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碧のガイア
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「ガイアが力を失うとアスタリアンに碧のガイアが生まれるらしいのです。ガイアと力を共にする者。ガイアの化身。時間がなくてちゃんと聞けなかったのですが、そんな話だと聞きました。あなたはガイアに捧げられるためにこの世界に呼ばれたのです」
「生贄って、なにそれ。なにするの? 俺、殺されるって……こと?」
声が掠れる。信じられなかった。あんなに優しかったセドリックが、愛情を示してくれたオスカーが、そして懸命に守ってくれたイホークが律を生贄にしようとしているだなんて悪い冗談としか思えない。
「殺すなどそんなことはしない!」
イホークが感情のまま声を荒らげる。叱咤するとき以外にそんなことは滅多にない。だからこそ、あぁ真実なのだと体の芯が凍り付いた。
何と言っていいのかわからない。頭まで凍り付いたようになり感情を吐き出すことができなかった。この世界にきて随分とマシになったように感じていたが、言いたいことを表現できない情けない性格は何一つ変わっていないのだ。
言葉もなくイホークと向かい合う。時間が止まったようだった。イホークに違うと言ってほしかったが、何も言わないでほしいという気持ちもあった。
「一体碧のガイアとは何でしょうか。生贄とはどういうことなのでしょうか」
律の代わりといったようにジェムが聞くと、イホークはようやく口を開く。
「詳細は知らない。ただ、ガイアの神殿で生涯を送り、ガイアに生命力を分け与える存在だと聞いた。だが、セドリック王は悩まれていた。国のためには仕方ないが、リツを一生閉じ込めることはできないと。だから他の手段を模索しているようだった」
「あ……だから俺に仕事を?」
イホークはうなずく。
「セドリック王は民の幸せを一番に考えるお方で、それゆえにエリンのためにはどこまでも冷酷にもなれるお人だった。だからこそ異世界の人間を犠牲にすることに何のためらいもなかったはずだ。だが、リツと過ごし考えが揺らいだのだろう。圧力もあっただろうが、リツを神殿に送るのを拒んでいた」
「俺が狙われたのはそのせい? セドリックが死んだのも……」
律は口に手をあて愕然とした。自分のせいでセドリックが死んだ? 自分のせいでイホークもジェムも追われることになった? そんなことを考えていると、ジェムが手首を強く握ってくる。
「リツ様のせいではありません。リツ様はご自分の意思とは関係なくこの世界に連れてこられた。むしろ、恨まないのが不思議なくらいです」
感情が込められた声からは、自身の運命を重ねているのを感じた。城にいるときはただ穏やかだったジェムは、この状況になって自身の感情をあらわにするようになってきている。今まで心に積み重なってきた苦しみがようやく湧き出てきたのだろう。
「そうだ。勿論リツのせいではない。第二王子を擁立したがっている教会はこれをチャンスとみたのだろう。青のガイアを神殿に送らないことは国への背信でもあると言える。それを口実にすれば堂々と王座を奪える。判断を誤ったセドリック王自身のミスだ」
「ミスだなんて……」
まるで自分が閉じ込められればよかったと思っているような口調だ。泣きたくなってくる。
「私はセドリック王の忠実なる家臣でエリン国の騎士だ。忠誠を誓った王の遺志を受け継ぎオスカー王子に渡すのが使命でもある」
「俺をオスカーの元に行かせるのは、そのためだったんだ。俺は政権奪還の切り札でもある。そうだろ」
そんな言葉聞きたくなかった。下を向いて手をギュッと握る。鈍い律にも律自身の使い道はいくらでもあるとわかる。敵との交渉にも使えるし、政権を取り戻すために神殿に閉じ込めることもできる。あらすじは後からいくらでも考えられるのだ。取りあえず律の身柄を確保した者が優位になるのだろう。セドリックは道を探していたと言うが、こうなった今では他の道があるとは考えられなかった。
「俺を守ったのも優しくしてくれたのもそのためだった」
悔しい。悔しくて、情けなくて、イホークから受けていた愛情も嘘だったのだと知って、愛されていると自惚れていた自分が恥ずかしくもなってくる。
「信じろというのは無理だろう。騙していたわけではないが、真実は隠してきた」
イホークは寂しそうに笑うと、そっと律の頭に触れてきた。いつもの仕草だったが、律はその手をはらった。イホークは更に寂しそうな顔をする。
「私はリツを切り札にさせる気はない」
「じゃあ、なんでオスカーのところに連れて行こうとした」
「それ以外に道がないと思ったからだ。リツを守る手段が他になかった」
「でも今はある」
「そうだな。確かにそうだ」
イホークは小さな声で呟いた後、律の顔を見つめながらしばらく何かを考えていた。その目はまるで親が子どもを見守るような目だ。いや、それ以上の何かがある。この目が律を裏切っていただなんて思いたくなかった。
「セドリック王が崩御されたのは私自身が死ぬよりも辛い。それなのに私は王のご判断を悔やんではいない。それに私は今初めて王に背こうと思っている。リツ、貴方は私が忠誠を誓うべき相手だ。私は次の主人にオスカー様ではなく貴方を選ぶ」
イホークはそう言うと、松明を地面に置いて片膝を地面についた。何が起きたのかと慌てている律の手を取ると、手の甲にキスをしてくる。そして剣を差し出してきた。
「生贄って、なにそれ。なにするの? 俺、殺されるって……こと?」
声が掠れる。信じられなかった。あんなに優しかったセドリックが、愛情を示してくれたオスカーが、そして懸命に守ってくれたイホークが律を生贄にしようとしているだなんて悪い冗談としか思えない。
「殺すなどそんなことはしない!」
イホークが感情のまま声を荒らげる。叱咤するとき以外にそんなことは滅多にない。だからこそ、あぁ真実なのだと体の芯が凍り付いた。
何と言っていいのかわからない。頭まで凍り付いたようになり感情を吐き出すことができなかった。この世界にきて随分とマシになったように感じていたが、言いたいことを表現できない情けない性格は何一つ変わっていないのだ。
言葉もなくイホークと向かい合う。時間が止まったようだった。イホークに違うと言ってほしかったが、何も言わないでほしいという気持ちもあった。
「一体碧のガイアとは何でしょうか。生贄とはどういうことなのでしょうか」
律の代わりといったようにジェムが聞くと、イホークはようやく口を開く。
「詳細は知らない。ただ、ガイアの神殿で生涯を送り、ガイアに生命力を分け与える存在だと聞いた。だが、セドリック王は悩まれていた。国のためには仕方ないが、リツを一生閉じ込めることはできないと。だから他の手段を模索しているようだった」
「あ……だから俺に仕事を?」
イホークはうなずく。
「セドリック王は民の幸せを一番に考えるお方で、それゆえにエリンのためにはどこまでも冷酷にもなれるお人だった。だからこそ異世界の人間を犠牲にすることに何のためらいもなかったはずだ。だが、リツと過ごし考えが揺らいだのだろう。圧力もあっただろうが、リツを神殿に送るのを拒んでいた」
「俺が狙われたのはそのせい? セドリックが死んだのも……」
律は口に手をあて愕然とした。自分のせいでセドリックが死んだ? 自分のせいでイホークもジェムも追われることになった? そんなことを考えていると、ジェムが手首を強く握ってくる。
「リツ様のせいではありません。リツ様はご自分の意思とは関係なくこの世界に連れてこられた。むしろ、恨まないのが不思議なくらいです」
感情が込められた声からは、自身の運命を重ねているのを感じた。城にいるときはただ穏やかだったジェムは、この状況になって自身の感情をあらわにするようになってきている。今まで心に積み重なってきた苦しみがようやく湧き出てきたのだろう。
「そうだ。勿論リツのせいではない。第二王子を擁立したがっている教会はこれをチャンスとみたのだろう。青のガイアを神殿に送らないことは国への背信でもあると言える。それを口実にすれば堂々と王座を奪える。判断を誤ったセドリック王自身のミスだ」
「ミスだなんて……」
まるで自分が閉じ込められればよかったと思っているような口調だ。泣きたくなってくる。
「私はセドリック王の忠実なる家臣でエリン国の騎士だ。忠誠を誓った王の遺志を受け継ぎオスカー王子に渡すのが使命でもある」
「俺をオスカーの元に行かせるのは、そのためだったんだ。俺は政権奪還の切り札でもある。そうだろ」
そんな言葉聞きたくなかった。下を向いて手をギュッと握る。鈍い律にも律自身の使い道はいくらでもあるとわかる。敵との交渉にも使えるし、政権を取り戻すために神殿に閉じ込めることもできる。あらすじは後からいくらでも考えられるのだ。取りあえず律の身柄を確保した者が優位になるのだろう。セドリックは道を探していたと言うが、こうなった今では他の道があるとは考えられなかった。
「俺を守ったのも優しくしてくれたのもそのためだった」
悔しい。悔しくて、情けなくて、イホークから受けていた愛情も嘘だったのだと知って、愛されていると自惚れていた自分が恥ずかしくもなってくる。
「信じろというのは無理だろう。騙していたわけではないが、真実は隠してきた」
イホークは寂しそうに笑うと、そっと律の頭に触れてきた。いつもの仕草だったが、律はその手をはらった。イホークは更に寂しそうな顔をする。
「私はリツを切り札にさせる気はない」
「じゃあ、なんでオスカーのところに連れて行こうとした」
「それ以外に道がないと思ったからだ。リツを守る手段が他になかった」
「でも今はある」
「そうだな。確かにそうだ」
イホークは小さな声で呟いた後、律の顔を見つめながらしばらく何かを考えていた。その目はまるで親が子どもを見守るような目だ。いや、それ以上の何かがある。この目が律を裏切っていただなんて思いたくなかった。
「セドリック王が崩御されたのは私自身が死ぬよりも辛い。それなのに私は王のご判断を悔やんではいない。それに私は今初めて王に背こうと思っている。リツ、貴方は私が忠誠を誓うべき相手だ。私は次の主人にオスカー様ではなく貴方を選ぶ」
イホークはそう言うと、松明を地面に置いて片膝を地面についた。何が起きたのかと慌てている律の手を取ると、手の甲にキスをしてくる。そして剣を差し出してきた。
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