ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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碧のガイア

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 だから今日はのんびりできるはずなのだが、扉の向こうで出産をしていると思うと落ち着かない。叫び声のような呻き声が何度も上がり、聞いているだけで辛かった。

「産まれた?」

 赤ん坊の声がドアの向こうから聞こえてきた。ジェムと顔を見合わせる。

「はい、産まれましたね」

「見に行きたいけど、駄目だよね」

「えぇ、父親よりも先に赤ん坊に会うと、姦通していたと疑われますよ」

「それはまずいね。でも、俺、赤ちゃん見たことってほとんどないんだよね。可愛いだろうな」

「可愛いでしょうね。私も見たいです」

 ジェムと二人で呑気に笑い合っていたが、突然イホークがその場にそぐわぬようなしかめっ面をすると、顔色を変えて唇に人差し指を当てた。

「静かに」

「え?」

「窓から離れろ」

 イホークは窓に駆け足で近づき外を覗くと、外にいる兵士に叫んだ。

「盾を構えろ! 矢が来るぞ!」

 イホークは叫ぶのと同時に、木戸を閉め律とジェムに覆い被さって床に伏せさせた。

 何がなんだかわからずにイホークの下で身を固くしていると、一瞬静寂が訪れた。その中で赤ん坊の泣き声だけが響いているが、それが恐怖をかき立てる。

 次の瞬間に、ビュンと言っていいのか、バンと言っていいのか分からない音が次々と聞こえ、外では叫び声のような声が響いた。顔を上げようとしたが、イホークに抑えつけられてできない。

 また沈黙が訪れる。今度は赤子の声は聞こえず、男達の呻くような声が聞こえるだけだ。

「な、なに?」

「襲撃された」

「襲撃?」

 いくつかのやじりが女達がいる部屋の扉から突き出ている。すぐに我に返ってその扉をじっと見た。

 赤ん坊の声がしない。女性達の声もだ。イホークが立ち上がると律も立ち上がり咄嗟に扉を開けた。

「開けるな!」

 イホークの声が響いてすぐに扉は閉じられたが、律の目には分娩台の上で無数の矢が刺さっている女性と、赤ん坊を抱えたまま倒れている産婆がしっかりと見えていた。

 呼吸が荒くなり、目の前が暗くなっていく。助けなくてはと思ったが、イホークにそれを制された。律は首を振って扉に手を伸ばす。

「助けないと! 赤ちゃんが、赤ちゃんが!」

「駄目だ!」

「でも!」

「弓隊は風上である北にいる。あの部屋は北向きにでかい窓があって中が丸見えだ。いけばすぐに射られてしまう」 

「でも、赤ちゃんが死んじゃう! 離せ!」

 どこにそんな力があるのか、律はイホークの手を振り払うと部屋の中に入り赤ん坊の元に走った。赤ん坊にも産婆にも沢山の矢が刺さっている。息はもうなかった。

「こい!」

 しゃがみ込んでいる律をイホークは腕で抱え上げると、すぐに元の部屋に戻った。

「さっきまで泣いていたのに……ジェムと赤ん坊を見るって、そう言って……俺……」

 興奮しているせいかまともな思考が湧いてこない。悲しいというよりも矢に射られていた小さな死体に、ただショックを受けて動けなかった。

 床に座り込んで呆然としていると、頬に衝撃が走る。叩かれたのだ。驚いてイホークの顔を見ると、イホークは見たことのないような恐ろしい顔でこちらを見てきた。

「気をしっかりもて。今はリツが生き残ることが最優先だ」

 律は歯を食いしばり扉をじっと見つめる。本当に赤ん坊は死んだのか。女性達は死んだのか。ちゃんと調べれば生きているのではないか。今行けば助けられるかもしれない。そんなことを思っていると、肩に柔らかな感触を感じた。振り返ると、ジェムが心配そうな、だが、まっすぐな目で見てくる。

「リツ様、悲しむのは後でなさってください。サー・イホークの言うとおりです」

 ジェムの顔を見て、イホークの顔を見る。このままではジェムもイホークも死んでしまうと思い、自分の両頬をぱんっと叩いた。


「第二矢だ!」

 外から声が聞こえる。すぐに矢の刺さる音が響いた。
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