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碧のガイア
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「これからどうするんですか」
「西に向かう」
「西?」
「そうだ。オスカー様と合流する」
オスカーは二ヶ月前から、タルミニア国にある鉱山の視察に行っている。同時に、内戦状態のタルミニア国を制圧するために軍隊も引き連れていた。
反乱軍である炎軍はタルミニア国の首都クレタラ近くまで迫ってきており、放っておけばディン族が政権を握るだろう。それはエリン国の傀儡政権からの脱却を意味する。タルミニア国は豊富な鉱山資源を初め様々な利益をもたらす国であるので、それは非常にまずいことだ。
「なぜですか。一刻も早く城に帰ってセドリックに助けてもらった方がいいのでは」
タルミニア国は西に突き出た半島でありエリン国とは陸続きの隣国だ。国境はここからそう遠くはないが、歩いて行くとなると気が遠くなりそうだ。何故わざわざそこまで行く必要があるのだろうか。
「敵の兵士は杖の紋章を付けていた。ちらりとしか見ていないが、エリン国の兵士ではないのは確かだ」
「杖の紋章って、教会の私設軍ってことですか」
「そうだ。教会の兵士が、堂々と王の近衛隊を襲ったんだ。ただ事ではない。恐らく、軍が出払っている時を狙ったクーデターだ」
「教会が?」
「そうだ。教会は司教の娘が産んだ第二王子のウィリアムを擁立したがっている。だが、ウィリアムは教会の言われたままに動く人間で、なんというか、ひと言で言うと魅力がなくて背も低く人気もない。王の器でないのは誰もが認めるところだ。聡明で国民の人気も高いオスカー様が王位に就くのはほぼ確定だった。それをくつがえすにはオスカー様を排除するのが手っ取り早いが、軍閥であるオスカー様を排除するのは中々に難しい。だからオスカー様がいないときを狙ってクーデターを起こしたのだろう」
「え? じゃあ城は? セドリックは?」
イホークは答えなかった。ただ、まっすぐ遠くを見ている。その目は微かに揺れており、律にはイホークの心の内が見えてしまった。
川に飛び込んだときにイホークが城を見上げていたのを思い出す。きっとイホークは城に帰りたかったのだろう。すぐにでも城に帰り、セドリックを助けたかった。
だが、そうはしなかった。律を守ることを優先したからだ。そして今だって走ってでも帰りたいはずなのにここにいる。律は腹の奥からぐっとこみ上げてくる塊を懸命に飲み込んだ。
「ごめんなさい」
「なにがだ」
「俺がいるから帰れない……そもそも、俺があんなことを始めたから」
「あんなこと?」
「龍司に会うためにこの国の理を変えてしまった。そんなことしたいって言わなければ近衛隊は城にいたし、イホークだって城にいた」
「なぜ謝る。怒るぞ」
「だって」
「リツのすぐに謝るところは理解できない。私は騎士だ。主君に忠誠を誓うが、奴隷とは違う。いくら主君が命令しても意に沿わないことには従わない。私は私が望んでリツの護衛をした。今もそうだ。これは私の意思だ」
「でも……」
「でももクソもない。律は自分の望みを実現するために動いただけだ。それのどこが悪い。アスタリアンはそんなに意志がないのか? それで生きていけるのか?」
律が言い返すことができずにいると、ジェムが律の肩にそっと触れてきた。律の気持ちを分かって慰めてくれているのだろう。律の代わりといったように、ジャムが口を開く。
「私には納得できません。クーデターを行って政権を握ってもオスカー様が帰って来ればすぐに奪還されるでしょう。それに人気のあるセドリック王を殺したとなれば教会への反発は高まりますし、こんな愚策を行う意味は全くないのでは」
ジェムの言葉にそのとおりだと思ってイホークの顔を見る。情勢を理解したり分析するのは苦手だが言われたことは理解できる。イホークはすぐには答えず、じっと火を見つめていた。
「西に向かう」
「西?」
「そうだ。オスカー様と合流する」
オスカーは二ヶ月前から、タルミニア国にある鉱山の視察に行っている。同時に、内戦状態のタルミニア国を制圧するために軍隊も引き連れていた。
反乱軍である炎軍はタルミニア国の首都クレタラ近くまで迫ってきており、放っておけばディン族が政権を握るだろう。それはエリン国の傀儡政権からの脱却を意味する。タルミニア国は豊富な鉱山資源を初め様々な利益をもたらす国であるので、それは非常にまずいことだ。
「なぜですか。一刻も早く城に帰ってセドリックに助けてもらった方がいいのでは」
タルミニア国は西に突き出た半島でありエリン国とは陸続きの隣国だ。国境はここからそう遠くはないが、歩いて行くとなると気が遠くなりそうだ。何故わざわざそこまで行く必要があるのだろうか。
「敵の兵士は杖の紋章を付けていた。ちらりとしか見ていないが、エリン国の兵士ではないのは確かだ」
「杖の紋章って、教会の私設軍ってことですか」
「そうだ。教会の兵士が、堂々と王の近衛隊を襲ったんだ。ただ事ではない。恐らく、軍が出払っている時を狙ったクーデターだ」
「教会が?」
「そうだ。教会は司教の娘が産んだ第二王子のウィリアムを擁立したがっている。だが、ウィリアムは教会の言われたままに動く人間で、なんというか、ひと言で言うと魅力がなくて背も低く人気もない。王の器でないのは誰もが認めるところだ。聡明で国民の人気も高いオスカー様が王位に就くのはほぼ確定だった。それをくつがえすにはオスカー様を排除するのが手っ取り早いが、軍閥であるオスカー様を排除するのは中々に難しい。だからオスカー様がいないときを狙ってクーデターを起こしたのだろう」
「え? じゃあ城は? セドリックは?」
イホークは答えなかった。ただ、まっすぐ遠くを見ている。その目は微かに揺れており、律にはイホークの心の内が見えてしまった。
川に飛び込んだときにイホークが城を見上げていたのを思い出す。きっとイホークは城に帰りたかったのだろう。すぐにでも城に帰り、セドリックを助けたかった。
だが、そうはしなかった。律を守ることを優先したからだ。そして今だって走ってでも帰りたいはずなのにここにいる。律は腹の奥からぐっとこみ上げてくる塊を懸命に飲み込んだ。
「ごめんなさい」
「なにがだ」
「俺がいるから帰れない……そもそも、俺があんなことを始めたから」
「あんなこと?」
「龍司に会うためにこの国の理を変えてしまった。そんなことしたいって言わなければ近衛隊は城にいたし、イホークだって城にいた」
「なぜ謝る。怒るぞ」
「だって」
「リツのすぐに謝るところは理解できない。私は騎士だ。主君に忠誠を誓うが、奴隷とは違う。いくら主君が命令しても意に沿わないことには従わない。私は私が望んでリツの護衛をした。今もそうだ。これは私の意思だ」
「でも……」
「でももクソもない。律は自分の望みを実現するために動いただけだ。それのどこが悪い。アスタリアンはそんなに意志がないのか? それで生きていけるのか?」
律が言い返すことができずにいると、ジェムが律の肩にそっと触れてきた。律の気持ちを分かって慰めてくれているのだろう。律の代わりといったように、ジャムが口を開く。
「私には納得できません。クーデターを行って政権を握ってもオスカー様が帰って来ればすぐに奪還されるでしょう。それに人気のあるセドリック王を殺したとなれば教会への反発は高まりますし、こんな愚策を行う意味は全くないのでは」
ジェムの言葉にそのとおりだと思ってイホークの顔を見る。情勢を理解したり分析するのは苦手だが言われたことは理解できる。イホークはすぐには答えず、じっと火を見つめていた。
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