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碧のガイア
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「そもそも、なぜ施療院を襲ったのですか。わざわざ襲わなくても政権を握ったらリツ様を簡単に消せるのに、軍隊を分散させる危険を冒してまでなぜ?」
ジェムは見た目に反して感もいいし頭もいい。リツの頭の中にぼんやりとある疑問を代弁してくれた。
イホークは相変わらず火を見つめている。顔は火に照らされ赤くなっており、真っ赤な髪は燃えているようだ。何を考えているのだろうか。
「火薬……」
「え?」
「火薬とはなんだ? 前に、会議で言っていただろう。それは、火を操る薬じゃないのか」
「なんでそんなこと?」
律は内心で動揺しながらも平静を装って答える。もっとも、イホークには律の様子がおかしいと分かってしまっているだろう。
「昔、爆発する矢があったと文献にある。ただ、その秘薬の調合方法は伝わらずに消えたという。だから皆、ただの伝説だと思っていた。だが、炎軍を率いるサルバトラがその火薬を操るという情報がもたらされた。あの席にいた誰かが律の発言を覚えていて、律からそれを聞き出そうとしているのではないかと私は思う」
「聞き出すって……リツ様を殺そうとしたのに?」
「そうだな。もうすでに火薬の生成方法は分かっていて、それを自分達だけの武器にするために、それを知っている律を殺そうとしたのかもしれない。もしくは教会軍の指揮官はトミーだから私を殺したかっただけか。あいつは底抜けのアホだからな、やることが本末転倒になる。リツを捕らえることよりも私を殺すことを優先したのかもしれない」
納得できるようなできないような話だが、イホークは全てを知っているわけではないのだ。説明を求めるのは酷だろう。だが、ジェムは納得できない顔でじっとイホークを見ていた。
なんだか空気が悪い。リツは話題を変えるようにもう一つの疑問を口にした。
「そういえば、イホークはガーディアンだったんですね。驚きました」
律の言葉に、イホークはうなずく。
「隠していた?」
「いや、物を動かしたり水を作ったりなんてなんの役にも立たないからな。剣の腕を磨いた方がいいと思っていた。だが、リツの講義を聴いて面白いと思い自分なりに力を使ってみた。役に立たないと思っていたものでも、見方一つ、知識一つでこんなにも変わるのだと驚いたものだ。リツは力を持っていなくても人の力を引き出せる。素晴らしい才能だ」
イホークは講義中も護衛として律のそばにいた。そのときに講義を聞いていたのだろう。だが、聞いたからといって理解して使えるわけではない。現にイホークのように力を扱える者はまだおらず、その才能の大きさに感嘆した。もっとも、律が知らない間にかなりの努力をしたのだろう。
「ありがとうございます。それは素直に嬉しいですけど、でも、イホークは努力をしたのですよね。そうじゃないとあそこまで使えない。俺こそ尊敬します」
イホークはふっと笑うと、リツの頭をぐしゃりと撫でた。
その日は少しだけ移動して、交代で眠りにつくことにしたが、こんな場所でこんな状況に巻き込まれて眠れるわけはない。
頭の中にはセドリックの笑った顔が浮かぶ。いつも穏やかな表情なのが印象的だった。律をこの世界に呼んだ張本人で本来なら恨むべき相手だが、いざセドリックに対面してしまうと柔らかな声と優しい笑顔に、恨むどころか正の感情しか抱けなかった。人望というやつだろう。
いつも優しくて、律を尊重してくれた。可愛いと言ってくれたのも嬉しかった。口説かれたのも内心では嬉しかったし、冗談はやめてと交わす日常も本当は楽しんでいた。龍司のいない世界でも生きてこられたのはセドリックとオスカーがいたからだろう。図々しいかもしれないが、友として愛していた。
セドリックが死んだとしたら。考えるだけでじわりと涙が溢れてくる。考えたくないのに頭から消えてくれないのだ。それだけではない。赤ん坊の死体と女性達の死体を頭から消すことができず、生まれて初めて実感した死の恐怖に飲み込まれそうになった。
大丈夫。セドリックが死んだと決まったわけではない。碧の城は空中に浮かぶ城だ。どこよりも攻めにくい城だろうから、オスカーが戻るまでなら余裕で籠城できるはずだ。
律は自身に言い聞かせるが、結局眠ることはできずに起き上がる。それに気付いたのか、律の背後で眠っているイホークも起き上がった。
「ごめん。起こしちゃいましたね」
「いや、私も眠れなかった」
イホークが低い声で答える。月明かりと小さな炎の明かりではよく見えなかったが、酷く疲れた顔をしているように感じた。
律は思わず手を広げると、イホークの体を抱きしめる。自分からハグをするなんて初めてだったが、そうしなければいけないと思ったのだ。
「人肌は安らぐんですよね」
「あぁ、そうだな」
イホークはぎゅっと律を抱き返してきた。しばらく身動きもせずにそうしていた。
「セドリック王は誠に良い王であられた。私は元々みなしごで、剣の腕を買われてある貴族に雇われた。騎士見習いとは名ばかりの傭兵だ。バイベルと大して変わらない身分だっが、セドリック王は目にかけておそばに置いてくださった。近衛兵団長に赤髪の平民を置くなど言語道断だと批判もされたが、セドリック王はそのようなことを気にも留めない。聡明な赤い髪の女性を子の母に選び、赤髪のオスカー様を寵愛されているお方だからな。優秀であれば姿形などどうでもいいのだ。合理的でありながらお優しい方だった。とにかく素晴らしい王で、素晴らしいお人だ」
「うん」
泣いているかと思ったが、イホークはしっかりとした口調で話をした。
「イホーク、一緒にいてくれてありがとう」
今度は謝罪ではなく感謝の言葉を告げる。イホークは答える代わりに再度強く抱きしめてきた。
ジェムは見た目に反して感もいいし頭もいい。リツの頭の中にぼんやりとある疑問を代弁してくれた。
イホークは相変わらず火を見つめている。顔は火に照らされ赤くなっており、真っ赤な髪は燃えているようだ。何を考えているのだろうか。
「火薬……」
「え?」
「火薬とはなんだ? 前に、会議で言っていただろう。それは、火を操る薬じゃないのか」
「なんでそんなこと?」
律は内心で動揺しながらも平静を装って答える。もっとも、イホークには律の様子がおかしいと分かってしまっているだろう。
「昔、爆発する矢があったと文献にある。ただ、その秘薬の調合方法は伝わらずに消えたという。だから皆、ただの伝説だと思っていた。だが、炎軍を率いるサルバトラがその火薬を操るという情報がもたらされた。あの席にいた誰かが律の発言を覚えていて、律からそれを聞き出そうとしているのではないかと私は思う」
「聞き出すって……リツ様を殺そうとしたのに?」
「そうだな。もうすでに火薬の生成方法は分かっていて、それを自分達だけの武器にするために、それを知っている律を殺そうとしたのかもしれない。もしくは教会軍の指揮官はトミーだから私を殺したかっただけか。あいつは底抜けのアホだからな、やることが本末転倒になる。リツを捕らえることよりも私を殺すことを優先したのかもしれない」
納得できるようなできないような話だが、イホークは全てを知っているわけではないのだ。説明を求めるのは酷だろう。だが、ジェムは納得できない顔でじっとイホークを見ていた。
なんだか空気が悪い。リツは話題を変えるようにもう一つの疑問を口にした。
「そういえば、イホークはガーディアンだったんですね。驚きました」
律の言葉に、イホークはうなずく。
「隠していた?」
「いや、物を動かしたり水を作ったりなんてなんの役にも立たないからな。剣の腕を磨いた方がいいと思っていた。だが、リツの講義を聴いて面白いと思い自分なりに力を使ってみた。役に立たないと思っていたものでも、見方一つ、知識一つでこんなにも変わるのだと驚いたものだ。リツは力を持っていなくても人の力を引き出せる。素晴らしい才能だ」
イホークは講義中も護衛として律のそばにいた。そのときに講義を聞いていたのだろう。だが、聞いたからといって理解して使えるわけではない。現にイホークのように力を扱える者はまだおらず、その才能の大きさに感嘆した。もっとも、律が知らない間にかなりの努力をしたのだろう。
「ありがとうございます。それは素直に嬉しいですけど、でも、イホークは努力をしたのですよね。そうじゃないとあそこまで使えない。俺こそ尊敬します」
イホークはふっと笑うと、リツの頭をぐしゃりと撫でた。
その日は少しだけ移動して、交代で眠りにつくことにしたが、こんな場所でこんな状況に巻き込まれて眠れるわけはない。
頭の中にはセドリックの笑った顔が浮かぶ。いつも穏やかな表情なのが印象的だった。律をこの世界に呼んだ張本人で本来なら恨むべき相手だが、いざセドリックに対面してしまうと柔らかな声と優しい笑顔に、恨むどころか正の感情しか抱けなかった。人望というやつだろう。
いつも優しくて、律を尊重してくれた。可愛いと言ってくれたのも嬉しかった。口説かれたのも内心では嬉しかったし、冗談はやめてと交わす日常も本当は楽しんでいた。龍司のいない世界でも生きてこられたのはセドリックとオスカーがいたからだろう。図々しいかもしれないが、友として愛していた。
セドリックが死んだとしたら。考えるだけでじわりと涙が溢れてくる。考えたくないのに頭から消えてくれないのだ。それだけではない。赤ん坊の死体と女性達の死体を頭から消すことができず、生まれて初めて実感した死の恐怖に飲み込まれそうになった。
大丈夫。セドリックが死んだと決まったわけではない。碧の城は空中に浮かぶ城だ。どこよりも攻めにくい城だろうから、オスカーが戻るまでなら余裕で籠城できるはずだ。
律は自身に言い聞かせるが、結局眠ることはできずに起き上がる。それに気付いたのか、律の背後で眠っているイホークも起き上がった。
「ごめん。起こしちゃいましたね」
「いや、私も眠れなかった」
イホークが低い声で答える。月明かりと小さな炎の明かりではよく見えなかったが、酷く疲れた顔をしているように感じた。
律は思わず手を広げると、イホークの体を抱きしめる。自分からハグをするなんて初めてだったが、そうしなければいけないと思ったのだ。
「人肌は安らぐんですよね」
「あぁ、そうだな」
イホークはぎゅっと律を抱き返してきた。しばらく身動きもせずにそうしていた。
「セドリック王は誠に良い王であられた。私は元々みなしごで、剣の腕を買われてある貴族に雇われた。騎士見習いとは名ばかりの傭兵だ。バイベルと大して変わらない身分だっが、セドリック王は目にかけておそばに置いてくださった。近衛兵団長に赤髪の平民を置くなど言語道断だと批判もされたが、セドリック王はそのようなことを気にも留めない。聡明な赤い髪の女性を子の母に選び、赤髪のオスカー様を寵愛されているお方だからな。優秀であれば姿形などどうでもいいのだ。合理的でありながらお優しい方だった。とにかく素晴らしい王で、素晴らしいお人だ」
「うん」
泣いているかと思ったが、イホークはしっかりとした口調で話をした。
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