ひたむきな獣と飛べない鳥と

本穣藍菜

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 律は口元を上げて笑うと、龍司の肩を拳で軽く叩く。

「俺がモテないって言いたいんだろ。ふざけんなって。少しは龍司のモテりょくを分けてくれって」

 自ら槍に刺さりにいっている俺はエムか。軽口を叩く自分にツッコミを入れる。龍司は店員を呼んでカシスオレンジとハイボールを頼むと、じっと顔を見てきた。

「なんでモテないんだろうな。こんなに可愛いのにな」

「はぁ?」

「律が女なら絶対放っておかないけどな。顔もいいし、頭もいいし、それに凄く優しいし、根性もある」

 それは龍司以外の友人にも言われたことのある言葉だ。お世辞だろうが嬉しい。それでも、龍司に言われるとなんだか複雑な思いを抱いてしまう。その言葉に舞い上がるのと同時に、男の律なんてどうでもいいくせに、という思いが湧いてくるのだ。

「男から見てモテそうな男って、女には良い人どまりなのが多いんだって。そういうことじゃないかな」

「そういうもんなのかな。でも、もし律が女と付き合っても、その女が変な女だったら絶対別れさせる。相手の女がお前を傷つけたら、風俗に落としてとことん地獄を見せてやる。だから、変な女とは絶対に付き合うなよ。相手が可哀想だ」

 凄い言い分だ。たまに見せる龍司の凶暴性に、怖いと思う以上にゾクリとした奇妙な感覚が湧いてくる。

「何それ。龍司は俺のママなの? いや、こんなママいたらやばいか」

「律はお人好しだから心配なんだよ」

 はいはい。もうそういうのはいいから。

 律は笑いながら運ばれてきたカシスオレンジを飲む。ペースが早いと自分でも分かっていたが、酔わないとやってられない。

「龍司はどうなの?」

「俺?」

「そう。龍司のお父さんも結婚早かっただろ。はやく跡継ぎ作った方がいいとかあるんじゃないの? 今の彼女とは結構長いし、そのまま結婚? まぁ長いっていってもまだ半年だっけ?」

「よく覚えてるな」

 そりゃ覚えているよ。内心で呟く。今までの彼女のことだって覚えている。嫌なのに、頭から離れないのだ。常に女を絶やさない龍司は、飽きっぽいのかすぐに別れてしまう。それでも次から次へと女が来るのだから凄い。それだけではない。本命の他に、二番手、三番手と常に待ち構えている。こういった話を龍司とすることはほとんどないので直接聞いたわけではないが、二番手、三番手はいわゆるセフレというやつで、昇格するのを待っているのだ。つまり、常に複数の女とセックスしているということだ。

 龍司が好きすぎて他の人など考えられない律には、好きな人以外と寝るなど考えられないことだが、龍司はこれだけいい男で体力もある。ゲスい想像だが精力だってあるだろう。だから仕方ないことだ。何よりしょっちゅう愛人が出入りしていたり、商売女が出入りしている家で育った龍司に、倫理観を求めるのは無理だとわかっている。

「別に、忙しいから別れるとか面倒なだけで、あいつが特別なわけじゃない。女なんて誰でも一緒だろ」

「え?」

「どうせ、好きな奴とは一緒になれないしな。諦めて適当に結婚して、オヤジみたいに愛人囲って、適当に生きて、虫けらみたいに殺されるか、生き残っても乾いたまま老いぼれになるか、どっちかだろ」

「なにそれ、ふざけんな」

 律は龍司の言い草に腹が立って、思わず腹の底から声を出した。

 何様だ。適当に結婚? 愛人? 女なんて皆同じ? 倫理観が壊れていてもいいが、人を大切にしないのは許せない。律には甘やかしていると言ってもいいほどに優しくて、誠意がある行動をしてくれる男が、こんなことを言うなど単純に嫌だった。

 そういえば、彼女の話だけではなく、女性観の話をしたこともほとんどないので、今までこの男がそんなことを思っているなど知らなかった。

「なに突然怒ってんだ」

「人をなんだと思ってんの。龍司がどう生きようが、どう死のうか勝手だけど、自分を好きだって言ってくれる女の子をそんな扱いするなんて……」

 嘘だ。怒りが湧いてくるのは女性観だけではなく、虫けらみたいに殺されるだとか、適当に生きるとか、そんなことを言ったからだ。龍司の生い立ちや未来を考えると仕方ないのかもしれないが、いくらなんでも、そんなのは悲しすぎる。

「駄目だ……気持ち悪い。帰るわ」

 律にしてはハイペースで酒を飲んだのと、珍しく怒ったのとで一気に酔いが回ってくるのを感じ、財布から五千円を出してテーブルに置くと、ふらりと店から出ていく。
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