異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

文字の大きさ
上 下
17 / 38
4章 異世界で奴隷と開業を

2話 物事はスムーズに進む。

しおりを挟む
「何から話そうか……取り敢えず名前からかな。俺はカムイ、冒険者です」

 日本のサラリーマンよろしく名刺、もといステータスプレートでも差し出そうかと思ったのだが、生憎今は両手が塞がっている。

「こここれはご丁寧に。わ、私はクーヒェンと申します」

 ハルやクロと違いその名前は少し発音が難しく、カムイは間違っていたら失礼なので聞き直した。

「クーヘン?」

「く、クーヒェンです」

「クーフェン?」

「……クーとお呼び下さい」

 カムイより先にクーが諦め、少女の呼称はクーで落ち着く事になった。

「クーは魔導士なんだよね?」

「は、はいぃ。僭越ながらも魔導士という席の一端に座らせて、いいいただいておりますぅ」

 やはり魔導士であったらしい。これはもしかして目的達成か!? と上昇するテンションを抑え、意識して他愛の無い会話を楽しむ。

「へー。その若さで凄いな。あ、もしかしてエルフだったり?」

「いえいえいえいえいえ! 私のような者が、え、エルフなんてそんな恐れ多い事ですしエルフに流れているものが高貴な血であれば私に流れているのは泥! そう! 泥水のようなものなんですぅ!」

 そんな事はないよ、と言ったところで反応は変わらないだろう。かと言って「そうだね、泥水だね」なんて言うわけにもいかない。であるならなるべく聞かなかった事にして、話を進める事が正しい気がした。

「……って事は人間なんだね。何歳?」

「い、卑しくも今年で九つになりました」

 一体何が卑しいのか、という質問は飲み込む。ある意味分かりやすい性格をしているため、早くも対応の仕方が分かって来た。

「うわ、俺より八つも下で魔導士なのか」

「え」

「え」

 聞き間違いだろうか? という顔をするクーの姿を見て、日本人が若く見られがちな事を思い出した。実際十二歳であるハルには同い年と思われていた事もあったのだ。

「……俺、十七歳」

 自分を指差してにっこりと笑うと、失言に気付いたクーが青褪めた。原因が自分にある事は棚に上げて、真っ赤になったり真っ青になったり大変だなぁ、と呑気に思うカムイだった。

「す、すすす」

 謝ろうと努力しているのは痛いほど伝わって来るが、残念ながら言葉になっていない。

 あまり九歳の子供をいじめるのも良くないので、カムイは助け舟を出しておく。

「ああ、慣れてるから気にしなくていいよ」

「……かたじけぬ」

 余程焦っていたのか口調が変な事になっていたが、そこは指摘しないでおいた。

「その代わりって言うのも酷い話なんだけど、ちょっと送還魔法について教えて欲しいんだ」

 送還魔法、という言葉が出た瞬間クーの顔つきが変化した。

「……送還魔法、ですか?」

「うん。何か知っている事があれば教えて欲しいと思って」

 カムイからすれば世間話みたいなノリで話が聞ければいいな、くらいの気軽さだったのだが魔導士であるクーヒェンからすればそんな簡単な話では無かった。

「失礼ですが送還魔法は秘匿されている技術でありその極意は他言無用。私ならば御し易しと判断された事は誠に遺憾でございますが自分の容姿を客観的に判断すればそれも致し方無い事。この度の事は大変有り難く思いますがーーーー」

「ストーップ! ストップ、はいストップ」

 あまりに流暢過ぎる、言葉の暴力とも言える奔流に攫われてしまったが、何とか意識を取り戻したカムイは全力でクーを止めに入った。

 これがクーの魔導士としての姿なのだろう。

 わずか九歳の少女が魔導士になっているのだから、きっとただのコミュ障ではないと思っていた。だがその二重人格とも思える豹変は、カムイとしても予想外としか言えなかった。

「何か?」

「うん、言い方が悪かった。ごめん。回りくどいのは止めて直接的に聞くべきだった」

 日本人的に直接的な物言いは少し抵抗感があるのだが、それで話が拗れるのはよろしくない。カムイは単刀直入に、何よりも聞きたかった事を尋ねた。

「俺が聞きたかったのはそんな秘密めいた事じゃなくて、『俺という個人を送還する場合一体いくらかかるのか』っていう事なんだ」

「……? あなたを、ですか?」

「そう。俺の故郷は物理的にも精神的にも遠い場所にあって、戻ろうと思っても戻れないんだ。でも送還魔法ならそれが可能なんじゃないかと思って、単にそれが聞きたかっただけなんだよ」

 異世界なのだから物理的にも遠くあり、誰も知らないのだから精神的にも遠い。そんな場所にどうやって送るというのか。しかし仮にも『魔法』なのだ。カムイにとって魔法は奇跡の代名詞で、偶然とはいえこの世界に来た以上その程度の奇跡は見せて欲しかった。

「なるほど。精神的にという物言いに多少引っかかるところはありますが基本的なあなたの言い分は理解しました。またいわゆる早とちりで侮蔑する発言をしてしまった事を深くお詫び申し上げます」

「いや、こっちも言い方が悪かったからな。気にしていない」

「そう言っていただけますとこちらとしても助かります。……して、先ほどの送還魔法なら可能かどうかという質問ですが結論から申しますと可能です。具体的な説明は申し訳ありませんが出来ないのですがあなたが戻りたい場所が生まれ故郷である場合どれだけ遠い場所であろうが送還する事は可能となっております」

「マジで!?」

「ええ。値段は一律50000000sですね」

「ごっ」

 五千万。カムイの手持ちが一千万と少しであるから、その五倍の額が必要となる。

 その額は決して一生かかっても払えないようなものでは無かったが、たった一人の人間を送還するだけと考えると随分と法外なものであった。

「ちなみに身内割りはありません」

「……ですよねー」

 もしかしたらトントン拍子で進むかも、なんて楽観的に考えていた自分が馬鹿らしい。

 しかし逆に考えれば、たったの五千万で元の世界に戻れるのだ。クーが可能と言ったのだから、実は庶民には無理でしたなんて事は無いだろう。

 五千万さえ貯めれば、カムイは確実に元の世界へと帰る事が出来る。

(……だけど、今のままじゃ時間がかかり過ぎる)

 無事元の世界に帰れたとしても数十年後じゃ話にならない。既にカムイがこちらの世界に来て一ヶ月以上が経過しているため、あちらの世界では行方不明として大騒ぎだろう。

 今の新月食堂がカムイに無しで回るとは思えない。だからいち早く戻る必要があるのだ。

 特に愛梨には、「お父さんと違って、俺はいなくなったりしないよ」なんて臭い台詞を言った事もあるのだから、裏切る事は出来ない。

(開業するしかないな、飲食店を)

 戦闘は得意だ。だがしかし料理も得意なのだ。

 ダンジョンで稼げないのなら、料理しか無い。ダンジョンは魔物の数の問題で一日に稼げる額が決まっているのだが、そこはハルとクロの二人に任せてカムイは店を出す。そうすれば今まで通りの収入に丸々プラスして店の売り上げが入って来る事になる。

 カムイは魔導書を運びながら、初めて持つ自分の店に思いを馳せるのだった。









「というわけで、二人には黄のダンジョンの一つである『迷いの洞窟』を攻略してもらいます。エンドレスで」

「任せてっ!」

「……腐れふぁっくです」

 カムイは店を出すための準備として、ハルとクロの二人に指令を与えた。

 黄のダンジョンの一つである『迷いの洞窟』はかなり高いマッピング能力が求められる代わりに敵はそれほど強くなく、危険なトラップも存在しない。しかも出て来る魔物は|豚肉(ラッキー・ボア)、牛肉(ミノタウロス)、鶏肉(コカトリス)と肉のオンパレードだ。

 ちなみにコカトリスは視線で敵を殺す、もしくは石化させる事が出来るかなりの強敵なのだが、洞窟にいる所為か目が退化していて、多少麻痺効果のある鳴き声しか出せない雑魚だ。

「お兄ちゃんの新作料理が食べられるなら、私頑張れると思う!」

「そこはハル姉に同意します」

 基本カムイには口の悪いクロだが、戦闘技術と料理の腕前に関しては渋々ではあるものの認めていた。

 猫だから魚出しときゃいいだろ、みたいなノリで生魚のお茶漬けを出したのだが、生魚を食べる習慣が無いらしく感動していた。もちろん最初は嫌そうな顔をしていたので、無理やり食べさせた。

「まあぶっちゃけ串に刺して焼くだけなんだけど、楽しみにしてて良いよ」

 串に刺して焼くだけと言えば簡単そうに聞こえるが、それが一番難しいのだ。炭火はコンロと違って簡単に強弱の変更が出来ないし、タレもそう簡単に美味しいものが作れるのであればどこの店も『五十年継ぎ足した歴史の旨味』みたいな煽りはしない。

「じゃあ行こっか」

 頷き、皆で宿を後にする。

 カムイは調理担当、クロとハルは仕入れ担当なのだが、屋台を出すための申請を行う必要があるためカムイも一緒にギルドへ向かっていた。

「それにしても五千万sですか。ご主人はそのお金で何をするつもりなのですか? やっぱり反乱ですか?」

「あほか」

 カムイはクロに対して自分が異世界の人間であるという事は伝えていなかった。

 イアンパヌは例外で、たまたま|神の国(カムイモシリ)という概念があったため異世界という言葉をすんなりと受け入れる事が出来たのだが、他の種族に異世界と言っても理解出来ないだろうと思い教えなかった。

 それにうっかりクロが「カムイは異世界の住人だ」という事を告げてしまい、エルフィーの耳に入ったら大変な事になる。仮に口止めしたとしても、カムイを陥れるためエルフィーにわざと告げるという危険もある。

「なんつーか……そう、五千万貯めたら家を買おうと思ってな。二階が住居で、一階が食堂になってる立派なやつを」

「そうですか。寝室が別ならそれは素晴らしい事だと思います」

 取って付けたような答えだったが、クロは気にしなかった。それよりも未だに同じベッドで寝るという行為に慣れないらしく、寝室を別にしろとさり気なく訴えて来る。カムイは聞かなかった振りをした。この寒い時期、クロは優秀な湯たんぽとして活躍しているからだ。

 クロはそんなカムイの考えが分かっているらしく、特に文句を言う事は無かった。

「どうした? ハル」

 二人の会話に混ざる事なく、ハルは沈黙を貫いている。普段ならカムイの腕に絡みながら積極的に話に加わって来るため、その態度は少し不思議だった。

「……ううん。何でも無い。お兄ちゃんなら五千万くらい、すぐに稼げると思うよっ」

 そう言うハルは少し寂しげだったが、それはカムイとの別れを考えての事だろう。

「……っ」

 出て来た言葉を飲み込み、カムイは無言でハルの頭を撫でるのだった。







「じゃあ俺は出店の申請に行って来るから。何回か試してみて、『迷いの洞窟』に行けなかった時は応接室に来てくれ」

「分かった」

「そのまま帰りたいです」

 クロの言葉はスルーしておく。

「じゃあ頑張ってな」

「うん。お兄ちゃんもいろいろと頑張ってね!」

 いろいろとは申請の事だが、主に申請する時に応対するエルフィーの事だ。

 プレートは赤なので出店する資格はあるが、雑談の流れで何故出店するのかを聞かれたりした際、うっかり口を滑らせてしまったら大変な事になる。

 それらの対応も含めて気は抜けず、ハルは「いろいろ」という言葉を使った。

「……ああ、うん。俺も頑張るよ」

 ハルたちと別れ、カムイは応接室に向かった。

 既に今日来る事は伝えているため、物事はスムーズに進む。

「失礼します」

「入りたまえーーーー故郷が恋しい少年よ」

 スムーズ過ぎるくらい、進んでいく。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ
ファンタジー
クラウス・アイゼンシュタイン、二十五歳、C級冒険者。滅んだとされる死霊術士の末裔だ。 勇者パーティーに「荷物持ち」として雇われていた彼は、突然パーティーを追放されてしまう。 S級モンスターがうろつく危険な場所に取り残され、途方に暮れるクラウス。 そんな彼に救いの手を差しのべたのは、五百年前の勇者親子の霊魂だった。 五百年前に不慮の死を遂げたという勇者親子の霊は、その地で自分たちの意志を継いでくれる死霊術士を待ち続けていたのだった。 魔王討伐を手伝うという条件で、クラウスは最強の女勇者リリスをその身に憑依させることになる。 S級モンスターを瞬殺できるほどの強さを手に入れたクラウスはどうなってしまうのか!? 「凄いのは俺じゃなくて、リリスなんだけどなぁ」 落ちこぼれ死霊術士と最強の美少女勇者(幽霊)のコンビが織りなす「死霊術」ファンタジー、開幕!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~

mimiaizu
ファンタジー
 迷宮に迷い込んでしまった少年がいた。憎しみが芽生え、復讐者へと豹変した少年は、迷宮を攻略したことで『前世』を手に入れる。それは少年をさらに変えるものだった。迷宮から脱出した少年は、【魔法】が差別と偏見を引き起こす世界で、復讐と大きな『謎』に挑むダークファンタジー。※小説家になろう様・カクヨム様でも投稿を始めました。

【第1部完結】勇者参上!!~東方一の武芸の名門から破門された俺は西方で勇者になって究極奥義無双する!~

Bonzaebon
ファンタジー
東方一の武芸の名門、流派梁山泊を破門・追放の憂き目にあった落ちこぼれのロアは行く当てのない旅に出た。 国境を越え異国へと足を踏み入れたある日、傷ついた男からあるものを託されることになる。 それは「勇者の額冠」だった。 突然、事情も呑み込めないまま、勇者になってしまったロアは竜帝討伐とそれを巡る陰謀に巻き込まれることになる。 『千年に一人の英雄だろうと、最強の魔物だろうと、俺の究極奥義の前には誰もがひれ伏する!』 ※本作は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させて頂いております。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...