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碧のガイア

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 来た道を戻っていくと馬の蹄の音が近づいてくる。もうすぐだと思っていると、木の陰から馬が十頭ほど現れた。

 馬には鎧を来た男が乗っている。城で見たような立派な鎧ではなく、錆びた鉄の鎧だ。無精髭に乱れた髪。正規兵でないのは見てわかる。

「こいつが碧のガイアってやつか?」

「小汚いガキじゃねぇか」

 男達がニヤニヤと笑って剣に手をかけた。

 馬ってこんなに大きかったっけ。怖くて足が震える。「はい」と言いたかったが声が掠れてしまい、うなずくことしかできなかった。

「ん? あいつは?」

 男達が視線を律の後ろにやるのに、律も振り返る。向こうからはジェムが走ってきた。

「私が碧のガイアです!」

 息を切らせたジェムは律の隣に立つと、そう言って叫んだ。

「ジェム!」

 男達は二人の顔を見比べてきた。

「二人とも黒髪だ。どっちだ?」

「よく肥えてやがる。良い物食ってるみたいだからこいつか?」

「面倒だから二人とも連れていくか」

「馬鹿。食糧が勿体ねぇ。それに顔はガキだが背は高いと聞いている。豚は外れだ」

 ブルネットの髪に、もみあげまでみっちりと髭が生えている汚らしい顔の男が馬から降りてくると、律の腰を見て手を伸ばしてくる。後ずさったが素早く腰に挿しているダガーを取られてしまった。

「ほら、王家の紋章だ。こいつが碧のガイアだ」

 男はニヤニヤ笑いながら言う。ゴリラが笑うとこんな感じなのだろうかと思っていると、男は素早く剣を抜いてジェムの腹に突き挿した。

「ジェム!」

「リツさ……」

 ジェムがその場に崩れ落ちた。律は大声で叫びながらしゃがみ込んでジェムの背中を撫でた。

「ジェム! ジェム! しっかりして。ジェム!」

「ほら行くぞ」

「なんで! ふざけんな!」

 手を振り払い懸命に暴れるが、押さえつけられて両手を縛られてしまう。それでも暴れ、噛みつき、大声で罵倒した。

「お前以外は殺せって命令だ。大人しくしないと足を切り取るぞ。生きてさえいればいいって言われているからな」

「切れよ! 足を切ったら生存率はどれくらいだ! 糞野郎に引き渡すまでに生きてはないぞ。それでもよければさっさと切れ!」

「こりゃイキがいい」

 男は笑うと律の横っ面を殴りつけてきた。耳がキーンと鳴る。鼓膜が破けたのではないかと思ったほどだった。

 続いて腹も殴られ、腿を蹴られた。以前施療院で受けたものとは違った的確な暴力であり、それだけで律は立つこともできなくなった。こいつらは殺しと暴力のプロなのだと思い知る。

「わかった。逆らわないからジェムの治療を……」

「馬鹿かこいつ」

 ゴリラが笑う。

「とどめを刺すか?」

 馬の上から楽しそうに男が言う。それにゴリラが首を振った。

「面白いから放っておけ。苦しんで死ねばいいさ」

「この!」

 悪態をつこうとしたが口からは一切出てこない。どんなに汚く侮辱に満ちた言葉でも、こいつを言い表すことなどできなかった。

 律は彼をアルドーと名付けた。猿の惑星に出てくる野蛮なゴリラだ。龍司と一緒に見た映画で、最後は殺される嫌なゴリラだった。こいつも殺されてしまえばいい。

「行くぞ。しっかり足を動かせ。狼の餌になるなよ」

 縄の端をつかんだアルドーが馬を歩かせる。痛む体を押して律は歩き出した。アルドーの言うとおり引きずられたらミンチになって獣の餌になってしまうだろう。

「クソ! クソ!」

 イホークもジェムも失ってしまうのか。泣きたくなったがそれ以上に湧いてくるのは怒りだった。こいつらに金をやるくらいなら死んだ方がいいと思ったが、このまま死んで堪るかという気持ちも湧いてくる。それがどんなに罪でも、絶対にこいつを殺してやると心に誓った。それは律が生まれて初めて抱いた深い憎しみだった。
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