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まれびと来たりて
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「や……やめてください」
熱い抱擁から何とか抜け出し二人の顔を見ると、嬉しそうな顔から一転、少し怒った顔をした。
「勝手に出ていくだなんて駄目だよ」
セドリックが優しい声で言う。
「警備はなにをしていた。罰を与えろ」
続けてオスカーが言う。穏やかな父親とは違い、すぐに感情をあらわにするオスカーは少し声を荒らげた。まだ十七歳だというので、若さゆえの荒々しさも持っているのだろう。
「お説教は後にしよう。怪我をしているね。どうしたんだい?」
セドリックが律の頬に掌を当て、親指で泥を拭った。言われてみて気が付いたが顔がヒリヒリとする。地面に擦ったからだろう。オスカーの眉根が寄る。
「怪我? イホーク、何があった!」
オスカーがイホークを見てまた声を荒らげる。イホークは無表情のまま答えた。
「暴漢に襲われたようです」
「暴漢? 捕まえたのか?」
「はい。牢に連行しました」
「首を吊せ!」
オスカーの言葉に、セドリックが困ったように笑う。
「大切なリツを傷つけたのだから気持ちはわかるが、裁判なしに裁いてはいけないよ。お前はいずれこの国を統べるのだから、感情に流されてはいけない」
諭すように言ったセドリックに、オスカーは渋々といった様子でうなずいた。
「裁判で有罪になれば、十回鞭打った後に首を吊り、十日間死体を晒させよう」
「え?」
穏やかな表情のまま言い放ったセドリックの顔を見る。感情的ではない分、余計にゾクリとするものを感じ、律はブルブルと首を振った。
「ただの喧嘩ですから……」
「リツがここに来たときに誓ったはずだ。君への侮辱は私への侮辱でもある」
「侮辱だなんて、大げさじゃないですか。やめてください」
「なぜ?」
「なぜだなんて……命ですよ」
セドリックが首を傾げる。律が何を言っているかわからないようだった。セドリックは優しいが、やはり王なのだと思い知る。彼にとっては町民の命など気に留めるものではないのかと、命の軽さにゾッとした。
「俺はこんなことで人が死ぬのは反対です。俺のためにやめてください。お願いします」
図々しいだろうと思ったが、セドリックは少し驚いた顔をした後、律の手を取り手の甲にキスをすると微笑んだ。
「優しい子だね。君が望むなら」
そのままセドリックが律の頬に口づけると痛みが消える。頬に手をやると、そこに傷はなかった。
王家の不思議な力だ。彼らは癒やしの手を持つのだと聞いていたが、それを目の当たりにしてようやく真実なのだと実感した。
その癒やしの力はこの城を支える四本の碧い守護樹からの贈りものだという。山から流れてくる水は守護樹の足下を流れ、川となる。その川は町に入る前に二つに分かれ、まるで町を囲むように流れていくのだ。
町には癒やしの力が溢れ、流行り病が蔓延することはない。川の水は怪我を癒やし、時には不思議な力を持つ魔法使いを生む。王家とは違い、彼らが生まれるのに血筋は関係ない。偶然生まれる「ガーディアン」は、誰よりも敬意をもって扱われ、大切にされるのだ。だが、最近はその力を持つ者が生まれなくなっているという。だからこそ、律がここに呼ばれたのだ。
「ありがとうございます」
「他に怪我は?」
「いえ、特には」
言いながら無意識に腰をさすってしまう。それを目ざとく見つけたオスカーが、突然に律の上着をまくりあげ顔をしかめた。
「なんだこれ……」
自分では見えないが、蹴られた跡が残っているのだろう。オスカーの熱い手が腰に触れてくるが、その手は震えていた。怒っているのだろうが、何故こんなに怒るのか律にはわからない。
「ありがとうございます。もう痛くありません」
「こんな綺麗な肌を……許せない」
オスカーの手がすっと背中の上部まで上がってくる。律はビクリと体を震わすと、体を離した。オスカーは我に返ったようにハッとすると、慌てて手を引っ込めセドリックの顔を見た。
「父上、やはり縛り首にするべきです」
オスカーの言葉に、セドリックは困ったように笑うと首を振る。
「それよりも、何故町に下りたんだい。危険だから城から出てはいけないと言ったはずだ」
じっと見てくるセドリックは微笑んでいるが目は怒っている。律は思わず下を向いて、目を逸らした。
「城では自由に振る舞ってほしいと思っていたが、これでは誰か監視をつけなければいけなくなる」
「俺は……俺は……ただ……友人を探したいだけです」
絞り出すように言うとオスカーが鼻で笑った。
「もう死んでるさ」
オスカーの言葉に、律は顔を上げる。
「し、死んでません」
「死んでる! 俺達がここに呼んだのはリツだけだ。一緒に来ただなんて勘違いだろう」
「本当です。本当に、一緒にいました。一緒に体が消えていくのを見たんだ」
「もし本当だったら、どこか異空間に飛ばされている。実際にここには来ていないだろ。召喚した者以外が一緒に来るだなんて前例がない」
「なんにでも初めてはあります」
「では、来ている証拠は?」
「来ていない証拠だってありません」
「そんなの悪魔の証明だろ」
律はぐっと口を噤む。オスカーは激情型なので賢くないと思われることが多いが、きちんと教育を受けている上に、頭の回転が速い。話している限りでは、相当の切れ者だというのがうかがえる。その上、傲慢だが素直であり、人の話にきちんと耳を傾ける男でもある。セドリックが、扱いづらいが賢い長男を寵愛しているのはそれ故だろう。
熱い抱擁から何とか抜け出し二人の顔を見ると、嬉しそうな顔から一転、少し怒った顔をした。
「勝手に出ていくだなんて駄目だよ」
セドリックが優しい声で言う。
「警備はなにをしていた。罰を与えろ」
続けてオスカーが言う。穏やかな父親とは違い、すぐに感情をあらわにするオスカーは少し声を荒らげた。まだ十七歳だというので、若さゆえの荒々しさも持っているのだろう。
「お説教は後にしよう。怪我をしているね。どうしたんだい?」
セドリックが律の頬に掌を当て、親指で泥を拭った。言われてみて気が付いたが顔がヒリヒリとする。地面に擦ったからだろう。オスカーの眉根が寄る。
「怪我? イホーク、何があった!」
オスカーがイホークを見てまた声を荒らげる。イホークは無表情のまま答えた。
「暴漢に襲われたようです」
「暴漢? 捕まえたのか?」
「はい。牢に連行しました」
「首を吊せ!」
オスカーの言葉に、セドリックが困ったように笑う。
「大切なリツを傷つけたのだから気持ちはわかるが、裁判なしに裁いてはいけないよ。お前はいずれこの国を統べるのだから、感情に流されてはいけない」
諭すように言ったセドリックに、オスカーは渋々といった様子でうなずいた。
「裁判で有罪になれば、十回鞭打った後に首を吊り、十日間死体を晒させよう」
「え?」
穏やかな表情のまま言い放ったセドリックの顔を見る。感情的ではない分、余計にゾクリとするものを感じ、律はブルブルと首を振った。
「ただの喧嘩ですから……」
「リツがここに来たときに誓ったはずだ。君への侮辱は私への侮辱でもある」
「侮辱だなんて、大げさじゃないですか。やめてください」
「なぜ?」
「なぜだなんて……命ですよ」
セドリックが首を傾げる。律が何を言っているかわからないようだった。セドリックは優しいが、やはり王なのだと思い知る。彼にとっては町民の命など気に留めるものではないのかと、命の軽さにゾッとした。
「俺はこんなことで人が死ぬのは反対です。俺のためにやめてください。お願いします」
図々しいだろうと思ったが、セドリックは少し驚いた顔をした後、律の手を取り手の甲にキスをすると微笑んだ。
「優しい子だね。君が望むなら」
そのままセドリックが律の頬に口づけると痛みが消える。頬に手をやると、そこに傷はなかった。
王家の不思議な力だ。彼らは癒やしの手を持つのだと聞いていたが、それを目の当たりにしてようやく真実なのだと実感した。
その癒やしの力はこの城を支える四本の碧い守護樹からの贈りものだという。山から流れてくる水は守護樹の足下を流れ、川となる。その川は町に入る前に二つに分かれ、まるで町を囲むように流れていくのだ。
町には癒やしの力が溢れ、流行り病が蔓延することはない。川の水は怪我を癒やし、時には不思議な力を持つ魔法使いを生む。王家とは違い、彼らが生まれるのに血筋は関係ない。偶然生まれる「ガーディアン」は、誰よりも敬意をもって扱われ、大切にされるのだ。だが、最近はその力を持つ者が生まれなくなっているという。だからこそ、律がここに呼ばれたのだ。
「ありがとうございます」
「他に怪我は?」
「いえ、特には」
言いながら無意識に腰をさすってしまう。それを目ざとく見つけたオスカーが、突然に律の上着をまくりあげ顔をしかめた。
「なんだこれ……」
自分では見えないが、蹴られた跡が残っているのだろう。オスカーの熱い手が腰に触れてくるが、その手は震えていた。怒っているのだろうが、何故こんなに怒るのか律にはわからない。
「ありがとうございます。もう痛くありません」
「こんな綺麗な肌を……許せない」
オスカーの手がすっと背中の上部まで上がってくる。律はビクリと体を震わすと、体を離した。オスカーは我に返ったようにハッとすると、慌てて手を引っ込めセドリックの顔を見た。
「父上、やはり縛り首にするべきです」
オスカーの言葉に、セドリックは困ったように笑うと首を振る。
「それよりも、何故町に下りたんだい。危険だから城から出てはいけないと言ったはずだ」
じっと見てくるセドリックは微笑んでいるが目は怒っている。律は思わず下を向いて、目を逸らした。
「城では自由に振る舞ってほしいと思っていたが、これでは誰か監視をつけなければいけなくなる」
「俺は……俺は……ただ……友人を探したいだけです」
絞り出すように言うとオスカーが鼻で笑った。
「もう死んでるさ」
オスカーの言葉に、律は顔を上げる。
「し、死んでません」
「死んでる! 俺達がここに呼んだのはリツだけだ。一緒に来ただなんて勘違いだろう」
「本当です。本当に、一緒にいました。一緒に体が消えていくのを見たんだ」
「もし本当だったら、どこか異空間に飛ばされている。実際にここには来ていないだろ。召喚した者以外が一緒に来るだなんて前例がない」
「なんにでも初めてはあります」
「では、来ている証拠は?」
「来ていない証拠だってありません」
「そんなの悪魔の証明だろ」
律はぐっと口を噤む。オスカーは激情型なので賢くないと思われることが多いが、きちんと教育を受けている上に、頭の回転が速い。話している限りでは、相当の切れ者だというのがうかがえる。その上、傲慢だが素直であり、人の話にきちんと耳を傾ける男でもある。セドリックが、扱いづらいが賢い長男を寵愛しているのはそれ故だろう。
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