ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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碧のガイア

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「いくらで買う?」

 イホークは馬のマークが描かれている看板の店で、乗ってきた馬を見せた。

「イホ!」

 名前を呼び終わる前に、口を押さえられて睨まれる。慌てて口を閉じた。

「売るのですか?」

 この子までいなくなるだなんて嫌だと思ったが、イホークの「食べられるよりはいいだろう。いい飼い主が見つかるのを祈ろう」の言葉に渋々うなずいた。

 その後食料品や火打石など必要なものを買うと、看板に杯のイラストが描かれている店の前で止まった。

「食事をしていこう」

「いいの?」

「あぁ。ここは行き交いの町だ。この地を治めているのはアミダラ公爵で、エリン国の領内ではあるが中央からはほぼ独立している。行き交いの町は自由で貿易も盛んで、中央の法はおよばない。だが何が起きるか分からないから油断はするな。深酒はなしだぞ」

 ジェムは渋々といったようにうなずいた。

「だったら初めから連れてきてくれてもよかったのに」

 律が不満を口にすると、イホークは困ったように笑う。

「本当なら連れてきたくないが、せっかく来たのならちゃんと休息をとろう。休みなく戦えるのは神だけだ」

 イホークに頭をポンポンと叩かれると、少しだけ心が落ち着いてくる。店の中に入ると空いている席に座った。

 イホークは黒い髪の給仕に食事とエールを用意するように言う。恐らくタルミニア人だろう。この町は確かに、エリン国の色は少なく異国の匂いがする。

 給仕が何かをジェムに話かけた。言葉が分からない。ジェムも少し驚いた顔をしたが、二言三言会話を交わすと、給仕はニコリともせずに下がった。

「何語?」

 ジェムはイホークの顔をちらりと見た。

「アンティカ語です」

「アンティカ? 失われたいにしえの国だ。なぜ話せる」

 イホークが怪訝そうな顔をする。

「ディン族はアンティカの子孫です。アンティカ語は神の言葉。私達ディン族は皆話せます」

「故郷を離れて長いのにか」

「バイベル同士は、神を忘れぬようにとアンティカ語で話しますから」

 ジェムが乱暴に言い放つ。更にイホークは眉を寄せた。

 ディン族の習性を消すためにバイベルにするというのに、こっそりと故郷の言葉で話していたとなると問題があるのだろう。

 だが、イホークはそれ以上は何も言わなかった。ジャムもしれっとしている。以前ならこんな話は決してしなかっただろうと律はじっとジェムを見た。こんな状況だからかだろうか。ジェムは以前よりもどこか伸び伸びしていて、なんだか不遜にも見えた。

「リ……えーと、あなたはアンティカ語がわかりますか」

「俺? 俺はわからないよ」

「そうですか。この世界の言葉がわかるとおっしゃっていたので」

「そうなのかな。よくわからないけど、エリンに呼ばれたからエリン語だけなのかな。どの国の言葉もわかったら楽なのにね」

「余計な話はするな」

 イホークが低い声で威嚇するように言った。

「はい」

 ジェムがにっこりと笑ってうなずく。もういつものジェムだとほっとした。

 店の中には焼いた肉の匂いが漂っている。腹がぐうと鳴った。まずはエールが出てきたのでそれを口にする。元々ビールが好きではないので、癖のあるエールは更に苦手だ。だが水代わりに飲まれているエールはアルコール濃度が少ないため、渇いた喉にグイグイと入っていった。

 次に出されたのは鳩のパイに野菜がゴロゴロと入ったシチューに羊のソテーだ。どうやら食べたい物を注文するのではなく、店側が適当に出すようだ。城のようにコースで出てくるのではなく沢山の料理がどんと置かれる。向こうの世界で食べていた食事を彷彿とさせ、どこか懐かしい。

 味付けは塩だけであったが、温かなシチューには野菜の旨みが出ており、肉と硬いパンと大麦の粥ばかり食べていたためかとても美味しく感じられた。

「クレタラが陥落したらしい」

「サルバトラが町を燃やし尽くしたと聞いたぞ」

「オスカー王子の生死は不明だとよ」

「金づるがなくなったか。どうするか。炎軍にでも雇ってもらうか」

「寄せ集めの反乱軍だろ。金が出せるのか」

「クレタラを落としたんだから金はあるだろうさ」

 そんな会話が聞こえてきたので、思わず律は顔を上げてイホークの後ろに座っている男達の顔を見ようとした。どうやら兵士か傭兵のようだ。イホークはギロリと睨んでくると、掌を向けて制止してきた。
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