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碧のガイア
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「イ、イホーク?」
「リツの進む道を共に歩むと誓う。剣を受け取ってほしい」
「受け取るって……え?」
「主従の誓いだ」
ジェムは呆然とした声で呟くとしばらくイホークを見ていたが、はっと我に返って「剣を受け取ってサー・イホークに肩に」と囁いた。律は取りあえず剣を受け取る。
「おも……」
思った以上に重い。鉄の塊なのだから当たり前だ。
「主従の誓いはご存じで」
「あ、あぁ、本で読んだ」
「覚えておいでなのですか」
「うん」
「さすがリツ様」
「でも、主従って、そんなのとても……」
ジェムの顔を見る。イホークを信じていいのかどうか、もう律には判断がつかなかった。
「これは凄いことです。サー・イホークが誓いを立てるだなんて」
「信じていいの?」
「はい。誓いは絶対ですから、嘘はありません。勿論裏切る騎士もいますが、サー・イホークは信用できるとリツ様もご存じのはずです」
「でも、あんなに疑っていたのに……それに、俺もすんなり、はいそうですとはいかないよ」
「だからこそ誓いを立てるのです。サー・イホークを味方につけていたほうがいいのはおわかりでしょう。これは担保にもなります。膝をついた騎士に誓いを与えないのは死に値する辱めですよ。さぁ誓いの言葉を」
なんだか重い話になったという戸惑いがあったが、確かにジェムの言うとおりだ。イホークの人柄は知っている。イホークはただ忠実にセドリックに仕えていただけだ。そのイホークが律に誓いを立てるというのなら、それを信じる以外にない。いや、信じたかった。今までイホークと過ごしてきた時間を嘘で終わらせたくないという気持ちもある。
「わかった」
それにイホークをひざまずかせたままにはさせられない。律は本で読んだ言葉を頭の引き出しから取り出した。中世の騎士物語に出てくるような言葉で、格好いいと思っていた言葉だ。
「ガイアに仕えるように忠実に、獅子よりも勇敢に戦い、全ての虚栄や愚行を遠ざけよ。私はその見返りに栄誉を与え、不名誉や辱めは決して与えない。私達は兄弟のように同じ物を食べ、同じ物を身につけ、同じ屋根の下で眠る。この瞬間から私達は強い絆で結ばれ何人たりともこの絆を断つことはできない。さぁ、誓いを受けよ」
イホークが頭を垂れる。剣の腹でイホーク肩を三回叩くと、イホークの額にキスをした。不思議ともう不信感は消え、本で読んだ神聖な儀式を行っているという高揚感と清らかな気持ちがあった。
あたりは耳が痛いくらいに静まりかえっている。大きな月は白く輝き、キラキラと光る星が空を彩っていた。遠くから狼の遠吠えが聞こえ、ますます律を幻想の世界に連れていく。
ぼうっとなっていた律だったが、その余韻を引き裂くようにイホークがすくっと立ち上がり剣を構えた。
「主従の誓いを立てたばかりだが、まずいことになりそうだ」
イホークの視線の先にはいくつかの松明の明かりが見えた。
「追っ手が来た。夜に森に入るとは、余程本気と見える」
「龍司かも」
「そうかもしれないが、最悪を想定して動かなければ」
イホークはダガーを抜くと渡してきた。王家の紋章が入っているダガーだ。
「町には戻るな。危険だ。川沿いに走れば国境を越えられる。ジェム任せたぞ」
「でも、もし龍司だったら」
「そうだったら火の玉を三回上げる。そのときは戻ってくるんだ」
「わかりました」
ジェムは力強くうなずいた。狼煙の数は増えていく。イホークは律達が進む方向とは別の方向に歩き出した。
「イホーク!」
「リツ様、こちらです」
「でも、イホークが!」
イホークは囮になる気だ。律は追いかけようとしたがジェムに止められた。
「かえって足手まといです」
それもそうだが、逃げろと言われて「はい」と即答もできない。迷っている間に、半ば引きずられるようにジェムに連れていかれる。
「リュウジ様に会いたいのでしょう。覚悟を決めて下さい。サー・イホークも私もとっくに覚悟を決めていますよ」
そうだ。律にとってこの旅は不本意な旅であり渋々ついてきているに過ぎなかったが、イホークもジェムも違っていたのだろう。初めからそれぞれがぞれぞれの思いを胸に歩いてきた。律とはまるで違っていたのだ。
だが律も、たった今心を決めたではないか。この旅は龍司に会うためのものであり、彼に会うためならなんでもする。
「わかった。今は取りあえず逃げるよ」
ジェムが笑ってうなずく。ふっくらとした頬を上げたいつもの笑みだった。
「リツの進む道を共に歩むと誓う。剣を受け取ってほしい」
「受け取るって……え?」
「主従の誓いだ」
ジェムは呆然とした声で呟くとしばらくイホークを見ていたが、はっと我に返って「剣を受け取ってサー・イホークに肩に」と囁いた。律は取りあえず剣を受け取る。
「おも……」
思った以上に重い。鉄の塊なのだから当たり前だ。
「主従の誓いはご存じで」
「あ、あぁ、本で読んだ」
「覚えておいでなのですか」
「うん」
「さすがリツ様」
「でも、主従って、そんなのとても……」
ジェムの顔を見る。イホークを信じていいのかどうか、もう律には判断がつかなかった。
「これは凄いことです。サー・イホークが誓いを立てるだなんて」
「信じていいの?」
「はい。誓いは絶対ですから、嘘はありません。勿論裏切る騎士もいますが、サー・イホークは信用できるとリツ様もご存じのはずです」
「でも、あんなに疑っていたのに……それに、俺もすんなり、はいそうですとはいかないよ」
「だからこそ誓いを立てるのです。サー・イホークを味方につけていたほうがいいのはおわかりでしょう。これは担保にもなります。膝をついた騎士に誓いを与えないのは死に値する辱めですよ。さぁ誓いの言葉を」
なんだか重い話になったという戸惑いがあったが、確かにジェムの言うとおりだ。イホークの人柄は知っている。イホークはただ忠実にセドリックに仕えていただけだ。そのイホークが律に誓いを立てるというのなら、それを信じる以外にない。いや、信じたかった。今までイホークと過ごしてきた時間を嘘で終わらせたくないという気持ちもある。
「わかった」
それにイホークをひざまずかせたままにはさせられない。律は本で読んだ言葉を頭の引き出しから取り出した。中世の騎士物語に出てくるような言葉で、格好いいと思っていた言葉だ。
「ガイアに仕えるように忠実に、獅子よりも勇敢に戦い、全ての虚栄や愚行を遠ざけよ。私はその見返りに栄誉を与え、不名誉や辱めは決して与えない。私達は兄弟のように同じ物を食べ、同じ物を身につけ、同じ屋根の下で眠る。この瞬間から私達は強い絆で結ばれ何人たりともこの絆を断つことはできない。さぁ、誓いを受けよ」
イホークが頭を垂れる。剣の腹でイホーク肩を三回叩くと、イホークの額にキスをした。不思議ともう不信感は消え、本で読んだ神聖な儀式を行っているという高揚感と清らかな気持ちがあった。
あたりは耳が痛いくらいに静まりかえっている。大きな月は白く輝き、キラキラと光る星が空を彩っていた。遠くから狼の遠吠えが聞こえ、ますます律を幻想の世界に連れていく。
ぼうっとなっていた律だったが、その余韻を引き裂くようにイホークがすくっと立ち上がり剣を構えた。
「主従の誓いを立てたばかりだが、まずいことになりそうだ」
イホークの視線の先にはいくつかの松明の明かりが見えた。
「追っ手が来た。夜に森に入るとは、余程本気と見える」
「龍司かも」
「そうかもしれないが、最悪を想定して動かなければ」
イホークはダガーを抜くと渡してきた。王家の紋章が入っているダガーだ。
「町には戻るな。危険だ。川沿いに走れば国境を越えられる。ジェム任せたぞ」
「でも、もし龍司だったら」
「そうだったら火の玉を三回上げる。そのときは戻ってくるんだ」
「わかりました」
ジェムは力強くうなずいた。狼煙の数は増えていく。イホークは律達が進む方向とは別の方向に歩き出した。
「イホーク!」
「リツ様、こちらです」
「でも、イホークが!」
イホークは囮になる気だ。律は追いかけようとしたがジェムに止められた。
「かえって足手まといです」
それもそうだが、逃げろと言われて「はい」と即答もできない。迷っている間に、半ば引きずられるようにジェムに連れていかれる。
「リュウジ様に会いたいのでしょう。覚悟を決めて下さい。サー・イホークも私もとっくに覚悟を決めていますよ」
そうだ。律にとってこの旅は不本意な旅であり渋々ついてきているに過ぎなかったが、イホークもジェムも違っていたのだろう。初めからそれぞれがぞれぞれの思いを胸に歩いてきた。律とはまるで違っていたのだ。
だが律も、たった今心を決めたではないか。この旅は龍司に会うためのものであり、彼に会うためならなんでもする。
「わかった。今は取りあえず逃げるよ」
ジェムが笑ってうなずく。ふっくらとした頬を上げたいつもの笑みだった。
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