ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

文字の大きさ
上 下
14 / 55
まれびと来たりて

6

しおりを挟む
 律は大きく息を吐き出すと、心を落ち着かせた。冷静になれと自分に言い聞かせる。ここには龍司はいない。夢中で話しても、失言して相手を怒らせても、いつもなら龍司がフォローをしてくれていたのだがそれは望めないのだ。

 自分が今まで自由に発言できたのは龍司のお陰だったと今更ながらに実感する。よくもこんなに情けない男の味方をしてくれたものだと、龍司の懐の大きさに感謝した。

「俺が龍司が来ていることを証明します。どうか俺に、友人を探させてください」

 セドリックをじっと見ると、その目が少し細くなる。何を考えているのかわからない表情だった。

「駄目だよ。危険だし、君は私達の大切なまれびとで碧のガイアだ。君を守ることは、私やオスカーだけの意志ではない。この国にとっても重要なことなんだよ」

「でも、そんなの……」

 勝手だと言いたかったが、臆病ゆえに口ごもってしまう。

「お願いです。大切な人なんです。彼に会うためなら……」

――死んだっていい。

 そう言いたかったが、口にしたら胡散臭くなりそうで言えなかった。

「恋人なのか?」

 オスカーが不躾に聞いてくる。律はそれは慌てて首を振った。龍司との関係をホモかとからかわれたことはあったが、実際に疑う者はいなかった。それはそうだろう。あの龍司が男の律を恋人にするなどあり得ないからだ。

 だが、この国は男同士が恋人でもおかしくはないらしく、同性間での婚姻も認められている。だからこその問いなのだろう。嬉しいのか嬉しくないのか、複雑な思いが湧いてくる。

 はっきりと答えない律に、オスカーはイエスだと思ったのだろうか。睨み付けるように見てくる。

「だったら、尚更駄目だ。リツは俺達のものだ。誰にも渡さない。絶対に駄目だ。いいか」

 傲慢な言葉に、言い返すことはしなかったがうなずくこともしなかった。

「オスカー、いい加減にしなさい」

 セドリックが少しきつい口調で言うと、ニコリと笑って見てくる。

「息子は君がとても大切なんだ。私もだよ」

「碧のガイアだからですか」

「勿論そうだよ」

 そりゃそうだろう。そうでなければこんなちんけな男一人捕まえて、ここまで大切にはしてくれないだろう。それに律が喜んでいないことは、この人達には理解できなだろうが。

 そうだ。ちんけな男だ。この人達が何を望んでいるのかわからないが、律には何もできない。実際にここにきてから一月、何もしていないのだ。

 律が何故呼ばれたのか、律に何を求めているのか未だわからないが、役立たずとわかればここから追い出されるのだろう。そうなれば自由に龍司を探すことができるが、出会う前に野垂れ死ぬのは確実だ。

 ならばどうすればいいのか。どうしたら追い出されずに龍司をさがすことができる。自分が人より秀でているのは役にも立たない記憶力だ。今まで読んだ本の内容は大抵頭の中に入っている。そこまで考え、ふと、町で見た施療院を思い出した。

「もし、俺が医療や科学に力を貸して、役に立ったら許可をしてくれますか」

「役に立ったらとは?」

 セドリックが首を傾げる。

「ご存じのとおり、俺のいた世界はこの世界よりも医学も科学も進んでいます」

「そうだね。だけど、神に授かった力を忘れた、無機質で冷たい世界だ」

 なるほど、そういう考えもあるのかと納得しながらも、話を続けた。

「はい。わかっています。この世界は俺の住んでいた世界とは違うことわりがある。でも、今はそれが崩れてきているのですよね。だから俺が呼ばれたと聞いたけど、一体何をどうすべきか俺にはわかりませんし、ここにいろと言われただけで何もしていない。何も変わっていないし、今すぐに誰かを救えているわけじゃない」

「何を言いだすんだ。律は何もしなくていい。ここにいるだけでいいんだ」

 オスカーが顔をしかめる。

「傷口を無闇やたらに焼くなんてしなくても治療はできる。他にも、色々と知っています。知識だけはあるんです」

 実践したことはないけど、と心の中で呟く。

 セドリックとオスカーが顔を見合わせる。何を言い出すのだと思っているのだろう。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...