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2章 穢神との邂逅
2話 セカンドインパクト。
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「大丈夫か?」
「え、あ、はい」
何をされたかは理解出来ていた。だからここでカムイが言う言葉は『ありがとうございました』だが、それは口付けの事のように思えて躊躇してしまう。
言うべきか、言わざるべきか。
まるで「混乱」のバッドステータスの代わりに、「魅了」にかかってしまったかのようなカムイを見て得心がいったのか、エルフィディスは手の平を拳でぽんっと叩いて口を開いた。
「初めてだったのか。それは失礼した」
「ぐ」
察したのならそのまま黙って欲しかったのだが、そういう男子の心の機敏には疎いようだ。
カムイは呻きながら礼を言う。
「その、『助けていただき』ありがとうございました」
念のため助けていただき、という部分を強調して伝えるとエルフィディスは微笑んだ。
「気にするな。さっきの液体は特別製の聖水で、予備が無かったために口移ししただけなのだから」
「おい」
わざとかと疑いたくなるような話題のリターンに抗議の声が漏れる。
仮にもギルドマスター。仮にも恩人。だからといって抗議一つもなしにスルーは出来なかった。
「何か?」
だが目の前のエルフは本当に何も分かっていないらしく、カムイは馬鹿馬鹿しくなって手を振った。この話はもう止めよう、というジェスチャーである。
「?」
だがそれまでも通じなかったようで、エルフィディスはカムイに手を振り返した。
「…………それで、俺はどうしてここに?」
話が通じないなら、通じる話に変えるしか無い。カムイはやや無理やりに話を持って行くと、今自分がここにいる理由を聞いた。
恐らく倒れた事は関係なく、あの黒い塊と……穢神に関する事だとは思うが、それでも経緯をきちんと知っておきたかった。
「全てを話せば長くなるな……まずは状況から説明しようか」
取り敢えず座りたまえ、と先ほどまでエルフィディスが座っていた椅子を指し示す。ちょうど位置関係が逆になる形だ。
カムイが座るのを見届けると、エルフィディスは状況の説明を始めた。
「カムイ殿はとある魔物とエンカウントしそれを倒す。これはカムイ殿が受付に持って来たあの『黒い塊』から判断が可能だ」
そしてカムイが体験した通り、その魔物と戦った者は必ず精神に異常をきたす。バッドステータスの一種に『混乱』があるが、その魔物と戦った者が陥る混乱はその一つ上の状態で、ギルドはこれを『狂気』と仮に呼称しているが一般的に知られたものではない。
酷い場合は最悪発狂して死に至るのだが、カムイは狂気にかかってはいたものの安定していたため、聖水を用意して意識が戻るのをここ、ギルドの特別応接室で待っていた。
「あの黒い塊を目にした瞬間、職員さんの態度が激変したんですけど、あれは一体?」
「ギルドの職員、特に冒険者と関わる者は皆知っている。あれは人間の魂の結晶で、私たちはあれを禍魂(まがたま)と呼称している」
「魂の、結晶……?」
カムイは黒ずんだ塊を思い出した。魂と言えばもっと澄んで綺麗なイメージがあるのだが、あれから受ける禍々しいイメージはそれから最も遠いところに位置している気がした。
「一説では人間を『生きたまま殺す』事で作り出す事が出来るそうだ」
「生きたまま……」
あの穢神を思い出す。確かにあれは生きたまま死んでいた。動いていた以上生きてはいるのだろうが、あれを生きている状態とはお世辞にも言えない。確かにあれは間違いなく生きたまま死んでいた(、、、、、、、、、、)。
「カムイ殿は禍魂を持っていたので、あれと戦いそして打倒なされたはず。……貴殿はあれを何だと思われた?」
あれは何だ、と問われれば答えは一つしか無い。
「穢神」
その言葉を聞いた瞬間、常に柔和な笑顔を浮かべていたエルフィディスの顔が険しさを孕む。
「どこでその言葉を?」
「ど、どこって……ハルっていう連れの女の子から聞いたんですけど……」
突然の詰問染みた雰囲気に言葉を詰まらせるが、ハルの名前が出た瞬間その雰囲気は一気に霧散した。
「ハルって、もしかしてイアンパヌの?」
「知ってるんですか?」
「それはもちろん。私たち|森の守り手(エルフ)と|賢き者(イアンパヌ)は親戚みたいなものだからな」
そういえばイアンパヌたちが住んでいた森の名前はエルフの森だったな、とカムイはその繋がりに納得の表情を浮かべる。
「しかしイアンパヌと一緒に行動して、しかもそれがハルで、かと思えば穢神を討伐……これだから世界は面白い」
くくく、と笑う姿はエルフというより、魔王が近かった。
「ハルだったら何かあるんですか? さっきもハルの名前が出た瞬間雰囲気が変わってましたけど」
「知らないのかい? だったらそのまま知らない方が幸せだろう」
その物言いに異を唱えたいが、知らされていないという事は知る必要が無い、もしくは知って欲しくない事なのだろう。重要な事柄であればハルかリウが伝えてくれたはずで、万が一重要であるなら尚更二人から以外は聞かない方がいい気がした。
「そう、ですね」
「おや、聞かないのか。道理は弁えているようだな、人間」
「そんな事より、俺が何故ここにいるかの説明が抜けてますよ、エルフ」
「ふふっ、そうだな、これは失礼」
エルフィディスは嬉しそうに頭を下げると、カムイにプレートを差し出した。先ほどは気が付かなかったがその色は黄色から、緑を飛ばして赤色になっていた。
「これは……?」
「穢神を倒したのだからな。赤になるのは当然の事だ」
カムイはプレートを受け取り、それが確かに自分の物である事を確かめた。
============
名前:カムイ
性別:男性
種族:人間
特権:冒険者
残金:10000000s
============
============
レベル:148
攻撃:444 魔攻:296
防御:192 魔防:148
敏捷:493 精神:592
============
色々と大変な事になっていた。
「え、何これバグ?」
新たに残金という項目が増えていると思いきや、その数字がおかしな事になっていた。
「詳しい話は省くが、緑のプレートから預金機能が付属するようになっている。他にも冒険者ならではの機能もあるのだが、それも後でいいだろう」
「そ、そうですね」
そんな事より気になるのはこのおかしな金額だ。
「何かの間違いだとでも思っているのか? 禍魂は国家のパワーバランスを崩すほどの呪物(アイテム)だからな。個人じゃ運用不可だし取り扱いにも危険があるとはいえ、この額は妥当どころかかなり足下を見られているぞ?」
足下を見ている当の本人が言うのもおかしな話ではあるが、エルフィディスの言う通りであれば10000000sという額は少な過ぎるくらいだ。無論少し前まで3500sというラインで悪戦苦闘していたカムイからすれば、十分過ぎるのだが。
「それでも十分過ぎるくらいですよ。……目的も果たせそうですし」
赤になった。お金もある。あとは送還の魔法が使える人間を捜すだけだ。
「この金額を他人に見られる事を防ぐ為に、ここを?」
「それも一つだが、赤以上の者には担当が付くようになっているんだ。君の担当は晴れてギルドマスターたる私になってね。説明兼挨拶にでもと思い、ここに運んでもらったんだ」
「はあ……」
ギルドマスターが担当に付く事が珍しい事なのかどうかは分からないが、少なくとも一般的では無い事は確かだ。それに何の意図があるのかも不明だが。
(嫌がらせか?)
そんな気がして来た。
「じゃあ用件は済んだわけですね?」
「そうだな。もう帰っていいぞ……と言いたいところだが、実はこれがメインだ。穢神について詳しい報告を頼む」
「それって」
「言っておくがこれは、ギルドに所属している人間の義務だぞ」
「……分かりました」
別に報告する事に何か思うところがあるわけじゃない。エルフィディスの手の平で踊らされる事が嫌なのだ。
それでも義務であれば仕方無いとし、カムイは今日の出来事を報告した。
「ーーーー『森に喰われた城』、か」
そこには「そんなはずは無い」という響きが含まれていたが、事実なのだから仕方が無い。
「ああ、疑うわけじゃないんだ。しかしそれでも信じ難くてね。あれは私が直々に足を運んだダンジョンでね……森に愛されたエルフである私が何も出来なかったんだ。原因も分からず、結局諦めるしか無かった」
自信満々というか、常に飄々としていたエルフィディスの弱みに、ついカムイは口を挟んでしまった。
「何か原因……手順があったのかも知れません」
「……ふっ、慰めのつもりか?」
「いや、そうじゃないんです。俺はあそこでバイオレント・ウッドを乱獲していたんです」
「あそこはそいつしか出ないからな。ダンジョンとしてはあまり美味しく無いし、不人気のダンジョンだ」
それを聞いてカムイは、己の予測の正しさが証明された気がした。今回の出来事は、その『バイオレント・ウッドの乱獲』が鍵になると思ったからだ。
「でしょうね。俺も一週間ほぼ毎回そこに飛ばされて、仕方無く狩りまくってたんです」
正確に言えばカムイの気配察知で効率の良い狩り場になっていたからなのだが、全滅した後もそこに飛ばされて不本意な思いをしたため、あながち全てが間違っているわけでも無い。
「そしたら今日、森がおかしかったんです」
「森がおかしかった?」
「ええ。鬱蒼としていた森が、ほんの少し開けていたんです。……それこそバイオレント・ウッドを狩った分だけ」
「な!?」
「そのままその開けた道を歩いていたら、いつもは城に戻って来るはずの時間になっても道は通じていて……そこで俺は出会ったんです。『上半身がオオカミで、下半身が人間の上半身』である穢神に」
カムイがいた世界のゲームでは、特定のキャラを乱獲する事で発生するイベントというものは割とメジャーな部類だった。思い返してみれば、今回の出来事は驚くほどそのイベントと一致する。
無数のバイオレント・ウッドが冒険者たちを撹乱していたが、数が減りそれが効果を及ぼさなくなった。そして開かれる閉ざされた道……。
「なるほどな。魔物という存在自体が、ダンジョンの一部であったわけか……」
エルフィディスは難しい顔で宙を睨んでいる。
「今は青のポータルだけ止めているんだ。君が青のダンジョンのどこかで穢神と出くわしたのは分かっていたからね。……しかし他のダンジョンにも、今回の件と類似するものが存在する」
黄にも緑にも、それこそ他の青のダンジョンにも該当するものがあった。
「……この世界に何が起こっている?」
その呟きはただの独り言であったのだろう。カムイは答える事をせず、ただ押し黙った。
「考えても仕方が無い、か。……すまなかったな、カムイ殿。今日はもう帰られて結構だ」
「そうですか」
「ああ、そうだ。穢神の事は他言無用で頼む」
「ハルにもですか?」
「いや、ハルに隠し事は出来ないだろう」
バグったようなプレートの金額を見て、カムイは「それもそうか」と呟いた。
エルフィディスが言った言葉はそういう意味では無かったのだが、どうせすぐに発覚する事だとしてそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ああ。君に森の加護があらん事を」
(さて、これからどうしようか)
カムイは宿に向かいながらそれからの行動について思考を巡らせていた。
宿だと不便な事が多いためいっそ家でも買おうかと思ったが、万が一その額だけ足りずに送還出来ない……なんて事になれば立ち直れないかも知れない。
(明日は王城にでも言ってみる……あ! エル……なんだっけ? 取り敢えずギルマスに聞いてみればよかったなぁ)
エルフと言えば魔法。もしかしたらトントン拍子に話が進むかもな、とカムイは上機嫌で通りを歩く。
「……だるいな」
気分は良いからこのまま買い物を済ませて帰ろうと思ったが、身体がまだ重たかった。『狂気』の影響か、それとも傷の所為か。ちなみに傷自体は何か魔法か薬でも使ったのか、塞がっていた。
「ただいまー」
鍵はハルに渡していたため、万が一ハルが帰っていなければこのまま扉の前で待機だったのだが、既に帰っていたらしく扉は問題なく開いた。
「ハルー、鍵はちゃんと閉めとけよー」
「あ、ごめんね。あとお兄ちゃんお帰ーーーー」
カムイを視界に収めたハルが、ぴしりと動きを停止した。
「ど」
その反応にカムイが「どうした?」と聞く前にハルはもの凄い勢いでカムイの腕を取ると、そのまま引っ張ってベッドに放り投げた。
「ぐぇ」
腕を掴まれていたため満足に受け身を取れず、ベッドに沈む。
「ちょ、ハル、何をーーーー」
抗議の言葉を投げかけるカムイの唇を、ハルの小さな唇が塞いだ。
「え、あ、はい」
何をされたかは理解出来ていた。だからここでカムイが言う言葉は『ありがとうございました』だが、それは口付けの事のように思えて躊躇してしまう。
言うべきか、言わざるべきか。
まるで「混乱」のバッドステータスの代わりに、「魅了」にかかってしまったかのようなカムイを見て得心がいったのか、エルフィディスは手の平を拳でぽんっと叩いて口を開いた。
「初めてだったのか。それは失礼した」
「ぐ」
察したのならそのまま黙って欲しかったのだが、そういう男子の心の機敏には疎いようだ。
カムイは呻きながら礼を言う。
「その、『助けていただき』ありがとうございました」
念のため助けていただき、という部分を強調して伝えるとエルフィディスは微笑んだ。
「気にするな。さっきの液体は特別製の聖水で、予備が無かったために口移ししただけなのだから」
「おい」
わざとかと疑いたくなるような話題のリターンに抗議の声が漏れる。
仮にもギルドマスター。仮にも恩人。だからといって抗議一つもなしにスルーは出来なかった。
「何か?」
だが目の前のエルフは本当に何も分かっていないらしく、カムイは馬鹿馬鹿しくなって手を振った。この話はもう止めよう、というジェスチャーである。
「?」
だがそれまでも通じなかったようで、エルフィディスはカムイに手を振り返した。
「…………それで、俺はどうしてここに?」
話が通じないなら、通じる話に変えるしか無い。カムイはやや無理やりに話を持って行くと、今自分がここにいる理由を聞いた。
恐らく倒れた事は関係なく、あの黒い塊と……穢神に関する事だとは思うが、それでも経緯をきちんと知っておきたかった。
「全てを話せば長くなるな……まずは状況から説明しようか」
取り敢えず座りたまえ、と先ほどまでエルフィディスが座っていた椅子を指し示す。ちょうど位置関係が逆になる形だ。
カムイが座るのを見届けると、エルフィディスは状況の説明を始めた。
「カムイ殿はとある魔物とエンカウントしそれを倒す。これはカムイ殿が受付に持って来たあの『黒い塊』から判断が可能だ」
そしてカムイが体験した通り、その魔物と戦った者は必ず精神に異常をきたす。バッドステータスの一種に『混乱』があるが、その魔物と戦った者が陥る混乱はその一つ上の状態で、ギルドはこれを『狂気』と仮に呼称しているが一般的に知られたものではない。
酷い場合は最悪発狂して死に至るのだが、カムイは狂気にかかってはいたものの安定していたため、聖水を用意して意識が戻るのをここ、ギルドの特別応接室で待っていた。
「あの黒い塊を目にした瞬間、職員さんの態度が激変したんですけど、あれは一体?」
「ギルドの職員、特に冒険者と関わる者は皆知っている。あれは人間の魂の結晶で、私たちはあれを禍魂(まがたま)と呼称している」
「魂の、結晶……?」
カムイは黒ずんだ塊を思い出した。魂と言えばもっと澄んで綺麗なイメージがあるのだが、あれから受ける禍々しいイメージはそれから最も遠いところに位置している気がした。
「一説では人間を『生きたまま殺す』事で作り出す事が出来るそうだ」
「生きたまま……」
あの穢神を思い出す。確かにあれは生きたまま死んでいた。動いていた以上生きてはいるのだろうが、あれを生きている状態とはお世辞にも言えない。確かにあれは間違いなく生きたまま死んでいた(、、、、、、、、、、)。
「カムイ殿は禍魂を持っていたので、あれと戦いそして打倒なされたはず。……貴殿はあれを何だと思われた?」
あれは何だ、と問われれば答えは一つしか無い。
「穢神」
その言葉を聞いた瞬間、常に柔和な笑顔を浮かべていたエルフィディスの顔が険しさを孕む。
「どこでその言葉を?」
「ど、どこって……ハルっていう連れの女の子から聞いたんですけど……」
突然の詰問染みた雰囲気に言葉を詰まらせるが、ハルの名前が出た瞬間その雰囲気は一気に霧散した。
「ハルって、もしかしてイアンパヌの?」
「知ってるんですか?」
「それはもちろん。私たち|森の守り手(エルフ)と|賢き者(イアンパヌ)は親戚みたいなものだからな」
そういえばイアンパヌたちが住んでいた森の名前はエルフの森だったな、とカムイはその繋がりに納得の表情を浮かべる。
「しかしイアンパヌと一緒に行動して、しかもそれがハルで、かと思えば穢神を討伐……これだから世界は面白い」
くくく、と笑う姿はエルフというより、魔王が近かった。
「ハルだったら何かあるんですか? さっきもハルの名前が出た瞬間雰囲気が変わってましたけど」
「知らないのかい? だったらそのまま知らない方が幸せだろう」
その物言いに異を唱えたいが、知らされていないという事は知る必要が無い、もしくは知って欲しくない事なのだろう。重要な事柄であればハルかリウが伝えてくれたはずで、万が一重要であるなら尚更二人から以外は聞かない方がいい気がした。
「そう、ですね」
「おや、聞かないのか。道理は弁えているようだな、人間」
「そんな事より、俺が何故ここにいるかの説明が抜けてますよ、エルフ」
「ふふっ、そうだな、これは失礼」
エルフィディスは嬉しそうに頭を下げると、カムイにプレートを差し出した。先ほどは気が付かなかったがその色は黄色から、緑を飛ばして赤色になっていた。
「これは……?」
「穢神を倒したのだからな。赤になるのは当然の事だ」
カムイはプレートを受け取り、それが確かに自分の物である事を確かめた。
============
名前:カムイ
性別:男性
種族:人間
特権:冒険者
残金:10000000s
============
============
レベル:148
攻撃:444 魔攻:296
防御:192 魔防:148
敏捷:493 精神:592
============
色々と大変な事になっていた。
「え、何これバグ?」
新たに残金という項目が増えていると思いきや、その数字がおかしな事になっていた。
「詳しい話は省くが、緑のプレートから預金機能が付属するようになっている。他にも冒険者ならではの機能もあるのだが、それも後でいいだろう」
「そ、そうですね」
そんな事より気になるのはこのおかしな金額だ。
「何かの間違いだとでも思っているのか? 禍魂は国家のパワーバランスを崩すほどの呪物(アイテム)だからな。個人じゃ運用不可だし取り扱いにも危険があるとはいえ、この額は妥当どころかかなり足下を見られているぞ?」
足下を見ている当の本人が言うのもおかしな話ではあるが、エルフィディスの言う通りであれば10000000sという額は少な過ぎるくらいだ。無論少し前まで3500sというラインで悪戦苦闘していたカムイからすれば、十分過ぎるのだが。
「それでも十分過ぎるくらいですよ。……目的も果たせそうですし」
赤になった。お金もある。あとは送還の魔法が使える人間を捜すだけだ。
「この金額を他人に見られる事を防ぐ為に、ここを?」
「それも一つだが、赤以上の者には担当が付くようになっているんだ。君の担当は晴れてギルドマスターたる私になってね。説明兼挨拶にでもと思い、ここに運んでもらったんだ」
「はあ……」
ギルドマスターが担当に付く事が珍しい事なのかどうかは分からないが、少なくとも一般的では無い事は確かだ。それに何の意図があるのかも不明だが。
(嫌がらせか?)
そんな気がして来た。
「じゃあ用件は済んだわけですね?」
「そうだな。もう帰っていいぞ……と言いたいところだが、実はこれがメインだ。穢神について詳しい報告を頼む」
「それって」
「言っておくがこれは、ギルドに所属している人間の義務だぞ」
「……分かりました」
別に報告する事に何か思うところがあるわけじゃない。エルフィディスの手の平で踊らされる事が嫌なのだ。
それでも義務であれば仕方無いとし、カムイは今日の出来事を報告した。
「ーーーー『森に喰われた城』、か」
そこには「そんなはずは無い」という響きが含まれていたが、事実なのだから仕方が無い。
「ああ、疑うわけじゃないんだ。しかしそれでも信じ難くてね。あれは私が直々に足を運んだダンジョンでね……森に愛されたエルフである私が何も出来なかったんだ。原因も分からず、結局諦めるしか無かった」
自信満々というか、常に飄々としていたエルフィディスの弱みに、ついカムイは口を挟んでしまった。
「何か原因……手順があったのかも知れません」
「……ふっ、慰めのつもりか?」
「いや、そうじゃないんです。俺はあそこでバイオレント・ウッドを乱獲していたんです」
「あそこはそいつしか出ないからな。ダンジョンとしてはあまり美味しく無いし、不人気のダンジョンだ」
それを聞いてカムイは、己の予測の正しさが証明された気がした。今回の出来事は、その『バイオレント・ウッドの乱獲』が鍵になると思ったからだ。
「でしょうね。俺も一週間ほぼ毎回そこに飛ばされて、仕方無く狩りまくってたんです」
正確に言えばカムイの気配察知で効率の良い狩り場になっていたからなのだが、全滅した後もそこに飛ばされて不本意な思いをしたため、あながち全てが間違っているわけでも無い。
「そしたら今日、森がおかしかったんです」
「森がおかしかった?」
「ええ。鬱蒼としていた森が、ほんの少し開けていたんです。……それこそバイオレント・ウッドを狩った分だけ」
「な!?」
「そのままその開けた道を歩いていたら、いつもは城に戻って来るはずの時間になっても道は通じていて……そこで俺は出会ったんです。『上半身がオオカミで、下半身が人間の上半身』である穢神に」
カムイがいた世界のゲームでは、特定のキャラを乱獲する事で発生するイベントというものは割とメジャーな部類だった。思い返してみれば、今回の出来事は驚くほどそのイベントと一致する。
無数のバイオレント・ウッドが冒険者たちを撹乱していたが、数が減りそれが効果を及ぼさなくなった。そして開かれる閉ざされた道……。
「なるほどな。魔物という存在自体が、ダンジョンの一部であったわけか……」
エルフィディスは難しい顔で宙を睨んでいる。
「今は青のポータルだけ止めているんだ。君が青のダンジョンのどこかで穢神と出くわしたのは分かっていたからね。……しかし他のダンジョンにも、今回の件と類似するものが存在する」
黄にも緑にも、それこそ他の青のダンジョンにも該当するものがあった。
「……この世界に何が起こっている?」
その呟きはただの独り言であったのだろう。カムイは答える事をせず、ただ押し黙った。
「考えても仕方が無い、か。……すまなかったな、カムイ殿。今日はもう帰られて結構だ」
「そうですか」
「ああ、そうだ。穢神の事は他言無用で頼む」
「ハルにもですか?」
「いや、ハルに隠し事は出来ないだろう」
バグったようなプレートの金額を見て、カムイは「それもそうか」と呟いた。
エルフィディスが言った言葉はそういう意味では無かったのだが、どうせすぐに発覚する事だとしてそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ああ。君に森の加護があらん事を」
(さて、これからどうしようか)
カムイは宿に向かいながらそれからの行動について思考を巡らせていた。
宿だと不便な事が多いためいっそ家でも買おうかと思ったが、万が一その額だけ足りずに送還出来ない……なんて事になれば立ち直れないかも知れない。
(明日は王城にでも言ってみる……あ! エル……なんだっけ? 取り敢えずギルマスに聞いてみればよかったなぁ)
エルフと言えば魔法。もしかしたらトントン拍子に話が進むかもな、とカムイは上機嫌で通りを歩く。
「……だるいな」
気分は良いからこのまま買い物を済ませて帰ろうと思ったが、身体がまだ重たかった。『狂気』の影響か、それとも傷の所為か。ちなみに傷自体は何か魔法か薬でも使ったのか、塞がっていた。
「ただいまー」
鍵はハルに渡していたため、万が一ハルが帰っていなければこのまま扉の前で待機だったのだが、既に帰っていたらしく扉は問題なく開いた。
「ハルー、鍵はちゃんと閉めとけよー」
「あ、ごめんね。あとお兄ちゃんお帰ーーーー」
カムイを視界に収めたハルが、ぴしりと動きを停止した。
「ど」
その反応にカムイが「どうした?」と聞く前にハルはもの凄い勢いでカムイの腕を取ると、そのまま引っ張ってベッドに放り投げた。
「ぐぇ」
腕を掴まれていたため満足に受け身を取れず、ベッドに沈む。
「ちょ、ハル、何をーーーー」
抗議の言葉を投げかけるカムイの唇を、ハルの小さな唇が塞いだ。
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「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
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