ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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サルバトラ

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 龍司は椅子に座ると部屋の隅で固まっているブルドに声をかけ、ワインを注いでもらう。ブルドは龍司の剣幕に威圧されたのか手が震えていたが、軽く笑いかけるとようやくほっとした顔をした。

 しばらく沈黙が続いた。龍司はオスカーが発言するのをじっと待つ。待つのは嫌いな性格だが、仕事ならば頭を切り替えビジネスマンとして最良の道を選択できた。これだって仕事と同じことだ。

「俺はリツを人柱にするつもりはない。何不自由なく大切にするつもりだ」

 初めに発言する言葉は何かと思っていたが、この言葉は意外だった。声に嘘は見えない。ここに来てからずっと懐疑心に溢れていただろう男が見せた、初めての誠意だ。

 くそ。こいつはリツに対して特別な感情がある。

 龍司はオスカーの表情、口調からそれを読み取った。今までそういった人間は律から離し、ときには排除してきたのだが今回はそうはいかないだろう。オスカーの感情は律にとっても龍司にとってもプラスになるはずだと自身を押し込めた。

「監禁されて幸せになるとでも思っているのか。そもそも、ガイアとはなんだ。リツはなんのために呼ばれた」

 龍司はこの世界に呼ばれたのではなく、律のおまけにすぎないはずだ。だが、龍司は律が召喚されたのとは別の場所であるディン族の神殿に行き着いてしまった。

 龍司がディン族の救世主だからこそ神殿についたとセファは言う。そもそも、そうでなければ、呼ばれてもいないのに空間を渡ってくることなど不可能なことらしい。

 ディン族の経典であるカラムには、異世界から救世主が現れると記されているため、突然現れた龍司を救世主と考えたのだろう。現に龍司はアンティカ語を理解し、この世界にきてからは物質の構成を見るだけではなく、化学反応をさせることまでできるようになった。

 幼い頃から見ていた夢もその事実を裏付けるのに十分だったが、それでも龍司はこんな役割は望んでなどいない。律と一緒に違う世界に行きたいとは思ってはいたが、律に危険な目や不自由な思いをさせることなど、到底望んではいなかった。律と離れるのは、それがたとえ天国だろうと龍司にとっては地獄と一緒だ。

 だから龍司はこの世界に来た瞬間から律を探した。こんな世界で律が一人でいると考えるだけで気が狂いそうだった。

 幸いと言うべきかどうかはわからないが、律の居場所はすぐにわかった。セファの間諜からの情報だ。セファは方々に間諜を放っており、それをカラスと呼んでいる。

 カラスは律が碧のガイアとして監禁されていると言う。碧のガイアについては詳しくはわからないが、ようは生贄のことだとセファは教えてくれた。三百年前のミリナ大戦は碧のガイアをさらおうとした皇帝によって起こされたというのもそのときに知った。碧のガイアは皇帝の恋人だったらしい。それは一部のディン族だけが知っている話だ。

 龍司はどうやって律を連れ出すかを考えたが、右も左もわからぬ地ではどうにもならない。空に浮かぶ宮殿に潜入して律を連れ出すことはほとんど不可能だ。それはセファに言われなくても理解できた。結局龍司は、ディン族のサルバトラになる代わりに、律の情報を貰い、律を助け出すことを約束させた。

 もっとも龍司はセファを完全に信じてはいない。何しろセファはディン族と家族が一番大事で、それ以外はどうでもいいという男だ。律の情報だってどこまで本当かはわからなかったが、この世界に来たばかりの龍司にカラスを持つことはできなかったので、セファの言葉に甘んじるしかなかった。

 それに、セファがもう一度ミリナ大戦を起こそうとしていることはわかった。

 碧のガイアをサルバトラに返す。それはセファにとってはどうでもいいことだろうが、ディン族の進軍をもっともらしくするためにはこれ以上ない大義名分なので、セファはそれを利用してエリン国と戦争を起こすつもりだ。だが、タルミニアを取り返せればそれでいいと考えている首脳陣が多いため、エリン国に攻め入るとまで考える過激派は少なかった。

 龍司もセファの考えには反対だ。戦争には金も人手も物資もいる。そこまでの体力は今のタルミニアにはない。もしあるとしても、ランドパワーの大国に陸路で攻め入るのは勝算は少ないだろう。ただでさせ守るよりも攻める方が不利なのだ。

 だから龍司はオスカーと同盟を結ぼうとしていた。律をまれびととして迎えたセドリック王とは違い、協会派は律を疎ましく思っているようなので、政権が変わったことはこれ以上ない凶報だろう。だが、この状況は龍司にとって千載一遇のチャンスだ。
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