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episode.42(2007/5/10)
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2007年5月10日
家に帰り着くと僕はそのままベッドに倒れ込み、意識はそこで途絶えた。自分の寝ている姿を見ていたわけではないが、きっと泥のように眠っていたことだろう。目が覚めたのは夕方のことだった。携帯電話を確認すると何度もさくらから着信があった。ある一定の時間に集中していたけれど、僕が出ないことで諦めたのだろう、最後にはメールを送ってきていた。
「朝美さんがいなくなっていました、起きたら連絡をください」
僕はそのメールを恐ろしく冷静に受け取っていた。なんとなくそんな予感がしていたからだ。昨日の様子、僕への態度。きっと僕の元には居たくなかったに違いない。車の中でもやんわりとした拒絶を感じていた。だからさくらに託したということもあったのだが、それでも長居すればまた僕が訪ねてくるかもしれない。僕には朝美に訊きたいことが山ほどあったし、朝美もそれを感じ取れないほど鈍感な女性ではなかった。
さくらに電話をすると、もう既に慌ててはいなかったけれど、電話に出るなり僕に向かって何度も謝ってきた。姿は見えないのだけれど、きっと何度も話ながら頭を下げているに違いない、という具合だった。僕はこうなることを予想していたことと、全く怒っていないことを伝えた。
「朝美の行く先に心当たりはあるかい」
僕が尋ねると、さくらは分からない、と答えた。
「けれど、帰りの新幹線のチケットは持っていました、だから露頭には迷っていないと思います」
僕はそこまで聞くと、昨日のお礼を言い電話を切った。詳しい話は明日のアルバイトの時に話そう、ということになった。その次に僕は朝美の実家に連絡を入れた。電話では朝美の母が正気を保てないというような震えた声で対応してくれた。僕が話しかけようとするなり、
「朝美が、朝美がいなくなってしまったんです!」
と僕に叫んで来る。ここで僕はやはり新幹線のチケットは母親が用意したものではなく、誰かが用意したものであることを確信した。僕は母親に朝美と昨日の夜中に東京で会ってしまったこと。しかし、その後またいなくなってしまったことを伝えた。
「どうして東京に!」
母親は困惑しっぱなしであった。新幹線で来たようだ、と伝えても全く心当たりがない、と言う。どこに行ってしまったのか、と心配する母親に僕は帰りの新幹線のチケットを持っていた、ということを伝えた。いなくなったのは昨日で、朝になっても戻らないため、警察に届けを出そうとしていたところだったらしい。警察に届けるかどうかを相談されたが、
「帰りのチケットを持っているということは帰る意志があるんだと思います。今日明日になっても帰ってこなければ警察に届けを出した方が良いかもしれません」
とだけ言っておいた。母親もそれで納得していたし、帰ってきたら僕に連絡をしてくれるという。それで電話は終わった。
2人の電話が終わると、僕は改めてベッドに横になる。見慣れた天井がカーテンから漏れる夕焼けで褐色に染まっていく。朝美はどうしてあの場所にいたのだろうか。というよりも誰に仕向けられていたのだろう。僕はぼんやりとこれまで朝美や朝美母に連絡をしていた人間の存在を思い起こしていた。どうして朝美が記憶をなくしているのを知っていたのか、そんな朝美を振り回して何の得になるというのか、分からないことはたくさんあった。まだ起きて1時間も経っていない頭には複雑な思考は無理だった。さまざまな何故が交錯していく中、僕は自分の頭がぐらぐらと揺れていくのを感じた。横たわるベッドが波を立てて僕を大きな波へと包んでいく。何かに包まれて温かさを感じる、僕にはもうずっと無い感覚、僕がずっと待ち望んでいた感覚。朝美との物語は一体何処へ進んでいくのだろう。僕はただ朝美とわかり合いたいだけだった。朝美の心に包まれていたかっただけだった。
大きなうねりは僕を波の底へと沈んでいく。思考はかろうじて僕をベッドに留めている。僕はもう考えることを止めた。考えるよりも波に身を任せていた方が楽だった、優しかった。僕はその抵抗を止め、そのまま思考の奥へと沈んでいった。
家に帰り着くと僕はそのままベッドに倒れ込み、意識はそこで途絶えた。自分の寝ている姿を見ていたわけではないが、きっと泥のように眠っていたことだろう。目が覚めたのは夕方のことだった。携帯電話を確認すると何度もさくらから着信があった。ある一定の時間に集中していたけれど、僕が出ないことで諦めたのだろう、最後にはメールを送ってきていた。
「朝美さんがいなくなっていました、起きたら連絡をください」
僕はそのメールを恐ろしく冷静に受け取っていた。なんとなくそんな予感がしていたからだ。昨日の様子、僕への態度。きっと僕の元には居たくなかったに違いない。車の中でもやんわりとした拒絶を感じていた。だからさくらに託したということもあったのだが、それでも長居すればまた僕が訪ねてくるかもしれない。僕には朝美に訊きたいことが山ほどあったし、朝美もそれを感じ取れないほど鈍感な女性ではなかった。
さくらに電話をすると、もう既に慌ててはいなかったけれど、電話に出るなり僕に向かって何度も謝ってきた。姿は見えないのだけれど、きっと何度も話ながら頭を下げているに違いない、という具合だった。僕はこうなることを予想していたことと、全く怒っていないことを伝えた。
「朝美の行く先に心当たりはあるかい」
僕が尋ねると、さくらは分からない、と答えた。
「けれど、帰りの新幹線のチケットは持っていました、だから露頭には迷っていないと思います」
僕はそこまで聞くと、昨日のお礼を言い電話を切った。詳しい話は明日のアルバイトの時に話そう、ということになった。その次に僕は朝美の実家に連絡を入れた。電話では朝美の母が正気を保てないというような震えた声で対応してくれた。僕が話しかけようとするなり、
「朝美が、朝美がいなくなってしまったんです!」
と僕に叫んで来る。ここで僕はやはり新幹線のチケットは母親が用意したものではなく、誰かが用意したものであることを確信した。僕は母親に朝美と昨日の夜中に東京で会ってしまったこと。しかし、その後またいなくなってしまったことを伝えた。
「どうして東京に!」
母親は困惑しっぱなしであった。新幹線で来たようだ、と伝えても全く心当たりがない、と言う。どこに行ってしまったのか、と心配する母親に僕は帰りの新幹線のチケットを持っていた、ということを伝えた。いなくなったのは昨日で、朝になっても戻らないため、警察に届けを出そうとしていたところだったらしい。警察に届けるかどうかを相談されたが、
「帰りのチケットを持っているということは帰る意志があるんだと思います。今日明日になっても帰ってこなければ警察に届けを出した方が良いかもしれません」
とだけ言っておいた。母親もそれで納得していたし、帰ってきたら僕に連絡をしてくれるという。それで電話は終わった。
2人の電話が終わると、僕は改めてベッドに横になる。見慣れた天井がカーテンから漏れる夕焼けで褐色に染まっていく。朝美はどうしてあの場所にいたのだろうか。というよりも誰に仕向けられていたのだろう。僕はぼんやりとこれまで朝美や朝美母に連絡をしていた人間の存在を思い起こしていた。どうして朝美が記憶をなくしているのを知っていたのか、そんな朝美を振り回して何の得になるというのか、分からないことはたくさんあった。まだ起きて1時間も経っていない頭には複雑な思考は無理だった。さまざまな何故が交錯していく中、僕は自分の頭がぐらぐらと揺れていくのを感じた。横たわるベッドが波を立てて僕を大きな波へと包んでいく。何かに包まれて温かさを感じる、僕にはもうずっと無い感覚、僕がずっと待ち望んでいた感覚。朝美との物語は一体何処へ進んでいくのだろう。僕はただ朝美とわかり合いたいだけだった。朝美の心に包まれていたかっただけだった。
大きなうねりは僕を波の底へと沈んでいく。思考はかろうじて僕をベッドに留めている。僕はもう考えることを止めた。考えるよりも波に身を任せていた方が楽だった、優しかった。僕はその抵抗を止め、そのまま思考の奥へと沈んでいった。
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