上 下
32 / 33
chapter 3

11話 幾度となく繰り返された世界

しおりを挟む


 4

「少し足止めをお願いしますっ!」

 俺はその言葉に応えるように引き金を引く。

 ここは五十層。俺たちはあの部屋で一夜を過ごした後、喰屍鬼たちの気配が消えた事を確認してから外に出た。

 迷宮には外れの道と当たりの道があり、当たりの道さえ進めば殆ど敵と出会でくわす事無く次の階層へと向かえる。もちろん当たりと外れの見分け方なんて存在しないが…………俺のシックスセンスが最早予知レベルまで昇華され、気が付けば五十層まで来ていた。

 五十層のフロアボスはドラゴンで、火を吐くから火龍といった所か。先手必勝とばかりにミサが斬りかかったものの、流石に龍鱗は硬かったらしく弾かれてしまった。ミサ曰く鉄より硬いらしい。だがそんな龍にも弱点はある。言わずもがなだが、眼球だ。

 対物狙撃銃に目を貫かれた龍は数歩後退るが、滅茶苦茶に炎を撒き散らしてこちらを睨んだ。どうやら怒らせただけらしい。俺はもう一発を逆の目にお見舞いした。

「――――これは私の過ちです mea culpa,私の過ちです mea culpa, 私の大きな過ちですmea maxima culpa

 ミサが詠唱を紡ぐ度に剣は一回りずつ大きくなっていく。黄金だった剣は紅色に染まっていき、銀は黒ずんでいく。それらが絡み合い生まれた姿は神々しさなんてものは欠片も無く、どちらかと言えば悪魔――――堕天使に近かった。

世の罪を除き給う主よQui tollis peccata mundi, 我らをあわれみ給えmiserere nobis

 心の臓のように脈動するそれは、既に十メートルを越すまでとなっていた。正に巨大。しかしミサはそれを、まるで苦も無いかのように握っていた。

 そして振り上げられる。斬られた風がヴンと唸り、空気がビリビリと鳴く。上段に構え、全てを一撃で終わらせるようなそれは…………どこかで見た記憶があった。間違って無ければ、剣道部の人間が使っていた気がする。

「はああああッ!!」

 ミサが絶叫する。龍は失われた眼球ひかりを求めるかのように炎を撒き散らす。そして全てを断ち切るように、ギロチンを彷彿させる巨大な刃は龍に振り下ろされた。一撃では両断出来ず、剣は龍の頭に深くめり込む。

 しかし均衡は一瞬だった。ミサが僅かに力を入れただけで龍は呆気なく両断された。

 別に龍が弱いわけじゃなく、ミサの攻撃力が高過ぎるのだ。普通龍は最強と等式の関係にある言っても過言では無い。ただ相手が悪かっただけだ。

「相変わらずえげつない威力だな」

「そうですか? 普通ですよ」

 謙遜では無く、本気でそう思っているあたりが恐ろしい。無自覚というのは一種の暴力のようなもので、ミサが普通に殴っただけで死ぬ可能性もあるのだ。普段は怪力なイメージは無いが、きっとそうに違い無い。本気を出せば瓦を粉砕出来る気がする。

 そんな失礼な思考を抱きつつ俺たちは次層への壁へと向かった。しかし突き抜ける事はせず直前で止まる。ここは五十層で、語呂も良いしラストである可能性があり、最後に火龍を配置したと考えても何ら不思議では無い。

 …………この先にもしもお目当ての物が無ければ、階層は百まで続く可能性が高い。少なくとも俺がダンジョンを作るのならば、理想は五十層か百層だ。

「…………行くか」

 迷っても仕方が無い。迷った分だけ良い事が起こるならまだしも、時間は失うし腹も減るわで欠片もプラスにならない。

 俺は目を瞑ったまま壁を抜け、新しい風を浴びながら目を開いた。――――もちろんそこは、五十一層の迷宮だった。

「…………終着点は、果たしてあるのでしょうか」

 あからさまに気落ちした声のミサが呟く。しかし俺はあまりテンションに差は無かった。初めから予想出来ていた…………いや、識っていた。

 …………またこの感覚だ。凄まじいまでの既視感。だが今回の感じは少し違い、希望がある。ゴールが目と鼻の先にあるかのような錯覚に陥る。まだここは五十一層だというのに、進めば進むほどその感覚は強くなる。

 五十二層。

 五十三層。

 そして――――五十四層。

 その最奥には半透明な壁があった。五十九層では無く五十四層だというのに階段は無く、まるでエリアボス直前のようだ。俺はそれを見て確信した。この先が終着点だと。『神の座』はそこにあると。

「ここが…………あれ、入らないのですか?」

 一向に動きを見せない俺を不審に思ったのか、ミサが怪訝な表情を浮かべながらこちらを見る。

 俺はそれに返そうと口を開くが言葉が出ない。喚く心臓が煩い。

「…………入、る」

 うわ言のような呟きは答えとなりうるのか。

 俺はぎこちない動きで腕を突き入れた。

「――――ッ!?」

 その途端に感じる悪寒が身体を駆け巡り、一瞬で全身を回る。身体中が鳥肌になり毛が逆立つような感覚が走る。

 これは駄目だ。この先には明確かつ明瞭で明白な『死』がある。死にそうとか危険だとかそんな不完全で曖昧な状態では無く、俺の重なりあった何十もの『経験』がこの先で死ぬと告げている。

「…………待ってくれ。この先は――――」



「――――行きましょう」



 ぽんっ、と背中を押される。万全とは言えない体勢で固まっていた俺は思わずたたらを踏む。

 壁の中に腕を突き入れ、その状態で数歩歩けばどうなるかなんて子供でも分かる。…………俺は不本意ながら五十五層に足を踏み入れていた。

 その部屋は、今まで見た何よりもも異質だった。少し前に見た真っピンクな先生の部屋よりもおかしい。この部屋は紛れも無く、『異常』な部類に属していた。

 壁に埋め込まれた巨大なモニタ。僅かな稼働音をさせる数々のサーバー。それらは正しく研究所の一室だった。

 最新の様式を見せるこの部屋に怪しい所はあっても、おかしな所は見られない。――――無論、ここがファンタジーな異世界で無ければだが。

「…………いや、違う」

 呆けていたのは一瞬。驚くのはこれじゃない。ここには俺を殺めたる何かがある。

 だから決して隙を見せないように種子島を抜いて、俺はその抜いた種子島を地面に落とした。自分の腕ごと。

「あ?」

 反射的に落ちた腕を拾おうとしてバランスを崩して転ける。目の前に転がる腕は明後日の方向をこちらに向けており、斬られた箇所から夥しい量の血が溢れていた。

 痛みは無く、ただ熱かった。

「ようやく、私は――――」

 感無量、という言葉が浮かぶくらいミサは興奮していた。目の端には涙さえ見てとれる。

 その手には血に汚れた黄金の剣があった。

 ミサは自らが切断して俺の腕を蹴り飛ばし、そこでようやく俺に気付いたかのように申し訳なさそうな顔をした。

「…………すみません。でも、これは必要な事なのです。私の望みさえ叶えば、あとは全人類が死滅したって構いません。――――どうせ、無かった事になるのですから」

 ミサは俺を置いて先に行く。止めようと懸命に伸ばした右腕は、視界の端に転がっていた。

 そしてミサは最奥に到着すると、空中に投影された画面に軽くタッチした。巨大なモニタとリンクしているのか多くの言語と多くの情報が映し出される。

 ミサはその羅列される情報に四苦八苦しながらも数々の肯定をクリアしていき、モニタにはたった一文だけが表示された。



『遡りたい年代を入力して下さい』



 俺はその先を目にする前に、呆気なく死亡した。







    ◇







――――忘れられないその日、俺は少しテンションがおかしかった。誰もが目を逸らすなか、俺だけは走った。金切り声をあげる暇さえなかった。ただがむしゃらに走った。

 映画館からの帰りだったんだ。主人公が颯爽とヒロインを救い、その主人公に自己を投影してカタルシスを感じていた。その帰りに、信号を無視して突っ込んで来るトラックを視界に収めてしまった。そのトラックの先には中学生くらいの女の子。容姿は確認出来なかったが、映画の所為で自分に酔っていた俺は、もちろん反射的に身体を動かした。

 危ないッ! とかちょっと格好つけて女の子を押した。今思えば押した先に危険があったかも知れない。やはり俺は自分に酔っていたらしい。しかも抱き着いて倒れ込めば役得だし、自分も助かったはず。だけど何故か『押して』しまった。少女は危機から逃れ、俺はその場に立ち尽くした。何十メートルか先にはトラックがあった。

 結構スピードが出てはいたが、全力でその場から離れれば助かっただろう。でも、身体は動かなかった。逃げれば助かるのに、「あっ、死んだわこれ」とか思ってぴくりとも動かない。まさに蛇に睨まれた蛙。トラックに睨まれた俺。



 そしてそのまま――――トラックが、横転した。



 運転手も焦ってハンドルを切ったのだろう。でも止まらない。横転したまま滑って突っ込んで来る。

 だが神様は俺を見捨ててはいなかった。トラックは俺の目前で止まり――――とかだったら映画みたいで格好良かった。現実は若干止まり切れなかったトラックに、僅ながら撥ね飛ばされるという微妙なものだった。

 ……でもまぁ、生きてる。女の子を助けてトラックに轢かれる。でも無事とか、格好良すぎだろ。もしかしたらテレビに出るかも知れない。

 そんな馬鹿な事を考え、俺は立ち上がった。一連の流れを見ていた通行人から歓声があがる。

 俺はそれに答えるように手を上げ、背後でトラックが爆発した。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...