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まれびと来たりて
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セドリックは執務室で、モザイクの模様の入ったテーブルについて仕事をしていた。律が部屋に入ってきたのに気が付くと顔を上げ、ニコリと笑って隣に置いた椅子を掌で指し示した。
「失礼します」
お辞儀をして座ると、セドリックは苦笑して向かい合い、手を握ってきた。
「礼儀正しいが、他人行儀だ。オスカーにはあんなに心を開いているのに、私には開いてくれないのかい?」
彫刻のような美しい顔が近づいてくる。律は思わず体をそらした。
「いえ、そんな。オスカーは私よりも年下ですし、セドリックは王様だから私なんかが……」
「でも、君は碧のガイアだ。私よりも敬われる存在なんだよ。それにとても寂しいよ」
眉を垂らして寂しそうな顔をするセドリックに、律はちょっと困ってしまう。
「初めて見たときから、なんて可愛らしくて、美しい少年なんだと思っていた。君が碧のガイアでなければ私の伴侶にしたのに。せめて、友のように接してほしい」
「え、あの、それ……もう、いいですから」
最近顔を合わせていないので久しぶりに言われたが、それは今まで何回か言われたことだ。こんな容姿が物珍しいから言っているのだろうが、なにがどうして、こんなに綺麗な人にそんなことを言われるのか。碧のガイアのせいだとしたら碧のガイアって凄すぎる。
「父上、またリツを口説いているのですが。四人も子がいながら嘆かわしい」
ばんっとドアが開いて、オスカーが入ってくる。タイミングが良すぎて、律の後を付いてきたとしか思えない。面倒だと思って内心でため息をつく。
「子を作るは義務だから仕方ない。子は何よりも愛しい存在だが、愛する伴侶を得る権利は私にもあるのだよ」
「ならばさっさと婚姻をすればいい」
「婚姻は愛する者とでなければ」
セドリックが律の顔を見てくる。オスカーがムスッとした顔をして、律の手をセドリックから奪うように握ってきた。律には苦笑いをすることしかできない。
この国では、男児を身ごもった女性はその後二度と王の閨に入ることはできない。また、王は女性を伴侶にすることができないため、身ごもることのない男を伴侶にするしかないのだ。その慣習は王だけではなく、身分の高い者の間にも広まっているという。同性同士での婚姻をよしとするのは文化のためか、そもそもこの世界の人間の性質なのだろうか。
「俺の方が歳が近い」
オスカーが張り合うように言うと、セドリックが首を振る。
「残念だ。碧のガイアは娶れないよ」
親子の間で静かな火花が散ったように見えた。何なんだと思い、今度は隠さずに大きなため息をついた。
「ちょっと、なんですか、これ。人で遊ぶのはいい加減にしてください。私は政策の話で呼ばれたのですよね」
「そうだった」
我に返ったようにセドリックが律を見る。
「遊んではないぞ」
冷静に言い放つオスカーに、もしかして人生最大のモテ期というやつなのかもしれないと思ったが、それに喜んでいる暇などなかった。
「蒸留酒の輸出が軌道に乗り始めたようだ」
「本当ですか?」
「あぁ、かなりの貿易黒字が見込めそうだ」
エリン国は北から南まで広がる広大な土地を持っている。それぞれの地域を貴族が収めているのだが、元からその土地を収めている貴族である場合と、中央から派遣された貴族である場合とがある。
南にあるデモニウム島は中央が管轄している島であり、サトウキビが栽培され、そのサトウキビから砂糖の生産が行われている。砂糖は悪魔がもたらした誘惑の味だから悪魔の名をつけられた島だ。
律は以前、砂糖を生産する際にできた廃棄物である糖蜜を使って蒸留酒を作ることを提案した。いわゆる、ラム酒だ。
ワインやビールを蒸留せずにエタノールが得られるし、アルコール濃度の高い酒として取引をすれば売れるだろうことは、世界の歴史を鑑みればわかっていた。それに蒸留技術を確立していくことは、今後のエリン国にとって有益だろう。
「作物の収穫量についてはどうだい? 増やせそうかな」
「わかりません」
「一年以内」
「え?」
「一年以内に収穫量をあげたい。リツも言っていただろう。治療に必要な革を広く配布するためには、穀物などの生産量をあげないとダメだと。実現してほしい」
「一年以内って、でも、え?」
思わずオスカーの顔を見る。無意識に助け船を求めていたが、オスカーは助けてくれるどころかうなずいた。
「手伝うから、やろう」
「でも、それは難しいです。俺は農業については疎いし……」
「泣き言はいい。やるしかない」
オスカーに厳しい言葉をかけられるのは珍しい。律はぐっと唇を噛みうつむいた。
「だったら龍司を……」
「え?」
「先に龍司を探しに行かせてください」
「だめだ」
すかさずオスカーが答える。セドリックが手を上げてオスカーを制した。
「ずっととは言いません。期限を区切ってもいいから」
セドリックはニコリと微笑むと、律の肩に手を置いた。
「今リツがいなくなるのは、無理だというのはわかっているだろう。だが約束を破ることはしない。優秀な人間に調査させよう。リツが闇雲に探すよりもその方が早いだろうからね」
「でも、俺は自分で……」
探したい。
正直言うと四六時中龍司のことを考えているわけではない。仕事に集中しているときは忘れてしまうこともある。それでも、龍司に出会うためにやっているのだというのは、いつでも底にある。
だからこそ、心を殺してこの世界に新たな知識や技術をもたらしている。本来であれば、この世界の人間が然るべき時に知識を発展させ技術を開発するべきなのだ。この世界の人間だけがこの世界を構築し、もしくは壊す権利がある。技術の発展が必ずしも人の幸せに繋がるとは限らず、むしろ、この世界の理を壊して、自然界のバランスを崩す可能性の方が高いのだ。
セドリックは執務室で、モザイクの模様の入ったテーブルについて仕事をしていた。律が部屋に入ってきたのに気が付くと顔を上げ、ニコリと笑って隣に置いた椅子を掌で指し示した。
「失礼します」
お辞儀をして座ると、セドリックは苦笑して向かい合い、手を握ってきた。
「礼儀正しいが、他人行儀だ。オスカーにはあんなに心を開いているのに、私には開いてくれないのかい?」
彫刻のような美しい顔が近づいてくる。律は思わず体をそらした。
「いえ、そんな。オスカーは私よりも年下ですし、セドリックは王様だから私なんかが……」
「でも、君は碧のガイアだ。私よりも敬われる存在なんだよ。それにとても寂しいよ」
眉を垂らして寂しそうな顔をするセドリックに、律はちょっと困ってしまう。
「初めて見たときから、なんて可愛らしくて、美しい少年なんだと思っていた。君が碧のガイアでなければ私の伴侶にしたのに。せめて、友のように接してほしい」
「え、あの、それ……もう、いいですから」
最近顔を合わせていないので久しぶりに言われたが、それは今まで何回か言われたことだ。こんな容姿が物珍しいから言っているのだろうが、なにがどうして、こんなに綺麗な人にそんなことを言われるのか。碧のガイアのせいだとしたら碧のガイアって凄すぎる。
「父上、またリツを口説いているのですが。四人も子がいながら嘆かわしい」
ばんっとドアが開いて、オスカーが入ってくる。タイミングが良すぎて、律の後を付いてきたとしか思えない。面倒だと思って内心でため息をつく。
「子を作るは義務だから仕方ない。子は何よりも愛しい存在だが、愛する伴侶を得る権利は私にもあるのだよ」
「ならばさっさと婚姻をすればいい」
「婚姻は愛する者とでなければ」
セドリックが律の顔を見てくる。オスカーがムスッとした顔をして、律の手をセドリックから奪うように握ってきた。律には苦笑いをすることしかできない。
この国では、男児を身ごもった女性はその後二度と王の閨に入ることはできない。また、王は女性を伴侶にすることができないため、身ごもることのない男を伴侶にするしかないのだ。その慣習は王だけではなく、身分の高い者の間にも広まっているという。同性同士での婚姻をよしとするのは文化のためか、そもそもこの世界の人間の性質なのだろうか。
「俺の方が歳が近い」
オスカーが張り合うように言うと、セドリックが首を振る。
「残念だ。碧のガイアは娶れないよ」
親子の間で静かな火花が散ったように見えた。何なんだと思い、今度は隠さずに大きなため息をついた。
「ちょっと、なんですか、これ。人で遊ぶのはいい加減にしてください。私は政策の話で呼ばれたのですよね」
「そうだった」
我に返ったようにセドリックが律を見る。
「遊んではないぞ」
冷静に言い放つオスカーに、もしかして人生最大のモテ期というやつなのかもしれないと思ったが、それに喜んでいる暇などなかった。
「蒸留酒の輸出が軌道に乗り始めたようだ」
「本当ですか?」
「あぁ、かなりの貿易黒字が見込めそうだ」
エリン国は北から南まで広がる広大な土地を持っている。それぞれの地域を貴族が収めているのだが、元からその土地を収めている貴族である場合と、中央から派遣された貴族である場合とがある。
南にあるデモニウム島は中央が管轄している島であり、サトウキビが栽培され、そのサトウキビから砂糖の生産が行われている。砂糖は悪魔がもたらした誘惑の味だから悪魔の名をつけられた島だ。
律は以前、砂糖を生産する際にできた廃棄物である糖蜜を使って蒸留酒を作ることを提案した。いわゆる、ラム酒だ。
ワインやビールを蒸留せずにエタノールが得られるし、アルコール濃度の高い酒として取引をすれば売れるだろうことは、世界の歴史を鑑みればわかっていた。それに蒸留技術を確立していくことは、今後のエリン国にとって有益だろう。
「作物の収穫量についてはどうだい? 増やせそうかな」
「わかりません」
「一年以内」
「え?」
「一年以内に収穫量をあげたい。リツも言っていただろう。治療に必要な革を広く配布するためには、穀物などの生産量をあげないとダメだと。実現してほしい」
「一年以内って、でも、え?」
思わずオスカーの顔を見る。無意識に助け船を求めていたが、オスカーは助けてくれるどころかうなずいた。
「手伝うから、やろう」
「でも、それは難しいです。俺は農業については疎いし……」
「泣き言はいい。やるしかない」
オスカーに厳しい言葉をかけられるのは珍しい。律はぐっと唇を噛みうつむいた。
「だったら龍司を……」
「え?」
「先に龍司を探しに行かせてください」
「だめだ」
すかさずオスカーが答える。セドリックが手を上げてオスカーを制した。
「ずっととは言いません。期限を区切ってもいいから」
セドリックはニコリと微笑むと、律の肩に手を置いた。
「今リツがいなくなるのは、無理だというのはわかっているだろう。だが約束を破ることはしない。優秀な人間に調査させよう。リツが闇雲に探すよりもその方が早いだろうからね」
「でも、俺は自分で……」
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正直言うと四六時中龍司のことを考えているわけではない。仕事に集中しているときは忘れてしまうこともある。それでも、龍司に出会うためにやっているのだというのは、いつでも底にある。
だからこそ、心を殺してこの世界に新たな知識や技術をもたらしている。本来であれば、この世界の人間が然るべき時に知識を発展させ技術を開発するべきなのだ。この世界の人間だけがこの世界を構築し、もしくは壊す権利がある。技術の発展が必ずしも人の幸せに繋がるとは限らず、むしろ、この世界の理を壊して、自然界のバランスを崩す可能性の方が高いのだ。
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