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始まりにして終わり
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わ~ありえないありえないありえないありえない。
ドラマとか、親の昔話、というより親の伝聞でしか聞いたことなかったけど、本当にこんな奴って実在したんだ。ヤバすぎる。
あっでも、ここ、日本じゃないし、というよりも地球じゃないから?だから仕方ないのかな?
はー、でも本当にビックリなんだけど。まさか異世界転生とか本当に起こるなんて思ってなかったよ。てか私死んだの?全然そんな覚えないんですけど。
「聖女様、どうされましたか?」
「は!?あ、いえいえ、なんでもないです」
正面にいるのは金髪がきんきらきんな王子様。右にいるのは白い服着た大神官とかいう教会の人。帽子をかぶってるからよくわからないけど、眉毛が緑だからきっと緑色の髪の毛なんだろう。王子様のちょい後ろには短い赤毛を逆立てた多分騎士的な人。鎧着てるから多分合ってる。
ハァー。コスプレの人たちじゃないよね、どう見てもコスプレなんだけど、某テーマパークのシンデレラ城みたいな西洋ど真ん中!みたいなお城は用意できなくない?小物とかいい感じに古びてるし、空気が新品!って感じじゃない。それになにより、私の周りにふよふよ浮いてる光の球とかリアルすぎるもん。VRゲームしてないのにエフェクトだけモロ現実に出てきちゃってる感じ。つまり、これは現実。
顔とか明らかに日本人じゃないのに言葉が通じてるのが謎いけど、まぁそういうもんなんだろう。
ハァー。
溜め息をついていたら、王子様がにこやかに笑いかけてくる。
うーんロイヤルなスマイルだね。テレビで見たことあるからわかるよ。感情を悟られないための武装なんだよねそれ。
「私はなにをしたらいいんですか?」
「聖女様。まずは私から名乗ることをお許しください。私はペロタナマタ王国ヤナハマアナ王が嫡子、第一王子ナユムタタイタナカでございます」
「はい、ご丁寧にどうも」
ペロなんとか王国のヤマハなんとか王の……誰?最後のタナカしか聞き取れなかったよ。とにかく王子様なんだろうな。そうに違いない。殿下って呼べばいいよね。テレビとかでテンノーサマがそう呼ばれてた気がするし。しかしとにかくすこぶるイケメンだ。アイドルとかでなんだかんだで一番人気がありそうな、やさしそうで爽やかなイケメン。
あだ名はイケメン殿下で決まりだ。
「……」
「……」
みんな静かだから私も静かにしたほうがいいのかなと思って黙っていたらひたすら無音のまま時間だけが過ぎていく……。なにこれ、なんの時間?
段々怖くなってきて目だけをうろうろ彷徨わせてたら横にいた白い服の人がしずしずと進み出て、「神官の身でありながら大変恐れ多くも聖女様に申し上げます」と真っ白な顔をして死にそうな声で言った。静かすぎて小さな声だったのによく響く。なんでこの人こんなに脂汗流してるんだろう。まるで、この先なにか一つでも間違ったら首を飛ばされるみたいな顔だ。
「聖女様のお名前をお聞かせ願えますでしょうか」
……あ、もしかして私の自己紹介待ちだったんじゃない!?恥ずかし!さっさと言ってよね!
「あ、はい、まェっ、」
「マェ?」
焦って自分の名前を口走ったところで、脳みそが待ったをかけてくる。
どうせここって魔法とかなんでもありな世界なんでしょ?じゃあ名前とかあんまり知られないほうがいいんじゃない?
だって名前ってなんかすごいんでしょ、魔法使いの子供がなんかいろいろすごくがんばる映画シリーズでラスボスの名前呼ぶとなんかこう……すごいことになるから呼ばないってフォロワーが言ってたぞ!ふわっとしか覚えてないけど!ってことは名前知られるとなんかすごいことになるってことだ私が!つまりここは偽名だ!
「マェです!私はマェ!」
苦しいか?ごまかせないかな!?
「マェ様、ですね。ご無礼を申し上げました。どうかお許しください」
「いえいえそんな」
溢れる謎聖女パワー使って魔王倒してこいだって。報酬とかないみたいですよ。それで、戻ってきたら王子様と結婚するのが慣わしとか言われちゃった。それがご褒美ってこと?名前覚えてないのに?え?てか王子はついてこないの?は?なんで?国のトップだからそんな危ないところには行かない?トップなのになにもしないの?嘘でしょ?
タダ働きでいま来たばかりの世界を救って、そんで帰ってきたらAIイラストみたいな外見の男と結婚?ご褒美みたいな空気出してるけど全然ご褒美になってないんですけど。
つまり帰れないの?見たところ魔法とかいうわけわからんパワーしかなくて電化製品ゼロっぽいこの世界でよく知らん男の子供産んで死ぬまで過ごせって?
ブラック企業も悲鳴を上げて燃えそうな契約内容じゃない?セクハラとかパワハラとか突き抜けて普通に人権ゼロじゃん。てかこれ次元越えた拉致事件じゃん。
どこに通報したらいいのこれ。いやできないか、怖すぎるだろ異世界。やだよインターネットないとか。てかまだ今期ドラマのラスト見てないんですけど!マコとヒロがめちゃくちゃいいところだったのに。続き見れないとか最悪じゃん…。読んでた漫画だって途中だしおすすめされた探偵アニメだってまだ追えてないし…。
ダメだ段々腹立ってきたんだけど。なんで私が帰れないんだよ。それもまだ学生なのになんで働かなきゃいけないんだよ。いや、給料発生しないんだからもっと最悪じゃん。なにもかもおかしいだろ。自分の都合で呼んでおいて返せませんとか。
絶対帰るし、それも帰ってきたら何日も経ってるとか無理すぎる。そこらへんもいい感じにしてもらう、絶対に。
「条件を果たしてくれるのなら、私も魔王を倒してきます」
血走った目でそう告げた。そちらから呼び出したのだから遠慮しない。そっちが条件を果たしてからじゃないと私は動かない。そう言うと周りの人はみんなざわついた。
文句ある?って睨みつけたらみんなの後ろにある壁からビシッと音がしてヒビが入ってる。多分私がやったっぽい。まぁ魔王倒せる人材らしいからそれくらいできるか?できるの?
みんな振り返った後でぶんぶん首を縦にしだした。イエスってことだよね、よかった。
「とりあえず今からイケメンを…あ、見目がいい人たちを集めてくださいよろしくお願いします」
そうやって集められたけど、うーん、いまいちこう…グッとくるものがないな。
護衛の人とかインテリ眼鏡とかチャラ男っぽい人とか乙女ゲームみたいなのがいっぱいいる。おお、サムライっぽい武士系な人もいるじゃん。すごいねなんでもありか。けど推しとは被る感じの人がいないんだよな…。
けど最低条件はクリアしてるし、それでいいか。
「えーと、じゃあ、王子様と全員恋人っていうか、王子様総受でお願いします。もちろん身体の関係もアリで。ドログチャなくんずほぐれつも大好きなんで、五人くらいいっぺんにアレコレするやつとかも見たいですよろしくお願いします」
「は…?」
神官の人がフリーズする。イケメンの顔が固まる。オタク用語でも意味は伝わるらしい。自動翻訳って便利だね。
返事を待ってるとようやく神官の人が泡を食うような勢いで激昂した。
「は、はしたない!聖女様とあろう方がなんということを口にされるのです!」
「そのはしたないことを私にさせようとしてんのはそこの人ですよね。誰も私の処遇に反対しないから、この場にいる人たちもそれでいいってことですよね。なら、代表たる国のトップが身をもってそれがどれだけの屈辱なのか体験してもらおうかなって。いいじゃないですか、その人は私と違って男でどんだけやられたって嫌いな男の赤ちゃん産むことはないんだし、血筋の正しさとか気にする必要もないんだからちょうどよかったですね!」
「き、きらいな、男…」
イケメンの顔がさぁっと青くなる。まさかだけど私に好かれてると思ってたの?
せいぜい顔がいいだけの、こっちを下に見てるのが隠しきれてない態度と、自国民どころかぜんぜん違う世界の人間拉致して奴隷以下の扱いをしてくることへなんの疑いも恥も持ってない最低な男をなんで好きになると思うんだろう。こちとら散々自由と親の愛を齧ってコンプライアンス意識高めの現代日本で育った人間だぞ。好きになるどころか軽蔑まっしぐらだよ。どんだけ自己肯定感高いんだよ。そりゃあ顔は良いけれど。でも私のタイプじゃないんだよね。彫りが深すぎてくどいと思う。二秒以上見ていたくない。
私から毎週の楽しみだったマコヒロを奪った罪は重いよ。この際、王子様はヒロに寄せて欲しい。髪も黒くしてもっとおどおどして伏せ目がちにして体ももっと細くして欲しいな。ヒロとかけ離れた顔してるけど雰囲気だけでも出してほしいんだよね。あ~マコヒロ見れなくなったの本当に最悪だし絶対許さない。
「ま、まこひろ、とは」
「え?なんで神官さんマコヒロ知ってるんですか?まさか腐男子?」
まさかの同志かと目を輝かせる。そう私は男性と男性がイチャイチャウフフしているのを見るのが大好きな女、いわゆる腐女子なのだ。思考が同じで性別が違えば腐男子だ。そして最近は私のような嗜好の輩に合わせた地上波ドラマをやっていて、そのドラマのメインカップルが誠と博、略してマコヒロに私はどっぷりハマっていたのだ。
SNSで毎日マコヒロを漁り、イラストや漫画や小説を食べてドラマの更新に身悶えるハッピーな日々。マコヒロは癒し。日々の潤い。マコヒロ最高。神官さんもマコヒロ信者なんだろうか。マコヒロの尊さは次元を超えて異世界でも崇められてるんですか?同志うれしい。仲良くしよ。
身を乗り出して握手しようとする私を押し留めて神官さんが目を白黒させる。
「ふだんし、とはなにか存じませんが、先ほどからマェ様が仰っていましたので…」
「ヤベェ独り言かましてましたかすみません」
いつからだよ。王子が「二秒以上見たくない顔…」って呟いて暗い空気を背負ってしまったのでわりとぜんぶ口に出ていたっぽい。まぁいいや開き直っちゃえ。
「じゃあさっさと始めてください。私からマコヒロを取り上げた挙句に魔王倒させて子供産ませようって言うんですから、それくらいいいですよね。王子様も体くらい張ってくださいよ。王って、国のトップってそう言うものでしょ。国の危機に真正面から立ち向かわなくてなにが王ですか、笑わせる。見てるだけなら子供でもできるのに。あ、王子様だけに背負わせるのは酷いですよね。ついでに王様にも見ててもらいましょうか。私はもう二度とマコヒロが拝めない上に五体満足で生きて帰ってこられるかどうかもわからないのに、王子様の、息子のケツの穴のひとつやふたつくらいどうと言うことはないですよね」
絶対この条件は譲らないから。準備できるまで私のこと呼ばないでくださいね。あ、なんなら準備するとこも見せてくれてもいいですけど。
そこまで言ったら神官と王子が倒れた。病気かと思ったけどどうやら感情が突き抜けて失神してしまったらしい。護衛の人たちも真っ赤になるのを通り越してドン引きしている。どうも女が口にするにはヒワイすぎる発言だったらしい。
そんなこと言ったって私に赤ちゃん作らせようって発言したんだからなにを今更って気がするけど。
宰相っぽい、賢そうなおじさんが「聖女様、お寛ぎできる場所までご案内致します」って進み出てきた。
マコヒロが存在しない、インターネットも見られない世界に寛げる場所なんてないけど。
わざわざ言わないけど、最初に自重しなかったのはそっちなんだからね。我ながらバカバカしい条件だと思うし、元いた世界でこんなどぎついセクハラなんてしない。そもそもそんな権力なんてなかったけど。
右に倣えでみんなに合わせるのが得意なお国柄の人間ですから、それとなく空気読むのはそりゃ得意だよ。
でも私ら初対面でしょ?それでずけずけ利用だけしようってのは、ふざけんなって話。それならこっちだって考えがある。誰が泣こうが困ろうが関係ない。私を尊重しない、便利な道具としか見ないこんな世界に迎合なんてしてやらない。腐った趣味全開でお前らを消費してやるから。まぁマコヒロには及ばないだろうけどさ。
聖女召喚を果たした後の議会は荒れに荒れた。もちろん、聖女から言い渡された条件についてである。
魔王を倒してこその聖女。異世界を渡る聖女の力は余人では御せない。なにせ、神の力を借りた執行人であり、つまりは神の代理なのだ。例え王族であっても人が抗える存在ではない。再召喚しようにも、『同じ時、同じ国に二人聖女が存在した事例はなく、また新たに招かれた聖女が同じ条件を出さない保証がない。また、そうしたとて、現在の聖女が出した条件が浮いたままでは意味がない。神に使わした聖女様を軽んじていると思われてしまう』と神殿側も忌避を示した。
そして、周辺国からの圧力。魔王の危険に晒されているのはこの国だけではない。しかし聖女召喚は国と国のパワーバランスに一石を投じる。世界を救った聖女を擁した国は神の加護を得たとして国力と共に発言力が高まるからだ。だからこそどの国も必死で聖女召喚の儀を行う。
が、同じ時代に聖女が招かれるのは一国だけ。聖女が降りた国は大教会に三日間巨大な光の柱が立つので隠し通せるものではない。なにを勿体ぶっているのださっさと聖女を旅出させんか、と連日のように諸外国から連絡が飛んでくる。もはやこれまでと貴族たちと王子を除く王族は断腸の思いで聖女を王子の寝室に招くべく予定を立て始める。国王は些事であると息子だけに任せて召喚の儀に付き添わなかった己を責め、貴族たちの前で自ら息子に頭を下げるほどであった。
果たして二年後、聖女は魔王を倒し、世界は平和を手に入れたのだった。
聖女を擁し、その栄光に浴するはずだった王国はその後、緩やかに国力を落とし続けて周辺国に併呑された。有力な次代が軒並み表舞台から消えたことが原因とされる。
聖女が旅立った後、王太子だった王子は心を病んだ。その側近も、騎士も、魔術師も神官もみな同じように心を病んだ。蟄居、幽閉などあったがいずれも彼らは子を成していない。優秀な血は紡がれず、傍系はあれども最善はなく、新たに次代を育てるには遅く、世代交代は失敗した。聖女が魔王を倒す旅より帰還した後、盛大な凱旋が王都で行われているが、その後の消息は判然としない。王家へと嫁いだとも、国の総力を挙げて元の世界へとお返ししたとも伝えられている。
聖女のいた世代、王族や高位貴族たちはなぜか揃って出生率が異常に低く、それもまた国力の低下や王家の求心力の低下にも繋がったとされる。
一説には聖女があまりにも美しく、その只人ならざる存在に近づいた者たちはひとり残らず心を狂わされたのだと時代の吟遊詩人は唄った。が、消えた王国史について研究する者たちは真実を知っている。あまりにも悍ましいので表立って公表はしないだけだった。その現役の彼らも真実を隠すことを選んだ。ただひとつ、聖女を召喚するには国ひとつ犠牲にする覚悟がなければ行ってはならないということだけを記して。
禁書扱いとなって閉架書庫に眠るかつての王国史にはただ真実が記されている。
聖女の齎した条件によって、王太子は自らの側近や神官から辱めを受けた。幼い頃から侍り、王子の心に寄り添ってきた側近たちは泣き喚き許しを乞う自分の主人を縛りつけて無理矢理体を暴くことを強要され、役に立つように獣の発情を促す薬を飲まされて三日、寝室に閉じ込められたのだ。また、その寝室には父である国王も同席していたという。
扉伝いに複数の啜り泣くような悲鳴や懺悔の籠った嗚咽に混じり、時折女の満足げな感嘆や囃し立てる声が聞こえるその部屋の前で護衛を務めた騎士たちもしばらく精神の安定を欠くほどの騒動になったとのことだった。
そうした惨事の結果、彼らは不具となり、廃嫡された。聖女の齎した条件の狙いは、立場や力の弱い女性が強いられる理不尽な性暴力への理解だとも、また神がかの国の存在を不要としたがゆえの行いとも言われているが研究者たちの議論は尽きない。
また、聖女がそれを見届けて言い残したと伝えられる一言についても謎が多く、未だにその解釈についても多くの研究者たちを悩ませている。あまりにも短く、しかし、内容を得ない言葉に偽史や創作ではないかと唱える研究者もいる。
が、近年発見された亡国の神殿に勤めていた聖女召喚に関わっていたとされる神官の日記にも聖女が発言したという内容に同じ言葉が見つかり、偽史でも創作でもないという見方のみが補強されることとなった。研究者たちが注目する聖女の発言、その禁書にはこう記されている。
「やっぱマコヒロしか勝たんわ」
終
ドラマとか、親の昔話、というより親の伝聞でしか聞いたことなかったけど、本当にこんな奴って実在したんだ。ヤバすぎる。
あっでも、ここ、日本じゃないし、というよりも地球じゃないから?だから仕方ないのかな?
はー、でも本当にビックリなんだけど。まさか異世界転生とか本当に起こるなんて思ってなかったよ。てか私死んだの?全然そんな覚えないんですけど。
「聖女様、どうされましたか?」
「は!?あ、いえいえ、なんでもないです」
正面にいるのは金髪がきんきらきんな王子様。右にいるのは白い服着た大神官とかいう教会の人。帽子をかぶってるからよくわからないけど、眉毛が緑だからきっと緑色の髪の毛なんだろう。王子様のちょい後ろには短い赤毛を逆立てた多分騎士的な人。鎧着てるから多分合ってる。
ハァー。コスプレの人たちじゃないよね、どう見てもコスプレなんだけど、某テーマパークのシンデレラ城みたいな西洋ど真ん中!みたいなお城は用意できなくない?小物とかいい感じに古びてるし、空気が新品!って感じじゃない。それになにより、私の周りにふよふよ浮いてる光の球とかリアルすぎるもん。VRゲームしてないのにエフェクトだけモロ現実に出てきちゃってる感じ。つまり、これは現実。
顔とか明らかに日本人じゃないのに言葉が通じてるのが謎いけど、まぁそういうもんなんだろう。
ハァー。
溜め息をついていたら、王子様がにこやかに笑いかけてくる。
うーんロイヤルなスマイルだね。テレビで見たことあるからわかるよ。感情を悟られないための武装なんだよねそれ。
「私はなにをしたらいいんですか?」
「聖女様。まずは私から名乗ることをお許しください。私はペロタナマタ王国ヤナハマアナ王が嫡子、第一王子ナユムタタイタナカでございます」
「はい、ご丁寧にどうも」
ペロなんとか王国のヤマハなんとか王の……誰?最後のタナカしか聞き取れなかったよ。とにかく王子様なんだろうな。そうに違いない。殿下って呼べばいいよね。テレビとかでテンノーサマがそう呼ばれてた気がするし。しかしとにかくすこぶるイケメンだ。アイドルとかでなんだかんだで一番人気がありそうな、やさしそうで爽やかなイケメン。
あだ名はイケメン殿下で決まりだ。
「……」
「……」
みんな静かだから私も静かにしたほうがいいのかなと思って黙っていたらひたすら無音のまま時間だけが過ぎていく……。なにこれ、なんの時間?
段々怖くなってきて目だけをうろうろ彷徨わせてたら横にいた白い服の人がしずしずと進み出て、「神官の身でありながら大変恐れ多くも聖女様に申し上げます」と真っ白な顔をして死にそうな声で言った。静かすぎて小さな声だったのによく響く。なんでこの人こんなに脂汗流してるんだろう。まるで、この先なにか一つでも間違ったら首を飛ばされるみたいな顔だ。
「聖女様のお名前をお聞かせ願えますでしょうか」
……あ、もしかして私の自己紹介待ちだったんじゃない!?恥ずかし!さっさと言ってよね!
「あ、はい、まェっ、」
「マェ?」
焦って自分の名前を口走ったところで、脳みそが待ったをかけてくる。
どうせここって魔法とかなんでもありな世界なんでしょ?じゃあ名前とかあんまり知られないほうがいいんじゃない?
だって名前ってなんかすごいんでしょ、魔法使いの子供がなんかいろいろすごくがんばる映画シリーズでラスボスの名前呼ぶとなんかこう……すごいことになるから呼ばないってフォロワーが言ってたぞ!ふわっとしか覚えてないけど!ってことは名前知られるとなんかすごいことになるってことだ私が!つまりここは偽名だ!
「マェです!私はマェ!」
苦しいか?ごまかせないかな!?
「マェ様、ですね。ご無礼を申し上げました。どうかお許しください」
「いえいえそんな」
溢れる謎聖女パワー使って魔王倒してこいだって。報酬とかないみたいですよ。それで、戻ってきたら王子様と結婚するのが慣わしとか言われちゃった。それがご褒美ってこと?名前覚えてないのに?え?てか王子はついてこないの?は?なんで?国のトップだからそんな危ないところには行かない?トップなのになにもしないの?嘘でしょ?
タダ働きでいま来たばかりの世界を救って、そんで帰ってきたらAIイラストみたいな外見の男と結婚?ご褒美みたいな空気出してるけど全然ご褒美になってないんですけど。
つまり帰れないの?見たところ魔法とかいうわけわからんパワーしかなくて電化製品ゼロっぽいこの世界でよく知らん男の子供産んで死ぬまで過ごせって?
ブラック企業も悲鳴を上げて燃えそうな契約内容じゃない?セクハラとかパワハラとか突き抜けて普通に人権ゼロじゃん。てかこれ次元越えた拉致事件じゃん。
どこに通報したらいいのこれ。いやできないか、怖すぎるだろ異世界。やだよインターネットないとか。てかまだ今期ドラマのラスト見てないんですけど!マコとヒロがめちゃくちゃいいところだったのに。続き見れないとか最悪じゃん…。読んでた漫画だって途中だしおすすめされた探偵アニメだってまだ追えてないし…。
ダメだ段々腹立ってきたんだけど。なんで私が帰れないんだよ。それもまだ学生なのになんで働かなきゃいけないんだよ。いや、給料発生しないんだからもっと最悪じゃん。なにもかもおかしいだろ。自分の都合で呼んでおいて返せませんとか。
絶対帰るし、それも帰ってきたら何日も経ってるとか無理すぎる。そこらへんもいい感じにしてもらう、絶対に。
「条件を果たしてくれるのなら、私も魔王を倒してきます」
血走った目でそう告げた。そちらから呼び出したのだから遠慮しない。そっちが条件を果たしてからじゃないと私は動かない。そう言うと周りの人はみんなざわついた。
文句ある?って睨みつけたらみんなの後ろにある壁からビシッと音がしてヒビが入ってる。多分私がやったっぽい。まぁ魔王倒せる人材らしいからそれくらいできるか?できるの?
みんな振り返った後でぶんぶん首を縦にしだした。イエスってことだよね、よかった。
「とりあえず今からイケメンを…あ、見目がいい人たちを集めてくださいよろしくお願いします」
そうやって集められたけど、うーん、いまいちこう…グッとくるものがないな。
護衛の人とかインテリ眼鏡とかチャラ男っぽい人とか乙女ゲームみたいなのがいっぱいいる。おお、サムライっぽい武士系な人もいるじゃん。すごいねなんでもありか。けど推しとは被る感じの人がいないんだよな…。
けど最低条件はクリアしてるし、それでいいか。
「えーと、じゃあ、王子様と全員恋人っていうか、王子様総受でお願いします。もちろん身体の関係もアリで。ドログチャなくんずほぐれつも大好きなんで、五人くらいいっぺんにアレコレするやつとかも見たいですよろしくお願いします」
「は…?」
神官の人がフリーズする。イケメンの顔が固まる。オタク用語でも意味は伝わるらしい。自動翻訳って便利だね。
返事を待ってるとようやく神官の人が泡を食うような勢いで激昂した。
「は、はしたない!聖女様とあろう方がなんということを口にされるのです!」
「そのはしたないことを私にさせようとしてんのはそこの人ですよね。誰も私の処遇に反対しないから、この場にいる人たちもそれでいいってことですよね。なら、代表たる国のトップが身をもってそれがどれだけの屈辱なのか体験してもらおうかなって。いいじゃないですか、その人は私と違って男でどんだけやられたって嫌いな男の赤ちゃん産むことはないんだし、血筋の正しさとか気にする必要もないんだからちょうどよかったですね!」
「き、きらいな、男…」
イケメンの顔がさぁっと青くなる。まさかだけど私に好かれてると思ってたの?
せいぜい顔がいいだけの、こっちを下に見てるのが隠しきれてない態度と、自国民どころかぜんぜん違う世界の人間拉致して奴隷以下の扱いをしてくることへなんの疑いも恥も持ってない最低な男をなんで好きになると思うんだろう。こちとら散々自由と親の愛を齧ってコンプライアンス意識高めの現代日本で育った人間だぞ。好きになるどころか軽蔑まっしぐらだよ。どんだけ自己肯定感高いんだよ。そりゃあ顔は良いけれど。でも私のタイプじゃないんだよね。彫りが深すぎてくどいと思う。二秒以上見ていたくない。
私から毎週の楽しみだったマコヒロを奪った罪は重いよ。この際、王子様はヒロに寄せて欲しい。髪も黒くしてもっとおどおどして伏せ目がちにして体ももっと細くして欲しいな。ヒロとかけ離れた顔してるけど雰囲気だけでも出してほしいんだよね。あ~マコヒロ見れなくなったの本当に最悪だし絶対許さない。
「ま、まこひろ、とは」
「え?なんで神官さんマコヒロ知ってるんですか?まさか腐男子?」
まさかの同志かと目を輝かせる。そう私は男性と男性がイチャイチャウフフしているのを見るのが大好きな女、いわゆる腐女子なのだ。思考が同じで性別が違えば腐男子だ。そして最近は私のような嗜好の輩に合わせた地上波ドラマをやっていて、そのドラマのメインカップルが誠と博、略してマコヒロに私はどっぷりハマっていたのだ。
SNSで毎日マコヒロを漁り、イラストや漫画や小説を食べてドラマの更新に身悶えるハッピーな日々。マコヒロは癒し。日々の潤い。マコヒロ最高。神官さんもマコヒロ信者なんだろうか。マコヒロの尊さは次元を超えて異世界でも崇められてるんですか?同志うれしい。仲良くしよ。
身を乗り出して握手しようとする私を押し留めて神官さんが目を白黒させる。
「ふだんし、とはなにか存じませんが、先ほどからマェ様が仰っていましたので…」
「ヤベェ独り言かましてましたかすみません」
いつからだよ。王子が「二秒以上見たくない顔…」って呟いて暗い空気を背負ってしまったのでわりとぜんぶ口に出ていたっぽい。まぁいいや開き直っちゃえ。
「じゃあさっさと始めてください。私からマコヒロを取り上げた挙句に魔王倒させて子供産ませようって言うんですから、それくらいいいですよね。王子様も体くらい張ってくださいよ。王って、国のトップってそう言うものでしょ。国の危機に真正面から立ち向かわなくてなにが王ですか、笑わせる。見てるだけなら子供でもできるのに。あ、王子様だけに背負わせるのは酷いですよね。ついでに王様にも見ててもらいましょうか。私はもう二度とマコヒロが拝めない上に五体満足で生きて帰ってこられるかどうかもわからないのに、王子様の、息子のケツの穴のひとつやふたつくらいどうと言うことはないですよね」
絶対この条件は譲らないから。準備できるまで私のこと呼ばないでくださいね。あ、なんなら準備するとこも見せてくれてもいいですけど。
そこまで言ったら神官と王子が倒れた。病気かと思ったけどどうやら感情が突き抜けて失神してしまったらしい。護衛の人たちも真っ赤になるのを通り越してドン引きしている。どうも女が口にするにはヒワイすぎる発言だったらしい。
そんなこと言ったって私に赤ちゃん作らせようって発言したんだからなにを今更って気がするけど。
宰相っぽい、賢そうなおじさんが「聖女様、お寛ぎできる場所までご案内致します」って進み出てきた。
マコヒロが存在しない、インターネットも見られない世界に寛げる場所なんてないけど。
わざわざ言わないけど、最初に自重しなかったのはそっちなんだからね。我ながらバカバカしい条件だと思うし、元いた世界でこんなどぎついセクハラなんてしない。そもそもそんな権力なんてなかったけど。
右に倣えでみんなに合わせるのが得意なお国柄の人間ですから、それとなく空気読むのはそりゃ得意だよ。
でも私ら初対面でしょ?それでずけずけ利用だけしようってのは、ふざけんなって話。それならこっちだって考えがある。誰が泣こうが困ろうが関係ない。私を尊重しない、便利な道具としか見ないこんな世界に迎合なんてしてやらない。腐った趣味全開でお前らを消費してやるから。まぁマコヒロには及ばないだろうけどさ。
聖女召喚を果たした後の議会は荒れに荒れた。もちろん、聖女から言い渡された条件についてである。
魔王を倒してこその聖女。異世界を渡る聖女の力は余人では御せない。なにせ、神の力を借りた執行人であり、つまりは神の代理なのだ。例え王族であっても人が抗える存在ではない。再召喚しようにも、『同じ時、同じ国に二人聖女が存在した事例はなく、また新たに招かれた聖女が同じ条件を出さない保証がない。また、そうしたとて、現在の聖女が出した条件が浮いたままでは意味がない。神に使わした聖女様を軽んじていると思われてしまう』と神殿側も忌避を示した。
そして、周辺国からの圧力。魔王の危険に晒されているのはこの国だけではない。しかし聖女召喚は国と国のパワーバランスに一石を投じる。世界を救った聖女を擁した国は神の加護を得たとして国力と共に発言力が高まるからだ。だからこそどの国も必死で聖女召喚の儀を行う。
が、同じ時代に聖女が招かれるのは一国だけ。聖女が降りた国は大教会に三日間巨大な光の柱が立つので隠し通せるものではない。なにを勿体ぶっているのださっさと聖女を旅出させんか、と連日のように諸外国から連絡が飛んでくる。もはやこれまでと貴族たちと王子を除く王族は断腸の思いで聖女を王子の寝室に招くべく予定を立て始める。国王は些事であると息子だけに任せて召喚の儀に付き添わなかった己を責め、貴族たちの前で自ら息子に頭を下げるほどであった。
果たして二年後、聖女は魔王を倒し、世界は平和を手に入れたのだった。
聖女を擁し、その栄光に浴するはずだった王国はその後、緩やかに国力を落とし続けて周辺国に併呑された。有力な次代が軒並み表舞台から消えたことが原因とされる。
聖女が旅立った後、王太子だった王子は心を病んだ。その側近も、騎士も、魔術師も神官もみな同じように心を病んだ。蟄居、幽閉などあったがいずれも彼らは子を成していない。優秀な血は紡がれず、傍系はあれども最善はなく、新たに次代を育てるには遅く、世代交代は失敗した。聖女が魔王を倒す旅より帰還した後、盛大な凱旋が王都で行われているが、その後の消息は判然としない。王家へと嫁いだとも、国の総力を挙げて元の世界へとお返ししたとも伝えられている。
聖女のいた世代、王族や高位貴族たちはなぜか揃って出生率が異常に低く、それもまた国力の低下や王家の求心力の低下にも繋がったとされる。
一説には聖女があまりにも美しく、その只人ならざる存在に近づいた者たちはひとり残らず心を狂わされたのだと時代の吟遊詩人は唄った。が、消えた王国史について研究する者たちは真実を知っている。あまりにも悍ましいので表立って公表はしないだけだった。その現役の彼らも真実を隠すことを選んだ。ただひとつ、聖女を召喚するには国ひとつ犠牲にする覚悟がなければ行ってはならないということだけを記して。
禁書扱いとなって閉架書庫に眠るかつての王国史にはただ真実が記されている。
聖女の齎した条件によって、王太子は自らの側近や神官から辱めを受けた。幼い頃から侍り、王子の心に寄り添ってきた側近たちは泣き喚き許しを乞う自分の主人を縛りつけて無理矢理体を暴くことを強要され、役に立つように獣の発情を促す薬を飲まされて三日、寝室に閉じ込められたのだ。また、その寝室には父である国王も同席していたという。
扉伝いに複数の啜り泣くような悲鳴や懺悔の籠った嗚咽に混じり、時折女の満足げな感嘆や囃し立てる声が聞こえるその部屋の前で護衛を務めた騎士たちもしばらく精神の安定を欠くほどの騒動になったとのことだった。
そうした惨事の結果、彼らは不具となり、廃嫡された。聖女の齎した条件の狙いは、立場や力の弱い女性が強いられる理不尽な性暴力への理解だとも、また神がかの国の存在を不要としたがゆえの行いとも言われているが研究者たちの議論は尽きない。
また、聖女がそれを見届けて言い残したと伝えられる一言についても謎が多く、未だにその解釈についても多くの研究者たちを悩ませている。あまりにも短く、しかし、内容を得ない言葉に偽史や創作ではないかと唱える研究者もいる。
が、近年発見された亡国の神殿に勤めていた聖女召喚に関わっていたとされる神官の日記にも聖女が発言したという内容に同じ言葉が見つかり、偽史でも創作でもないという見方のみが補強されることとなった。研究者たちが注目する聖女の発言、その禁書にはこう記されている。
「やっぱマコヒロしか勝たんわ」
終
41
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フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
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愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
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会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
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