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chapter 3
11話 幾度となく繰り返された世界
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「少し足止めをお願いしますっ!」
俺はその言葉に応えるように引き金を引く。
ここは五十層。俺たちはあの部屋で一夜を過ごした後、喰屍鬼たちの気配が消えた事を確認してから外に出た。
迷宮には外れの道と当たりの道があり、当たりの道さえ進めば殆ど敵と出会す事無く次の階層へと向かえる。もちろん当たりと外れの見分け方なんて存在しないが…………俺のシックスセンスが最早予知レベルまで昇華され、気が付けば五十層まで来ていた。
五十層のフロアボスは龍で、火を吐くから火龍といった所か。先手必勝とばかりにミサが斬りかかったものの、流石に龍鱗は硬かったらしく弾かれてしまった。ミサ曰く鉄より硬いらしい。だがそんな龍にも弱点はある。言わずもがなだが、眼球だ。
対物狙撃銃に目を貫かれた龍は数歩後退るが、滅茶苦茶に炎を撒き散らしてこちらを睨んだ。どうやら怒らせただけらしい。俺はもう一発を逆の目にお見舞いした。
「――――これは私の過ちです、私の過ちです、私の大きな過ちです」
ミサが詠唱を紡ぐ度に剣は一回りずつ大きくなっていく。黄金だった剣は紅色に染まっていき、銀は黒ずんでいく。それらが絡み合い生まれた姿は神々しさなんてものは欠片も無く、どちらかと言えば悪魔――――堕天使に近かった。
「世の罪を除き給う主よ、我らをあわれみ給え」
心の臓のように脈動するそれは、既に十メートルを越すまでとなっていた。正に巨大。しかしミサはそれを、まるで苦も無いかのように握っていた。
そして振り上げられる。斬られた風がヴンと唸り、空気がビリビリと鳴く。上段に構え、全てを一撃で終わらせるようなそれは…………どこかで見た記憶があった。間違って無ければ、剣道部の人間が使っていた気がする。
「はああああッ!!」
ミサが絶叫する。龍は失われた眼球を求めるかのように炎を撒き散らす。そして全てを断ち切るように、ギロチンを彷彿させる巨大な刃は龍に振り下ろされた。一撃では両断出来ず、剣は龍の頭に深くめり込む。
しかし均衡は一瞬だった。ミサが僅かに力を入れただけで龍は呆気なく両断された。
別に龍が弱いわけじゃなく、ミサの攻撃力が高過ぎるのだ。普通龍は最強と等式の関係にある言っても過言では無い。ただ相手が悪かっただけだ。
「相変わらずえげつない威力だな」
「そうですか? 普通ですよ」
謙遜では無く、本気でそう思っているあたりが恐ろしい。無自覚というのは一種の暴力のようなもので、ミサが普通に殴っただけで死ぬ可能性もあるのだ。普段は怪力なイメージは無いが、きっとそうに違い無い。本気を出せば瓦を粉砕出来る気がする。
そんな失礼な思考を抱きつつ俺たちは次層への壁へと向かった。しかし突き抜ける事はせず直前で止まる。ここは五十層で、語呂も良いしラストである可能性があり、最後に火龍を配置したと考えても何ら不思議では無い。
…………この先にもしもお目当ての物が無ければ、階層は百まで続く可能性が高い。少なくとも俺がダンジョンを作るのならば、理想は五十層か百層だ。
「…………行くか」
迷っても仕方が無い。迷った分だけ良い事が起こるならまだしも、時間は失うし腹も減るわで欠片もプラスにならない。
俺は目を瞑ったまま壁を抜け、新しい風を浴びながら目を開いた。――――もちろんそこは、五十一層の迷宮だった。
「…………終着点は、果たしてあるのでしょうか」
あからさまに気落ちした声のミサが呟く。しかし俺はあまりテンションに差は無かった。初めから予想出来ていた…………いや、識っていた。
…………またこの感覚だ。凄まじいまでの既視感。だが今回の感じは少し違い、希望がある。ゴールが目と鼻の先にあるかのような錯覚に陥る。まだここは五十一層だというのに、進めば進むほどその感覚は強くなる。
五十二層。
五十三層。
そして――――五十四層。
その最奥には半透明な壁があった。五十九層では無く五十四層だというのに階段は無く、まるでエリアボス直前のようだ。俺はそれを見て確信した。この先が終着点だと。『神の座』はそこにあると。
「ここが…………あれ、入らないのですか?」
一向に動きを見せない俺を不審に思ったのか、ミサが怪訝な表情を浮かべながらこちらを見る。
俺はそれに返そうと口を開くが言葉が出ない。喚く心臓が煩い。
「…………入、る」
うわ言のような呟きは答えとなりうるのか。
俺はぎこちない動きで腕を突き入れた。
「――――ッ!?」
その途端に感じる悪寒が身体を駆け巡り、一瞬で全身を回る。身体中が鳥肌になり毛が逆立つような感覚が走る。
これは駄目だ。この先には明確かつ明瞭で明白な『死』がある。死にそうとか危険だとかそんな不完全で曖昧な状態では無く、俺の重なりあった何十もの『経験』がこの先で死ぬと告げている。
「…………待ってくれ。この先は――――」
「――――行きましょう」
ぽんっ、と背中を押される。万全とは言えない体勢で固まっていた俺は思わずたたらを踏む。
壁の中に腕を突き入れ、その状態で数歩歩けばどうなるかなんて子供でも分かる。…………俺は不本意ながら五十五層に足を踏み入れていた。
その部屋は、今まで見た何よりもも異質だった。少し前に見た真っピンクな先生の部屋よりもおかしい。この部屋は紛れも無く、『異常』な部類に属していた。
壁に埋め込まれた巨大なモニタ。僅かな稼働音をさせる数々のサーバー。それらは正しく研究所の一室だった。
最新の様式を見せるこの部屋に怪しい所はあっても、おかしな所は見られない。――――無論、ここがファンタジーな異世界で無ければだが。
「…………いや、違う」
呆けていたのは一瞬。驚くのはこれじゃない。ここには俺を殺めたる何かがある。
だから決して隙を見せないように種子島を抜いて、俺はその抜いた種子島を地面に落とした。自分の腕ごと。
「あ?」
反射的に落ちた腕を拾おうとしてバランスを崩して転ける。目の前に転がる腕は明後日の方向をこちらに向けており、斬られた箇所から夥しい量の血が溢れていた。
痛みは無く、ただ熱かった。
「ようやく、私は――――」
感無量、という言葉が浮かぶくらいミサは興奮していた。目の端には涙さえ見てとれる。
その手には血に汚れた黄金の剣があった。
ミサは自らが切断して俺の腕を蹴り飛ばし、そこでようやく俺に気付いたかのように申し訳なさそうな顔をした。
「…………すみません。でも、これは必要な事なのです。私の望みさえ叶えば、あとは全人類が死滅したって構いません。――――どうせ、無かった事になるのですから」
ミサは俺を置いて先に行く。止めようと懸命に伸ばした右腕は、視界の端に転がっていた。
そしてミサは最奥に到着すると、空中に投影された画面に軽くタッチした。巨大なモニタとリンクしているのか多くの言語と多くの情報が映し出される。
ミサはその羅列される情報に四苦八苦しながらも数々の肯定をクリアしていき、モニタにはたった一文だけが表示された。
『遡りたい年代を入力して下さい』
俺はその先を目にする前に、呆気なく死亡した。
◇
――――忘れられないその日、俺は少しテンションがおかしかった。誰もが目を逸らすなか、俺だけは走った。金切り声をあげる暇さえなかった。ただがむしゃらに走った。
映画館からの帰りだったんだ。主人公が颯爽とヒロインを救い、その主人公に自己を投影してカタルシスを感じていた。その帰りに、信号を無視して突っ込んで来るトラックを視界に収めてしまった。そのトラックの先には中学生くらいの女の子。容姿は確認出来なかったが、映画の所為で自分に酔っていた俺は、もちろん反射的に身体を動かした。
危ないッ! とかちょっと格好つけて女の子を押した。今思えば押した先に危険があったかも知れない。やはり俺は自分に酔っていたらしい。しかも抱き着いて倒れ込めば役得だし、自分も助かったはず。だけど何故か『押して』しまった。少女は危機から逃れ、俺はその場に立ち尽くした。何十メートルか先にはトラックがあった。
結構スピードが出てはいたが、全力でその場から離れれば助かっただろう。でも、身体は動かなかった。逃げれば助かるのに、「あっ、死んだわこれ」とか思ってぴくりとも動かない。まさに蛇に睨まれた蛙。トラックに睨まれた俺。
そしてそのまま――――トラックが、横転した。
運転手も焦ってハンドルを切ったのだろう。でも止まらない。横転したまま滑って突っ込んで来る。
だが神様は俺を見捨ててはいなかった。トラックは俺の目前で止まり――――とかだったら映画みたいで格好良かった。現実は若干止まり切れなかったトラックに、僅ながら撥ね飛ばされるという微妙なものだった。
……でもまぁ、生きてる。女の子を助けてトラックに轢かれる。でも無事とか、格好良すぎだろ。もしかしたらテレビに出るかも知れない。
そんな馬鹿な事を考え、俺は立ち上がった。一連の流れを見ていた通行人から歓声があがる。
俺はそれに答えるように手を上げ、背後でトラックが爆発した。
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