ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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碧のガイア

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 人目を忍んでの移動であったため、森の中の移動が多かった。律のいた世界よりも森林が多く人口は少ないため思った以上に人目に触れなかったのは幸いだが、とにかく律は疲れていた。腹も減っていたし怒りもあった。

 無口なイホークと話すことはあまりなく、旅の間は主にジェムと話をしていたがやがてそれも少なくなり、ただ無言で歩き続ける日が続いている。

 馬は一匹しかいない。食糧がなくなり、一匹を殺して食べたからだ。

 それが律の心をますます追い込んだ。律にも懐いていた賢い子だった。可愛くて名前もつけた。すさんだ心に安らぎを与えてくれた存在だったのだ。

 仕方がないとは思っていても、躊躇なく馬を殺して割いたイホークに怒りが湧いた。それ以上に怒りが湧いたのは、その肉を食べた自分にだ。何故歩くのか、何のためにここまでしなければならないのか分からなくなっていたのだ。

 なんで自分がこんな目に遭わなければならないのかという思いが常に湧いてきていて、もう心も体も限界だった。元々怒ることがほとんどない律であったが、この世界に召喚されたとき以上の怒りがあり、こんなに怒ったのは恐らく生まれて初めてだった。

「境界の塔だ」

 イホークが上を見て呟いた。木々の間から高い見張り塔が見える。細長いピラミッドのような形をしており、大きな鐘の隣には狼煙を上げるための松明台があった。

「方向はあっていたようだな。国境沿いの町、ミナセラだ」

 イホークは金貨を何枚かとダガーを律に渡してきた。

「町に行って食糧を買ってくる。次の刻の鐘が鳴っても戻らなければ二人で国境を越えてくれ。ダガーには王家の紋章が彫られているから、通行証として見せればいい。だが、不用意に見せるな。味方だと判断できたときのみ見せるんだ。いいな」

 ダガーの柄の先端には木と鷲のマークが彫られている。律は受け取らずに首を振った。

「俺も行く」

「駄目だ。危ない」

「イホークだって見つかったら危ないのに?」

「王都から離れた国境沿いの町だ。民族も種族も様々な者がいる。私の顔を知っている者はいないだろうし紛れられるだろう」

「だったら俺もジェムも行ける」

 律は馬に乗っているジェムを見る。馬には交代で乗っているが、ジェムは律を優先してほとんど歩いていた。ふっくらしていた頬は少し痩け大分疲れている様子であったが、文句一つ言わずに律のことを気にかけてくれていたのだ。ジェムにちゃんとした食事をさせてあげたいし、できれば屋根の下でベッドに寝かせてあげたかった。

 勿論律だってそうだ。腹一杯食べたい。虫や獣を気にせず温かな場所で布団にくるまれ眠りたい。

「駄目だ」

「なら俺は一人で行く!」

 律が塔に向かって歩き出すと、慌てたようにイホークが律の肩を掴んだ。

「なにわがままを言っている」

 わがまま? 律はその言葉に酷く腹を立てた。

「わがまま? 俺が? わがままだって? 子ども扱いはやめろ! こんな世界に連れてこられて、龍司と離されて、殺されかけて、あげくの果てに森や山の中をずっと歩きっぱなしだ。それでわがままだって? 誰のせいでこうなったんだよ! 俺はもう嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 イホークの手を振り払い半ば叫ぶように言う。一度不満を口にしてしまうと止まらなかった。馬鹿みたいに嫌だ、帰りたい、龍司に会いたいと叫んでいた。

「サー・イホーク。私からもお願いします。リツ様はこの旅、いえ、この世界に来てから不満らしい不満を口にしましたか? ずっと耐えて、人一倍働いてきました。そんなリツ様がこんなになるだなんて、よほど心が疲れていらっしゃるんだと思いませんか。このままではオスカー様にお会いするまで持ちません」

 イホークがじっと律を見つめてくる。律はイホークを睨みつけた。

「そうだな。わかった。だが、少しでも危険だと思ったらすぐに町を出るぞ。それから絶対に名前は呼ぶな。二人は奴隷で、これから奴隷商人の俺に連れられ王都に向かう予定だ。お互い名前は知らない。それでいいな」

 イホークの言葉にホッとしてジェムの顔を見る。ジェムは疲れた顔で笑ってくれた。それに急に恥ずかしくなる。ジェムこそ愚痴一つ言わないではないか。

 律はこんな風にヒステリーを起こしたのは初めてであり、穏やかだなんて言われていたが、本性はこんななのかもしれないと自分に嫌気が差した。

 だが、今はお礼を言えないほどに疲れていて、後は無言でイホークについていく。自分がここまで自分勝手だとは思わず、その事実自体にも苛ついていた。

 国境沿いの町、ミナセラは賑わっていた。イホークの言ったとおり、様々な髪の色、肌の色の人間がいる。他にも王都ミリンでは見たことのない小さな人達――本にはドアーフとあった――や、その他耳の尖った人や体が大きく獣に似た容貌の者もいる。まるで映画の世界に紛れたようであり、疲れも忘れて周りを見回した。

 イホークはマントのフードを深く被り、赤毛と鎧を隠している。律とジェムは奴隷よろしく、うつむいてその後をついていった。
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