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chapter 1

7話 カンニング疑惑という名のご褒美

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「あら、ルーズベルト君。貴方が『時間通り』に来るなんて珍しいわね」

 年季の入った紅い魔女の帽子に、燃えるような赤色のローブを纏う我らが魔法論理の先生は、先程の出来事は無かったかのように堂々と振る舞う。わざわざ時間通りの件を強調して言うのは、俺への嫌味のつもりだろうか。

「俺だっていつもテキトーなわけじゃないですよ、先生。誰にだって『二面性』はありますから」

 それ故に俺も細やかな反撃を試みる。

 やはり先程の事は先生にとっても失態だったのか、小さく呻いてこちらを睨めつける。良い気分だ。前世の記憶のお陰か頭が良く回る。やはり根本的な知識量は、小さい頃から学校に通っていた前世の方が圧倒的に多い。前世の科学の知識と今世の魔法知識、その二つがあれば出来る事は少なく無い。幸いにして魔力は少ないがそれなりに体力はある。

 この学校を卒業して騎士になってみるのも良いし、家を継いで農業をするのもまた一興。知識を活用して料理人や商人なんて手もある。この世界で高みを望まなければ大抵の地位は金で買えるため、豪遊するのも楽しいだろう。

 夢は膨らむ。――――だが、まずは眼前の厄介事からだ。

「…………それで、先生。俺は何故ここに?」

 考えられるのは授業中の態度かテストの点数についてだ。授業中の態度はまぁ、多少お叱りを受けるだけで良い。しかし、テストの点数が派手に悪く、再テストや留年となったら笑えない。

「――――心当たり、あるでしょ?」

 そんなのは当たり前だ。呼び出される前から…………いや、テストがあると知った時から覚悟していた。

 俺としては怒られるなら前者が良い。これからは比較的真面目に授業を受けるつもりだし、自分に責があるのは分かっているから反省出来る。しかしテストは駄目だ。分からないものは仕方がない。授業を真面目に受けなかった俺も悪いが、その分昨日の夜から頑張ったわけだし許して欲しい。

 それでも一応、選択肢の中でも罪悪な方を聞いてみる。全てに於いて最も悪い考えを抱いていたら、少なくとも心が折れる事は無い。大抵、どんな結果があろうとも最悪の選択肢よりいくらかマシだからだ。

「…………テスト、ですか?」

「ご名答よ。分かってるじゃない」

 …………しかし、実際に最悪な結果だった場合の精神的ダメージは計り知れない。

「やっぱり、点数ですか」

 だけど、最悪の結果だとしてもそれ以下は無いために俺は安心していた。現実は小説より奇なり、なんてのはよく聞く陳腐な言葉だけど、実際そうとしか表せなかった。――――だって、誰が想像するだろうか。想像していた最悪な結果より、数倍も最悪な現実があったなんて。



「しらばっくれる気なのね。――――単刀直入に言うけど……ルーズベルト君。貴方、不正行為をしたでしょう?」



「…………え?」

 俺は、この瞬間の感情を表す言葉を知らなかった。

 不正行為…………分かりやすく言い換えるとカンニング。先生は俺がカンニングをしたと? 何故そのような結論に至ったのか不明――――いや、考えてみればその結論に至るのは至極当然の事だ。フィーでさえ勉強をしていた俺に驚いていたんだ。先生にその選択肢があるとは思えない。

 つまり、今の俺は不自然なんだ。いくらテストの点数が平均より低くても、それなりに点数が取れる時点でおかしい。何故なら俺は、普段の授業を全く受けていないから。

「――――先生は、俺が不正行為をしたと?」

「ええ。点数は言えないけど、平均は取れてるからね」

 …………嗚呼、終わった。考えられる中で最悪じゃないか。なまじ、中途半端に点数を取った所為で調子が良かったなんて言い訳が出来ない。やっぱり、俺が第一にやるべきなのは信頼の回復か…………いや、そもそも信頼なんて無かったが。

「……そう、ですか。…………だったら、俺に与えられる罰は?」

「あら、否定しないのね」

 正しくは否定出来ない、だ。

 何を言っても信じて貰えそうに無い。先生の口調や表情から察するにこれは既に確定された物だろう。故に何と言おうと覆される事は無い。それならばここは素直に罰を受け、信頼の回復に努めた方が賢明だ。

「現状では、俺に出来る事はありません」

「――――ふぅん。現状では、ね」

 先生の視線が鋭くなる。俺の真意を探っているのだろうが、それ以外に言える事は無い。下手に反論して深みに嵌まっても困るし、そもそもこれは将棋でいう詰みだ。何か言い返す気力すら湧かない。

 それに、さほど罰則は怖くなかったりする。前世みたいに内心点を気にする必要は無いし、強制的に入学させられたのだから退学する事も無い。清掃や慈善活動なんて言われたら少し困るかも知れないが…………所詮罰則なんてその程度のものだろう。先程痛い目にあったばかりであるため、可能な限り最悪な結果を想像してみるが何も問題は無い。もちろん、あまりに罰が面倒な場合はこの場で問題を解いてみたり、優等生なフィーを呼んで身の潔白を証明する算段ではあるが。

「ルーズベルト君。今回学園側が君に出す処罰は――――一週間の停学よ。一週間、学園の敷地に入る事は許されないわ」

「…………は?」

 一週間、停学。

 それは完全に俺の予想していなかった答えだった。清掃等の慈善活動を強制的にさせられると思っていたため、先生の言葉は俺の意識の隙を突いて身体の奥底まで侵入して来る。

「まぁ、精々反省する事ね」

 何かしらの反応を返す前に背中を押され、俺は先生の部屋から出る。その背後で、バタンと扉が閉まる音がする。



「一週間の停学――――それって、ご褒美じゃないか」



 幸いにして、俺の呟きが誰かに拾われる事は無かった。











「すみません。等級五の討伐依頼、何か入って来てますか?」

 一週間の停学という今年最高の幸福に見舞われた俺は、すぐさまギルドに足を運んだ。時間がある今は絶好の稼ぎ時であり、俺がそんなチャンスをみすみす逃す筈も無い。

 しかも銃という遠距離から攻撃出来る手段を入手した俺にとって、等級五程度の敵はただの雑魚だ。味方は居ないがその分配分は全て自分の物となる。

「等級五、ですか…………」

 受付嬢は俺の情報が記載されているであろう羊皮紙を一瞥し、困惑した表情を向ける。

 過去俺が達成した依頼の中で最も高い等級は九であるため、受付嬢には自殺をしに行く寸前の少年と思われている可能性が高い。事実、自分の実力に合わない等級の依頼を受けて自殺しに行く人間は居る。しかしその場合、等級二や一である事が多いためより一層困惑しているのだろう。

 傭兵ギルドには自分の腕に見合わない依頼を受けてはいけないなんてルールは無いため、俺を止める人間は居ない。それは目の前の受付嬢も同じで、困惑しつつも依頼の一覧表を見せてくれる。
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