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サルバトラ
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「この世界は随分と野蛮で驚いていますよ。捕虜を生かすなんて考えは毛頭ないようだ。今頃部下達は、誰が一番残酷で屈辱的な処刑方法を提案できるか競っていることでしょうね。処刑も娯楽の一つにすぎないようで困っています」
オスカーは龍司の脅しの言葉にも怯える様子はなかった。賢く高貴な生まれで肝も据わっている。通常であれば賞賛を送っているだろうが、だからこそこんな男が律の隣にいたのだと思うと苛立ちが増すだけだ。まさか、律に手を出してはいないだろうなと聞きたかったが、それはあまりにもみっともなくてぐっと堪えた。
「それにしても、貴方の動きは見事でした。その才能をなくすのは惜しい気もしますよ」
龍司の率いる援軍は地方を制覇していったが、それらは中央やエリン国からの影響がない地区であり、歴史的にもディン族に属しやすい地域であったからだ。
だが、首都となると違う。エリン国に訓練された兵士が多数常駐しており城の守備も固い。炎軍はそれなりに大きくなっていたが、正面切ってタルミニア軍と戦えるほどの戦力はなく、龍司は首都に攻め込むのはもう少し先だと考えていた。だが、エリン国軍の進軍が決定されたとカラスから報告された龍司は悩んだ結果、首都クレタラに進軍を決めたのだった。
結局戦争は数がものを言う。タルミニア軍だけならまだしも、エリン国の軍隊を敵に回せば勝てる可能性はゼロに近かった。エリン国が攻め込んでくる前に首都を落とさなければ勝機を逃がすだろう。堅実に勝ちを重ねていった龍司であったが、一世一代の賭けに出るしかなかった。
それは炎軍のためでも、ディン族の復活のためでもない。律に会うためだ。エリン国で監禁されている律に会うためには力が必要だった。外交か救出か支配か、どの方法で律を取り返すかはまだわからないが、どれを選択するにしてももっと力がいるのだ。ここで引いたら律と会うことはできなくなるのは確実だろう。龍司にとっては律に会えないのは死ぬのと同等であり、自分は勿論、たとえ幾人もの命を賭ける行為だとしても躊躇はしなかった。
幸い、幹部達は賛同してくれた。もっとも彼らは情熱に溢れた好戦家なので、名誉のためといえば説得は簡単だ。問題は合理的な考えをするセフィであったが、セフィもここが勝負時だと理解していたのか賛成した。
首都に攻め入る作戦は前々から練ってはいた。クレタラへの陸路には山がはだかり、狭い陸路が続く。地形的にも高台から狙い撃つにされやすかったので、陸から攻めることはせず海路を使って北に回り、マホカ湾から攻める作戦を立てていた。
タルミニアの北にあるマホカ湾はタルミニア国とエリン国に囲まれた縁海であり大海に繋がる海路は狭いため、エリン国とタルミニア国から挟み撃ちにされやすい。そのうえ海岸線は遠浅であり、貿易風の影響から海岸にも入りにくい。そんな海岸に軍艦を乗り入れる馬鹿はいなかった。
だからこそ龍司は、マホカ湾から陸に入り森を抜けてクレタラへ進むことにした。長い支配によって牙を抜かれたディン族の人間は忘れてしまっていたが、タルミニアはシーパワーの国であり、戦い方は忘れていても海洋術に長けていたのだ。剣を手放してもその文化は受け継がれている。素早く、敵に気付かれぬままマホカ湾に入れるだろうと踏んでいた。
龍司はこの日を見据えて船を用意し、綿密に作戦を練っていた。作戦を打ち明けたのは参謀のセファのみだ。セファは腹に一物どころか、黒いヘドロで内臓が埋もれているような人間であったが、頭脳と勝利に対する執念は信頼できた。この準備があったからこそ、セファも進軍を賛成したのだろう。
慎重に計画を進めていたので敵にも味方に情報は漏れていなかったはずだった。だが、出航直前にマホカ湾を見下ろす丘にエリン国軍が迫っているとの報がもたらされた。恐らく、オスカーが戦局を読んだのだ。その知らせがあと半日遅ければ、大敗しただろう。
艦は少数精鋭だ。城にダイナマイトをセットして爆破さえできればいいので、目立たずに秘密裏に攻め入ることが先決だった。大軍に見つかり攻め込まれれば一瞬で壊滅するだろう。
龍司は急遽本隊の船の進路を変えるのと同時に囮の船をマホカ湾に向かわせた。エリン軍の足止めをできるのはかえって都合がよかった。
炎軍の本隊は西の海岸線から上陸して攻め入った。兵士が駐屯している地域であったので戦闘は免れなかったが、戦線を突破し城を爆破させ占拠することができたのだ。
その後、籠城しながらエリン国軍をマホカ湾と城から兵糧攻めにした。クーデターが起こったために、エリン国は残りの軍をマホカ湾に派遣しなかったのでその作戦がとれた。神が味方したとセファは言ったが戦局と政局を読み切った龍司の勝利だろう。
オスカーは龍司の脅しの言葉にも怯える様子はなかった。賢く高貴な生まれで肝も据わっている。通常であれば賞賛を送っているだろうが、だからこそこんな男が律の隣にいたのだと思うと苛立ちが増すだけだ。まさか、律に手を出してはいないだろうなと聞きたかったが、それはあまりにもみっともなくてぐっと堪えた。
「それにしても、貴方の動きは見事でした。その才能をなくすのは惜しい気もしますよ」
龍司の率いる援軍は地方を制覇していったが、それらは中央やエリン国からの影響がない地区であり、歴史的にもディン族に属しやすい地域であったからだ。
だが、首都となると違う。エリン国に訓練された兵士が多数常駐しており城の守備も固い。炎軍はそれなりに大きくなっていたが、正面切ってタルミニア軍と戦えるほどの戦力はなく、龍司は首都に攻め込むのはもう少し先だと考えていた。だが、エリン国軍の進軍が決定されたとカラスから報告された龍司は悩んだ結果、首都クレタラに進軍を決めたのだった。
結局戦争は数がものを言う。タルミニア軍だけならまだしも、エリン国の軍隊を敵に回せば勝てる可能性はゼロに近かった。エリン国が攻め込んでくる前に首都を落とさなければ勝機を逃がすだろう。堅実に勝ちを重ねていった龍司であったが、一世一代の賭けに出るしかなかった。
それは炎軍のためでも、ディン族の復活のためでもない。律に会うためだ。エリン国で監禁されている律に会うためには力が必要だった。外交か救出か支配か、どの方法で律を取り返すかはまだわからないが、どれを選択するにしてももっと力がいるのだ。ここで引いたら律と会うことはできなくなるのは確実だろう。龍司にとっては律に会えないのは死ぬのと同等であり、自分は勿論、たとえ幾人もの命を賭ける行為だとしても躊躇はしなかった。
幸い、幹部達は賛同してくれた。もっとも彼らは情熱に溢れた好戦家なので、名誉のためといえば説得は簡単だ。問題は合理的な考えをするセフィであったが、セフィもここが勝負時だと理解していたのか賛成した。
首都に攻め入る作戦は前々から練ってはいた。クレタラへの陸路には山がはだかり、狭い陸路が続く。地形的にも高台から狙い撃つにされやすかったので、陸から攻めることはせず海路を使って北に回り、マホカ湾から攻める作戦を立てていた。
タルミニアの北にあるマホカ湾はタルミニア国とエリン国に囲まれた縁海であり大海に繋がる海路は狭いため、エリン国とタルミニア国から挟み撃ちにされやすい。そのうえ海岸線は遠浅であり、貿易風の影響から海岸にも入りにくい。そんな海岸に軍艦を乗り入れる馬鹿はいなかった。
だからこそ龍司は、マホカ湾から陸に入り森を抜けてクレタラへ進むことにした。長い支配によって牙を抜かれたディン族の人間は忘れてしまっていたが、タルミニアはシーパワーの国であり、戦い方は忘れていても海洋術に長けていたのだ。剣を手放してもその文化は受け継がれている。素早く、敵に気付かれぬままマホカ湾に入れるだろうと踏んでいた。
龍司はこの日を見据えて船を用意し、綿密に作戦を練っていた。作戦を打ち明けたのは参謀のセファのみだ。セファは腹に一物どころか、黒いヘドロで内臓が埋もれているような人間であったが、頭脳と勝利に対する執念は信頼できた。この準備があったからこそ、セファも進軍を賛成したのだろう。
慎重に計画を進めていたので敵にも味方に情報は漏れていなかったはずだった。だが、出航直前にマホカ湾を見下ろす丘にエリン国軍が迫っているとの報がもたらされた。恐らく、オスカーが戦局を読んだのだ。その知らせがあと半日遅ければ、大敗しただろう。
艦は少数精鋭だ。城にダイナマイトをセットして爆破さえできればいいので、目立たずに秘密裏に攻め入ることが先決だった。大軍に見つかり攻め込まれれば一瞬で壊滅するだろう。
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炎軍の本隊は西の海岸線から上陸して攻め入った。兵士が駐屯している地域であったので戦闘は免れなかったが、戦線を突破し城を爆破させ占拠することができたのだ。
その後、籠城しながらエリン国軍をマホカ湾と城から兵糧攻めにした。クーデターが起こったために、エリン国は残りの軍をマホカ湾に派遣しなかったのでその作戦がとれた。神が味方したとセファは言ったが戦局と政局を読み切った龍司の勝利だろう。
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