ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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まれびと来たりて

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 律は大きく息を吐くと、図書館の机に突っ伏した。

 図書館は空中回廊で城と繋がっている。空中回廊の天井には、碧い大木の周りを二人の天使が飛んでいる絵が描かれており、高い位置にある窓にはステンドグラスがはめられていてキラキラと光っていた。

 図書館に入ると一転、朴訥だが、趣のある室内が広がる。茶色の円形の建物の壁には天井までの高さがある本棚が並べられ、はしごがあちこちにかけられている。部屋の真ん中には大きな木の机が置かれているが、律はそこに突っ伏して一休みしていた。

「リツ、やっぱりここにいた」

 いつの間にか来たのか、オスカーが律の隣に立つと、律の頭をそっと撫でた。

「疲れているな」

「大丈夫」

 律は顔を上げると笑ってみせた。

 半年前に律はセドリック王から医療や科学について助言をする許可を得たので、まずは怪我の治療として、科学が未発達で物資の足りないこの世界でもできる湿潤治療を提案したのだが思った以上に大変だ。

 いくら王のバックアップがあるとしても、長年根付いている常識を覆すのは大変である。また、律のいた世界と同様に、この世界でも聖職者であるアマルは王に近い権力を持っており、彼らが律の行うことに対して懐疑的であるのが一番やっかいなことであった。

 ただ今は、成果を積み上げるしかない。律自ら治療を行うのと同時に治療法を教育していった。治療法を教えるという行為一つとっても大変であったが、エリン国民は勤勉で生真面目で、日本人に近い従順な気質を持っているため、少しずつだが効果は出ていた。

「何故リツはいつも無理をする。疲れたときは疲れたと言っていい」

 オスカーが律の頭頂部にキスをする。そういった行為には少しだけ慣れたが、やはり照れくさい。

「オスカーに比べればどうってことないし」

 オスカーは次期王として、沢山の仕事をしているようだ。最近では軍の掌握に労力を費やしていると聞く。オスカーには弟が三人おり、王位継承権が彼らのうちの一人に移ってしまう心配が常にあるからだ。

 王位継承権を確実にするためには、軍を味方につけるのが一番確実なのだという。まだ十七歳だというのに、律よりもよほど大人だ。その姿は龍司を彷彿とさせた。

 龍司は高校生のときにはすでに律とは違う世界に住み、違うものを見ていた。国家ほどではなくとも、背負うものは律が想像する以上に重苦しいものだったのだろう。

 結局律は、そんな龍司の助けになることなど何一つできなかったのだが、今はオスカーの役に立ち、誰かを救えているのが嬉しい。何よりも、人から与えられる賛辞は自己評価の低い律にとって何よりのご褒美だったのだ。

「そんなことはない。リツのしていることは誰にもできない素晴らしいことだ。俺なんかよりも凄いぞ」

 特にオスカーは感情豊かなだけに、褒めるときも大げさだ。律は嬉しさ半分、過剰評価だという思いが半分で苦笑いをする。

「大げさだな。俺はただ、先人が築き上げた技術を盗んでいるだけ。創造もできないぼんくらだ」

「謙遜しすぎるのは美しくないし、苛つくからやめろ」

「ごめん」

「だが、そんなリツが俺は好きだ。だから謝るな」

 頬にチュッとされ、顔を赤くした。それを見て、オスカーは可愛いと言って笑う。年下のくせにと思うが、オスカーにとって律は守るべき存在のようで、年齢なんてどうでもいいと思っているようだった。

 ここに来てからもう7か月たつが長いようでいて短く、そして濃い時間だった。元々は龍司を探すために取り組んだ仕事も、今では使命感を感じるまでになっている。ただぼうっと本を読んで過ごしている毎日よりも余程いい。

 ただ、手を着けてみると、中々に大仕事で律は自分の考えが甘いことを実感していたが、それでも、龍司に出会うためと思えばどんなに辛くても乗り越えることができた。

 それに、オスカーに対しては年下のせいもあってか、リラックスして接することができるようになっていた。生意気で傲慢だが、優しくて素直だ。そんなところも龍司に似ている。だから親近感が湧いたのかもしれない。

 オスカーも律に対しては親しい友のように接してくれている。律が異世界の人間だからこそ、心をさらけ出せるのかもしれない。時には孤独や重圧についてを語ってくれた。それが嬉しい。
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