33 / 55
碧のガイア
12
しおりを挟む
「どういう……え?」
イホークはジェムを見て小さな声で言う。
「給仕にアンティカ語で詳しい話を聞いてくれ。酒場なら噂話は嫌と言うほど聞いているだろう」
「はい」
ジェムは給仕の元に行くとしばらく話をしていた。律は気が気ではなく何度もイホークの顔と、後ろにいる男達とジェムとを見る。
ジェムはうなずきながらたまに驚いた顔をして話している。動揺した顔を見るに、良い話ではないだろうと分かった。
ジェムはしばらく話した後、とぼとぼと帰ってくると、椅子に座り小さな声で話し始めた。
「炎軍が、クレタラに向かったエリン軍を急襲したとのことです。王子は行方不明で生死は不明だと……」
律は目を見開き、じっとジェムを見た。ショックで言葉が出てこない。これから一体、どうすればいいのか。一体この国で何が起こっているのか。何よりもオスカーの安否が心配であった。
「遺体が出たわけでなければ生きていると信じよう。オスカー様はお強いお方だ。他に情報は? セドリック王は?」
津の動揺をくみ取ったのかオスカーが冷静に言う。律は呆然としたままうなずいた。
「セドリック王は崩御されたとのことです」
「そうか……」
イホークは静かに呟く。律も「うん」とだけ呟いた。わかってはいても、その事実を突き付けられるのは辛い。イホークも同じだろう。
「他には?」
「炎軍は首都クレタラを一時間で陥落させたそうです」
「一時間? まさか。あそこは城塞都市で、周壁も高く難攻不落だぞ。たとえ町に入れたとしても更に高い城壁が待つ。籠城しても一年は持つといわれている。とても信じられん」
「悪魔の炎が城を覆い尽くしたといわれています」
「悪魔の炎?」
「はい。大きな爆音と炎と共に城壁が崩れ落ちたそうです。不思議なことに、町は焼き払われることなく城壁だけが崩れたと」
「それは噂だろう」
イホークは信じていないのか、疑わしそうな声を出して眉を寄せた。
「真実であるようです。煙はここからも見えたそうですから」
今度はイホークが律の顔を見てくる。律が何か知っていると思っているのか、それとも単に見ただけなのか。
――ニトロだ。
頭に浮かんだ単語はいつもとは違い、幸いにも言葉としては出されなかった。
何を考えているのだと思う。ニトロだなんて馬鹿みたいな妄想だ。確かに城一つを吹き飛ばす爆発物などニトロ化合物しか思い浮かばないが、火薬でさえようやく発明された世界でニトロ化合物を作れるはずなんてない。炎軍のサルバトラとやらが火を操るらしいので、何らかの術を使ったのだろう。
いや、ガーディアンが操るのは物質だ。彼らは道具や触媒なしに化学反応を起こしているに過ぎない。この世界でも質量保存の法則は成立している。
だからサルバトラが強大な力を持っていても、燃焼による大きな爆発を起こせるとは思えない。ならばやはり、ニトロ化合物のような何かを使って城を爆破したのだ。
この世界にしかない物質だろうか。どちらにしろ化学の知識がなければ到底作ることは無理だ。
知識。そうか、もしかすると律以外にも異世界人がいるのかもしれない。いや、いると考える方が妥当だろう。アスタリアンを召喚できる術があるというのに、律一人しか呼ばないというほうが不自然だ。
突然現れたという救世主は化学の知識をもったアスタリアンなのではないか。以前聞いた鳥の糞の島を支配したという話も、やはり火薬やニトロの材料確保のためなのかもしれない。
ふと頭の隅に龍司の顔が浮かぶ。龍司ならきっとダイナマイトを作ることだってできるだろう。ニトログリセリンを安定化させる方法もダイナマイトを作る方法も知っている。施設や道具がなくとも優秀なガーディアンを指導すればいい。律だってできたのだから龍司にできないはずはない。
律は目の前がぱっと晴れたような気分になったが、すぐに馬鹿なことだと
思い直す。龍司はそんなことをしないだろう。ヤクザにだってなりたかったわけではない。人の上に立つのを何よりも嫌っていた。組織に縛られるのもうんざりだといつも言っていたのに、わざわざ反乱軍に加わるだなんてあり得ない。
イホークはジェムを見て小さな声で言う。
「給仕にアンティカ語で詳しい話を聞いてくれ。酒場なら噂話は嫌と言うほど聞いているだろう」
「はい」
ジェムは給仕の元に行くとしばらく話をしていた。律は気が気ではなく何度もイホークの顔と、後ろにいる男達とジェムとを見る。
ジェムはうなずきながらたまに驚いた顔をして話している。動揺した顔を見るに、良い話ではないだろうと分かった。
ジェムはしばらく話した後、とぼとぼと帰ってくると、椅子に座り小さな声で話し始めた。
「炎軍が、クレタラに向かったエリン軍を急襲したとのことです。王子は行方不明で生死は不明だと……」
律は目を見開き、じっとジェムを見た。ショックで言葉が出てこない。これから一体、どうすればいいのか。一体この国で何が起こっているのか。何よりもオスカーの安否が心配であった。
「遺体が出たわけでなければ生きていると信じよう。オスカー様はお強いお方だ。他に情報は? セドリック王は?」
津の動揺をくみ取ったのかオスカーが冷静に言う。律は呆然としたままうなずいた。
「セドリック王は崩御されたとのことです」
「そうか……」
イホークは静かに呟く。律も「うん」とだけ呟いた。わかってはいても、その事実を突き付けられるのは辛い。イホークも同じだろう。
「他には?」
「炎軍は首都クレタラを一時間で陥落させたそうです」
「一時間? まさか。あそこは城塞都市で、周壁も高く難攻不落だぞ。たとえ町に入れたとしても更に高い城壁が待つ。籠城しても一年は持つといわれている。とても信じられん」
「悪魔の炎が城を覆い尽くしたといわれています」
「悪魔の炎?」
「はい。大きな爆音と炎と共に城壁が崩れ落ちたそうです。不思議なことに、町は焼き払われることなく城壁だけが崩れたと」
「それは噂だろう」
イホークは信じていないのか、疑わしそうな声を出して眉を寄せた。
「真実であるようです。煙はここからも見えたそうですから」
今度はイホークが律の顔を見てくる。律が何か知っていると思っているのか、それとも単に見ただけなのか。
――ニトロだ。
頭に浮かんだ単語はいつもとは違い、幸いにも言葉としては出されなかった。
何を考えているのだと思う。ニトロだなんて馬鹿みたいな妄想だ。確かに城一つを吹き飛ばす爆発物などニトロ化合物しか思い浮かばないが、火薬でさえようやく発明された世界でニトロ化合物を作れるはずなんてない。炎軍のサルバトラとやらが火を操るらしいので、何らかの術を使ったのだろう。
いや、ガーディアンが操るのは物質だ。彼らは道具や触媒なしに化学反応を起こしているに過ぎない。この世界でも質量保存の法則は成立している。
だからサルバトラが強大な力を持っていても、燃焼による大きな爆発を起こせるとは思えない。ならばやはり、ニトロ化合物のような何かを使って城を爆破したのだ。
この世界にしかない物質だろうか。どちらにしろ化学の知識がなければ到底作ることは無理だ。
知識。そうか、もしかすると律以外にも異世界人がいるのかもしれない。いや、いると考える方が妥当だろう。アスタリアンを召喚できる術があるというのに、律一人しか呼ばないというほうが不自然だ。
突然現れたという救世主は化学の知識をもったアスタリアンなのではないか。以前聞いた鳥の糞の島を支配したという話も、やはり火薬やニトロの材料確保のためなのかもしれない。
ふと頭の隅に龍司の顔が浮かぶ。龍司ならきっとダイナマイトを作ることだってできるだろう。ニトログリセリンを安定化させる方法もダイナマイトを作る方法も知っている。施設や道具がなくとも優秀なガーディアンを指導すればいい。律だってできたのだから龍司にできないはずはない。
律は目の前がぱっと晴れたような気分になったが、すぐに馬鹿なことだと
思い直す。龍司はそんなことをしないだろう。ヤクザにだってなりたかったわけではない。人の上に立つのを何よりも嫌っていた。組織に縛られるのもうんざりだといつも言っていたのに、わざわざ反乱軍に加わるだなんてあり得ない。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる