ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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サルバトラ

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「ブルド、バリスを呼んでくれ」

 ブルドはうなずくと、すぐにバリスを呼んできた。

「お呼びですか」

 騎兵隊長のバリスは無精髭を生やした男で無骨な顔をしており、いかにも武人といった雰囲気を持っている。背丈は龍司よりも少し低いくらいだが、小男が多いこの世界ではずば抜けて逞しい。

 その体に相応しく、武闘派で高い戦闘力をもっているが中々の切れ者でもあり、同時に戦況に応じて都度戦略を立て直す能力は中々のものだ。龍司がその能力を買って取り立てた男であり、そのためか龍司に忠実だ。

「王を丁重にもてなしてくれ。勿論、兵士達もだ。あの状況でも逃げ出さなかった忠実な兵士達だ。敵にすると面倒だろうが反面、王がこちらにいればおかしな考えは起こさないだろう。ただし、武器は針一本たりとも持たせるな。指揮系統を確立させないために階級ごとにまとめて収容して、交流ができないように各グループは離して収監してくれ。目を光らせてしっかりと見張るように」

「はい」

 戦力でいえばオスカーの軍の方が圧倒的に上だ。飯を食い、力を付けて結束されれば龍司達はひとたまりもないだろう。それを考えるとやはり今のうちに処刑した方がいいのかもしれない。龍司の頭の中を様々な考えが流れていく。

 いや、何よりも大切なのは己が生き残って律に会うことだ。己だけでも生き残ることだ。国盗りは一応達成できたのでこれ以上この国に義理はない。ディン族がどうなろうとも関係ないのだ。龍司は自身にそう言い聞かせた。

 龍司はテーブルに投げられたバイベルの首の乱れた髪の毛をそっと撫で整えると、ブルドに龍司のマントを持ってこさせ丁寧に包み込んだ。

「バリス、彼は本当にスパイだったのか」

「そう聞いていますが、詳細はわかりません」

 バリスが言葉を濁す。憶測で話さないのは好感がもてる。

「なぜ彼がスパイだと確信した?」

 龍司はセファの方を見る。

「自白しました。そもそも、バイベルはエリンに洗脳されていますから、たとえ味方になっても信用はできないでしょう」

 バイベルになったタルミニア人の何人かが炎軍に加わっているが、そもそもバイベルは、エリンで教育を受け洗脳された人間だ。内通していないなどとは龍司だって思ってはない。それでも、バイベルを迎え入れているのは龍司なりの考えがあってのことなのだ。それはセファだってわかっているはずだ。

「拷問でか? 恐怖や痛みは真実を隠す。特に罪を認めさせる手段としては悪手だ」

「エリンへの手紙も持っていた」

「その手紙は本当に彼のものか。誰かが仕込んだのかもしれない。検証しなければ状況証拠にしかならないんだぞ」

「不安の芽は早いうちに摘まなければなりません」

「不安の芽? ふざけるな。お前は苛ついたから適当に一人を選んだだけだろ。エリンへの怒りを無力なバイベルにぶつけた」

「随分とバイベルの肩を……」

「黙れ。バイベルが裏切ることは想定内だっただろ。それでも受け入れたのは今後を考えてのことだ。教育を施されたバイベルの力は政権を確立した後に必ず役に立つ。それ以上に、タルミニアの子を母親の元に戻すのがこの戦いの目的の一つだ。だからバイベルが安心して戻って来れるように無条件で受け入れると決めただろう。お前がやったことで築き上げてきたものが一瞬で消え失せたんだ。お前は賢いが、これ以上なく愚かだ。いつかその激情で身を滅ぼすぞ」

 セファは顔色を変えずに「承知しています」とだけ答えた。龍司だってわかっている。この男はそんなこと理解しているのだ。理解した上でやっている。もしかすると怒りや瞬間的に湧き出た衝動と向き合いながら、あえてそれを選択しているのかもしれない。

 そしてそんなセファの破壊衝動や熱情は龍司の中にも確かに存在している。環境や生き方が違うだけで、もし龍司がこの世界に生まれていれば同じようになっていたかもしれない。しかし、だからといって何でも許せるわけではない。

「どちらにしろルールを破った。喧嘩や報復は目を瞑ってきたがこれは駄目だ。見逃せない。これは個人の話ではなく組織の話だ。上にいる人間ほど秩序を守る必要がある。特に炎軍のような烏合の衆が崩れるのは一瞬だ。ただの盗賊集団を規律で縛り付けているんだからな。昔の方が良かったという人間は沢山いるんだから隙を見せれば皆好き勝手にやり始めるぞ」

「はい」

「では、追放か、左腕か、好きな方を選べ」

「え……?」

 ブルドが驚いた声を出し何か言おうとしたがセファはそれを制して龍司の顔を睨み付けてきた。こんな顔をするのは珍しい。

「随分と簡単におっしゃる。さすがサルバトラ。だが、貴方に私の憎しみは理解できない」

「あぁお前の考えなんてわかるわけない。生き方どころか本当の意味で違う世界の人間なんだ。考え方が根本的に違う。だが、憎しみの理由なんてものにはどの世界の人間でも大した違いはない。誇りを奪われ、大切な弟を奪われたからこそ憎んでいる」

「大切な家族で大切な弟だった。家族や同胞以上に大切なものなどはありませんからね」

「では、なぜ想像できなかった。お前が殺したバイベルもお前の弟と同じ立場だった。洗脳され拷問されて殺されるのはお前の弟だったのかもしれない。彼の母親は、子を奪われ蹂躙された上に、その子を同胞に殺された。その嘆きは計り知れないだろう。それだけじゃない。この後、このツケを払うのはお前ではなく大切な弟になるのかもしれないんだぞ」

 それも今更な話だ。セファも龍司も死体の山を築き、数え切れないほどの恨みを買ってきた。それでも、秩序という名目の外で殺しを行うのは許されない。それは最低限のルールだ。幼い頃から暴力と欲望と愚かな人間ばかりを見てきた龍司だからこそ知っている。

 セファは少し目を見開いた後、頭を下げた。

「腕を」

 セファの言葉に、龍司はうなずくとブルドを見る。

「腕の良い職人に首と体をつけさせてエンバーミングしてくれ。出来うる限り綺麗な状態にしてセファの腕と一緒に家族の元に。遺体は丁重に扱え。十分な見舞金も頼む」

「はい」

 命令を破ったセファを処刑するのがベストだろう。だが、セファはまだ失えない。それに実質ディン族の長であるセファの一族を敵に回すのは愚策だ。 いや、龍司には殺すだけの度胸がないというのが正しいだろう。セファのことは信頼していないし好きではないが、長く一緒にいた分、情はある。きっと龍司の父親であれば迷わず殺すだろうが、龍司にはそこまでの冷酷さがなかった。こんなときはそんな自分が不甲斐なく思えてくる。

 しかし、それと同時に律の恥ずかしそうな笑顔を思い出す。龍司はそのままでいい。龍司のやり方でやればいい。俺は龍司の優しいところが好きだといってくれた。本当の龍司は優しくもないし、欲望でいっぱいだというのに、そんなことには気付かず無邪気に笑うのだ。

「百戦百勝は善の善なるものにあらず、だよ。戦って勝つより戦わずに勝つ方が凄いんだ。龍司はきっと、敵も味方も傷つけない経営者になるよ。お父さんとは別の人間なんだ。それでいいよ」

「組長になる」とは言わなかった。龍司がその世界を嫌がっていると知っていたからだ。ならばこのままでいい。律の望んでいるような人間になりたい。本当は臆病で、だからこそ周り全てを傷つけないと安心できない人間だというのにだ。

「オスカー王、セファが左腕を切り落としたら、その傷口を癒やしてほしい」

「俺がこの野蛮な男を治すのか?」

「五千の兵士の食費と考えれば安いでしょう」

 セファはその言葉に舌打ちをする。

「必要ありませんよ。敵からの憐れみはいりません。私の憎しみは左腕一つじゃ足りない」

「お前の憎しみなどどうでもいい。お前が死んだら困るのは俺であり、一族であり、決起した仲間達だ。お前の命はもうお前だけの物じゃない。それを理解できないお前に苛つく」

 セファは少し驚いた顔をした後、口元を上げて笑う。

「その言葉、そのままお返ししますよ。我らが救世主サルバトラ

 龍司は鼻で笑うと、もう一度オスカーの顔を見る。

「律もきっと、それを望むでしょう」

「リツ? その名を出せば俺が従うとでも?」

「えぇ」

「なぜ律はお前のような男を……」

 オスカーは忌々しげに呟くと、渋々といったようにうなずいた。
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