ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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碧のガイア

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「どういう……え?」

 イホークはジェムを見て小さな声で言う。

「給仕にアンティカ語で詳しい話を聞いてくれ。酒場なら噂話は嫌と言うほど聞いているだろう」

「はい」

 ジェムは給仕の元に行くとしばらく話をしていた。律は気が気ではなく何度もイホークの顔と、後ろにいる男達とジェムとを見る。

 ジェムはうなずきながらたまに驚いた顔をして話している。動揺した顔を見るに、良い話ではないだろうと分かった。

 ジェムはしばらく話した後、とぼとぼと帰ってくると、椅子に座り小さな声で話し始めた。

「炎軍が、クレタラに向かったエリン軍を急襲したとのことです。王子は行方不明で生死は不明だと……」

 律は目を見開き、じっとジェムを見た。ショックで言葉が出てこない。これから一体、どうすればいいのか。一体この国で何が起こっているのか。何よりもオスカーの安否が心配であった。

「遺体が出たわけでなければ生きていると信じよう。オスカー様はお強いお方だ。他に情報は? セドリック王は?」

 津の動揺をくみ取ったのかオスカーが冷静に言う。律は呆然としたままうなずいた。

「セドリック王は崩御されたとのことです」

「そうか……」

 イホークは静かに呟く。律も「うん」とだけ呟いた。わかってはいても、その事実を突き付けられるのは辛い。イホークも同じだろう。

「他には?」

「炎軍は首都クレタラを一時間で陥落させたそうです」

「一時間? まさか。あそこは城塞都市で、周壁も高く難攻不落だぞ。たとえ町に入れたとしても更に高い城壁が待つ。籠城しても一年は持つといわれている。とても信じられん」

「悪魔の炎が城を覆い尽くしたといわれています」

「悪魔の炎?」

「はい。大きな爆音と炎と共に城壁が崩れ落ちたそうです。不思議なことに、町は焼き払われることなく城壁だけが崩れたと」

「それは噂だろう」

 イホークは信じていないのか、疑わしそうな声を出して眉を寄せた。

「真実であるようです。煙はここからも見えたそうですから」

 今度はイホークが律の顔を見てくる。律が何か知っていると思っているのか、それとも単に見ただけなのか。

――ニトロだ。

 頭に浮かんだ単語はいつもとは違い、幸いにも言葉としては出されなかった。

 何を考えているのだと思う。ニトロだなんて馬鹿みたいな妄想だ。確かに城一つを吹き飛ばす爆発物などニトロ化合物しか思い浮かばないが、火薬でさえようやく発明された世界でニトロ化合物を作れるはずなんてない。炎軍のサルバトラとやらが火を操るらしいので、何らかの術を使ったのだろう。

 いや、ガーディアンが操るのは物質だ。彼らは道具や触媒なしに化学反応を起こしているに過ぎない。この世界でも質量保存の法則は成立している。

 だからサルバトラが強大な力を持っていても、燃焼による大きな爆発を起こせるとは思えない。ならばやはり、ニトロ化合物のような何かを使って城を爆破したのだ。

 この世界にしかない物質だろうか。どちらにしろ化学の知識がなければ到底作ることは無理だ。

 知識。そうか、もしかすると律以外にも異世界人アスタリアンがいるのかもしれない。いや、いると考える方が妥当だろう。アスタリアンを召喚できる術があるというのに、律一人しか呼ばないというほうが不自然だ。

 突然現れたという救世主サルバトラは化学の知識をもったアスタリアンなのではないか。以前聞いた鳥の糞グアノの島を支配したという話も、やはり火薬やニトロの材料確保のためなのかもしれない。

 ふと頭の隅に龍司の顔が浮かぶ。龍司ならきっとダイナマイトを作ることだってできるだろう。ニトログリセリンを安定化させる方法もダイナマイトを作る方法も知っている。施設や道具がなくとも優秀なガーディアンを指導すればいい。律だってできたのだから龍司にできないはずはない。

 律は目の前がぱっと晴れたような気分になったが、すぐに馬鹿なことだと
思い直す。龍司はそんなことをしないだろう。ヤクザにだってなりたかったわけではない。人の上に立つのを何よりも嫌っていた。組織に縛られるのもうんざりだといつも言っていたのに、わざわざ反乱軍に加わるだなんてあり得ない。
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