんでしょうね!」
二人は顔を見合わせて
思わず笑い出してしまった。
利秋には分かっている、
シマモトの憤りの理由が何なのか、
其れでも
明るく振る舞っている
シマモトに対して…
(シマさんは本当に強い人だなぁ…)
つくづく、
そう思った。
《 7…鈴木さん一家 》
ひとしきり二人が笑い終わった時、
突然背後から
声を掛けられた。
「シマさん!こんにちは!
お隣の方は
どなたですか?」
シマモトは
「んっ?」
と言いながら振りかえると
「おぉ、鈴木さん!
最高に幸せな御家族は、
今回はどちらにお出かけですか?」
「はい!今日は、
阿蘇山の草千里に
行って見ようと思います」
「あぁ素敵な景色の場所ですよ!
あっ、こちらは2週間に
「この世」に
来られた利秋さん、
私は、利さんと呼んでます。
鈴木さん、
これから先、
仲良くして下さいね」
利秋はシマモトの横から、
自己紹介をしようと
頭を下げかけた、
しかし、
ひと足先に鈴木の方が
頭を下げてくれ
「はじめまして利さん!
鈴木太郎と言います。
隣は妻の英子、
長女の景子、
そして次女の由美子です!」
利秋は深々と頭を下げ返し
「ご丁寧に紹介して頂き、
ありがとうございます。
私は田口利秋と申します。
これから、
宜しくお願いします。
あの、
御家族、とっても仲が宜しいのですね、
観て居る此方まで
幸せな気持ちになれて、
何だか嬉しいです!」
そう言って微笑んだ。
すると鈴木太郎は妻子の
顔を見ながら
「私達家族が一緒に居られるのは、
そこに居られるシマさんの
おかげなんですよ。
実は私…
自殺したんですよ!」
「えっ?」
突然の鈴木の告白に
利秋は一瞬
言葉を失ってしまった。
すると鈴木は
言葉を選びながら
「…東日本大震災の時に
妻と、二人の娘を亡くしまして…
はじめのうちは、
何処かに生きて
くれて居る
そう信じて
三人を探し回っていました。
でも
三週間探し回っている間に
自分の両親が
亡くなって居る事を知り、
更に一ヶ月経った時には
妻の両親も亡くなって居る事を
知りました。
そして、
二ヶ月が過ぎた時、
英子も景子も由美子も、
三人とも
亡くなって居るんだ
死んでしまったんだと、
そう悟しか
ありませんでした。
避難所で知り合った人達は、
本当に皆さん優しくて
『力を落とさないようにね』
『御家族の分まで生きて上げて』
『頑張ってね』
そう言って下さったんですけど、
私はもう…
妻と二人の娘が恋しくて、
逢いたくて、
どうしても会いたくて!
でも
自分が自殺したら、
違う所に行ってしまい
永遠に妻子に会えないのか?
誰かがそんな事を
言っていた様な、
いなかった様な…
でも
もう寂しくて、
頭が破裂しそうで…
若い頃は
ケンカが強くて、
イジメられている友達を
何人も助けて
皆んなから
『太郎ちゃんはヒーローみたい』
なんて
言われてたんですけど、
愛する家族を失った時
ただ悲しくて、
淋しくて、
ケンカの強さなんて
何の意味もなくて、
自分はつくづく弱い人間なんだと
痛切に感じました。
其れで…
半壊した家のベランダに
ロープを垂らし
気が付いたら…
自分の遺体を眺めて居ました。
『あぁ…死んじゃった…』
そう一人で呟いている時に
後ろから、
英子と、景子と、由美子が
『お父さん!』って
声を掛けてくれて…
もう私…
三人にしがみ付いて…
大声で叫んで、
大声で泣きました。
英子が私に
『お父さん、皆んなで上に(あの世)
行こう…上で一緒に暮らそう』
って…
私は皆んなで
一緒に居られる事が嬉しくて、
でも、
私の身体が
空に上がらないんです、
とにかく重たくて…
やっぱり
自殺した人は
成仏出来ないんだ、
家族とは一緒に居れないんだ、
そう思うしか
ありませんでした。
『ごめんよ…
せっかく会えたのに…
お父さん自殺しちゃったから…
一緒に行けないみたいなんだ』
そしたら子供達が
『嫌だ、お父さんと
一緒じゃなきゃ嫌だ!』って
泣き出して、
そしたら英子が
『じゃあ上に行かなくても、
家族でズッと一緒に
此処で暮らそう!』
そう言ってくれて…
その時
シマさんが私の肩を
「トントン」と叩いてくれて
『こんにちは、どうしました?
何かお困りですか?
私はシマモトと言います、
何か私に出来る事があれば
力になりますよ』
家内が家族の紹介と
今現在の状況を説明すると、
シマさんは微笑みながら
『太郎さん、
身体が重いのは
色々な事を考え過ぎです!
もう魂は
肉体から離れていますよ!
実は
そこにぶら下がっている
太郎さんの肉体は、
親から、
先生から、
先輩から、
上司から、
または哲学書や宗教書から
色々な事を学び、
吸収している肉体なんです。
無意識のうちに
『人間とは、こう生きるべきだ!
こうすると
結果はこう成ってしまうぞ!』
みたいな事を
自分自身に
『暗示』
を掛けてしまっているんです。
そこで、
考え方を少し
整理しませんか?
『俺は、他人を殺さなかった!
親孝行した!
妻を愛した!
子供を愛した!
家族の為に頑張って働いた!
俺は100点満点の男だ。
とっても前向きに
頑張った人生だった!
おっ、いま目の前に
探し求めて居た妻子がいる、
よっしゃ~最高じゃん!
よーし、皆んなで一緒に
上で暮らそう!
はい、太郎さん!
俺は、から復唱して!』
シマさんの言う通りにすると
本当に身体が軽くなって来て…
その後
シマさんが私達家族を
「あの世」まで送って下さって、
『太郎さん、
自分で自分を縛り過ぎない様に、
とにかく家族で楽しく
過ごして下さいね』
そう言って下さり
私は思わず
「シマさんは、
お若いのに本当にしっかり
された考えをお持ちなんですね、
助けて下さり
本当にありがとうございました」
って言ったら…
『見た目は二十代なんですけど、
生きていれば90歳を超えて
居るんですよ。
ヤヤコシイ男で、
ごめんなさいね。
太郎さん、
物事ポジティブに受け止めて、
肩の力を抜いて楽しく
行きましょうよ』
そう言って下さり
いま現在
私達家族は
「この世」で楽しく暮らして居ます」
話しを聞き終わった利秋は
ボロボロに泣き崩れている。
そして思わず
太郎に抱き着いてしまい
「良かったですね
奥様に会えて!
娘さん達に会えて
本当に良かったですね!
御家族で
納得の行くまで、
思い切り…
幸せを満喫して下さいね!」
利秋は
鈴木太郎の背中を
さすりながら泣いている。
自殺の、
善し悪しを言った訳ではない。
結果として
家族で一緒に暮らせて居る
今現在の
鈴木家の生活を祝福したのだ。
太郎は、
初めて会った利秋の
言葉がとても優しくて、
其の想いが嬉しくて、
胸の奥が熱くなってしまい…
だから
利秋の肩に頬を預け
思わず涙を
こぼしてしまった。
シマモトと利秋は、
旅行に出発する鈴木一家を
笑顔で見送った後に
「この世」の散策を再開した。
《 8…イジメについて 》
利秋は自分の胸を
5回ほど右手で軽く叩いて
何となく気持ちを落ち着かせ、
「あのシマさん、質問しても良いですか?」
そう話を切り出した。
「どうぞ利さん!」
「…自殺された方も、
「この世」に来れるんですね、
私は
テレビ番組の影響で、
その場所から
離れられない、
なんて
勝手にそう思ってました」
「利さん、
誰でもじゃないんですよ、
太郎さんみたいな方だけですよ!」
「えっ?」
「太郎さんは、
家族と一緒居たい!
と言う気持ちが強かったので、
私の言葉を素直に
受け入れてくれましたけど、
例えば
何もかもが嫌になって、
突発的に自殺された方、
また誰かに殺されてしまった方、
また交通事故て亡くなられた方、
そう言った方達は
何となくその場所から
離れにくい
みたいなんですよ。
私も一応
死後の世界を説明をして
『気持ちを切り替えませんか。
大丈夫ですよ
私が案内しますよ。
一緒に
上の世界に行きませんか?』
そう勧めるんですが、
どうも御本人がねぇ…
私の話しに納得して
あの世に行かれる方が
半分くらいで。
動きたがらない方も半分くらい
居られますね。
だから、
『気持ちの整理がついたら
上がって来て下さい。
あの世では
楽しい次のステージが
待っていますよ』
そう言った事を伝えて
ソッとその場から離れます。
また、
イジメられて自殺された方は、
現世にとどまり
加害者に対して、
いつか復讐してやりたいって
思ってますね」
利秋は深く頷きながら
「きっと辛くて、
悔しかったんでしょうね!」
「そうですよね、
気持ちは分かりますよね、
親も、教師も、友達も
誰も気づいてくれない、
気付いても
味方に成ってくれない、
見て見ぬ振り
知らん振り、
助けてなんて
貰えないわけで。
中には
親兄弟に心配させない為に
一人で抱えている人もいます。
またイジメられて居る事を
恥ずかしくて言えない人も居ます。
いずれにせよ、
一人で
耐えて、耐えて、耐え抜いて、
其れでも
イジメられて、
泣いてるのにイジメられて
何処にも逃げ場が無いんです!
本当に可哀想ですよね」
利秋は、
(シマさんはきっと、
沢山の方達を助けたんだろうなぁ)
そう思いながら
「あの…そんな時
シマさんは
その方に、
どんなアドバイスをされるんですか?」
「私ですか、
私は、的確なアドバイスをしますよ!」
「さすがですね。
いじめっ子はいずれ
下の世界に行くから
今はとにかく
上の世界に行きましょう。
楽しい事が沢山ありますから、
みたいな感じですか?」
「あっ、利さんゴメンなさい、
私はイジメに関しては、
そうゆう悟りを開いた様な言葉は
使いません。
素直に、
「仕返しに行こうぜ!
そいつらを、ぶっ殺してやろうぜ!」
って言います」
利秋の目は点に成り
「変わったわ~!
シマさんの印象が思いっきり変わったわ~!
えっ!マジですか?
マジでシマさんが
ぶっ殺しに行こうって言うんですか?」
「はい、マジですよ、
利さんに嘘はつきません。
ありのままの
私の表現です」
「えっ、ありのままに
言っちゃって良いんですか」
「はい!
隠す様な
やましい事じゃ無いですから。
実は、
一カ月ほど前にも
被害者の女の子に協力して来ました。
だって
イジメる奴らを野放しにして置くと
第二、第三の被害者が
出るんですよ。
生きている先生達は
その事を
分かって無いんですかね?
隠してもいずれ、
何らかのカタチでバレますけどね。
その時の代償の方が
大きいと
思うんですけどね。
とにかく
私は、
イジメを許しませんよ、
もう死んでいる人間ですから、
何のしがらみも有りませんからね、
イジメっ子を思いっきり、
叩きのめす事に
決めているんです!」
「あの、シマさんが下界に落ちたり
しないんですか?」
「いつも手伝って居ますけど、
被害者の心を救う
お手伝いは、
なんだか?
大丈夫みたいですよ!」
「良かった~
まぁ確かにイジメの首謀者や、
いじめっ子を野放しに
して置くのは大変に
危険な事ですよね!」
「でしょう!」
シマモトは嬉しそうに親指を立てると
「まず、
イジメを受けて自殺をされた女の子に、
どの様な
事をされたのか?
聞き取り調査をおこないました。
その後に
「じゃあ、どんな風に仕返しをする?」
と言う話し合いで
二日間盛り上がりました。
そして方法がまとまった時
「さぁ、四人の奴らをブチ殺しに
行こうぜ!」
って私が言うと
彼女は下を向いてしまい
「あの…やっぱり…殺す所までは
しなくていいです。
イジメた人間と同じ風には
なりたく無いんです。
痛い目に
あわすだけで良いです」
と、言われたので、
私は
「貴女は本当に優しいですね!
よし、
じゃあ私に任せて下さい
私の後ろに着いて、
しっかりと
観ていて下さいね」
そう言って
一人目の前に行きました」
今、
利秋の胸は、
ドキドキと高菜って居る。
(やられたら、やり返したい
誰もがそう思っている。
でも実際には、
なかなか出来るものではない。
なぜなら、
いじめっ子達は
徒党を組んでいるからだ。
でも、
目の前に居る
シマさんには、
そんなモノは関係ない、
やり返すのだ。
いやもう、
やり返してくれたのだ。
ワクワクするではないか、
イジメっ子達の末路。
じっくりと
聞かせて貰おうではないか!)
利秋は、
そう思いながら
シマモトの話しに身を乗り出し、
拳を硬く
握りしめた。
「利さん、
一人目の男は
イジメの首謀者です。
毎日彼女を叩いたり蹴ったり、
時には学校の階段から
彼女を
突き落として、
痛くてうずくまって居る彼女に
ツバを吐き掛けたり、
また、
彼女がお弁当を食べていると
いきなりゴミ箱を
頭からかぶせたり。
普通そんな事しますか?
しませんよね。
私に言わせると、
とにかく野蛮で最低な男でした。
だから私は、
その男を駅の、
長い階段の一番上から、
蹴落としてやりました!
ゴロゴロ転げて行って、
途中で
頭がかち割れて、
大出血!
余りの痛さにオシッコ漏らして
大泣きしながら、
下まで
転げ落ちて行きました。
肋骨、鎖骨、右腕、右足、
全部複雑骨折で、
全治五ヶ月の重傷!
更に頭に
後遺症が残るとドクターが
言ってました。
当然、
大学の受験にも間に合わなくて
ザマアミロでした。
犯人が分からないので
ビビってしまい、
家から一歩も
外に出れなく成りました。
次の男は、
バイクの運転中に前輪を
ロックさせてやりました!
身体が前方に
3回転しながら飛んで行き、
道路に叩きつけられ
後続車にひかれて
全治四ヶ月の重傷!
余りの恐怖に
この男も
しょんべんチビってました。
こいつは
「バイクのブレーキが
故障してたんだから
しょうがねえだろ」
そう言って何回も彼女に
バイクをぶつけていました。
当たり屋ですかねコイツは!
危険な野郎です。
彼女は自殺する当日まで痛くて
足を引きずって
居たんですよ。
本当にクソみたいな男です。
あっコイツも頭に
後遺症が残ると
ドクターが言ってました。
三人目は女です!
鼻歌混じりで歩いている所、
友達の目の前で
ドブ川に
叩き落としてやりました!
汚い水がお腹に入って、
吐き下しの食中毒状態になり、
二ヶ月間の点滴入院!
いまだに後遺症に悩んでいます。
この女は、
ただ休憩時間に
座っているだけの
彼女の頭に、
牛乳をかけたり、
頭を叩いたり、
周りの人間に
「皆んな、コイツと口聞くなよ」と
煽った奴です。
そして四番目の女は…
学生カバン全開の状態で
肥溜に突き落としやりました!
其れも後輩達の前で、
頭からダイブ!
全身ウンコまみれ!
スマホも教科書も全て廃棄処分!
皆んなに「臭い先輩」と
笑われて、
現在、
家から一歩も外には出られない
引きこもりに成りました!
この女は既に
他の弱い後輩達にも
イジメの手を伸ばして居ました。
人一人が自殺をした後にですよ!
つまり反省と言う事を知らない
馬鹿野郎なんですよ。
利さん、今の話しを聞いて
「やり過ぎじゃね!」
って思うかも知れませんが、
私に言わせて貰えば
当然の報いなんです。
人って、
誰もが死ぬ事が一番怖いんです。
なのに自殺する人が居る。
イジメた奴らは、
精神的な辛さと
肉体的な苦痛を織り混ぜながら
その人を、
そこまで
追い詰めるんです!
私の後ろで観て居た彼女は、
小さく拳を握り
『よし!』って
呟きながら
涙をこぼしてました。
私は彼女に
「気が晴れましたか!
あの四人は、
貴女を殺したも同然ですから、
死んだ後は
下の世界に行きます。
だから二度と貴女と
会う事はありません。
どうでしょう
私と一緒に
上の世界に行きませんか?」
と言うと、
彼女は、
嬉しそうに頷いてくれました」
利秋は話しを聴きながら、
イジメられた女の子が
可哀想でならなかった。
どんな辛い毎日をおくっていたのか。
だから、
「シマさん、やり過ぎだなんて、
少しも思っていませんよ。
むしろ話しを聞いて、
胸がスッとしました。
ただ、
もしも親兄弟か、教師か、友人が、
彼女の味方に
着いてくれれば、
きっと
自殺はしなかったでしょうね」
「利さん、その通りです。
実は、
大阪のある中学校で
イジメが有りましてね。
ある日、
娘の様子がおかしいと思った
勘の良い
お母さんが、
もしかしてイジメにあって
居るのかと思って、
買い物に一緒に行き
映画を観て、
その後に
喫茶店に入って、
娘さんの顔をジッと見つめ
「お母さんは、何があっても
貴女の味方だから、
絶対に守るから!
何かあるなら言って欲しい…」
そしたら娘さんが泣き出して、
(あぁ、やっぱり娘はイジメられて
居るんだ、
気づいてあげれなかった…)
そう思っていたら、
娘さんが、
「親友のサナちゃんが、
男子二人、女子二人にイジメられて居て…
仲間に入らないと
お前もイジメると言われて…
私怖くて…
サナちゃんが四人から叩かれて、
パンツを脱がされて
「今日一日それで授業を受けろ!」
って言われて…
泣きながら授業を受けて…
次の日から学校に来なく成って…
親友を助けられない自分が
本当に情け無くて…」
(えっ?私の娘は
イジメる側に入ってたの?)
でも、
そのお母さんの偉いのは
そこからで、
「辛かったね
怖かったんだよね。
だけどサナちゃんは…
もっと怖かったんだと思うよ。
お母さんと一緒に
サナちゃんと親御さんに
謝りに行こうか」
夜に成って、
仕事から帰ってきた
お父さんに事情を説明して…
そしたらお父さんが
「サナちゃんに誠心誠意
謝ろう、
許して貰えないかも
知れないけど…謝ろう」
3人で
サナちゃんの家に行って、
玄関先で親御さんに
事のしだいを説明した後に、
3人で土下座して謝って。
その家の親御さんは、
娘が被害にあった事も
驚いたけど、
3人にイキナリ
土下座された事に、
もっとビックリして。
でも、サナちゃん本人も、
ご両親も、
誠心誠意
あやまってくれた事が嬉しい、
許しますよって言ってくれて。
次の日の午前中に
二家族、ご両親合わせて六人で
中学校に相談に行って。
担任の先生方も
教頭先生も
校長先生も
とても良い人達ばかりで、
直ぐに色々な手を打ってくれて、
その後に四人の親を呼んで
厳重注意をしてくれて。
ただ、残念だったのは
イジメて居る四人に
反省の色が見られず、
四人の母親達もまさかの
バカ揃いで。
「イジメられた子にも原因が
有るんじゃないですか?
ウチの子だけを責められても…」
世間で云うところの
「うちの子に限ってババア」
だったんです。
そしたら校長先生が
「謝る事も出来ず、
反省も出来ない…
よく分かりました。
明日から四人は
学校に来ないでください。
転校して下さい。
当校では面倒見きれません!」
って言い切られて、
そしたら
四人の母親が
「うちの子達は3年生で、
高校の受験も控えているのに、
何を馬鹿な事を
言われるんですか!
教育委員会に訴えてやる!」
って騒ぎ出して。
すると
校長先生が冷静な口調で
「我が校はイジメを許さない
学校なんですよ。
お知らせでも、
懇談会でも、
全校集会でも
事あるごとに言っている事なんです。
また、
各担任の先生方も
常日頃から生徒達に
「イジメほど醜いモノはない」
そう伝えて居るんです。
其れでも、
生徒同士がケンカをする事もあります。
先生方は仲裁に入って
仲直りさせて
お互いが反省して、謝って。
でもアナタ方は、
親子揃って反省が
出来ないんですね!
そんな人間
当校には要らないです。
教育委員会には既にこちらから
相談しております。
担当の方から
加害者の親御さんから
謝罪がない場合、
毅然とした態度で対応して下さい。
と言われております。
どうぞ、
アナタ方も相談に行って下さい。
もうこれ以上…
何も話す事は有りません、
お引取り下さい」
って言い切られて、
本当に
小気味のいい
校長先生でしたね!」
利秋は嬉しそうに
「…随分と勇気のある校長であり、
教育委員会ですね。
よくニュース何かで見た光景は、
自殺している生徒が
居るにも関わらず、
先生も、校長も、教育委員会も、
イジメにつながる様な事は
有りませんでした。
そう言って逃げようとして、
後で勇気ある生徒達から
内部告発されて、
とても見っともない
結果になってしまう事が
多いですけどね」
シマモトは頷きながら
「後に、この親達は
本当に教育委員会に
文句を言いに行きました。
担当者は
親達の言い分を全て聞いた後に、
「転校して下さい!
其れも
他府県に転校するしかないですね!
転校先には必ず、
元の中学校から内申書が送られます。
また何故転校したのかと言う
問い合わせが有ります。
何処の中学校も
イジメに対しては
厳しく対応して居ますので、
受け入れて貰えないと思います。
なぜ?
イジメてしまった子供さんと
親御さんに
謝らなかったんですか?
一人の親御さんは、
娘さんと3人で
玄関先で、
土下座をして
謝ったと聞いております。
反省して謝った方と、
そうでない方の違いですね!」
そして四人の子供達は
他府県の
中学校に転校、
高校の受験も上手くいかず、
現在は四人とも引き篭もりです。
毅然とした態度で
取り組んでくれる
親御さんや、
学校や、教育委員会ばかりだと、
自殺する生徒は居なく
成るんでしょうね」
「シマさんの言われる通りですね!」
「私が仕返しを手伝った
お嬢さんは、
本当に優しくて
良い子なんですよ。
でも、
結果としての現在が
有る訳ですから
もう後は
腹を決めて前向きに
考えるしかないですよね。
彼女は今
同じような悲しみを味わった
人達と出会い、友達の輪を広げ、
楽しく暮らしてます。
今は確か…
六人の友達とシェアハウスして居て、
えっ~と…確か…
屋久島の縄文杉を観に行ってますよ」
利秋は頷きながら
「辛い思いをした分
たくさん楽しい時間を過ごして
欲しいですね。
この世で友達が出来て
本当に良かったですね!」
そう言ってシマモトに向かい
力強く親指を立てた。
還暦を過ぎた利秋、
誰かと共感する事や、
物事をやり切った時など
何故か?
必ず親指を立てる癖がある。
本人は多分、
いけているポーズだと
思って居るのだろう。
シマモトは、
利秋から親指を立てられると
必ず立て返してくれる。
本当に気のきく、
優しい90代のお爺ちゃんである。
シマモトは、
全面的に自分の考え方に
賛同してくれた利秋に対して
若干驚いていた
「利さんって、
優しい上に
ずいぶんとノリも良いんですね?
真面目が服を着て歩いてる、
そんな感じの人かと思っていました」
すると利秋は
(えっ?俺の観た目の感じって
真面目君なの…)
そう思いながら
「シマさん、
私だって生きている時に
イジメに遭いましたし、
妻も子供達もイジメにあった経験者です。
ですから、
辛さ、悔しさ、切なさ、
身をもって知っていますよ。
ただ幸せな事に
周りに
味方が居てくれたんです。
私の味方は少数の友達。
妻の味方は正義感の強いヤンキー仲間。
子供達の味方は母親であり、
少数の友達でした。
妻子の味方に成ってくれた
少数の友達に、
心から感謝しています」
「利さんもイジメられた
事が有るんですね、
どうりで優しいと思いました」
利秋は頭を摩りながら
子供の頃を思い出していた。
「…父親が、
自分の稼ぎ以上に遊ぶ人でしてね、
私は、
幼稚園から
中学を卒業するまでズッと、
月謝が期日までに払えなくて、
皆んなの前で
「すみません、用意出来ませんでした」
そう言って
先生に頭を下げて居ました。
すると周りから
「こいつの家、貧乏だな!」
って言われるように成り
「お前月謝払って無いのに
給食食べるなよ」って
からかわれて、
オドオドして…
何となく、
性格が臆病に成ってしまい
其れから
イジメられるように成って。
だから、
周りの雰囲気が
何だか怪しいぞって感じた時は
上手く人目を避けて
逃げれる習慣が
身につきました。
イジメられたと言う経験が、
危険察知能力と自己防衛能力を
高めてくれたんだと思います」
「なるほど、
大変な思いをした経験は、
決して
無駄には成っていませんね」
「そう思います。
大人に成っても
ポジティブな生き方を
常に心がけて居ました」
シマモトは手を叩いて喜び
「とても良い事です
物事を
悲観的にとらえる癖がつくと、
ドンドン不幸な方に
自分を追い詰めてしまいますからね」
そう言って、
話しが弾んでいる時に、
二人の背後から…
「シマさん、こんにちは、
お久しぶりです」
と言う声がかけられた。
シマモトは振り返ると
「…あっ、岡さん!
お久しぶりです、
何処か旅行にでも行って
おられたんですか?」
「はい、金沢の方に」
「いいですね、お城があり、
庭園があり、美術館があり
楽しかったですか?」
「えぇ、生きている時に行って観たいと
思いながら
死んじゃいましたから、
あのシマさん、隣の方は…」
シマモトは微笑みながら
「此方は田口利秋さん、
私は「利さん」と呼ばせて貰って居ます、
岡さん、仲良くして下さいね!」
すると岡崎は、
無遠慮に利秋の顔を
ジロジロと見つめると
「俺…岡崎直也、
田口利秋って…
なぁ、俺の事覚えてないか?」
利秋は小さく首を傾げ
(困ったなぁ、
向こうは覚えているのに、
こっちは名前どころか、
顔すら覚えてないよ)
そう思いながら
「すみません…えっ~と、
私が美容師をして居た時の
店の
御客様でしたかね?」
「違うよ、中学時代,
クラスは違ったけど、
俺、お前の事を
「貧乏人!」って
イジメて居て
三回ぐらい殴った事があるんだよ!」
すると、
今まで優しかったシマモトが、
いきなり
岡崎の後頭部
ペシンっと叩き、
「お前かい!利さんをイジメたのわ!
人の痛みが分からんのかい!」
そう言って睨み付けた。
岡崎は肩をすぼめ
「はい、スミマセン。
俺…ズッとその事が
気になって居て、
あの時イジメた田口は、
どんな大人に成ったんだろうか?
自分が父親になった時に、
何で俺
イジメなんてしてたんだろう、
自分の大事な息子や娘が
意味もなく殴られたり、
蹴られたりしたら
どんな思いをするんだろうって、
もうズッと田口に謝りたくて
今、
お互いに死んでしまって居て
本当に遅いのは、
分かっているんですけど、
田口!
あの時は本当にごめん!
申し訳ありませんでした!」
そう言って
岡崎は深々と頭を下げてくれた。
シマモトは、
そんな岡崎を見つめ
(この野郎、本当に遅いんだよ!
今後のつき合いかた考えるからな!)
と思っていた。
すると利秋は微笑みながら
岡崎の肩を軽く叩き
「謝ってくれて
ありがとう。
岡崎の顔は覚えて無かったけれど、
叩かれた事は
何となく覚えてる。
だけど、
岡崎に叩かれた事で、
社会に出た時にさ
周りに対して
警戒心を持って行動するように
なれたんだ。
だから、
危なさそうな飲み屋さんにも
行かなかったしね。
其れに
暴力や暴言では、
なにも解決しないって
分かったから、
家族に対しても
歳下の知り合いに対しても、
同僚に対しても、
常に丁寧に接する事が
出来てさ。
結構みんなから
好感を持って貰って、
それってもしかしたら
僕を叩いてくれた
岡崎のおかげかも知れない。
だから
気にしなくて良いよ!」
すると
岡崎は首を強く横に振りながら
「違う、違う、違う!
田口がしっかりしてたから
プラス思考に
とってくれたからだよ!
普通は萎縮してしまい
周りが怖く成り、
中には引きこもる人だっている。
俺は
本当に自分勝手で、
短気で、
馬鹿野郎で、
だからバチが当たって
7年前に妻子に出て行かれて…
一人ぼっちに成ってはじめて
他人の心の痛みを知って、
それで、
2年前にアパートの一室で
風邪をこじらせて、
肺炎起こして、
孤独死しちまったんだよ」
シマモトも利秋も
言葉を失ってしまった。
可哀想に、
と言う思いも出た。
しかし
身勝手な人は
最終的には人から背を向けられ、
誰からも相手にされ無いんだなぁ
とも思った。
岡崎は寂しげな表情で
「田口に謝れて…
本当に良かった。
許してくれて…ありがとう」
利秋は何だか心が苦しく成って来て
(岡崎、一人で大丈夫かな)
と思い
「岡崎…今から何処かに行くの?」
と尋ねた。
岡崎は小さく微笑み
「…今から女房と子供の所に
行くんだよ。
ほぼ毎日行ってるんだ、
謝りにね…
生前
ちっとも大事にしてやれなかったから、
俺の声は届か無いけど、
其れでもいいんだ。
家族の顔を
観て居るだけで良いんだ。
じゃぁ、また、
シマさんゴメンね
話しの間に入ってしまって」
するとシマモトは、
岡崎をギュッと抱き締め
「利さんに謝れて良かったね!
さっきは頭を叩いてゴメンね。
奥さんと、子供さんのもとに
行ってらっしゃい」
岡崎は小さく頷き
二人の前からスッと消えて行った。
シマモトは利秋を見つめ
「岡さん…利さんに謝れて
ホッとしてましたね」
利秋は小さく微笑み
「シマさん、本音を言えば、
急な事でビックリしました。
実際のところ、
誰かに叩かれた事は
覚えているんですけど、
でも岡崎の事は
うっすらとしか
覚えて無いんですよ。
岡崎は…
気にして居たんですね」
「その様ですね。
岡さん、いずれ生まれ変わると
思うんですけど、
どうか、
イジメは良くない事だと
ズッと覚えて居て欲しいですね」
そう言って親指を
ピョコンと立てた。
《 9…友達について 》
利秋が質問をして、
シマモトが答えてくれて、
そんなやり取りをしながら
歩いていると、
横道から歩いて来た男性が
いきなり
「田口じゃないか?
そうだよ、田口だよな!
俺だよ、覚えてるかな?」
満面の笑みを浮かべる男前、
体格の良い壮年の顔に、
高校時代の面影が残っている、
忘れる訳がない、
彼は自分にとっての
ヒーローなのだ。
「山本!」
「そうだよ山本!
田口、
いつコッチに来たんだい?
シマさんとも知り合いに
成っているんだね、
良かったなぁ
シマさんは何でも知って
おられるからね…」
利秋は山本の顔をジッと見つめ
(相変わらずカッコイイなぁ、
でも、喋り出したら止まらない所は…
高校時代から変わってないなぁ…)
そう思いながら、
シマモトに目を向けると
シマモトも、
山本はよく喋る男だと言う
認識が有るらしく、
クスクスと笑い出した。
「なぁ田口は、結婚とかしたのかい?」
「したよ、家内と二人の息子の
四人暮らしだったよ。
山本は?」
「三回結婚したけど、
三回離婚したよ!
俺さ、大学を卒業した後にさ……」
話を続ける山本の顔を見ながら、
利秋は高校時代の頃を
思い出していた。
高校時代の山本は、
男性からも、
女性からも、
先生達からも
とにかく大人気で
モテまくって居た。
ハンサムで、スポーツ万能で、
おしゃべりが上手で、
成績も常に学年トップで、
その上、
誰に対しても
優しいときている。
まさしく
非の打ち所がないのだ。
なのに山本は、
何の取り柄も無い自分と
ウマがあったのだ。
出会った当初、
自分は
彼の引き立て役なんだと思っていた。
其れでもいい、
イジメられるより
何倍もマシだと思っていた。
ところが山本は、
3年間、
利秋と対等に
付き合ってくれたのだ。
勉強もスポーツもアルバイトも、
どれだけ彼に、
色々な場面で助けて貰った事か。
彼は大学に行き、
自分は美容師の道に、
付き合いは高校の三年間だけだったが、
利秋からすれば
本当に優しくて
最高の友達…
と言うより、
自分にとってのヒーロー
だったのだ。
山本の話しは仕事で海外に
行った事に入り、
契約の獲得、昇格、結婚…
そして
三度目の離婚を経験して、
「…もう結婚は懲り懲りだよ」
と言う所で、
話がいったん止まる事と成った。
話しきったと言う満足感だろうか?
山本は
満面の笑みを浮かべ、
利秋とシマモトの
顔を見つめながら、
何度も嬉しそうに頷いている。
しかし
利秋の方からすれば、
話しの中で出て来た、
なぜ、山本が3回も離婚したのか?
その部分だけが気になって
しょうがないのだ。
(…山本は自分から
人を裏切る様な男ではない。
しかし
「何が離婚の原因なの?」
なんて
口が裂けても
聴けるわけがないよね…)
そう思っていると、
横からシマモトが
「いや~山さんが三回の離婚歴が
有るなんて初めて聞きました。
理由は何ですか?」
いともアッサリと質問したのだ。
利秋は心の中で
(えっ?シマさん!
何言ってるの、そこ聞くの!
いやいや、駄目でしょ、
山本が泣き出したらどうするの?)
と、思っていると…
山本は頭を摩りながら
「いや~…私が半年くらい海外に
単身赴任して居る間に、
家内が浮気してましてね、
マンションに帰って来た時には、
もう既に
家内と、
家内の荷物が無くて、
テーブルの上に離婚届だけが
置いてあって、
其れが三回も続きましてね、
さすがに落ち込みましたよ。
三人とも自分から結婚を
迫って来たのに。
もう私は完璧な
女性不信症に成りましたね。
その後も
四人の女性に告白されましたけど、
もう全て断りましたよ。
食事に一緒に行ったとか、
呑みに行った事があるとか、
そんなの一回も無くて
仕事のみのお付き合いで
いきなり、
私と結婚して下さい、って…
もう精神的に無理でした。
でも、私も健康な男性で、
性欲もあるわけで、
でも生きている女性は、
もう本当に
懲り懲りのウンザリで、
結局、手を出したのは、
通販サイトで見つけた、
高級ラブドール、
52万円!
とっても柔らかい、
私の4番目の奥さんです!」
シマモトと利秋は、
顔色を変えずに息を呑んだ。
山本は更に
「家内は可愛い顔で、
僕が仕事から帰って来るのを
ジッと待っているんです。
2か月でも半年でも…
当たり前ですよね、
人形なんだから!
でも本当に可愛くて
癒されましたよ。
ズッと私の話しを聞いてくれて、
ズッと
微笑んでくれて居るんです。
いつ、どんな時にキスをしても
怒らないし、
僕が求めれば何時でも
応じてくれて…
当たり前ですよね、
生きてないんですから!
でも本当にラブドールに
恋しちゃって…
俺ズッと一人で喋って
自分で答えて、
死ぬまでズッ~と
独り言を言ってて…
田口、
俺…ズッと一人で喋っていたよ…」
利秋は話しを聞きながら
腹が立って来た。
山本にではない。
当然三人の
元嫁に対してである。
「ゴメンな田口、
俺って変な奴だろ…
高校時代の時とは
全然違っていて、
ガッカリしただろう…」
利秋は首を強く横に振りながら、
既に涙をこぼしている
「山本は少しも変じゃ無い!
変なのは、
三人の奥さん達だよ!
お前みたいな良い奴を
裏切って、
バカじゃないのか…
山本は!
山本は、スっごく良い奴なのに、
シマさん、
本当に良い男なんですよ…」
「おいおい田口…泣かないでくれよ」
(まさか泣かれるとは…)
山本は
そう思いながら
オロオロしている居る。
そんな
山本の背中に、
シマモトがいきなりオデコを
くっつけた。
「えっ?シマさん…どうしたんですか?」
山本がそう言いながら
振り返った瞬間、
シマモトは、
二人の前からフッと消えてしまった。
山本は小さく首を傾げ
「しまった、
俺が愚痴ってしまったから
シマさん、
気分を悪くして
帰ってしまったのかな?」
利秋は首を横に振りながら
「いや、違うと思うよ、
シマさん優しい人だから、
何か急用が出来たんじゃないかな」
次の瞬間、
シマモトは二人の前に
パッと姿を現した。
「はい!ただいま帰りました!」
山本はシマモトを見つめ
「シマさん、急に消えてビックリ
しました。
どうしたんですか?」
そう尋ねると
「いや~山さんの話しを聞いて、
なんだか腹が立って
来ましてね、
三人の元嫁の、
その後を観て来ました。
山さんに
頼まれても居ないのに、
ごめんなさいね、
大きなお世話なんですけどね。
まず、
一番目の奥さんは、
再婚して1年後に
浮気されて、
別れて居ます。
人様の女房を寝とる様な
クソ男が、
一人の女性で
満足する訳が無いですよね。
二番目の奥さんは
半年で離婚しています。
男からの暴力と、
賭事による借金です。
三番目の奥さんなんかは、
男の事業の失敗で、
たった4ヶ月で
離婚しています。
そして…
三人の奥さん達には、
面白い
共通点が有りました。
皆んな山さんを裏切った事を
後悔して居ます。
更に三人共、
山さんと、
もう一度やり直して貰いたくて、
何回も会社に尋ねて来ています。
しかし…
後に、山さんに
結婚を申し込む四人の女性達から、
ことごとく
追い返されていました!」
利秋は山本の顔を見つめ
「山本ごめん!
俺いまシマさんの話しを
聞いて、
三人の元嫁達に
ザマアミロ!
山本みたいな良い男を裏切ったから
バチが当たったんだ!
自業自得だ馬鹿野郎!
って思った。
俺には関係無いのに
本当にゴメン!」
山本は満面の笑みを浮かべると
「ありがとう田口、
俺の為に怒ってくれて。
そしてシマさん、
ありがとうございます。
僕は
心の器が小さいものですから、
本音を言わせて貰うと
今の話しを聞いて
胸がスッとして居ます。
俺みたいなイカした男は、
そうそう居ないぞ
逃がした魚は大きいぞ!
そう思いました。
本当に僕は、
小さい男ですよ!」
「小さくなんて無いよ!
離れてはじめて山本の良さが
分かったんだよ。
本当に馬鹿な女性達だよ!
俺が女性だったら絶対に
山本を離さないよ!」
「ありがとう田口!
今度生まれ変わったら
結婚しようか?」
「ゴメン、来世も女房と夫婦に
成りたいんだ!」
山本は笑いながら
「そうか!
あっさりフラれちゃったな!
でも田口は、
素敵な女性と結婚したんだな、
友達として
本当に嬉しいよ。
高校の時に、
俺はブサイクだから、
女性には、
目も向けてもらえないよ、
そう言ってて、
俺が、
男は顔じゃないよ、
中身で勝負だよ、って言ったら、
ハンサムな山本に言われても
説得力が無い、
って笑っていたけど、
でも田口、
お前は、幸せを勝ち取った!
俺は、幸せでは無かった!
だから田口…
お前の勝ちだよ!
さて、
妻のラブドールに、
三人の
元嫁の話を聞かせてやろう、
シマさん、田口、また今度…」
そう言った後に山本は、
右の方に指をさし
「田口、
あそこにログハウスが見えるだろ
俺の家なんだ。
何時でも遊びに来てくれよ!」
そう言って山本は
自分の家に帰って行った。
作者 田村トシミ
《 1…死んだ後って 》
彼は10ヶ月のあいだ、
暇を見つけては
ズッと下界を見つめて居た。
一人の女性が嬉しそうに
語っていたのだ。
「優しい御家族がいたの…」
彼女は嘘をつく様な人ではない。
だから彼は余計に気になって
しょうが無かったのだ。
「あぁ…あの家族だ!
やっと見つけた。
あの人達が
お京さんが言っておられた
御家族なんだ。
本当だ…
優しそうな人達だなぁ、
あれ?…えっ?
2人の子供さん達って、
えっ?嘘マジで、
そんな偶然ってあるんだ。
でっ…なに?
お父さんは
病院で危篤状態なの!
えっ~!
もう直ぐ此方に来られるんだ。
あぁ…
奥さんと子供達は辛いよね。
でも御父さん…
優しそうな方だなぁ、
こっちの世界で
仲良くして貰えると嬉しいなぁ」
彼は、
そんな独り言を言いながら、
その男性を
ジッと見つめて居た。
4月19日。
利冬は腕時計に目を落とした。
午後2時を少し過ぎて居る。
(俺は長男だからしっかりしないと…)
そう思いながら
下腹に力を入れた時、
弟の利春と目が合った。
目が真っ赤に充血している
きっと
何回も泣いて居たのだろう。
「兄ちゃん…」
心細そうな弟の声。
利冬は利春の肩を力強く抱き寄せ、
ただ黙って頷く事しか出来なかった。
里美は、
押し迫る恐怖と闘いながら、
夫(利秋)の右手を
自分の胸の中に包み込んでいる
「…ねぇ、利ちゃん、
30年前の今日、
まさしく2時、
覚えて居るでしょう、
私達2人が、
結婚したのよ。
本来なら今日は、
結婚記念日じゃないの。
どうしちゃったのよ利ちゃんの売りは
笑顔でしょ
『俺は出っ歯だから
何時も
笑って居る様に見えるんだ』
そう言ってた貴方が、
何で
死にそうな顔してんのよ
起きてよ!
ゴメン嘘だよ、
冗談だよって…
そう言って起き上がってよ。
今なら
笑って許してあげるから、
だからお願い…
私を置いて逝かないでよ」
意識が混濁している男性の耳には
妻の懇願は届かない。
しかし、
うっすらと開いた彼の目には、
ベットに身を乗り出している
妻子の泣き顔だけは
ちゃんと見えていた。
「…あれ…?どうしたの?
里美が泣いている…
あれ?
利春も泣いている…
えっ?
利冬も泣いているのか?
どうした
何かあったのか
誰かにイジメられたのか?
待ってな、
今お父さん起きるから
あれ?
何で動けないんだろう…?
あれ、声も出ない…何で…?
里美、
悪いけど起こしてくれないか
里美!
なぁ里美!」
利春は
父親の顔をジッと見つめていたので
「お母さん!
お父さんが何か言ってるよ!」
利春の声に里美は直ぐに
夫の口元に耳を近づけた。
すると…
「…ゴメンな…動けないんだ…」
と言う言葉だけが
かすかに聞き取れた。
「あなた!」
里美の悲壮な声に、
主治医は直ぐにペンライトで
壮年の目を覗き込んだ。
静まりかえった病院の一室で、
たった今
1人の壮年が息を引きとった。
ベットに寝ている壮年の身体から、
魂がフンワリと
浮かび上がって来た。
「…えっ?なに?
えっ?あっ!…そうか…
俺は死んだんだ!
だから声が出なかったんだ。
あぁ…
もう少し
生きて居たかったなぁ
人が死ぬ時って
こんな感じなんだ…」
62歳の彼は
そんな独り言を云いながら、
主治医の横に立ち、
自分の遺体を客観的に
見つめて居た。
主治医は時計に目を落とすと
「14時27分…
お気の毒ですが、ご臨終です」
そう言って一礼すると、
足早に病室から出て行った。
3人は呆然として身動きが出来ない。
ベットに寝ている父親に目を向けると
薄目を開け、
口元は笑って居る様に見える。
里美が
「お父さん…本当に死んじゃったの…」
そう呟いた次の瞬間、
家族の中だけ
時間の流れが止まった。
里美は利秋(夫)の胸にうつぶして
泣き出し…
長男の利冬は、
両手で自分の顔を
隠して泣き出し…
次男の利春は父親の足を摩りながら
泣き出した。
利秋は
その光景を観ながら
「皆んなゴメン!
お父さんの親戚は、
皆んな血圧系の病気で
亡くなって居るんだ、
お父さん、
けっこう気をつけて居た
つもりだったんだけど
本当にごめん。
そう言っても聞こえないか…」
そんな風に呟く利秋の魂は、
徐々に
空中に浮き上がり出した。
「えっ?なに?なんで?」
利秋は瞬時に
(あっ!もう二度と、妻子には
会えないんだ!)
と言う懸念を心の中に抱くと
「チクショウ!
もう別れの時が来たんだ!
里美!愛してるよ!
俺と結婚して幸せだったかい、
俺は、
とっても、
幸せだったよ!
一緒になってくれて、
ありがとう!
本当に大好きだよ!
利冬!優しい女性と結婚するんだよ!
お前の事だけをジッと見てくれて、
派手じゃなくて、
家庭的な女性の方が
良いと思うよ!
利春!お前は好き嫌いが多いいから、
料理の上手い人を探すんだよ、
お前の事だけを
愛してくれる人!
絶対に居るから!
大丈夫だから!
皆んな、
さよなら、大好きだよ!
一年に一度、
お盆の時にでも
帰って来たいな!
帰って来れるのかな?
来れると良いな、
いつまでも家族と一緒に居たかったな、
離れたくないよ、
でも、
さようならって
言わなくちゃいけないんだよね、
ちくしょう!
体の浮きが止まらない!
皆んな愛してるよ!
本当に愛してるんだ!
さようなら…」
利秋は出来る限りの早口で
家族に
最後の別れを告げた。
やがて利秋の魂は
天井を通り抜け
病院の屋上に上がり、
更に病院を見下ろす
高さまで上がって来た。
家族に泣きながら手を振る利秋の目に、
ふと、
自分の家の屋根が映った。
ブルーシートの帽子をかぶって
いる様に見える。
すると
今まで悲しかったはずの心の中に、
急に
怒りの感情が込み上げてきた。
「悪徳不動産め
嘘ばっかりつきやがって!
築45年の中古物件だから
『雨漏りはしませんか?』
って聞いたら
『はい!大丈夫です!』
って言うから
買ったのに
雨漏りだらけの家だったじゃねえか!
金が無いから12年間も
ブルーシートを使って
雨漏りと戦ったわ!
75歳までローンが残っているけど、
俺が死んだから
ローンは保険で
無くなるんだよな…
まぁ…
それで良しとするか。
あっ~俺って本当に
死んじゃったんだよね…
って、これって夢かな?
いや夢じゃないんだよね…」
そう言ってタメ息をついた後、
妙に冷静になって居る
自分自身に気がついた。
「其れにしても
町の景色が綺麗だわ~
家族で
飛行機を使った旅行なんて
一度も行けなかったなぁ…
お父さんは本当に
甲斐性なしだったよね。
ごめんなぁ。
でも…なんて言うか
入院して1ヶ月もしない内に
死んじゃったけど、
里美…俺が入院して居る間
ずいぶんと優しかったな…
今までキツく当たって、
ごめんなさいって言う事なのかな?」
利秋はそんな独り言を言いながら、
何となく、
ほくそ笑んでしまった。
しかし、
魂の方はと言えば
利秋の独り言など
なんの関係も無いように、
ただひたすらに
上に上にと
上がって行った。
《 2 …見た目が若い先輩 》
やがて利秋の魂は、
真っ白な
綿雲の大地と言いたく成る様な場所に
たどり着いた。
と言うか、
勝手に運ばれて来た。
パジャマ姿の利秋は周りを見回しながら
「道路も、木も、草花も
みんな真っ白なのに、
建物はカラフル…?
さてと
此処は…いったい
どこなんだろう?
スっごく不安なんですけど…」
そんな独り言を言っている時に
後ろから、
優しく肩を「ポンポン」と叩かれた。
(えっ?なに、誰…?)
そう思いながら振り返ると、
派手な花柄のアロハシャツを着た
一人の青年が、
満面の笑みをたたえながら
立って居た。
「こんにちは!
はじめまして、
私は村山シマモトと申します。
下界での人生
ご苦労様でした!」
そう言って青年は
右手を差し出してくれた。
利秋は屈託のない青年に
一瞬は驚いたが、
あまりにも真っ直ぐ
見つめて来るので
「えっ?あっ、
此れはどうも御丁寧に、
はじめまして、
私は田口利秋と申します」
若干怪訝な気持ちを抑えながら
青年の右手を握った。
青年は利秋の右手をギュッと
握り返すと
「じゃあ…利さんて呼ばせて貰いますね、
私は24歳です!」
利秋は心の中で
(初対面の人間に、
ずいぶんとフレンドリーと言うか、
人なつこい青年だなぁ…)
と、思った。
すると村山は更に
「でも…それは74年前の話で
生きて居れば98歳の
お爺さんなんですよ、
マジかよ!
なんかドン引きだぜ!
なんて思うでしょ」
利秋は瞬時に
(あっ!そうなんだ
戦争で亡くなられた方なんだ)
と、思いながら
「失礼しました。
私よりもズッと歳上の方なんですね」
そう言って深々と頭を下げた。
村山は
小さく微笑みながら
「いやいや頭を上げて下さい
昔の話しですから。
私は、
第二次世界大戦の時に
零戦に乗って
アメリカの駆逐艦に当たって
死にました!
…………
ごめんなさい、
嘘をつきました。
本当は
途中で砲弾に当たってしまい、
駆逐艦まで
たどり着けずに
海に落ちて
死んじゃいました!」
そう言いながら、
照れ臭そうに
頭をさすっている。
利秋は、
(なんの為の嘘で、
なんの為の告白なんだろう…?)
と思ったが、
いずれにしても
返す言葉が見つからず
黙ったまま
しばらく
村山を見つめ…
「あの、ごめんなさい。
なんと言えば良いのか…
すみません、
言葉が見つかりません」
そう言いながら、
また
頭を下げた。
「いやいや気にしないで下さい、
あの時は
何て言えば良いのか…
私自身パニクっていて、
『あぁ国の役にたてなかったなぁ』って
思って居たんですけど、
後に
世界中を回って観て、
今は駆逐艦に当たらなくて
良かった~
と思っています。
だってほら、
相手の方達にも、
大切な家族が居る訳ですからね」
そう言って小さく微笑んでいる。
利秋は、
何故だか胸がいっぱいに成り、
目に涙が浮かんでしまい
「すみません!
私は戦後生まれなものですから
村山さんの
苦しみや、悲しみが
まったく分かって居ません。
本当に、すみません…」
そう言って
また頭を下げた。
すると村山は
「いやいや、やめて下さいよ利さん!
頭を上げて下さい。
本当にもう
昔の話しなんです!
其れに、
利さんが謝る事じゃ無いですよ。
あの時代
『国の為に、命を捨てなければいけない』
世の中が
そんな感じの雰囲気に
成っていたんですよ」
「あの、戦争反対なんて言う人は
居なかったんですか?」
「居ましたよ!
今思えば本当に
正論を言って居られた方達ですよね!
でも、
その方達は
逮捕され投獄され
中には命を落とされた方も
おられました」
利秋は、
余りにも壮絶な時代背景に、
顔をひきつらせ
言葉を失ってしまった。
村山は微笑みながら
「利さんって
優しい人なんですね!
なんか、
ありがとうございます。
それよりも利さん、
私と友達に成って貰えませんか?
今から私の事を
シマさんって呼んで頂けると
嬉しいです!」
利秋は初対面ではあるが、
村山シマモトと言う青年(歳上)
の事が好きになった。
「ありがとうございます!
私も友達になって頂けて嬉しいです!
あの…シマさん…
宜しくお願いします!」
そう言って利秋は
また頭を下げた。
シマモトは、
目の前の利秋と言う壮年に対して
(お京さん…貴女の言う通り
何とも言えない
優しさを感じますよ。
もう
此方が喋る度に頭を下げるんだから…
少しでも早く
利さんに
この世の中を好きに
成って貰いませんとね)
そう思いながら
「利さん「あの世」に来た
ばかりだから
分からない事だらけでしょ、
何でも私に聞いてください。
大抵の事は分かりますから」
利秋はシマモトの言葉が
本当に有り難かった。
死んだばかりなので、
聞きたい事は山ほどあるのだ。
そこでまず
一番聞きたい事を尋ねる事にした。
「あの、すみません
年に一度…
家族の元に帰れたりするんでしょうか?」
シマモトは小さく頷きながら
「はい、利さんが言っているのは、
御盆の事ですよね!
私も生きている時に
親からその話を
さんざん聞かされましてね、
もし自分が戦死したら…
年に一度でもいいから
家族に会いたいなぁって
思ってました」
「やっぱり無理ですよね、
帰れないですよね…」
「あっ、いや、ごめんなさい!
私、変な言い方をしましたね、
そうじゃなくて、
逆なんです。
好きな時に
家族に会えますよ!
早い話が
「年がら年中お盆」
みたいなもんなんです!」
「えっ?」
「そう、普通は『えっ?』
って言いますよね、
でも本当なんですよ。
試しに今、
気持ちを込めて家族に会いたい!
って思って下さい」
利秋の表情は
一気に明るくなり
(マジかよマジかよマジかよ!)
そう思いながら
シマモトの言う通り
目を閉じて、
家族の顔を思い浮かべた。
(里美、利冬、利春に会いたい!)
心の中で必死に願う事 3秒。
シマモトが
とても明るい声で
「はい、利さん!
目を開けて下さい御家族ですよ!」
利秋は半信半疑で
ソッと目を開けてみた。
「えっ?あっ~病室だ!
里美、利冬、利春!
うわっ~真剣に泣いてる~
でも良かった!
また会える事が出来た!
シマさん!
ありがとうございます!
スっごく嬉しいです!」
そう言って利秋は泣き出してしまった。
シマモトは、
小さく頷きながら
利秋の肩を優しく撫ぜてくれ
「利さん!
何時でも家族に会えますから。
利さんが亡くなった後に
身体が浮いたのは、
貴方が行く場所は
『上の世界』何ですよ
と言う
『生命の法則』と言うか…
『御案内』
みたいなモノなんですよ」
「すみません、
私は何も知らないモノですから
取り乱してしまって、
人は死んだら
皆んな「上」に上がるんですね!」
「あっ、利さん!ごめんなさい、
少しだけ違うんですよ、
私の説明不足ですね。
他人の生命を奪った人は
『下の世界』
に行くんです。
故意に殺人を犯した人は当然として、
例えば、
高齢の方が車の運転で、
自分の
ハンドルミスで他人の生命を
奪うとするでしょ、
その時、
腕の良い弁護士が
無罪にしてくれようが、
罪を軽減させてくれようが、
死後の世界では
そんな事、
全然通用しないんです。
迷う事なく
『下の世界』に行きます!」
利秋は大きく頷きながら
「なるほど、
そうですよね。
亡くなられた方は無念でしょうし、
残された家族の悲しみは
計り知れない
ものが有りますもんね」
シマモトは頷きながら
「その通りです。
いずれにしても
利さんは大丈夫です!
とにかく
御家族に何時でも会えます!
安心されましたか?」
「はい、ありがとうございます」
利秋は深々と頭を下げた。
「利さん、他にも色々な質問が有ると
思うんですけど
今は、とりあえず、
御自分の気持ちが落ち着くまで、
ゆっくりと
御家族の側に居て下さい。
私は先に『あの世』に帰ってますね、
私を見かけたら
声を掛けて下さい」
そう言いながらシマモトは
病室の中から
やんわりと消えて行った。
《 3…あの世は良いかも… 》
利秋が『あの世』に帰って来たのは、
其れから2週間後の事だった。
彼は今
パジャマ姿のままで
小高い丘の上に立って居る。
前を向けば、
なだらかな下り坂に住宅街が建ち並び、
そして、
後ろを振り返ると
草原が広がっている。
利秋の目は周りの
景色を眺めては居るが…
実際は、
ぼ~っとしながら、
この2週間の出来事を
思い返していた。
「…いや~自分の火葬は
見るもんじゃないよね!
トラウマに成っちゃったよ、
なんで観ちゃったの
バカなの俺は、
本当に
何を考えていたんだろう
家内や子供達から
『お父さんは落ち着きがないって』
よく叱られたけど
返す言葉がないよね、
全くその通りだよね!
でも
俺が居なく成って、
皆んな大丈夫かなぁ~
なんて思っていたけど
皆んな強いね。
三、四日ほどは泣いていたけど、
日に日に元気を取り戻して、
少しずつ
当たり前の日常を
過ごせる様に成ってきたもんね、
良かったよ
少しづつ笑顔が戻って来て。
皆んな、
色々な事が有ると思うけど、
頑張ってね!
お父さんはね
何時でも
皆んなに会えるんだよ!
だからチッとも淋しくない!
なんてね…
本当は…淋しいけど」
そんな独り言を言いながら、
利秋は、
ボッーと立って居た。
其れでも、
徐々に気持ちが
落ち着いて来たのか、
周りのモノに対して少しずつ、
疑問を持てるくらいの
余裕が出てきた。
眼下に広がる
住宅街を見つめながら
「あれ?…何で…
グランピング的なモノが
至る所に
設置されているんだろう?
普通の家も沢山建って
居るけど、
ツリーハウスや
キャンピングカーもある…
あれ?
もしかして
死んだ後にも
貧富の差があるんだろうか?」
利秋は、
そんな独り言を呟いた。
その時、
家の中でくつろいで居たシマモトが
利秋の気配を察知して、
いきなり椅子から立ち上がると
「よし!利さんが帰って来た!」
そう言うが早いか
瞬間移動で利秋の後ろに現れた。
「利さん、
おかえりなさい!
どうですか?
少しは気持ちが落ち着きましたか?」
利秋が振り返ると
前とは違う柄の
アロハシャツを着た
シマモトが立って居た。
(あれ?…ヘアースタイルも違う…
ドレッドヘアーって…)
そう思ったが
平静を装いながら。
「こんにちはシマさん!
この間は本当に、
ありがとうございました。
いつでも家族に会えるなんて
滅茶苦茶嬉しいです!
皆んな
少しずつ元気を取り戻してくれ、
私自身、
安心して上に
上がって来れました。
あの、突然何ですが、
私いまパジャマ姿なんですよ、
その…
私もシマさんと同じような
服装にしても良いですか?」
「えっ?お揃いって言う事ですか?」
「はい!」
「どうぞ、どうぞ…何だか
照れますね、
私のこの格好が
気にいって貰えたんですか?」
「はい!カッコいいです!」
「マジですか!
何だか
めちゃくちゃ照れちゃいますよ。
でわ利さん、
心の中で私と同じような服装に
成りたいと念じて下さい」
「はい、分かりました」
利秋は目をつむり…
「ん~…」
と、念じる事2秒…
パジャマ姿の利秋は、
シマモトと同じ様な
ジーンズとアロハシャツ姿
に変わっていた。
「シマさん…どうですか?
62歳で白髪頭なんですけど
似合いますか?」
「利さん、とてもイケてますよ!
ロマンスグレーヘアーに
アロハシャツ、
合いますよ素敵です!」
「ありがとうございます!」
利秋は心の中で…
(もしも…
この世に来た時に、
シマさんに声を掛けて貰って
居なければ、
今でも
子供の様に座り込んで、
泣いて居たんだろうなぁ…
そう
思ってしまうくらいに
「死」と言うモノに直面した時、
我ながら
本当に情け無いくらいに
心細かったんだよね…)
と思っていた。
助けて貰った感謝の気持ちが
尊敬の念に変わり、
そこから更に
憧れの気持ちに変わり
「シマさんってカッコイイなぁ」
という想いに成ったのである。
利秋は今
憧れの人と同じ服装になって、
かなりの御満悦状態である。
「シマさん、
あの
少し質問をしても良いですか?」
シマモトは
明るい表情で質問をしてくる
利秋を見つめ
(良いね、向上心のある方だ!)
そう思いながら
「はい、何でも聞いて下さい!
何でも答えますよ!」
と、言ってくれた。
利秋は周りを見回しながら
「あの…何で至る所にテントが
(グランピング)
張られて居るんですか?
死んだ後にも貧富の差が
有るんですか?」
「利さん!良い質問ですね。
まず、
テントの人達は
家族を残して
自分一人が死んだ人達です。
そして
家を建てている人達は、
家族全員が一緒に死んだとか、
後からご主人や、
奥さんがコチラの世界に来られた
方達なんです。
突然ですが利さん、
今、テントを想像してみて下さい」
利秋は言われるがままに
目を閉じて
テントを想像してみた。
すると、
いきなり目の前に
テントがパッと現れた。
「えっ?魔法…」
シマモトは微笑みながら
「次に、利さんが
好きな感じの家を
想像してみて下さい」
利秋はもう一度目を閉じて
生前、
憧れていた家を想像してみた。
「利さん、目を開けて観て下さい!
ほら素敵な平屋建ての家、
利さんの家ですよ」
「おっ~、スゴイ!」
「此処では
想像した物が、
だいたい手に入るんです。
強く念じた事が、
だいたい、
その通りに成るんです。
一人者の
特に男性などは、
グランピングだけで十分だと思って
いるんでしょうね。
でも、
女性の方や、
また夫婦の場合、
また
子供が一緒だと
ほら…ねっ
夫婦の寝室がないと
子供達の手前
なんて言うかパートナーを
抱きしめづらいじゃないですか」
「成る程…その通りですよね!
分かりました。
ところで、
先程出て来た
家とテントは、
このままズッと建って居るんですか?」
「利さんが、
消えて良いよ、って言うと
消えますよ!」
「ありがとうございます。
お家とテント
消えてくれて良いですよ」
利秋がそう言うと、
家とテントは
煙が風で流されて行く様に
消えていった。
シマモトは、
両方とも消してしまった
利秋に対して、
「利さん今夜から寝る家は
要らないんですか?」
「はい、実は生前憧れていた
キャンピングカーが有りまして、
あとで
頭の中を整理してから
想像してみようと思いまして」
と言ったが、
本当はそうではなく、
(毎日下界に降りて、
里美の横に添い寝するんだ…)
と思っていた。
シマモトは
「なるほど、分かりました!」
と、言ってはいるが、
内心は
(そうか、利さんも僕と一緒で、
奥さんと、
添い寝するんだなぁ)
と思ったが、
あえて、
その事にはふれなかった。
「シマさん
もう少し質問して良いですか?」
「もう~
何でも聞いてください。
生きている人達はコッチの世界を
『あの世』と言いますけど、
私達からすれば
『この世』ですもんね。
伊達に74年間『この世』
に住んでないので、
ほとんどの事は分かりますよ。
利さん
質問をどうぞ!」
利秋は嬉しそうな顔で
「あの、周りに人が居ないのは…
たぶん私と同じ様に
家族の側に行ってるんですよね?」
「利さん!正解です!」
「あの…この世の広さは…
どれくらいですか?」
「日本の半分くらいの面積があって、
各、都道府県の上に有ると
思って下さい。
小高い丘はあっても
山や湖が無いんですよ、
まぁ、
小さい池とか川は有りますけどね」
「毎日沢山の方が亡くなられて、
この世が
人でいっぱいに成る事とか
無いんですか?」
「亡くなって、
全員が
この世に来るとは
限ら無いんです。
下界に未練があって、
この世に上がって来ない人達も
けっこういるんですよ。
だから、
この世が人で溢れ
窮屈に成って困る!
なんて言う事は無いんですよ。
ここに住むのも
住まないのも
自由なんです!」
「何だか嬉しい条件ですね!」
「でしょ!
更に付け加えて言いますと
意地悪な人は
この世には一人も居ません!
其れには理由が有ります。
例えば
この世に来て、
人の悪口を言ったり、
威嚇をしたり、
暴力をふるったり、
とにかく
他人に迷惑をかけた途端に、
その人の足元に
ポッカリと穴が開き、
アッと言う間に
下界に堕ちて行きます!」
「おぉ、もう上がって来れないんですか?」
「来れますよ、
本人が心から反省すれば、
ところが
人の命はなかなか
変わらないんですよ!」
「成る程、
あの、そう言った方達って
たまに写真や映像に映ったりとか
しませんか?」
「します!その通りです!
さまよい歩いている時に
たまたま
写り込んでしまうんでしょうね。
悪気はないんでしょうけど
自分のカメラや、
スマホに
写り込まれた人は
怖くて嫌ですよね」
「確かに怖いですね」
「この世からも
知人、友人が何回も助言を言いに
下界に行くんですけど、
そう言い人はなかなか
人の話しを
聞かないんですよ。
とにかく本人が、
自分の心を綺麗にしないと
帰って来れないんです」
「なるほど、
良く分かりました。
ありがとうございました」
シマモトの話しは
とても分かりやすく
言葉には説得力があった。
シマモトは更に、
この世の中を
利秋に案内して上げようと、
ゆっくりと
お喋りをしながら、
住宅街の坂道を降りて行った。
《 4…人柱のお姉さん 》
5分くらい歩いただろうか、
素晴らしい庭園が見えて来た。
利秋は、
むかし家族旅行で行った
岡山の後楽園を思い出していた。
「なんて素晴らしい庭園なんだろ…
あれ?
あのシマさん
向こうの方に
着物を着ている女性の方達が
見えるんですが、
皆さん白い着物姿なんですね?
あの方達は…」
シマモトは微笑みながら
「利さん、あの方達は私の友人です!
お姉さん達を紹介しますよ!」
そう言って前を歩き出した。
シマモトは
(きっと子供達の
お昼寝の時間で
休憩して居るんだなぁ。
お京さん…利さんを紹介したら
驚くだろうなぁ)
そんな事を思いながら
「利さん、
あちらの女性の方達は
私よりも400年から600年以上
歳上の方達で、
この世の大先輩なんですよ。
とっても優しい方達なんですよ!
利さん、「人柱」って聞いた事
有りますか?」
「はい!お城とか、橋とかを作る時に…」
「そうです。
アソコに居られる方達は、
昔、人柱で亡くなられた
23人の、
お姉様方なんですよ」
利秋は
人柱と聞いて
絶句してしまい、
やっと出た言葉が
「酷い話ですね、
400年から600年
そんなに昔から「この世」に
居られるんですね…」
シマモトは小さく頷きながら
「それだけ亡くなる時に
怖くて
苦しくて
悔しい
思いをしたんでしょうね。
何年経っても
消えない怨みが有るって
本当に辛いですよね」
利秋は眉間にシワを寄せ
黙って頷く事しか
出来なかった。
しかしシマモトは、
素直に納得してくれて居る
利秋の顔を見ながら、
(着物は怨みの象徴なんですけどね、
長く「この世」に居るのには
他の理由もあるんですけどね、
また今度説明しますね)
と思っていた。
シマモトは女性達のもとに到着すると、
とても明るい声で
「皆さん、こんにちは!」
と挨拶をした。
しかし女性達は
シマモトが声を掛ける前から
二人が此方に来る事を
遠目で確認して居たので、
シマモトから
「皆さん、こん…」と言われた
次の瞬間!
「キャー!シマちゃん久しぶり!」
「えっ~、後ろの人って誰!」
「シマさんの新しい友達なのかしら!」
「ねぇねぇ皆んなに紹介してよ!」
そんな黄色い歓声を上げながら、
お姉さん達は
2人を囲み歓迎してくれたのだ。
ただ今回、
もしも利秋が一人で庭園の前を歩いて
居たとしたら、
お姉さん達から
声を掛けて貰えただろうか?
たぶん
スルーされて居ただろう。
何故なら
お姉さん達は
極度の人見知りなのだ。
信頼するシマモトが一緒だったからこそ、
利秋は、
お姉さん達に
向かい入れて貰えたのだ。
しかし利秋は、
そんな事など知らないので、
心の中で
(あれ?意外だな
辛い思いをされて居る割には、
とても明るくて
フレンドリーで
楽しげな方達だなぁ?)
と、その様に受け止めてしまった。
そんな利秋を、
シマモトはワザと前に押し出し
「亡くなってまだ2週間の
利秋さんです
私の友人です。
皆さん、
利さん!って呼んで下さい!
仲良くして下さいね!」
シマモトは
そう言いながら利秋の
背中をさすり…
お京の顔をチラッと見た。
お京は
利秋の顔を見て
かなり動揺している様に見える。
女性達は嬉しそうに
「キャー!此方こそよろしく!」
「此処は良い所よ
心身共にのんびり出来ちゃうの!」
「悪い人は、一人も居ないのよ!」
女性達は自分の知っている事を
利秋に教えてあげたかったのだろう、
とにかく
一斉に喋り出してしまった。
しかし、
悲しいかな利秋の耳は
二つだけである。
むかし
聖徳太子と言う方は
一度に沢山の方の話しを
聴けたそうだが
凡人の利秋に
その様な凄い事は
出来る訳もなく、
笑顔で
皆んなの顔を見ながら
頷いては居るが
実際のところ、
何を言われて居るのか
今ひとつ、
いや、
ほとんど分かって居なかった。
そんな時、
見た目が20歳ぐらいの、
目の大きな女性が
利秋の目の前にやって来て
「突然にごめんなさい!
利さんって、
お城が
好きなんじゃないですか?」
と、尋ねて来た。
沢山の声が交差していたが、
その女性の声トーンが高かったので、
質問の内容がハッキリと聞き取れた。
利秋は満面の笑みを浮かべ
「はい!家内も、息子達も、
お城が大好きです!」
と答えると
女性は嬉しそうな顔で、
「やっぱり!
私、お京って言います、
利さんと、御家族の顔を
今でもハッキリと
憶えているんです!」
そう言って喜んで居る。
ただ
笑顔とは裏腹に、
お京は
左足が痛いのだろうか?
身体が少し斜めに
立って居る様に見える。
お京は良く通る声で
「皆んな聞いて!
利さんと、奥さんと、
二人の子供さん、
私の事を泣いてくれたの!」
周りの女性達は
「泣いてくれた!」
と言う言葉に反応し
自分達の口を閉じると
一斉に、
お京と利秋の顔を
交互に見つめ出した。
発言権を握ったお京は
満面の笑みを浮かべ、
その日の出来事を
嬉しそうに語り出した。
「お城の敷地の隅の方に
人柱になった
私の事が書かれている
看板が有って、
利さんの2番目が息子さんが
その内容を見て
「なんで人柱なの!
生きた女性を埋めて
城が強固に成るわけが
ないじゃん!
毛利元就は、
自分の城を建てる時に、
家臣から
人柱の事を言われたけど、
人命は尊いから
百万一心と石に書いて、
地中に
埋めれば良いって、
そう言ったんだよ。
この城の責任者
なんかスゴくムカつく、
バカじゃないの!」
そう言って息子さんが泣いてくれて、
そしたら
その声を聞いた奥様が
私の事が書いてある
立て看板に向かって
題目を唱えてくださったの。
その後、
ご家族の方達も一緒に
祈って下さって。
私ったら嬉しくて
泣いちゃって!
其れで
思わず皆さんの後を追って
旅館まで着いて行っちゃって」
利秋は「…んっ~…」
と言いながら腕組みをすると
自分の過去の記憶をたどった。
そして
考え込む事…8秒。
「実は、生前、
家族旅行に行った時に…
○○旅館の部屋で家族写真を
撮ったんですけど、
四枚目の写真に、
もしかして
お京さん
一緒に写りませんでしたか?」
「はい!そうです、
それ私です!
四枚目に写りました!
皆さん楽しそうでしたから、
つい私も写り込みたくなって、
ごめんなさい。
怖かったですか?
気味が悪いですよね…」
「正直言って、
はじめは少し驚きました!
でも家内が
『もしかしたら
人柱に成られた女性の方が
題目の御礼に
来られたんじゃないかしら』
って言いましてね
私も子供達も
『あぁ、そうかもしれないね!
ウチの家族
良い事したんじゃね!』
って勝手に思い込んで喜んでいました!」
すると
お京は本当に嬉しそうな顔で
「そうです!
御礼に行きました!
お城を観に来られる方達は、
お城その物に
感動して居られます。
『スゴイ建物だね』
でも、
私の事が書いてある
立て看板を観られると
首を傾げて
『これって断れ無かったの?
えっー、信じられない!
断れば良いし、
嫌なら逃げればいいのに、
何この女性、
考える力が無かったの?
行動力が無かったの?
いずれにしても
生きたまま埋められるなんて
考えられないわ、
馬鹿じゃ無いの!
埋めた人も、
埋められた人も』
そう言われる方が多かったんです。
でも
私が生きて居た時代の暮らしは
本当に大変で、
当時の私は字が読めなかったし
権力者には怖くて逆えないし、
だから私自身
あの時、
何の為に死ななくちゃいけないのか
何も分かっていなくて
怖くて怖くて、
でも、そんなバカな私の為に
泣いてくれる人が居るなんて、
嬉しくて、
本当に嬉しくて」
すると利秋は
首を強く横に振りながら
「お京さんは、バカじゃないですよ!
馬鹿なのは
その当時の権力者です、
人の命を軽んじる人が
バカなんです!
ただ、私の家族の事を
そんなに喜んで貰えるなんて、
なんだか本当に嬉しいです。
お京さん、
ありがとうございます…」
利秋は、
そう言った後、
急に
お京の前に膝まずき
「あの、先程から気になって
居るんですけど、
ちょっとゴメンなさいね、
触りますね、
失礼します」
そう言った後に、
お京の左膝を
着物の上から両手で包み込んだ。
「お京さんの足の痛みが、
どうか
消えます様に、
南無妙法蓮華経……
シマさんが教えてくれたんですよ、
「この世」では
強い思いを込めると、
だいたいの事は現実にする事が
出来るんだって」
そう言って目をつむり、
題目を唱え出した。
お京は、
突然の事に驚いて声が出ない、
両手で自分の胸を
押さえるような格好で
硬直して立っている。
周りの女性達も
自分の足を触られて居る様な気がして、
真っ赤な顔をしながら
身動き一つせずに
二人の事を見つめている。
利秋が題目を唱え出して
しばらくすると、
お京が
「なんだか足が…膝が暖かい」
と、言い出した。
利秋は
両手をソッと離し
「お京さん…
ゆっくりと左足に体重を
乗せてみて下さい」
お京は恐る恐る
言われた通りにしてみた。
「なんで?
どうして?
何百年も痛かった膝なのに…
いま痛くない!」
そう言って
お京は
足踏みをし出した。
「どうして?痛くない!」
そして利秋の周りを歩き出すと
22名のお姉さん達から
大歓声が上がった。
女性達のリーダーの「お亀」は
シマモトの両手を握り
「シマちゃん良い人を連れて
来てくれたわね!
ありがとう!
もう私達、
いっぺんに利さんの事が大好きに
成ったわ、
もう大歓迎よ!」
そう言って目頭をおさえた。
すると、お京の横から
「お熊」と言う女性が顔を出して
「利さん,私は橋を架ける時に
橋桁の土台に
人柱として埋められたんです」
と言い…
利秋の後ろに立って居た
「お稲」と言う女性は
「利さん、私は川の氾濫を防ぐ為に、
堤防の人柱に成りました」
と、言った。
更に
お亀の横に居た
「ゆりね」と言う女性も
「利さん、私は城壁の中に
塗り込まれました。
とっても苦しかった」
そう言って
涙をこぼした。
利秋は拳を握りしめ
「本当に酷い話しですね!
皆さんの人生を
力尽くで奪うなんて、
その時代の権力者は
本当に大馬鹿ものです!
どうか皆さんの苦しみが少しでも
癒えます様に…」
そう言って利秋は、
また
「南無妙法蓮華経……」
と、題目を唱え出した。
女性達は
(たとえ…たとえ少しでもいい…
私達の身体も…
楽に成ってくれないかなぁ)
そう、
すがる様な思いで利秋の顔を見つめ、
自分達も同じ様に
顔の前で、
両手を合わせてみた。
表面上は明るい
お姉さん達だが、
実は死んだ後、
上の世界に上がって来れたのに
生きたまま埋められたせいなのか?
死んだその日から、
まるで氷でも背負っている様に
ズッと背中が
冷たいのだ。
利秋が題目を唱え出して
2分ほどが経過した。
すると女性達は、
お互いの顔を見合わせて
ざわつき出した。
不思議な事に
今まで
氷を背負ったように
冷たかった自分達の背中が
暖かく成って来たのだ。
「どうしたの?
何が起こっているの?
何百年ものあいだ
冷たかった背中が、
なんで?
えっ~?
これって本当なの?
利さんって
お坊さんなの?」
と、騒ぎ出した。
すると利秋は
首を横に振りながら
「いえ、あの、違いますよ
私は高校を卒業してからズッと
死ぬまで美容師をして居ました。
あっ、皆さんの時代で言う所の
髪結さんです、
お坊さんでは有りません!
ただ、
息子が、大学の教授から、
『先生は色々な文献を読んだけど、
仏教で一番優れた教えは、
法華経なんだよ、
その理由は、
法華経には
『あきらめる』と言う事が
書かれてないんだ。
『絶対に人を幸せにする』
って、書いてあるんだ』
そう教えて貰ったそうです。
私は
物覚えの悪い父親でしたけど、
何となくその言葉が
心に残って居て、
先ほど
お京さんの足も治りましたし
それで
法華経を唱えてみました」
そう言って微笑んでいる。
その事を聞いたお亀は
シマモトの顔を見つめ
「あぁ…シマちゃんが日頃
言っている、
『特別な人って居るんですよ』って、
利さんの様な人だったのね!
私達の辛い気持ちを
分かってくれて、
泣いてくれて、
題目を唱えてくれる人!
シマちゃん
利さんを
連れて来てくれて
本当にありがとう」
そう言いながら、
とうとう涙をこぼしてしまった。
お亀は、
喜んでいる妹達の顔を見回しながら
(皆んな良かったね!
本当に居るんだねぇ、
利さんみたいな人が…
生前の、
地位とか、
名声とか、
学歴とか、
そんなの全然関係なくて、
生き方の中で
偶然身に付けた優しさを
持っている人。
本当にシマさんの言ってた
特別な人って居るんだねぇ」
そう、思った。
しかし世の中には
利秋とは正反対に、
非業の死を遂げた人達を
からかう様な人達も居る。
人柱のお姉さん達は、
そおゆう人達が大嫌いである。
夜な夜な幽霊の縄張りに
バイクや車でやって来て、
スマホやビデオをかまえるのだ。
「皆さん僕は今…
心霊スポットに来て居ます…
なんだか…不気味で怖いです…」
その地に愛着を持っている幽霊達は
ワラワラワラ…
と寄って来て。
『なによこの人達、
うるさいわねぇ…
怖いなら
来るんじゃないわよ!』
そう言って怖い顔で睨みつける。
しかし、
本質的には優しいのだろう、
無礼な人達の言葉にも
耳を傾けてしまうのだ。
「何だか…先程から…
鳥肌が立つ様な…
誰かが横に居るような
そんな…
気配を感じています…」
『残念でした!
私達は貴方の後ろに立って居るのよ!』
「でも…僕達は四人で来て居るから
怖く無いです、大丈夫です…」
『嘘おっしゃい、
四人とも震えてるじゃないの!』
「なぁ、何か映ってる?」
「いや、何も映ってないよ!」
『えっ?何あなた達、
私達と一緒に映りたいの?
もう~
しょうがないなぁ~
ねぇ皆んなどうする?
映ってあげる?
良いのね、
じゃあ皆んなで、
集中して念を込めましょう』
「やっぱり何も映って無い…
噂だけだったんだね…」
『えっ?短気!
この子たち短気なの?
少し待つと言う事を知らないの!』
「なぁ、もう帰ろうぜ、
でも一応
もう一回だけ
四人で映ってる動画も撮って
ネットに載せようぜ。
幽霊らしきモノが少しでも
映って居ると
「いいね」
が沢山つくんだけどなぁ…」
幽霊達は慌てて念を込め直した
『よーし今度は間に合った!
皆んな、あの子達の周りに
立ってあげて。
今度こそ
一緒に映って上げるわね!』
「なぁ…映像の確認をしようぜ…」
『大丈夫よ!心配しないで、
皆んなで
ちゃんと念を込めたから
映っているはずよ!』
「キャー!う、う、映ってる!」
『えっ?なに?
一緒に
記念撮影をしたかったんでしょ?
えっ?違ったの?
映っちゃいけなかったの?』
「この場所から逃げないと!
祟られるぞ!
早く車を出せ!」
「ウワアッー!エンジンが掛からない!」
『ちょっと待ってよ!
私達、なんか嫌われるような事をした?
貴方達の望み通りに
映ったわよ、
ねぇ…どうして』
「えっ~,何でエンジンが
掛からないの、故障なの!
早く出してよ~」
『皆んな、車を放しちゃダメよ!
ねぇ貴方達
待ってよ、
私達
嫌われるような事をした』
「わっーっ!フロントガラスに手形が!」
「キャッー横も後ろにも手形!」
四人の男女は絶叫し
『あっ!四人とも
オシッコを漏らしちゃった。
なんかギャン泣きしてるし、
あっ!鼻も垂らしちゃった、
なんかゴメンね。
皆んな、
車から離れましょう…』
もう,こう言った若者の多いい事、
怖いなら
心霊スポットに
来なければ良いのだ。
いったい何がしたいのか?
「やれやれ」と、
言わざる得ないのである。
そして更にタチの悪いのは
年に数回ほど
テレビ局から委託された
制作会社もやって来るのだ。
そんな時、
お亀さん達は
その場所には
絶対に行かない様にしている。
地縛霊の知り合い達にも
「その土地に居たいのは分かるけど、
その時だけは、上に上がって
らっしゃいよ、
嫌な奴らが沢山来るから」
なまじ映ると、
彼等(制作会社)は
調子にのって
何回も来る様になるのだ。
例えば、
病院で亡くなった人が居る。
自分に親切にしてくれた看護士に
「今まで本当に
ありがとうございました!
お陰様で身体が楽になりました…」
そう言って御礼を
言いに来る人がたまに居る。
若い看護士達は
悲鳴を上げて驚くが、
先輩看護士から
「貴女が優しくお世話をしたから
御礼に来られたのね、
お婆ちゃん、きっと嬉しかったのよ!」
そう言われると
若い看護師達は
胸に熱いものが込み上げて来て
「また元気な身体で
生まれ変わって来て下さいね!
今までご苦労様でした」
そう言って頭を下げる。
お婆さんは微笑みながら
姿を消していく。
そんな良い話しがテレビ局に入ると、
なぜか話が歪曲されてしまい
「病院!恐怖の心霊体験」
と言う感じの番組が
一本出来上がるのである。
お亀達は、
何だか自分達の存在を
バカにされて居る様な気がして
悲しかった。
そんな思いをして居る時に
シマモトが
利秋を紹介してくれたのだ。
人柱のお姉さん達が喜ぶのも
無理のない話しである。
利秋はこの日、
一気に23人の心友(親友)を
持つことが出来た。
お姉さん達はとにかく嬉しくて、
二人を囲んで
離そうとしない。
リーダーのお亀は
( 皆んなの気持ちは分かるけど、
あまり引き止めてしまうと
シマさんの活動の妨げに
成るのよね…)
そう思いながら
「皆んな!
ぼちぼち御二人を解放しないと
次に来て貰えなく成るわよ」
22名のお姉さん達は一斉に
「えっ~!」
と言う声を上げ
其れは嫌だと
口々に言い出した。
「じゃあ今日は、
とりあえず御二人に
サヨナラをしましょうね!」
お姉さん達は頷きながら
囲いを解いてくれた。
すると
お京が利秋に向かい
「利さん、
私達ばかりが喋ってしまって
本当に
ごめんなさいね。
利さんから私達に
聞きたい事って有りませんでしたか?」
すると利秋は
少し遠慮がちに
「あの…もし嫌なら
答えなくて構いませんので
あの、
私達が歴史の教科書や、
映画、ドラマ何かで知っている
戦国武将って
亡くなった後は
どうなったんですか?」
すると
お亀がニッコリと微笑み
「別に隠す様な事では無いので、
端的に言いますね。
人を殺した武将達は、
一人ももれる事なく
下の世界に行きましたよ。
有名な戦国武将が
ドラマや、アニメや、ゲームなどで
カッコよく描かれている事を
私達も知ってます。
でも、
冷静になって考えると
他人の命を奪って居る人達なんです!
どの様な
大義名分をかざしても
人殺しなんです!
一旦下の世界に落ちて、
反省して
それから小さな虫なんかに
生まれ変わり、
何回も生死を繰り返しながら、
徐々に善根を積んで
其れからやっと人間に
生まれ変わって来るみたいですよ」
利秋は、
「よく分かりました!
ありがとうございます。
以前からズッと
胸の中がモヤモヤしてたんですよ、
お亀さんの
おっしゃる通りですよね。
嫌な事を聞いて本当に
すみませんでした。」
そう言って深々と頭を下げた。
お亀は微笑みながら
「利さん、
別に嫌な質問ではありませんよ、
此処に居る私達は
そう言った武将達
あるいは
その家臣達に殺されました。
この世に上がって来て
下界を眺め
「アイツらが「この世」来たら嫌だなぁ」
って思っていたら
見事なぐらいに
誰一人として
上がって来ませんでした!」
しかしお亀は、
自分でそう言って置きながら、
首を少しひねり
「あっ待ってください、
上がって来た人もいました!」
「えっ?正しい人殺しって
あるんですか?」
「無いですよ、
その武将の刀は初めから
切れない刀だったんです。
戦いの時は相手を叩いて
気絶をさせるだけ、
何時も家臣を守る為に、
民衆を守る為に
走り回って居ました。
面白い事に、
家臣の人達の刀も
刃がついて居ませんでした」
「そんな方が居たんですね!
何だか嬉しいです。
お亀さん、
皆さん、
貴重な話を本当に
ありがとうございました」
利秋がそう言って頭を下げると、
シマモトは
人柱のお姉さん達に向かい
「話が盛り上がっている時に
本当に
ごめんなさいね。
利さんに、もう少し
「この世」を案内してあげたいので、
この辺で、
いったん席を外しますけど、
また遊びに来ますので」
絵に描いたような
お姉さん達の落胆ぶり
寂しそうな顔。
シマモトは少し焦りながら
「いやいや、
これから本当に頻繁に遊びに来ますから、
そんな顔
しないで下さいよ」
「シマさん、利さん、
約束よ!
本当に遊びに来てね!
私達って本当は、
すごく人見知りをするタイプなのよ、
だけど、
お二人は特別なんです、
来て欲しいんです!
お願いします!」
そう言って
お亀が頭を下げると、
他のお姉さん達も一斉に
頭を下げてくれた。
二人は皆んなに見送られ、
この世の散策を
再開した。
《 5…今中さん 》
利秋は歩きながら
(こんな俺でも
人様の役に立てるんだ。
あんなに喜んでもらえた。
生きている時は
「落ち着きの無いお父さん、
しっかりしてよ」って
何時も家族に叱られていたのにね、
何だか喜んで貰えるって、
すごく嬉しいよね)
そんな事を思っている時
ふと、
疑問に思って居る事が浮かんだ。
「シマさん…
くだらない事を聞いても良いですか?」
シマモトは微笑みながら.
「はい、どうぞ、
何でも聞いて下さい!」
「この世は、
地上から何メートル位の高さに
有るんですか?
死んだ時に体が上に上がり
経験はしてるんですけど、
あの時は気が動転していて」
「そうですねー…
だいたい地上から1000mぐらい
ですかねぇ。
私自身、
前に何度か
雲一つない青空の時に
ゆっくりと
この世に上がって来た事が
あるんですよ。
雲がないから
宇宙まで行けるのかな?
なんて思いましてね。
ところが不思議な事に
1000mほど上がって来たら
自然と「この世」に着いて居ました」
「なるほど、
この世って
異空間に有るんですかね?」
「残念ながらそこまで
詳しい事は分かりませんが、
でも
まぁ、飛行機とも
気球とも
スカイダイビングの人達とも
誰にも会った事が無いで、
まぁ、
良いかな、
と言う曖昧な答えでどうでしょうか?」
「はい!あいまいで結構です。
スミマセン変な質問をして」
「ぜんぜん構いませんよ」
そんな事を話しながら歩いていると、
野球場が五つほど入る様な
広い草原に出た。
白い草木がほんの少しだけ
風に靡いている。
しばらく歩いていると
50mほど先に
白いベンチが置かれている。
誰かが
座っている様である。
二人が近づいて行くと
若いお母さんと、
四歳くらいの
女の子だという事が分かった。
二人は此方に気付いたのか、
立ち上がり、
小さく会釈をしてくれている。
利秋はこの段階で
(おぉ、シマさんのお友達なんだ)
と思った。
シマモトは小刻みに手を振りながら
「今中さん、こんにちは!」
女性は優しい声で
「シマさん、こんにちは…
あの、お隣の方は?」
「2週間前に「この世」に来られた
利秋さん!
私は既に
利さん!と呼んでいます。
今中さん、
友達になってあげて下さいね」
「はい、シマさんの
お友人でしたら喜んで!」
利秋は
この答えで、
シマモトがいかに多くの人達から
信頼されて居るのかが
良く分かった。
利秋が今中に向かって
頭を下げると
「私は、今中洋子と言います、
そして、娘の真由美です」
女の子は満面の笑みを
利秋に向けてくれた。
利秋は背筋を伸ばし
「ご丁寧に
ありがとうございます。
私は田口利秋と申します、
宜しくお願いします!」
そう言いながら、
もう一度頭を下げた。
シマモトが微笑みながら
「今中さん、
何だかとても嬉しそうですね?
何か良いことでも有りました!」
「はい!主人がもう直ぐ
此方の世界に来るんです!」
「そうなんですか!
真由美ちゃん、
これからパパと
ズッと一緒に居られるね、
嬉しいね!」
「うん、パパとママと一緒に
ご飯を食べて、
お風呂に入って、
ゲームして、
一緒に寝るの!
それから…ねっママ!
三人で旅行に行くんだよね!」
洋子は真由美の言葉に
満面の笑みを浮かべて
頷いている。
利秋も嬉しそうに微笑むと、
シマモトが
「利さん、
昔…阪神淡路に大きな地震が
有りましてね。
今中さんのご主人、
真司さんって
言うんですけど、
たまたま仕事で
東京に行っておられて、
ニュースを見て
急いで神戸に帰りたくて、
でも、
鉄道も道路も寸断されていて…」
利秋もその震災の事は
鮮明に覚えている。
長男の利冬が産まれて、
まだ一歳になる
少し前の事である。
洋子は、
シマモトの話を聞きながら
真由美を
ゆっくりと抱き上げ
「…私と真由美は、
寝たままでの状態で
家屋の下敷きになり即死でした。
はじめ、何が起こったのか
理解出来ませんでした。
でも、自分達は
「死んだんだ!」
そう理解した時、
とにかく主人に
「会いたい!」
って思いました。
そしたら、
私の魂は娘を抱きしめたままで
主人のもとに飛んで行きました。
真さん(夫)は
ビジネスホテルの一室で
寝ていました。
東京は揺れて無いので
当たり前ですよね。
私は真さんにキスをして
「ごめんなさい…わたし…
真さんを残して死んじゃった…」
そう伝えたら、
真さんが急に飛び起きて
自分の胸を両手で押さえ
「なんだか胸騒ぎがする…
なんなんだ!」
そう言ってテレビをつけ、
地震の事を知ると、
私と娘の名前を叫びながら
着替えだして、
新幹線で京都まで行き、
真さん
タクシーの運転手さんに
「行ける所まで宜しくお願いします、
家族と連絡が取れないんです」
泣きながら運転手さんに
お願いして、
運転手さん
とっても優しい方で、
ギリギリの所まで連れて行って下さって、
そこから真さん、
歩いて家まで帰って来てくれて。
私と娘の魂は
常に真さんの
隣に居たんですけど、
生きている人には
分かりませんもんね。
真さんが
私達の遺体に会ったのは、
それから
二日後でした。
「ごめんよ出張なんて
行かなきゃ良かった!
俺が一緒に居たら
絶対に!
絶対に助けられたのに!」
そう言って三年間、
私達二人の事を
思い出しては泣いてたんです。
私の両親が
「真さん、ありがとう、娘も孫も
真さんにズッと思って貰って、
きっと
幸せだと思います。
でも真さん…
まだ若いんだから
再婚して自分の幸せを掴んで…」
そしたら真さんが
「しません!
絶対にしません!
私の妻は、
洋子だけです、
子供は…真由美だけです!」
そう言い切ってくれて、
私…何回も真さんの夢の中に入って
「私達の事はいいから幸せに成って」
そう言ったんですけど、
真さん夢の中でも
「絶対に嫌だ!洋子
そっちで待っててくれ!
頼むから…」って…
自分が働いた
お金のほとんどを、
自分の両親と
私の両親に使ってくれて、
毎日、
残業、残業で身体を壊して…」
利秋は
涙で声を詰まらせた
洋子に向かい
「ご主人は、
洋子さんと真由美ちゃんに
一日でも早く
会いたくて、
でも、親御さんの事も心配で、
何度も
何度も色々な事を考えて
頑張って来られたんでしょうね、
本当に優しくて
素晴らしい方ですね!」
そう言って
泣きながら
真司の事を称賛した。
シマモトは利秋の言葉に頷きながら
「さぁ洋子さん、
ご主人を
迎えに行ってあげて下さい。
亡くなる少し前ぐらいから、
ご主人と喋れますよ。
きっと、
魂が肉体から離れたら
泣きながら
洋子さんと真由美ちゃん
に抱き着いて来ますよ!
また御主人が
この世に来られましたら、
改めて紹介して下さいね!」
洋子は嬉しそうに頷くと
真由美をギュッと抱きしめ
「真さん…」
と、呟いた後に
二人の前から、
フワッと消えて行った。
《 5…この世の仕組み 》
利秋は
40歳を超えた頃から
かなり涙もろく成っている。
62歳の現在などは
もっとひどく成っている。
この時も、
洋子の話しの中盤くらいから
既に貰い泣きをしている。
「シマさん…奥さんと娘さん
長い間…
あのベンチに座って…
ズッとご主人の事を…
待っていたんでしょね…」
するとシマモトは
あっけらかんとした表情を
浮かべ
「違いますよ利さん、
あのベンチにズッと居た訳じゃないです、
洋子さんと真由美ちゃん、
毎日3時間ほど御主人の
側にいて、
あとの時間は色々な所に
遊びに行ってましたよ」
「えっ?あっ、そうなんですか?」
利秋の目から、
涙がひいていった。
シマモトは小さく微笑むと
「此処に居るほとんどの人が
遊びに行ってますよ。
さて利さん!
突然ですがクイズです。
なぜ遊びに行ってるんでしょうか!
はい、利さん、5秒で答えて…」
「えっ?5秒ですか…
えっと…えっ~と…
んっ~………とっ……」
「はい、残念!
利さん時間です!
答えは
連れ合いの方が「この世」に
来た時に、
一緒に遊びに行く為の
下見に行ってるんです!」
「そうなんですか…」
「はい!
生きてる間
お金持ちの方は別として、
遊びに行ったり、
旅行に行ったりって、
普通は
そうそう行けないでしょ。
でも「あの世」である「この世」は、
思った通りの事が
出来るじゃないですか。
だから
生きている時に住めなかった様な
豪邸に住んで、
美味いモノをいっぱい食べて、
旅行に行って、
御芝居を観に行くのも良い!
コンサートに行くのも良い!
映画を観に行くのも良い!
テーマパークに遊びに行くのも良い!
風に乗って世界中の素敵な景色を
観て回るのも良い!
生きている間に辛かった分
「この世」で
いっぱい楽しみまくって、
そして、
思いっきり満足した状態で、
「次の世」に
生まれ変わりましょうよ!
そう言った感じの
話しなんですよ」
「何だかすごく、
嬉しくなる様な話しですね!」
シマモトは頷きながら
「利さん、
生きている時に辛かった分だけの、
モトを取りましょうよ!
誰かが、
人は楽しむ為に生まれてきたんです、
なんて言ってました。
私は個人的に
ふざけんな!
誰だそんな事を言った奴は、
俺の前に出て来い!
寝言言ってんじゃねぇよ!
楽しい事は
ほんの少しで、
辛い事の方が断然多いいわ!
幸、不幸の
バランスが滅茶苦茶
悪いんだよ!
って…
ゴメンなさい、
私は誰に向かって文句を言って
るんでしょうね!」
二人は顔を見合わせて
思わず笑い出してしまった。
利秋には分かっている、
シマモトの憤りの理由が何なのか、
其れでも
明るく振る舞っている
シマモトに対して…
(シマさんは本当に強い人だなぁ…)
つくづく、
そう思った。
《 7…鈴木さん一家 》
ひとしきり二人が笑い終わった時、
突然背後から
声を掛けられた。
「シマさん!こんにちは!
お隣の方は
どなたですか?」
シマモトは
「んっ?」
と言いながら振りかえると
「おぉ、鈴木さん!
最高に幸せな御家族は、
今回はどちらにお出かけですか?」
「はい!今日は、
阿蘇山の草千里に
行って見ようと思います」
「あぁ素敵な景色の場所ですよ!
あっ、こちらは2週間に
「この世」に
来られた利秋さん、
私は、利さんと呼んでます。
鈴木さん、
これから先、
仲良くして下さいね」
利秋はシマモトの横から、
自己紹介をしようと
頭を下げかけた、
しかし、
ひと足先に鈴木の方が
頭を下げてくれ
「はじめまして利さん!
鈴木太郎と言います。
隣は妻の英子、
長女の景子、
そして次女の由美子です!」
利秋は深々と頭を下げ返し
「ご丁寧に紹介して頂き、
ありがとうございます。
私は田口利秋と申します。
これから、
宜しくお願いします。
あの、
御家族、とっても仲が宜しいのですね、
観て居る此方まで
幸せな気持ちになれて、
何だか嬉しいです!」
そう言って微笑んだ。
すると鈴木太郎は妻子の
顔を見ながら
「私達家族が一緒に居られるのは、
そこに居られるシマさんの
おかげなんですよ。
実は私…
自殺したんですよ!」
「えっ?」
突然の鈴木の告白に
利秋は一瞬
言葉を失ってしまった。
すると鈴木は
言葉を選びながら
「…東日本大震災の時に
妻と、二人の娘を亡くしまして…
はじめのうちは、
何処かに生きて
くれて居る
そう信じて
三人を探し回っていました。
でも
三週間探し回っている間に
自分の両親が
亡くなって居る事を知り、
更に一ヶ月経った時には
妻の両親も亡くなって居る事を
知りました。
そして、
二ヶ月が過ぎた時、
英子も景子も由美子も、
三人とも
亡くなって居るんだ
死んでしまったんだと、
そう悟しか
ありませんでした。
避難所で知り合った人達は、
本当に皆さん優しくて
『力を落とさないようにね』
『御家族の分まで生きて上げて』
『頑張ってね』
そう言って下さったんですけど、
私はもう…
妻と二人の娘が恋しくて、
逢いたくて、
どうしても会いたくて!
でも
自分が自殺したら、
違う所に行ってしまい
永遠に妻子に会えないのか?
誰かがそんな事を
言っていた様な、
いなかった様な…
でも
もう寂しくて、
頭が破裂しそうで…
若い頃は
ケンカが強くて、
イジメられている友達を
何人も助けて
皆んなから
『太郎ちゃんはヒーローみたい』
なんて
言われてたんですけど、
愛する家族を失った時
ただ悲しくて、
淋しくて、
ケンカの強さなんて
何の意味もなくて、
自分はつくづく弱い人間なんだと
痛切に感じました。
其れで…
半壊した家のベランダに
ロープを垂らし
気が付いたら…
自分の遺体を眺めて居ました。
『あぁ…死んじゃった…』
そう一人で呟いている時に
後ろから、
英子と、景子と、由美子が
『お父さん!』って
声を掛けてくれて…
もう私…
三人にしがみ付いて…
大声で叫んで、
大声で泣きました。
英子が私に
『お父さん、皆んなで上に(あの世)
行こう…上で一緒に暮らそう』
って…
私は皆んなで
一緒に居られる事が嬉しくて、
でも、
私の身体が
空に上がらないんです、
とにかく重たくて…
やっぱり
自殺した人は
成仏出来ないんだ、
家族とは一緒に居れないんだ、
そう思うしか
ありませんでした。
『ごめんよ…
せっかく会えたのに…
お父さん自殺しちゃったから…
一緒に行けないみたいなんだ』
そしたら子供達が
『嫌だ、お父さんと
一緒じゃなきゃ嫌だ!』って
泣き出して、
そしたら英子が
『じゃあ上に行かなくても、
家族でズッと一緒に
此処で暮らそう!』
そう言ってくれて…
その時
シマさんが私の肩を
「トントン」と叩いてくれて
『こんにちは、どうしました?
何かお困りですか?
私はシマモトと言います、
何か私に出来る事があれば
力になりますよ』
家内が家族の紹介と
今現在の状況を説明すると、
シマさんは微笑みながら
『太郎さん、
身体が重いのは
色々な事を考え過ぎです!
もう魂は
肉体から離れていますよ!
実は
そこにぶら下がっている
太郎さんの肉体は、
親から、
先生から、
先輩から、
上司から、
または哲学書や宗教書から
色々な事を学び、
吸収している肉体なんです。
無意識のうちに
『人間とは、こう生きるべきだ!
こうすると
結果はこう成ってしまうぞ!』
みたいな事を
自分自身に
『暗示』
を掛けてしまっているんです。
そこで、
考え方を少し
整理しませんか?
『俺は、他人を殺さなかった!
親孝行した!
妻を愛した!
子供を愛した!
家族の為に頑張って働いた!
俺は100点満点の男だ。
とっても前向きに
頑張った人生だった!
おっ、いま目の前に
探し求めて居た妻子がいる、
よっしゃ~最高じゃん!
よーし、皆んなで一緒に
上で暮らそう!
はい、太郎さん!
俺は、から復唱して!』
シマさんの言う通りにすると
本当に身体が軽くなって来て…
その後
シマさんが私達家族を
「あの世」まで送って下さって、
『太郎さん、
自分で自分を縛り過ぎない様に、
とにかく家族で楽しく
過ごして下さいね』
そう言って下さり
私は思わず
「シマさんは、
お若いのに本当にしっかり
された考えをお持ちなんですね、
助けて下さり
本当にありがとうございました」
って言ったら…
『見た目は二十代なんですけど、
生きていれば90歳を超えて
居るんですよ。
ヤヤコシイ男で、
ごめんなさいね。
太郎さん、
物事ポジティブに受け止めて、
肩の力を抜いて楽しく
行きましょうよ』
そう言って下さり
いま現在
私達家族は
「この世」で楽しく暮らして居ます」
話しを聞き終わった利秋は
ボロボロに泣き崩れている。
そして思わず
太郎に抱き着いてしまい
「良かったですね
奥様に会えて!
娘さん達に会えて
本当に良かったですね!
御家族で
納得の行くまで、
思い切り…
幸せを満喫して下さいね!」
利秋は
鈴木太郎の背中を
さすりながら泣いている。
自殺の、
善し悪しを言った訳ではない。
結果として
家族で一緒に暮らせて居る
今現在の
鈴木家の生活を祝福したのだ。
太郎は、
初めて会った利秋の
言葉がとても優しくて、
其の想いが嬉しくて、
胸の奥が熱くなってしまい…
だから
利秋の肩に頬を預け
思わず涙を
こぼしてしまった。
シマモトと利秋は、
旅行に出発する鈴木一家を
笑顔で見送った後に
「この世」の散策を再開した。
《 8…イジメについて 》
利秋は自分の胸を
5回ほど右手で軽く叩いて
何となく気持ちを落ち着かせ、
「あのシマさん、質問しても良いですか?」
そう話を切り出した。
「どうぞ利さん!」
「…自殺された方も、
「この世」に来れるんですね、
私は
テレビ番組の影響で、
その場所から
離れられない、
なんて
勝手にそう思ってました」
「利さん、
誰でもじゃないんですよ、
太郎さんみたいな方だけですよ!」
「えっ?」
「太郎さんは、
家族と一緒居たい!
と言う気持ちが強かったので、
私の言葉を素直に
受け入れてくれましたけど、
例えば
何もかもが嫌になって、
突発的に自殺された方、
また誰かに殺されてしまった方、
また交通事故て亡くなられた方、
そう言った方達は
何となくその場所から
離れにくい
みたいなんですよ。
私も一応
死後の世界を説明をして
『気持ちを切り替えませんか。
大丈夫ですよ
私が案内しますよ。
一緒に
上の世界に行きませんか?』
そう勧めるんですが、
どうも御本人がねぇ…
私の話しに納得して
あの世に行かれる方が
半分くらいで。
動きたがらない方も半分くらい
居られますね。
だから、
『気持ちの整理がついたら
上がって来て下さい。
あの世では
楽しい次のステージが
待っていますよ』
そう言った事を伝えて
ソッとその場から離れます。
また、
イジメられて自殺された方は、
現世にとどまり
加害者に対して、
いつか復讐してやりたいって
思ってますね」
利秋は深く頷きながら
「きっと辛くて、
悔しかったんでしょうね!」
「そうですよね、
気持ちは分かりますよね、
親も、教師も、友達も
誰も気づいてくれない、
気付いても
味方に成ってくれない、
見て見ぬ振り
知らん振り、
助けてなんて
貰えないわけで。
中には
親兄弟に心配させない為に
一人で抱えている人もいます。
またイジメられて居る事を
恥ずかしくて言えない人も居ます。
いずれにせよ、
一人で
耐えて、耐えて、耐え抜いて、
其れでも
イジメられて、
泣いてるのにイジメられて
何処にも逃げ場が無いんです!
本当に可哀想ですよね」
利秋は、
(シマさんはきっと、
沢山の方達を助けたんだろうなぁ)
そう思いながら
「あの…そんな時
シマさんは
その方に、
どんなアドバイスをされるんですか?」
「私ですか、
私は、的確なアドバイスをしますよ!」
「さすがですね。
いじめっ子はいずれ
下の世界に行くから
今はとにかく
上の世界に行きましょう。
楽しい事が沢山ありますから、
みたいな感じですか?」
「あっ、利さんゴメンなさい、
私はイジメに関しては、
そうゆう悟りを開いた様な言葉は
使いません。
素直に、
「仕返しに行こうぜ!
そいつらを、ぶっ殺してやろうぜ!」
って言います」
利秋の目は点に成り
「変わったわ~!
シマさんの印象が思いっきり変わったわ~!
えっ!マジですか?
マジでシマさんが
ぶっ殺しに行こうって言うんですか?」
「はい、マジですよ、
利さんに嘘はつきません。
ありのままの
私の表現です」
「えっ、ありのままに
言っちゃって良いんですか」
「はい!
隠す様な
やましい事じゃ無いですから。
実は、
一カ月ほど前にも
被害者の女の子に協力して来ました。
だって
イジメる奴らを野放しにして置くと
第二、第三の被害者が
出るんですよ。
生きている先生達は
その事を
分かって無いんですかね?
隠してもいずれ、
何らかのカタチでバレますけどね。
その時の代償の方が
大きいと
思うんですけどね。
とにかく
私は、
イジメを許しませんよ、
もう死んでいる人間ですから、
何のしがらみも有りませんからね、
イジメっ子を思いっきり、
叩きのめす事に
決めているんです!」
「あの、シマさんが下界に落ちたり
しないんですか?」
「いつも手伝って居ますけど、
被害者の心を救う
お手伝いは、
なんだか?
大丈夫みたいですよ!」
「良かった~
まぁ確かにイジメの首謀者や、
いじめっ子を野放しに
して置くのは大変に
危険な事ですよね!」
「でしょう!」
シマモトは嬉しそうに親指を立てると
「まず、
イジメを受けて自殺をされた女の子に、
どの様な
事をされたのか?
聞き取り調査をおこないました。
その後に
「じゃあ、どんな風に仕返しをする?」
と言う話し合いで
二日間盛り上がりました。
そして方法がまとまった時
「さぁ、四人の奴らをブチ殺しに
行こうぜ!」
って私が言うと
彼女は下を向いてしまい
「あの…やっぱり…殺す所までは
しなくていいです。
イジメた人間と同じ風には
なりたく無いんです。
痛い目に
あわすだけで良いです」
と、言われたので、
私は
「貴女は本当に優しいですね!
よし、
じゃあ私に任せて下さい
私の後ろに着いて、
しっかりと
観ていて下さいね」
そう言って
一人目の前に行きました」
今、
利秋の胸は、
ドキドキと高菜って居る。
(やられたら、やり返したい
誰もがそう思っている。
でも実際には、
なかなか出来るものではない。
なぜなら、
いじめっ子達は
徒党を組んでいるからだ。
でも、
目の前に居る
シマさんには、
そんなモノは関係ない、
やり返すのだ。
いやもう、
やり返してくれたのだ。
ワクワクするではないか、
イジメっ子達の末路。
じっくりと
聞かせて貰おうではないか!)
利秋は、
そう思いながら
シマモトの話しに身を乗り出し、
拳を硬く
握りしめた。
「利さん、
一人目の男は
イジメの首謀者です。
毎日彼女を叩いたり蹴ったり、
時には学校の階段から
彼女を
突き落として、
痛くてうずくまって居る彼女に
ツバを吐き掛けたり、
また、
彼女がお弁当を食べていると
いきなりゴミ箱を
頭からかぶせたり。
普通そんな事しますか?
しませんよね。
私に言わせると、
とにかく野蛮で最低な男でした。
だから私は、
その男を駅の、
長い階段の一番上から、
蹴落としてやりました!
ゴロゴロ転げて行って、
途中で
頭がかち割れて、
大出血!
余りの痛さにオシッコ漏らして
大泣きしながら、
下まで
転げ落ちて行きました。
肋骨、鎖骨、右腕、右足、
全部複雑骨折で、
全治五ヶ月の重傷!
更に頭に
後遺症が残るとドクターが
言ってました。
当然、
大学の受験にも間に合わなくて
ザマアミロでした。
犯人が分からないので
ビビってしまい、
家から一歩も
外に出れなく成りました。
次の男は、
バイクの運転中に前輪を
ロックさせてやりました!
身体が前方に
3回転しながら飛んで行き、
道路に叩きつけられ
後続車にひかれて
全治四ヶ月の重傷!
余りの恐怖に
この男も
しょんべんチビってました。
こいつは
「バイクのブレーキが
故障してたんだから
しょうがねえだろ」
そう言って何回も彼女に
バイクをぶつけていました。
当たり屋ですかねコイツは!
危険な野郎です。
彼女は自殺する当日まで痛くて
足を引きずって
居たんですよ。
本当にクソみたいな男です。
あっコイツも頭に
後遺症が残ると
ドクターが言ってました。
三人目は女です!
鼻歌混じりで歩いている所、
友達の目の前で
ドブ川に
叩き落としてやりました!
汚い水がお腹に入って、
吐き下しの食中毒状態になり、
二ヶ月間の点滴入院!
いまだに後遺症に悩んでいます。
この女は、
ただ休憩時間に
座っているだけの
彼女の頭に、
牛乳をかけたり、
頭を叩いたり、
周りの人間に
「皆んな、コイツと口聞くなよ」と
煽った奴です。
そして四番目の女は…
学生カバン全開の状態で
肥溜に突き落としやりました!
其れも後輩達の前で、
頭からダイブ!
全身ウンコまみれ!
スマホも教科書も全て廃棄処分!
皆んなに「臭い先輩」と
笑われて、
現在、
家から一歩も外には出られない
引きこもりに成りました!
この女は既に
他の弱い後輩達にも
イジメの手を伸ばして居ました。
人一人が自殺をした後にですよ!
つまり反省と言う事を知らない
馬鹿野郎なんですよ。
利さん、今の話しを聞いて
「やり過ぎじゃね!」
って思うかも知れませんが、
私に言わせて貰えば
当然の報いなんです。
人って、
誰もが死ぬ事が一番怖いんです。
なのに自殺する人が居る。
イジメた奴らは、
精神的な辛さと
肉体的な苦痛を織り混ぜながら
その人を、
そこまで
追い詰めるんです!
私の後ろで観て居た彼女は、
小さく拳を握り
『よし!』って
呟きながら
涙をこぼしてました。
私は彼女に
「気が晴れましたか!
あの四人は、
貴女を殺したも同然ですから、
死んだ後は
下の世界に行きます。
だから二度と貴女と
会う事はありません。
どうでしょう
私と一緒に
上の世界に行きませんか?」
と言うと、
彼女は、
嬉しそうに頷いてくれました」
利秋は話しを聴きながら、
イジメられた女の子が
可哀想でならなかった。
どんな辛い毎日をおくっていたのか。
だから、
「シマさん、やり過ぎだなんて、
少しも思っていませんよ。
むしろ話しを聞いて、
胸がスッとしました。
ただ、
もしも親兄弟か、教師か、友人が、
彼女の味方に
着いてくれれば、
きっと
自殺はしなかったでしょうね」
「利さん、その通りです。
実は、
大阪のある中学校で
イジメが有りましてね。
ある日、
娘の様子がおかしいと思った
勘の良い
お母さんが、
もしかしてイジメにあって
居るのかと思って、
買い物に一緒に行き
映画を観て、
その後に
喫茶店に入って、
娘さんの顔をジッと見つめ
「お母さんは、何があっても
貴女の味方だから、
絶対に守るから!
何かあるなら言って欲しい…」
そしたら娘さんが泣き出して、
(あぁ、やっぱり娘はイジメられて
居るんだ、
気づいてあげれなかった…)
そう思っていたら、
娘さんが、
「親友のサナちゃんが、
男子二人、女子二人にイジメられて居て…
仲間に入らないと
お前もイジメると言われて…
私怖くて…
サナちゃんが四人から叩かれて、
パンツを脱がされて
「今日一日それで授業を受けろ!」
って言われて…
泣きながら授業を受けて…
次の日から学校に来なく成って…
親友を助けられない自分が
本当に情け無くて…」
(えっ?私の娘は
イジメる側に入ってたの?)
でも、
そのお母さんの偉いのは
そこからで、
「辛かったね
怖かったんだよね。
だけどサナちゃんは…
もっと怖かったんだと思うよ。
お母さんと一緒に
サナちゃんと親御さんに
謝りに行こうか」
夜に成って、
仕事から帰ってきた
お父さんに事情を説明して…
そしたらお父さんが
「サナちゃんに誠心誠意
謝ろう、
許して貰えないかも
知れないけど…謝ろう」
3人で
サナちゃんの家に行って、
玄関先で親御さんに
事のしだいを説明した後に、
3人で土下座して謝って。
その家の親御さんは、
娘が被害にあった事も
驚いたけど、
3人にイキナリ
土下座された事に、
もっとビックリして。
でも、サナちゃん本人も、
ご両親も、
誠心誠意
あやまってくれた事が嬉しい、
許しますよって言ってくれて。
次の日の午前中に
二家族、ご両親合わせて六人で
中学校に相談に行って。
担任の先生方も
教頭先生も
校長先生も
とても良い人達ばかりで、
直ぐに色々な手を打ってくれて、
その後に四人の親を呼んで
厳重注意をしてくれて。
ただ、残念だったのは
イジメて居る四人に
反省の色が見られず、
四人の母親達もまさかの
バカ揃いで。
「イジメられた子にも原因が
有るんじゃないですか?
ウチの子だけを責められても…」
世間で云うところの
「うちの子に限ってババア」
だったんです。
そしたら校長先生が
「謝る事も出来ず、
反省も出来ない…
よく分かりました。
明日から四人は
学校に来ないでください。
転校して下さい。
当校では面倒見きれません!」
って言い切られて、
そしたら
四人の母親が
「うちの子達は3年生で、
高校の受験も控えているのに、
何を馬鹿な事を
言われるんですか!
教育委員会に訴えてやる!」
って騒ぎ出して。
すると
校長先生が冷静な口調で
「我が校はイジメを許さない
学校なんですよ。
お知らせでも、
懇談会でも、
全校集会でも
事あるごとに言っている事なんです。
また、
各担任の先生方も
常日頃から生徒達に
「イジメほど醜いモノはない」
そう伝えて居るんです。
其れでも、
生徒同士がケンカをする事もあります。
先生方は仲裁に入って
仲直りさせて
お互いが反省して、謝って。
でもアナタ方は、
親子揃って反省が
出来ないんですね!
そんな人間
当校には要らないです。
教育委員会には既にこちらから
相談しております。
担当の方から
加害者の親御さんから
謝罪がない場合、
毅然とした態度で対応して下さい。
と言われております。
どうぞ、
アナタ方も相談に行って下さい。
もうこれ以上…
何も話す事は有りません、
お引取り下さい」
って言い切られて、
本当に
小気味のいい
校長先生でしたね!」
利秋は嬉しそうに
「…随分と勇気のある校長であり、
教育委員会ですね。
よくニュース何かで見た光景は、
自殺している生徒が
居るにも関わらず、
先生も、校長も、教育委員会も、
イジメにつながる様な事は
有りませんでした。
そう言って逃げようとして、
後で勇気ある生徒達から
内部告発されて、
とても見っともない
結果になってしまう事が
多いですけどね」
シマモトは頷きながら
「後に、この親達は
本当に教育委員会に
文句を言いに行きました。
担当者は
親達の言い分を全て聞いた後に、
「転校して下さい!
其れも
他府県に転校するしかないですね!
転校先には必ず、
元の中学校から内申書が送られます。
また何故転校したのかと言う
問い合わせが有ります。
何処の中学校も
イジメに対しては
厳しく対応して居ますので、
受け入れて貰えないと思います。
なぜ?
イジメてしまった子供さんと
親御さんに
謝らなかったんですか?
一人の親御さんは、
娘さんと3人で
玄関先で、
土下座をして
謝ったと聞いております。
反省して謝った方と、
そうでない方の違いですね!」
そして四人の子供達は
他府県の
中学校に転校、
高校の受験も上手くいかず、
現在は四人とも引き篭もりです。
毅然とした態度で
取り組んでくれる
親御さんや、
学校や、教育委員会ばかりだと、
自殺する生徒は居なく
成るんでしょうね」
「シマさんの言われる通りですね!」
「私が仕返しを手伝った
お嬢さんは、
本当に優しくて
良い子なんですよ。
でも、
結果としての現在が
有る訳ですから
もう後は
腹を決めて前向きに
考えるしかないですよね。
彼女は今
同じような悲しみを味わった
人達と出会い、友達の輪を広げ、
楽しく暮らしてます。
今は確か…
六人の友達とシェアハウスして居て、
えっ~と…確か…
屋久島の縄文杉を観に行ってますよ」
利秋は頷きながら
「辛い思いをした分
たくさん楽しい時間を過ごして
欲しいですね。
この世で友達が出来て
本当に良かったですね!」
そう言ってシマモトに向かい
力強く親指を立てた。
還暦を過ぎた利秋、
誰かと共感する事や、
物事をやり切った時など
何故か?
必ず親指を立てる癖がある。
本人は多分、
いけているポーズだと
思って居るのだろう。
シマモトは、
利秋から親指を立てられると
必ず立て返してくれる。
本当に気のきく、
優しい90代のお爺ちゃんである。
シマモトは、
全面的に自分の考え方に
賛同してくれた利秋に対して
若干驚いていた
「利さんって、
優しい上に
ずいぶんとノリも良いんですね?
真面目が服を着て歩いてる、
そんな感じの人かと思っていました」
すると利秋は
(えっ?俺の観た目の感じって
真面目君なの…)
そう思いながら
「シマさん、
私だって生きている時に
イジメに遭いましたし、
妻も子供達もイジメにあった経験者です。
ですから、
辛さ、悔しさ、切なさ、
身をもって知っていますよ。
ただ幸せな事に
周りに
味方が居てくれたんです。
私の味方は少数の友達。
妻の味方は正義感の強いヤンキー仲間。
子供達の味方は母親であり、
少数の友達でした。
妻子の味方に成ってくれた
少数の友達に、
心から感謝しています」
「利さんもイジメられた
事が有るんですね、
どうりで優しいと思いました」
利秋は頭を摩りながら
子供の頃を思い出していた。
「…父親が、
自分の稼ぎ以上に遊ぶ人でしてね、
私は、
幼稚園から
中学を卒業するまでズッと、
月謝が期日までに払えなくて、
皆んなの前で
「すみません、用意出来ませんでした」
そう言って
先生に頭を下げて居ました。
すると周りから
「こいつの家、貧乏だな!」
って言われるように成り
「お前月謝払って無いのに
給食食べるなよ」って
からかわれて、
オドオドして…
何となく、
性格が臆病に成ってしまい
其れから
イジメられるように成って。
だから、
周りの雰囲気が
何だか怪しいぞって感じた時は
上手く人目を避けて
逃げれる習慣が
身につきました。
イジメられたと言う経験が、
危険察知能力と自己防衛能力を
高めてくれたんだと思います」
「なるほど、
大変な思いをした経験は、
決して
無駄には成っていませんね」
「そう思います。
大人に成っても
ポジティブな生き方を
常に心がけて居ました」
シマモトは手を叩いて喜び
「とても良い事です
物事を
悲観的にとらえる癖がつくと、
ドンドン不幸な方に
自分を追い詰めてしまいますからね」
そう言って、
話しが弾んでいる時に、
二人の背後から…
「シマさん、こんにちは、
お久しぶりです」
と言う声がかけられた。
シマモトは振り返ると
「…あっ、岡さん!
お久しぶりです、
何処か旅行にでも行って
おられたんですか?」
「はい、金沢の方に」
「いいですね、お城があり、
庭園があり、美術館があり
楽しかったですか?」
「えぇ、生きている時に行って観たいと
思いながら
死んじゃいましたから、
あのシマさん、隣の方は…」
シマモトは微笑みながら
「此方は田口利秋さん、
私は「利さん」と呼ばせて貰って居ます、
岡さん、仲良くして下さいね!」
すると岡崎は、
無遠慮に利秋の顔を
ジロジロと見つめると
「俺…岡崎直也、
田口利秋って…
なぁ、俺の事覚えてないか?」
利秋は小さく首を傾げ
(困ったなぁ、
向こうは覚えているのに、
こっちは名前どころか、
顔すら覚えてないよ)
そう思いながら
「すみません…えっ~と、
私が美容師をして居た時の
店の
御客様でしたかね?」
「違うよ、中学時代,
クラスは違ったけど、
俺、お前の事を
「貧乏人!」って
イジメて居て
三回ぐらい殴った事があるんだよ!」
すると、
今まで優しかったシマモトが、
いきなり
岡崎の後頭部
ペシンっと叩き、
「お前かい!利さんをイジメたのわ!
人の痛みが分からんのかい!」
そう言って睨み付けた。
岡崎は肩をすぼめ
「はい、スミマセン。
俺…ズッとその事が
気になって居て、
あの時イジメた田口は、
どんな大人に成ったんだろうか?
自分が父親になった時に、
何で俺
イジメなんてしてたんだろう、
自分の大事な息子や娘が
意味もなく殴られたり、
蹴られたりしたら
どんな思いをするんだろうって、
もうズッと田口に謝りたくて
今、
お互いに死んでしまって居て
本当に遅いのは、
分かっているんですけど、
田口!
あの時は本当にごめん!
申し訳ありませんでした!」
そう言って
岡崎は深々と頭を下げてくれた。
シマモトは、
そんな岡崎を見つめ
(この野郎、本当に遅いんだよ!
今後のつき合いかた考えるからな!)
と思っていた。
すると利秋は微笑みながら
岡崎の肩を軽く叩き
「謝ってくれて
ありがとう。
岡崎の顔は覚えて無かったけれど、
叩かれた事は
何となく覚えてる。
だけど、
岡崎に叩かれた事で、
社会に出た時にさ
周りに対して
警戒心を持って行動するように
なれたんだ。
だから、
危なさそうな飲み屋さんにも
行かなかったしね。
其れに
暴力や暴言では、
なにも解決しないって
分かったから、
家族に対しても
歳下の知り合いに対しても、
同僚に対しても、
常に丁寧に接する事が
出来てさ。
結構みんなから
好感を持って貰って、
それってもしかしたら
僕を叩いてくれた
岡崎のおかげかも知れない。
だから
気にしなくて良いよ!」
すると
岡崎は首を強く横に振りながら
「違う、違う、違う!
田口がしっかりしてたから
プラス思考に
とってくれたからだよ!
普通は萎縮してしまい
周りが怖く成り、
中には引きこもる人だっている。
俺は
本当に自分勝手で、
短気で、
馬鹿野郎で、
だからバチが当たって
7年前に妻子に出て行かれて…
一人ぼっちに成ってはじめて
他人の心の痛みを知って、
それで、
2年前にアパートの一室で
風邪をこじらせて、
肺炎起こして、
孤独死しちまったんだよ」
シマモトも利秋も
言葉を失ってしまった。
可哀想に、
と言う思いも出た。
しかし
身勝手な人は
最終的には人から背を向けられ、
誰からも相手にされ無いんだなぁ
とも思った。
岡崎は寂しげな表情で
「田口に謝れて…
本当に良かった。
許してくれて…ありがとう」
利秋は何だか心が苦しく成って来て
(岡崎、一人で大丈夫かな)
と思い
「岡崎…今から何処かに行くの?」
と尋ねた。
岡崎は小さく微笑み
「…今から女房と子供の所に
行くんだよ。
ほぼ毎日行ってるんだ、
謝りにね…
生前
ちっとも大事にしてやれなかったから、
俺の声は届か無いけど、
其れでもいいんだ。
家族の顔を
観て居るだけで良いんだ。
じゃぁ、また、
シマさんゴメンね
話しの間に入ってしまって」
するとシマモトは、
岡崎をギュッと抱き締め
「利さんに謝れて良かったね!
さっきは頭を叩いてゴメンね。
奥さんと、子供さんのもとに
行ってらっしゃい」
岡崎は小さく頷き
二人の前からスッと消えて行った。
シマモトは利秋を見つめ
「岡さん…利さんに謝れて
ホッとしてましたね」
利秋は小さく微笑み
「シマさん、本音を言えば、
急な事でビックリしました。
実際のところ、
誰かに叩かれた事は
覚えているんですけど、
でも岡崎の事は
うっすらとしか
覚えて無いんですよ。
岡崎は…
気にして居たんですね」
「その様ですね。
岡さん、いずれ生まれ変わると
思うんですけど、
どうか、
イジメは良くない事だと
ズッと覚えて居て欲しいですね」
そう言って親指を
ピョコンと立てた。
《 9…友達について 》
利秋が質問をして、
シマモトが答えてくれて、
そんなやり取りをしながら
歩いていると、
横道から歩いて来た男性が
いきなり
「田口じゃないか?
そうだよ、田口だよな!
俺だよ、覚えてるかな?」
満面の笑みを浮かべる男前、
体格の良い壮年の顔に、
高校時代の面影が残っている、
忘れる訳がない、
彼は自分にとっての
ヒーローなのだ。
「山本!」
「そうだよ山本!
田口、
いつコッチに来たんだい?
シマさんとも知り合いに
成っているんだね、
良かったなぁ
シマさんは何でも知って
おられるからね…」
利秋は山本の顔をジッと見つめ
(相変わらずカッコイイなぁ、
でも、喋り出したら止まらない所は…
高校時代から変わってないなぁ…)
そう思いながら、
シマモトに目を向けると
シマモトも、
山本はよく喋る男だと言う
認識が有るらしく、
クスクスと笑い出した。
「なぁ田口は、結婚とかしたのかい?」
「したよ、家内と二人の息子の
四人暮らしだったよ。
山本は?」
「三回結婚したけど、
三回離婚したよ!
俺さ、大学を卒業した後にさ……」
話を続ける山本の顔を見ながら、
利秋は高校時代の頃を
思い出していた。
高校時代の山本は、
男性からも、
女性からも、
先生達からも
とにかく大人気で
モテまくって居た。
ハンサムで、スポーツ万能で、
おしゃべりが上手で、
成績も常に学年トップで、
その上、
誰に対しても
優しいときている。
まさしく
非の打ち所がないのだ。
なのに山本は、
何の取り柄も無い自分と
ウマがあったのだ。
出会った当初、
自分は
彼の引き立て役なんだと思っていた。
其れでもいい、
イジメられるより
何倍もマシだと思っていた。
ところが山本は、
3年間、
利秋と対等に
付き合ってくれたのだ。
勉強もスポーツもアルバイトも、
どれだけ彼に、
色々な場面で助けて貰った事か。
彼は大学に行き、
自分は美容師の道に、
付き合いは高校の三年間だけだったが、
利秋からすれば
本当に優しくて
最高の友達…
と言うより、
自分にとってのヒーロー
だったのだ。
山本の話しは仕事で海外に
行った事に入り、
契約の獲得、昇格、結婚…
そして
三度目の離婚を経験して、
「…もう結婚は懲り懲りだよ」
と言う所で、
話がいったん止まる事と成った。
話しきったと言う満足感だろうか?
山本は
満面の笑みを浮かべ、
利秋とシマモトの
顔を見つめながら、
何度も嬉しそうに頷いている。
しかし
利秋の方からすれば、
話しの中で出て来た、
なぜ、山本が3回も離婚したのか?
その部分だけが気になって
しょうがないのだ。
(…山本は自分から
人を裏切る様な男ではない。
しかし
「何が離婚の原因なの?」
なんて
口が裂けても
聴けるわけがないよね…)
そう思っていると、
横からシマモトが
「いや~山さんが三回の離婚歴が
有るなんて初めて聞きました。
理由は何ですか?」
いともアッサリと質問したのだ。
利秋は心の中で
(えっ?シマさん!
何言ってるの、そこ聞くの!
いやいや、駄目でしょ、
山本が泣き出したらどうするの?)
と、思っていると…
山本は頭を摩りながら
「いや~…私が半年くらい海外に
単身赴任して居る間に、
家内が浮気してましてね、
マンションに帰って来た時には、
もう既に
家内と、
家内の荷物が無くて、
テーブルの上に離婚届だけが
置いてあって、
其れが三回も続きましてね、
さすがに落ち込みましたよ。
三人とも自分から結婚を
迫って来たのに。
もう私は完璧な
女性不信症に成りましたね。
その後も
四人の女性に告白されましたけど、
もう全て断りましたよ。
食事に一緒に行ったとか、
呑みに行った事があるとか、
そんなの一回も無くて
仕事のみのお付き合いで
いきなり、
私と結婚して下さい、って…
もう精神的に無理でした。
でも、私も健康な男性で、
性欲もあるわけで、
でも生きている女性は、
もう本当に
懲り懲りのウンザリで、
結局、手を出したのは、
通販サイトで見つけた、
高級ラブドール、
52万円!
とっても柔らかい、
私の4番目の奥さんです!」
シマモトと利秋は、
顔色を変えずに息を呑んだ。
山本は更に
「家内は可愛い顔で、
僕が仕事から帰って来るのを
ジッと待っているんです。
2か月でも半年でも…
当たり前ですよね、
人形なんだから!
でも本当に可愛くて
癒されましたよ。
ズッと私の話しを聞いてくれて、
ズッと
微笑んでくれて居るんです。
いつ、どんな時にキスをしても
怒らないし、
僕が求めれば何時でも
応じてくれて…
当たり前ですよね、
生きてないんですから!
でも本当にラブドールに
恋しちゃって…
俺ズッと一人で喋って
自分で答えて、
死ぬまでズッ~と
独り言を言ってて…
田口、
俺…ズッと一人で喋っていたよ…」
利秋は話しを聞きながら
腹が立って来た。
山本にではない。
当然三人の
元嫁に対してである。
「ゴメンな田口、
俺って変な奴だろ…
高校時代の時とは
全然違っていて、
ガッカリしただろう…」
利秋は首を強く横に振りながら、
既に涙をこぼしている
「山本は少しも変じゃ無い!
変なのは、
三人の奥さん達だよ!
お前みたいな良い奴を
裏切って、
バカじゃないのか…
山本は!
山本は、スっごく良い奴なのに、
シマさん、
本当に良い男なんですよ…」
「おいおい田口…泣かないでくれよ」
(まさか泣かれるとは…)
山本は
そう思いながら
オロオロしている居る。
そんな
山本の背中に、
シマモトがいきなりオデコを
くっつけた。
「えっ?シマさん…どうしたんですか?」
山本がそう言いながら
振り返った瞬間、
シマモトは、
二人の前からフッと消えてしまった。
山本は小さく首を傾げ
「しまった、
俺が愚痴ってしまったから
シマさん、
気分を悪くして
帰ってしまったのかな?」
利秋は首を横に振りながら
「いや、違うと思うよ、
シマさん優しい人だから、
何か急用が出来たんじゃないかな」
次の瞬間、
シマモトは二人の前に
パッと姿を現した。
「はい!ただいま帰りました!」
山本はシマモトを見つめ
「シマさん、急に消えてビックリ
しました。
どうしたんですか?」
そう尋ねると
「いや~山さんの話しを聞いて、
なんだか腹が立って
来ましてね、
三人の元嫁の、
その後を観て来ました。
山さんに
頼まれても居ないのに、
ごめんなさいね、
大きなお世話なんですけどね。
まず、
一番目の奥さんは、
再婚して1年後に
浮気されて、
別れて居ます。
人様の女房を寝とる様な
クソ男が、
一人の女性で
満足する訳が無いですよね。
二番目の奥さんは
半年で離婚しています。
男からの暴力と、
賭事による借金です。
三番目の奥さんなんかは、
男の事業の失敗で、
たった4ヶ月で
離婚しています。
そして…
三人の奥さん達には、
面白い
共通点が有りました。
皆んな山さんを裏切った事を
後悔して居ます。
更に三人共、
山さんと、
もう一度やり直して貰いたくて、
何回も会社に尋ねて来ています。
しかし…
後に、山さんに
結婚を申し込む四人の女性達から、
ことごとく
追い返されていました!」
利秋は山本の顔を見つめ
「山本ごめん!
俺いまシマさんの話しを
聞いて、
三人の元嫁達に
ザマアミロ!
山本みたいな良い男を裏切ったから
バチが当たったんだ!
自業自得だ馬鹿野郎!
って思った。
俺には関係無いのに
本当にゴメン!」
山本は満面の笑みを浮かべると
「ありがとう田口、
俺の為に怒ってくれて。
そしてシマさん、
ありがとうございます。
僕は
心の器が小さいものですから、
本音を言わせて貰うと
今の話しを聞いて
胸がスッとして居ます。
俺みたいなイカした男は、
そうそう居ないぞ
逃がした魚は大きいぞ!
そう思いました。
本当に僕は、
小さい男ですよ!」
「小さくなんて無いよ!
離れてはじめて山本の良さが
分かったんだよ。
本当に馬鹿な女性達だよ!
俺が女性だったら絶対に
山本を離さないよ!」
「ありがとう田口!
今度生まれ変わったら
結婚しようか?」
「ゴメン、来世も女房と夫婦に
成りたいんだ!」
山本は笑いながら
「そうか!
あっさりフラれちゃったな!
でも田口は、
素敵な女性と結婚したんだな、
友達として
本当に嬉しいよ。
高校の時に、
俺はブサイクだから、
女性には、
目も向けてもらえないよ、
そう言ってて、
俺が、
男は顔じゃないよ、
中身で勝負だよ、って言ったら、
ハンサムな山本に言われても
説得力が無い、
って笑っていたけど、
でも田口、
お前は、幸せを勝ち取った!
俺は、幸せでは無かった!
だから田口…
お前の勝ちだよ!
さて、
妻のラブドールに、
三人の
元嫁の話を聞かせてやろう、
シマさん、田口、また今度…」
そう言った後に山本は、
右の方に指をさし
「田口、
あそこにログハウスが見えるだろ
俺の家なんだ。
何時でも遊びに来てくれよ!」
そう言って山本は
自分の家に帰って行った。
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