ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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異世界

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 そんな臆病で大人しい律だったが、一度だけ体を張って龍司を助けようとしたことがあった。

 中学校から帰るのに二人で道を歩いていると、人通りの少ない道で急に一台のバンが二人の隣に停まった。龍司は瞬時に危険を察知して律の体を押しのけると「走れ!」と怒鳴った。

 案の定バンからは男が三人出てくる。龍司は幼いときから護身術や格闘技を習っていたが、それでも大人の男三人にかなうはずはない。初めてのトラブルに体がうまく動かなかったというのもある。龍司はあっという間にバンの中に引きずり込まれた。

 律は無事か。逃げないとまずい。どうすればいいのか頭が回らない。

 とにかく混乱していた龍司が目にしたのは、フロントガラスにしがみつく律の姿だった。

「律!」

 龍司は驚愕するのと同時に、恐怖に身を震わせた。自分が誘拐された恐怖よりも、律が死んでしまうのではないかという恐怖の方が強く、震えが背中を駆け上っていく。

 律は必死にフロントガラスにしがみついて何かを叫んでいるが、ただでさえ鈍い律がアクション映画のようなことができるわけはなく、すぐに律は振り落とされた。

 その後のことはあまり記憶にない。相手のナイフを奪い、三人を刺し車から飛び降りた時には人が集まっており、バンはさっさと去ってしまった。龍司は体をしこたま打ち、律と同じ病院に運ばれた。

「なんであんなことしたんだよ!」

 レントゲン室の待合椅子で待っているときに、思わず龍司は律に怒鳴りつけた。律は体をビクリとさせて目を伏せる。

「ご、ごめん。そんなに怒んないで」

「怒ってない。怒ってるけど、でも、それよりも律が心配だよ。死んだらどうするんだよ」

「俺だってあんなことしたくなかったけど、でも、頭が真っ白になって体が勝手に動いていた。本当は凄く怖くて、逃げたかったのに、それなのに体が言うこときかなかった……」

 言うことをきかなくて体が動かないのならわかるが、律はそれと反対のことを言う。何を言っているのだと視線をすっと落とすと、膝の上に置かれた律の手が小刻みに震えていた。

「律」

 律の手を握ると、その手は冷え切っている。龍司は更に強くその手を握った。

 普段は臆病なのに危機的状態になると人を助けてしまうような人間がいる。彼らは何も好き好んで助けるわけではなく、恐怖にかられながらも他人を助けずにはいられない人間なだけだという。

 人間は咄嗟のときに本性が出る。それは訓練や教育で変えることはできるかもしれないが、大体は生まれ持っての性質だと本で読んだことがあり、それが本当ならば恐らく律はそういった人種なのだろう。

「怒鳴ってごめん」

 律の体をぎゅっと抱きしめると、律は急に怖くなったのかしゃくりあげて泣き始めた。そんな律が愛おしくて、だけど凄く怖くて、感情が追いつかずに腕に力を込める。いくら抱きしめても足りない。このまま抱き壊してしまいたかった。

「お前って鈍いし、弱いし、俺が守ってやらないとって思ってたけど、ちゃんと男だったんだな。すげぇよ」

 そんな思いを逃がすように軽口を叩く。

「なにそれ。俺のことそんな風に思ってたの。ひどくない?」

 律がムッとした声を出すのに龍司は笑った。

「中学生にもなって泣いてんじゃん」

「それは……」

 からかうように言って体を離すと、律は唇をギュッと閉じて涙を止めようとしていた。真っ赤な顔は涙と鼻水でグシャグシャなのに、小鳥のように可愛らしい。こんな可愛い人間が他にいるだろうか。

 いや、違う。可愛いだけではない。律は強いのだ。

 龍司は先ほどの恐怖の意味に気が付いて眉を寄せる。律はきっと、何をどう言っても龍司が危険になったら体を張って助けようとするだろう。それは性質なので変えられない。

 たとえば龍司が普通の家庭で育った普通の子どもであればよかったが、不幸なことに龍司はそうではない。自分と一緒にいたらいつか律は大きな怪我をしたり、最悪死んでしまうのではないかと思った。

 この一件で龍司はますます律に夢中になったが、それと同時にずっと一緒にはいられないという現実を突き付けられていた。龍司はまだ子どもだからいいが、大人になって、父親と同じ道を歩むようになれば離れなければならないだろう。

 それを確信したのは、誘拐犯の切り取られた舌と目玉を見たときだった。龍司の父親はわざとそれを龍司に見せた。それは龍司の肝胆と素質を見極めるためと、極道の世界から逃げられなくするためだろう。

 その後も父親は度々そういった行為をした。残忍な犯罪を目の前で見せることもあった。直接龍司に犯罪を犯させることはしなかったが、それは親心からではなく罪を軽くするための保身だ。

 もし龍司がそれに嫌悪感を示し反抗したり、精神に異常をきたしたりしたら、父親は簡単に龍司を切り捨てただろう。父親はそういう男であり、また残忍な行為にもすぐに慣れた龍司もそういう男だった。どこまでも純粋な律と一緒にいられるわけはない。それでも龍司は律のそばに居続けた。それは龍司のエゴでしかなかった。
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