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1章 ダンジョンは稼げない
9話 やっぱりダンジョンは稼げない。
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「青のダンジョンからマッピング技術が必要になってくるんだけど、ここだけは例外なんだ。どこに行っても結局戻って来るからね」
「それは親切な設計だな。思わず悪魔たちの魂が甦るくらいに」
「?」
カムイの言っている事が分からなかったハルは無言で首を傾げた。
カムイが言っているのは向こうの世界の事であり、分かるはずも無い。ただヒントを与えるならカムイはこう言っただろう。直訳し、一面をクリアした者は共感してくれるはずだ、と。
「ちなみに、イアンパヌでもここの森は迷うのか?」
「もちろん。ここはあの森とは違うからね。……私たちがあの森に住んでいるのはね、許されているからなんだ」
「許されている?」
「そう……エルフにね」
カムイはエルフと言われ、耳の尖った種族を思い出した。こうして獣人がいるのだから当然エルフの一人や二人は存在すると思っていたので、特に驚く事も無かった。
「へー、エルフね。ってか許可とかいるのか」
もしかしてイアンパヌであるハルがいなければ、あの森で迷っていたのだろうかと考える。
あの時は無理やり押し付けられた、くらいにしか思っていなかったカムイだが、この世界を知るに連れて自分がどれだけ無謀な事をしていたのかがよく分かって来る。
今度リウに会ったら改めて礼を言おうと思うカムイであった。
「あれ、驚かないの?」
「何で? エルフってあれだろ。耳が尖ってる種族だろ?」
「そ、そうだけど見た事あるの!?」
「無いけど?」
「えー? ……でも獣人には驚いて……あれぇ?」
この世界でエルフは存在が怪しまれるほど稀少な存在なのだが、向こうの世界で異世界ファンタジーと言えば獣人、エルフ、ドワーフなんて当たり前に存在するものだから、カムイにはその凄さが分からなかった。
「そんな事よりさ、ここの魔物って何が出るんだ?」
「そんな事って……まあいいけどね。ここで出る魔物は一種類だけだよ。名前は『バイオレント・ウッド』」
その言葉に呼応したかのように、突然カムイの隣に立っていた木の枝が襲いかかって来た。
「うぉ!? もしかしてこれ生きてんの!?」
細い枝を斬り上げ、胴体を一閃する。
「ぐ、かてえ」
本物の木とまではいかないが、斬り続けていたら得物が刃こぼれするだろうと確信する程度には硬かった。それでも難なく両断するカムイの腕にハルは賞賛の言葉を口にする。
「やっぱり凄いね! お兄ちゃんは! 普通バイオレント・ウッドって魔法で倒すんだよ」
「まあ、一応薄い鉄板くらいなら切り裂けるからな」
溜めの動作が必要になるが、カムイくらいの腕前になれば兜割りも出来る。無論刀は繊細な武器であるため、そんな事を連続でしたら容易く折れてしまうが。
(もう一つ武器を買った方がいいか?)
もう少し刃が厚めで、叩くより殴る要領の武器があればもっと楽に倒せるかも知れない。
「じゃあ次行くか」
カムイは十メートル先に佇んでいるバイオレント・ウッドに狙いを付けた。
硬さに慣れた、なんて事を言うつもりは毛頭無いが、斬るという行為には手順があるのだ。先ほどは突然の襲撃に焦って軸がブレてしまっていたが、きちんと地に足着いていれば斬れないものじゃない。無論次の敵は先ほどより巨大であるため、簡単に両断とはいかないが。
「ーーーーふっ」
短く息を吐き、抜刀する。刃が触れる瞬間重心をずらし、筋の伸縮を利用した一撃を放つ。
先ほどのバイオレント・ウッドより一回りほど胴に厚みのある個体であったが、まるで熱したナイフでバターを切るかのような手応えしか無かった。
技の名前は発勁。簡単に言えば無駄な力を全て削ぎ落とし、インパクトの瞬間に気を爆発させるように一撃を放つのだが、元々は中国拳法の技である。
カムイは祖父打倒のためそれを自らの流派に取り入れ、必殺の技にまで昇華させた。
もちろん拳よりもさらに繊細なコントロールを求められ、その難易度は爆発的に上昇するのだが如月の神童はそれを完全に自分のものとしていた。
「うわ……」
その技を見てハルが呆けたような声を出すが、驚いたのは見ていたハルだけではなくその技を使った人間もそうであった。
(……何これ?)
発勁は神秘的な技では無く、きちんと科学的にも証明された技術である。それは確かに瞬間的な威力を上げるし、ガードの上からでもきっちり内部にまでダメージを通す、何も知らない人間から見れば魔法のような技だ。
だが、カムイが腕を回しても掴めないような木を呆気なく切り倒してしまうような技では無い。
カムイとしても、手傷を負わせるつもりで放った技だったのだ。決して両断するような一撃では無かった。
だが確かに、身体の中の気が爆発したかのような感覚があった。
(……もしかして今のが魔力か?)
先日カムイはレベルを測る時、真実の結晶に魔力を通した。魔力なんて知らず、ただ力を入れただけだが真実の結晶は反応し、カムイはレベルを測る事が出来た。
「凄いねー! 今の技も凄いけど、お兄ちゃんバイオレント・ウッドの気配が分かるんだ?」
「え? あ、ああ。あまりにも『木』だったから最初は分からなかったけど、やっぱり普通の木とは全然違う」
「って事は『気配察知レベル3』は確実に持ってるんだね! 凄いなー!」
キラキラと瞳を輝かせながらカムイを見る。
(『気配察知レベル3』? また新しい言葉が出て来た……何なんだよこの世界……)
カムイは色々と諦めた。この世界は異世界で、理が別のもので、驚いたり不思議に思うだけ無駄だと考えたのだ。
無論何が出来て何が出来ないかを知る事は大事なのだが、今はそんな気分になれなかった。
「……ん? こいつはドロップアイテムか?」
バイオレント・ウッドの死体があった場所に、ひと際大きな葉っぱが落ちている。
「おお! お兄ちゃん、それは『万病の葉』だよ! 煎じて飲めばあらゆる状態異常を治してくれて、売れば1000sは固いよ!!」
「マジか!?」
カムイは『万病の葉』を天に掲げた。
場所によっては木漏れ日が見える、くらいの深い森であるため輝いたりしないのだが、何故かその葉がキラキラと煌めいている気がする。
カムイはまるで宝石を扱うような慎重さでポーチに保管すると、ハルの手を引いた。
「どうしたの?」
いきなり手を引かれたハルが不思議そうな声を出すが、返事はしない。ただ手を引き、歩く。その歩みは少しずつ速くなり、やがて二人は走り出した。
「……ふふっ」
心の中で笑ったつもりだが、堪えきれずに声が漏れた。その声の主はハルではなくカムイだ。
(ふはははは! これだよこれ! 冒険者はこうじゃないとな!!)
魔王のように高笑いしながら、一本の木に向かう。それはもちろんただの木ではなく、バイオレント・ウッドだーーーーそれも、先ほどと同じサイズの。
「1000sぅ!!」
気合いのかけ声と共に魔力を発動させて上段からの振り下ろし。結果は語るまでも無い両断。
そして粒子となり森の養分となり、残ったのは『万病の葉』。
「凄いよお兄ちゃん! バイオレント・ウッドって、ゴブリンよりドロップ率低いんだよ!?」
興奮気味にハルは言うが、カムイはにやりと不敵に笑うだけで答えない。
そして先ほどと同じようにハルを引っ張りながらバイオレント・ウッドを切り倒すと、カムイは当然といった風に『万病の葉』を拾った。
「えぇ!?」
ハルは驚いたようにカムイを見る。その顔は何て運がいいんだ、という顔であったが、同じ流れをさらに二度繰り返す頃には疑念に変わっていた。
「……分かった! 最初から手に持っていて、拾った振りをしてるんでしょ?」
「手品じゃないから」
ポーチから合計して五枚の『万病の葉』を取り出して見せると、ハルはむぐぐと押し黙った。
「何で? だってこんなに簡単にアイテムをドロップするなら、みんな冒険者になっちゃうよ!」
無論青のダンジョンの魔物といえども、そう簡単に個人で倒せるようになったりはしない。きっとどこかで挫折したり、パーティーを組んで一人頭の収入が減り、結果的に普通に働いていた方が稼げたりと劇的に冒険者が増えたりはしないだろう。
しかし一日で5000sを、しかも十数分で稼げると知った人間がどのような行動を起こすかは簡単に想像出来る。無論人数が増えれば『森に喰われた城』に来れる回数が減り、冒険者の人気は縮小していくだろうが。
「何でって言われてもな……ハルは魔物がアイテムを落とす仕組みを覚えてるか?」
ダンジョンは生きており、常に魔物を生み出す。しかし死亡した魔物を吸収、再構成しているため数が増える事は無い。そして吸収される際、生み出された時よりも余分に持っていた経験値がアイテムとして吐き出される。
故に普通より強い魔物がいたら、その魔物はアイテムをドロップする確率が高い。
「そりゃもちろん……って、もしかして!」
「そう。強い魔物がアイテム落とすんだろ? ゴブリンの違い何ざ見て分かるものじゃないけど、こいつの場合は簡単だ。でかいのを殺りゃいい」
そのためにはバイオレント・ウッドの気配は察知する必要があるのだが、カムイはその条件をクリアしている。あとはたまたまアイテムをドロップした個体よりも同等、もしくは大きなやつを倒せば必ずアイテムをドロップする。
「で、でも今までは誰もそんな事……うー」
理解はしたが、心が納得する事を拒否しているようだ。
何故そんな単純な事に気が付かなかったのか。
「まあ無理ないさ。でかいって言っても、一目で簡単に! ってわけじゃないからな」
カムイの言う通り、背丈が大幅に変わるわけでも無い。ただ胴がほんの少し細いか太いかくらいの違いである。もちろんその違いはカムイにもあまり分かっていない。
では何故気が付けたのかと言うと、ゴブリンよりも力の差が大きいからだ。ゴブリンの強い弱いの差は、レベルで言うなら1とか2程度だろう。しかしバイオレント・ウッドの場合5ほど違う。レベルに馴染みの無いカムイだが、流石にその差は大きいようで気が付く事が出来たいうわけだ。
「でもハルなら分かるかもなーーーーほら、あそこの木を見ろ。左の方が若干太いだろ? あいつはアイテムを落とす」
「む、……むむ、ほんとだ。じゃああっちの木もドロップするはずだよね」
「え!? あ、ああ」
どうやらイアンパヌの名は伊達じゃないのか、二つ並べて違いを教えてやればそれで理解してしまったらしい。ハルが指し示した方に立っている木は、確かにカムイの見立てでもアイテムをドロップする個体だ。
(……コクワとマタタビの違いとか、俺にはよく分からなかったしな)
ハルが敵の見極めが出来るのは大きい。何せ、二手に分かれれば収入二倍……とまではいかなくても、劇的に上昇するからだ。
「ハル、バイオレント・ウッドは一人で狩れるか?」
「もちろん! 魔法を使えば一瞬だよ」
「頼もしい。じゃあ一旦二手に分かれよう!」
「分かった!」
一応無理はしない事とだけ告げて、カムイはハルと別れた。
(ふっ……最初はどうなるかと思ったけど、案外ダンジョンって稼げるじゃん!)
「……凄いですね。『万病の病』が八十五枚……合計で102000sです。お納め下さい」
鉄のインゴットと同様、今の時期は買い取り価格が高くなっているようだ。鉄のインゴットの十倍の単価であるため、その恩恵もより大きいものとなっている。
「……ありがとうございます」
しかしそれを受け取るカムイの表情は沈んでいる。
一日に稼がなくてはならない最低額は3500sで、今日稼いだ額は102000sである。普通は狂喜乱舞しても良いはずだというのに、何故カムイがここまで落ち込んでいるのかと言うとーーーー
「お、お兄ちゃん、元気出してよ。折れちゃったのは仕方ないんだから……ね?」
ーーーーカムイがリウから受け取った刀は、根本から真っ二つになってしまっていたのだった。
恐らく魔力を乗せた一撃に耐えられなかったのだろうが、原因が分かったところで既に遅い。バイオレント・ウッドの硬さには最初の一撃で気付いていたというのに、大金を前に目が眩んだ所為でこんな結末を迎えてしまった自分が愚かで仕方がなかった。
「くぅ……」
「この刀も特別なものじゃなくて、そこそこ上等程度の刀なんだから。街の工房に行ったら全く同じ物が売ってるし、元気出して!」
特別な物じゃない、というのは不幸中の幸いであった。これがもし、イアンパヌに代々伝わる……だとか、リウたち両親の形見で……とかであればどうしようも無かった。
「うぅ……」
カムイはハルに手を引かれ、嘆きながらとある工房を訪れた。そこはこの折れてしまった刀を購入した工房のようだ。
「らっしゃい」
工房は武具屋も兼ねているらしく、あらゆる武器や防具が並べてある。
「あ、ほらお兄ちゃん! 同じ刀があるよ! 良かったね!!」
カムイはようやく顔を上げた。そこにはハルの言う通り、銘も同じ刀がある。
「良かった……」
安堵しながら近付く。異世界で刀があるだけでもそこそこ珍しいのだ。もし最後の一本だったらどうしよう、と考えていたので必然的に元気を取り戻すーーーーが、値段を見て固まった。
「……100000s、だと……?」
本日の収入。102000s - 100000s = 2000s。
チンッ、と計算の終わった音が鳴る。一日に稼がなければいけない額は3500sなので、見事に1500s足りない計算になる。102000sも稼いだのに。
「そ、そんな馬鹿な……」
結論。やっぱりダンジョンは稼げない。
「それは親切な設計だな。思わず悪魔たちの魂が甦るくらいに」
「?」
カムイの言っている事が分からなかったハルは無言で首を傾げた。
カムイが言っているのは向こうの世界の事であり、分かるはずも無い。ただヒントを与えるならカムイはこう言っただろう。直訳し、一面をクリアした者は共感してくれるはずだ、と。
「ちなみに、イアンパヌでもここの森は迷うのか?」
「もちろん。ここはあの森とは違うからね。……私たちがあの森に住んでいるのはね、許されているからなんだ」
「許されている?」
「そう……エルフにね」
カムイはエルフと言われ、耳の尖った種族を思い出した。こうして獣人がいるのだから当然エルフの一人や二人は存在すると思っていたので、特に驚く事も無かった。
「へー、エルフね。ってか許可とかいるのか」
もしかしてイアンパヌであるハルがいなければ、あの森で迷っていたのだろうかと考える。
あの時は無理やり押し付けられた、くらいにしか思っていなかったカムイだが、この世界を知るに連れて自分がどれだけ無謀な事をしていたのかがよく分かって来る。
今度リウに会ったら改めて礼を言おうと思うカムイであった。
「あれ、驚かないの?」
「何で? エルフってあれだろ。耳が尖ってる種族だろ?」
「そ、そうだけど見た事あるの!?」
「無いけど?」
「えー? ……でも獣人には驚いて……あれぇ?」
この世界でエルフは存在が怪しまれるほど稀少な存在なのだが、向こうの世界で異世界ファンタジーと言えば獣人、エルフ、ドワーフなんて当たり前に存在するものだから、カムイにはその凄さが分からなかった。
「そんな事よりさ、ここの魔物って何が出るんだ?」
「そんな事って……まあいいけどね。ここで出る魔物は一種類だけだよ。名前は『バイオレント・ウッド』」
その言葉に呼応したかのように、突然カムイの隣に立っていた木の枝が襲いかかって来た。
「うぉ!? もしかしてこれ生きてんの!?」
細い枝を斬り上げ、胴体を一閃する。
「ぐ、かてえ」
本物の木とまではいかないが、斬り続けていたら得物が刃こぼれするだろうと確信する程度には硬かった。それでも難なく両断するカムイの腕にハルは賞賛の言葉を口にする。
「やっぱり凄いね! お兄ちゃんは! 普通バイオレント・ウッドって魔法で倒すんだよ」
「まあ、一応薄い鉄板くらいなら切り裂けるからな」
溜めの動作が必要になるが、カムイくらいの腕前になれば兜割りも出来る。無論刀は繊細な武器であるため、そんな事を連続でしたら容易く折れてしまうが。
(もう一つ武器を買った方がいいか?)
もう少し刃が厚めで、叩くより殴る要領の武器があればもっと楽に倒せるかも知れない。
「じゃあ次行くか」
カムイは十メートル先に佇んでいるバイオレント・ウッドに狙いを付けた。
硬さに慣れた、なんて事を言うつもりは毛頭無いが、斬るという行為には手順があるのだ。先ほどは突然の襲撃に焦って軸がブレてしまっていたが、きちんと地に足着いていれば斬れないものじゃない。無論次の敵は先ほどより巨大であるため、簡単に両断とはいかないが。
「ーーーーふっ」
短く息を吐き、抜刀する。刃が触れる瞬間重心をずらし、筋の伸縮を利用した一撃を放つ。
先ほどのバイオレント・ウッドより一回りほど胴に厚みのある個体であったが、まるで熱したナイフでバターを切るかのような手応えしか無かった。
技の名前は発勁。簡単に言えば無駄な力を全て削ぎ落とし、インパクトの瞬間に気を爆発させるように一撃を放つのだが、元々は中国拳法の技である。
カムイは祖父打倒のためそれを自らの流派に取り入れ、必殺の技にまで昇華させた。
もちろん拳よりもさらに繊細なコントロールを求められ、その難易度は爆発的に上昇するのだが如月の神童はそれを完全に自分のものとしていた。
「うわ……」
その技を見てハルが呆けたような声を出すが、驚いたのは見ていたハルだけではなくその技を使った人間もそうであった。
(……何これ?)
発勁は神秘的な技では無く、きちんと科学的にも証明された技術である。それは確かに瞬間的な威力を上げるし、ガードの上からでもきっちり内部にまでダメージを通す、何も知らない人間から見れば魔法のような技だ。
だが、カムイが腕を回しても掴めないような木を呆気なく切り倒してしまうような技では無い。
カムイとしても、手傷を負わせるつもりで放った技だったのだ。決して両断するような一撃では無かった。
だが確かに、身体の中の気が爆発したかのような感覚があった。
(……もしかして今のが魔力か?)
先日カムイはレベルを測る時、真実の結晶に魔力を通した。魔力なんて知らず、ただ力を入れただけだが真実の結晶は反応し、カムイはレベルを測る事が出来た。
「凄いねー! 今の技も凄いけど、お兄ちゃんバイオレント・ウッドの気配が分かるんだ?」
「え? あ、ああ。あまりにも『木』だったから最初は分からなかったけど、やっぱり普通の木とは全然違う」
「って事は『気配察知レベル3』は確実に持ってるんだね! 凄いなー!」
キラキラと瞳を輝かせながらカムイを見る。
(『気配察知レベル3』? また新しい言葉が出て来た……何なんだよこの世界……)
カムイは色々と諦めた。この世界は異世界で、理が別のもので、驚いたり不思議に思うだけ無駄だと考えたのだ。
無論何が出来て何が出来ないかを知る事は大事なのだが、今はそんな気分になれなかった。
「……ん? こいつはドロップアイテムか?」
バイオレント・ウッドの死体があった場所に、ひと際大きな葉っぱが落ちている。
「おお! お兄ちゃん、それは『万病の葉』だよ! 煎じて飲めばあらゆる状態異常を治してくれて、売れば1000sは固いよ!!」
「マジか!?」
カムイは『万病の葉』を天に掲げた。
場所によっては木漏れ日が見える、くらいの深い森であるため輝いたりしないのだが、何故かその葉がキラキラと煌めいている気がする。
カムイはまるで宝石を扱うような慎重さでポーチに保管すると、ハルの手を引いた。
「どうしたの?」
いきなり手を引かれたハルが不思議そうな声を出すが、返事はしない。ただ手を引き、歩く。その歩みは少しずつ速くなり、やがて二人は走り出した。
「……ふふっ」
心の中で笑ったつもりだが、堪えきれずに声が漏れた。その声の主はハルではなくカムイだ。
(ふはははは! これだよこれ! 冒険者はこうじゃないとな!!)
魔王のように高笑いしながら、一本の木に向かう。それはもちろんただの木ではなく、バイオレント・ウッドだーーーーそれも、先ほどと同じサイズの。
「1000sぅ!!」
気合いのかけ声と共に魔力を発動させて上段からの振り下ろし。結果は語るまでも無い両断。
そして粒子となり森の養分となり、残ったのは『万病の葉』。
「凄いよお兄ちゃん! バイオレント・ウッドって、ゴブリンよりドロップ率低いんだよ!?」
興奮気味にハルは言うが、カムイはにやりと不敵に笑うだけで答えない。
そして先ほどと同じようにハルを引っ張りながらバイオレント・ウッドを切り倒すと、カムイは当然といった風に『万病の葉』を拾った。
「えぇ!?」
ハルは驚いたようにカムイを見る。その顔は何て運がいいんだ、という顔であったが、同じ流れをさらに二度繰り返す頃には疑念に変わっていた。
「……分かった! 最初から手に持っていて、拾った振りをしてるんでしょ?」
「手品じゃないから」
ポーチから合計して五枚の『万病の葉』を取り出して見せると、ハルはむぐぐと押し黙った。
「何で? だってこんなに簡単にアイテムをドロップするなら、みんな冒険者になっちゃうよ!」
無論青のダンジョンの魔物といえども、そう簡単に個人で倒せるようになったりはしない。きっとどこかで挫折したり、パーティーを組んで一人頭の収入が減り、結果的に普通に働いていた方が稼げたりと劇的に冒険者が増えたりはしないだろう。
しかし一日で5000sを、しかも十数分で稼げると知った人間がどのような行動を起こすかは簡単に想像出来る。無論人数が増えれば『森に喰われた城』に来れる回数が減り、冒険者の人気は縮小していくだろうが。
「何でって言われてもな……ハルは魔物がアイテムを落とす仕組みを覚えてるか?」
ダンジョンは生きており、常に魔物を生み出す。しかし死亡した魔物を吸収、再構成しているため数が増える事は無い。そして吸収される際、生み出された時よりも余分に持っていた経験値がアイテムとして吐き出される。
故に普通より強い魔物がいたら、その魔物はアイテムをドロップする確率が高い。
「そりゃもちろん……って、もしかして!」
「そう。強い魔物がアイテム落とすんだろ? ゴブリンの違い何ざ見て分かるものじゃないけど、こいつの場合は簡単だ。でかいのを殺りゃいい」
そのためにはバイオレント・ウッドの気配は察知する必要があるのだが、カムイはその条件をクリアしている。あとはたまたまアイテムをドロップした個体よりも同等、もしくは大きなやつを倒せば必ずアイテムをドロップする。
「で、でも今までは誰もそんな事……うー」
理解はしたが、心が納得する事を拒否しているようだ。
何故そんな単純な事に気が付かなかったのか。
「まあ無理ないさ。でかいって言っても、一目で簡単に! ってわけじゃないからな」
カムイの言う通り、背丈が大幅に変わるわけでも無い。ただ胴がほんの少し細いか太いかくらいの違いである。もちろんその違いはカムイにもあまり分かっていない。
では何故気が付けたのかと言うと、ゴブリンよりも力の差が大きいからだ。ゴブリンの強い弱いの差は、レベルで言うなら1とか2程度だろう。しかしバイオレント・ウッドの場合5ほど違う。レベルに馴染みの無いカムイだが、流石にその差は大きいようで気が付く事が出来たいうわけだ。
「でもハルなら分かるかもなーーーーほら、あそこの木を見ろ。左の方が若干太いだろ? あいつはアイテムを落とす」
「む、……むむ、ほんとだ。じゃああっちの木もドロップするはずだよね」
「え!? あ、ああ」
どうやらイアンパヌの名は伊達じゃないのか、二つ並べて違いを教えてやればそれで理解してしまったらしい。ハルが指し示した方に立っている木は、確かにカムイの見立てでもアイテムをドロップする個体だ。
(……コクワとマタタビの違いとか、俺にはよく分からなかったしな)
ハルが敵の見極めが出来るのは大きい。何せ、二手に分かれれば収入二倍……とまではいかなくても、劇的に上昇するからだ。
「ハル、バイオレント・ウッドは一人で狩れるか?」
「もちろん! 魔法を使えば一瞬だよ」
「頼もしい。じゃあ一旦二手に分かれよう!」
「分かった!」
一応無理はしない事とだけ告げて、カムイはハルと別れた。
(ふっ……最初はどうなるかと思ったけど、案外ダンジョンって稼げるじゃん!)
「……凄いですね。『万病の病』が八十五枚……合計で102000sです。お納め下さい」
鉄のインゴットと同様、今の時期は買い取り価格が高くなっているようだ。鉄のインゴットの十倍の単価であるため、その恩恵もより大きいものとなっている。
「……ありがとうございます」
しかしそれを受け取るカムイの表情は沈んでいる。
一日に稼がなくてはならない最低額は3500sで、今日稼いだ額は102000sである。普通は狂喜乱舞しても良いはずだというのに、何故カムイがここまで落ち込んでいるのかと言うとーーーー
「お、お兄ちゃん、元気出してよ。折れちゃったのは仕方ないんだから……ね?」
ーーーーカムイがリウから受け取った刀は、根本から真っ二つになってしまっていたのだった。
恐らく魔力を乗せた一撃に耐えられなかったのだろうが、原因が分かったところで既に遅い。バイオレント・ウッドの硬さには最初の一撃で気付いていたというのに、大金を前に目が眩んだ所為でこんな結末を迎えてしまった自分が愚かで仕方がなかった。
「くぅ……」
「この刀も特別なものじゃなくて、そこそこ上等程度の刀なんだから。街の工房に行ったら全く同じ物が売ってるし、元気出して!」
特別な物じゃない、というのは不幸中の幸いであった。これがもし、イアンパヌに代々伝わる……だとか、リウたち両親の形見で……とかであればどうしようも無かった。
「うぅ……」
カムイはハルに手を引かれ、嘆きながらとある工房を訪れた。そこはこの折れてしまった刀を購入した工房のようだ。
「らっしゃい」
工房は武具屋も兼ねているらしく、あらゆる武器や防具が並べてある。
「あ、ほらお兄ちゃん! 同じ刀があるよ! 良かったね!!」
カムイはようやく顔を上げた。そこにはハルの言う通り、銘も同じ刀がある。
「良かった……」
安堵しながら近付く。異世界で刀があるだけでもそこそこ珍しいのだ。もし最後の一本だったらどうしよう、と考えていたので必然的に元気を取り戻すーーーーが、値段を見て固まった。
「……100000s、だと……?」
本日の収入。102000s - 100000s = 2000s。
チンッ、と計算の終わった音が鳴る。一日に稼がなければいけない額は3500sなので、見事に1500s足りない計算になる。102000sも稼いだのに。
「そ、そんな馬鹿な……」
結論。やっぱりダンジョンは稼げない。
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