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第38話 幼児退行

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黒服達に絶望を与えたボスの回し蹴り。

士気も下がり、このままボスの圧勝かと思われたその時、部下の一撃がボスを吹き飛ばした。



歓声を上げる黒服達。本気モードの部下。

その頼もしさに痛みの中で喜びを感じるボス。



部下とボスの闘いが始まる。



ボスはニヤリと笑う。そして、一気に部下と距離を詰める。



しかし、ボスの視界から部下が消えた。

ボスの脳は冷静に対処する。



視界にいなければ視界の外を狙えばいい。

ボスは視界の外に向け、乱撃を繰り出す。



ボスは怪訝な表情を浮かべた。

おかしい。今の自身の攻撃なら1発は部下に当たっていたはずだ。とボスは考える。



しかし、ボスに攻撃の手応えがなかった。

必死で考えるボス。



次の瞬間、目の前から両の手が突然現れた。

間一髪、その手を避けるボス。



何もないはずの空間から部下が現れる。



「私ね、いつも思ってたんです。この黒い瘴気を何かに使えないかって。」



部下はほとばしる自分の瘴気を掴んでボスに見せる。



「そしたら、こんな事ができるようになっちゃって。」



ほら、と部下が言うがはやいが部下の体はみるみる瘴気に包まれ、背景と同化していく。



「そんなのありかよ...。」



ボスは唖然とした表情で呟く。

後ろにいる黒服達は驚きのあまり静かになっている。



ふいにボスに走る衝撃。

ボスの視界がぐらつく。



攻撃の方向に、自身も攻撃を繰り出す。

しかし、既に部下はそこにはいなかった。



見えない敵との戦いを余儀なくされているボス。

これには百戦錬磨のボスも終わりだと誰もが思った。



そんな中でただ1人、ボスだけは冷静に考えていた。そして、逆転の一手を弾き出す。



ここでボスは大胆な作戦に出た。

ふんっ、という掛け声と共にボスは全身全霊の力を込める。



次の瞬間、ぼろぼろに破ける衣服。

かろうじてパンツは履いているが、ほとんど全裸になってしまったボス。



ある者は戦いを諦めてしまったんですか!と言った。そして、またある者は部下に対して色仕掛けなんて卑怯だ!と言った。



黒服達は失望に似た感情を覚えていた。

そして、部下も多少なりとも困惑していた。



しかし、このくらいの色仕掛けでは、今の部下を止めることはできない。



今回ばかりは後でちゃんとお仕置きと説教をしなければならないと心に決め、ボスにトドメを刺そうとする部下。



ボスに向けて、鋭い一撃を放つ。

ボスは、その一撃を完璧に受け止めた。



驚いた表情を浮かべる部下。

ボスはニヤリと笑う。



「俺がそんなに浅はかな手を使うと思うか?」



ボスは部下に語りかけ、そのまま部下を投げ飛ばす。



空中に放り出された後、バランスを立て直し、うまく着地を決める部下。



何が起こっているのかを冷静に分析した。

そして、次の瞬間には答えを導き出していた。



「そうか、服の破片だ。」



部下は悔しそうに呟く。

ふふんと嬉しそうに笑うボス。



ボスがとった作戦は単純な物だった。服を破り、周囲に服の破片を撒き散らすことで、部下が動いたときに、その破片が動く。



破片の動きによって、見えない部下の動きを可視化したのだ。



本気で悔しがる部下。

しかし、黒服達はまだ諦めていなかった。



「ようは、あの破片さえなければ俺たちの勝ちだ!」



1人が高らかに叫んだ。

その声に続くように黒服達はボスに向かっていく。



「みんな...。」



部下の目頭が熱くなる。

少し首を振った後、ボスに向き直る。



ほとんど全裸に近いパンツだけのボスは涙を流していた。



自身の部下達が、一度は諦めかけた勝利に対して、さらに手を伸ばしているこの光景にボスは感動していた。



ボスは右手の親指と人差し指で目頭を押さえながら、雪崩れ込んでくる黒服達を弾き飛ばし、窓から突き落とす。



「何を泣いてるんですか!ボス!」



黒服の1人がボスを攻撃する。



「泣いてないっ!!」



ボスは、その1人を吹き飛ばす。窓から外へと放り出される黒服。



「涙はボスの敗北までとっといてくださいよ!」



さらにまた1人、ボスに突撃する。



「泣いでないっっ!!」



ボスは、その黒服も吹き飛ばす。窓から飛んでいく黒服。



どんなに黒服が雪崩れ込んでも、ボスは自身の服の破片を守りながら戦っていた。



ボスは涙を流しながらも、自身の勝利を確信していた。



しかし、勝利の女神が微笑んだのは、ボスではなく黒服達であった。



ボスは涙のせいで状況を正しく把握できていなかった。



ふと違和感に気づくボス。黒服達の数が少ない気がする。



確かに窓の外に飛ばした数も相当数いるがそれにしても明らかに少ない。



ここでボスは1つの可能性に気がついた。

しかし、もう手遅れであった。



後ろを振り返ろうとしたその時には、黒服の波が破片を蹴散らそうと雪崩れ込んできた。



「回り込まれた!!」



ボスは雪崩れ込む黒服を避ける。

そして、突っ込んできた黒服を1人1人窓に投げ飛ばす。



「今だ!やっちまえ!!」



黒服達は口々に叫び、窓の外へ放り出されていった。



黒服達を投げ飛ばし、手で足で、それぞれを放り出していくボス。



最後の黒服を投げ飛ばし終わり、必然ボスと部下の一騎打ちとなる。



部下は全身全霊でボスに向かっていく。

全ての仲間達、そしてボスへの想いを込めて。



極彩色の黒がボスを貫こうとする。

ボスも最後の死力を尽くし、部下に立ち向かう。



しかし、ここでアクシデントが起こった。

ボスは、先刻涙を流しすぎてしまった。



そして、その涙の量は尋常ではなく。

廊下、ひいては自身の立ち位置までびしゃびしゃになるほどであった。



ここで、部下に立ち向かうため渾身の力を込めたボス。



その力は涙を伝ってしまった。

結果、ボスはバランスを崩した。



あれよあれよという間に、全ての位置がずれるボス。



最終的にぶつかったのはボスの頭と部下の頭であった。



衝撃的な痛みに目が眩み、うめく部下。



しばらくして痛みも引き、部下が辺りを見回すと、そこにはちょこんと座るボスの姿が。



ボスは部下に話しかける。



「おねぇちゃん。だぁれ?」



ボスは、あまりの衝撃に幼児退行をしていた。
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