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姫の気持ち

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「未央様、朝です。起きてください」


…起こしに来たか


「…私は構わぬ、入れ」


「失礼いたします。…おや、起床されていたのですか?」


「何だ、不満か?」


「いいえ、それほど、深児様とのお出かけが楽しみだったのかと」


「おかしなことを言うものだな、そなたは」


「……未央様は、母君を恨んでおいでですか…?」


「恨む?…母は何の罪も犯しておらぬというのに、なぜ恨む必要がある?」


「…そうですね。ただ、消滅という運命を背負うことになって、未央様は苦しくないのかと…」



私は感情が無い
恨むというものは、母や侍女から教わった感情であって私の中には存在しない
かような世に感情を持つことなど、何の意味があるのだ
感情を持ったとして、それが何になるというのだ
感情など、必要の無いものだというのに
なぜ人は、感情など愚かなものを持とうとするのか、理解できぬ


「私はただ運命に従って生きるのみ。消滅など、容易いことだ」


「消滅したら、どこに行くのですか?」


「さあ、消滅せねば分からぬ」


「そうですか…」


「そんなことより、珒卿に伝えたか」


「ご安心を。離れたところから未央様と深児様をお守りするとのことです」


「よい、心得ている」


「では、お食事は街で?」


「…そうだな、深児の行動に任せるしかあるまい」


「かしこまりました。では参りましょうか」


「ああ」


侍女と共に外に出る
深児が目の前に居るのか


「どうした、私が迎えに行くべきであろう。そなたが来るとは礼儀を知らぬのか」


「申し訳ありません…。待つ時間が苦しくて…早く未央様に会いたくて」


「…そうか。ならば構わん、好きにしろ」


「ありがとうございます…」


「では行くぞ、傍から離れるなよ」


「はい…!」


街の中を歩く
深児の目に留まった店に寄って、飾りや香り袋を買った


「未央様は何か欲しいものはありませんか?」


「ない」


「それすら望んじゃダメなんですか?」


「望むことは知らぬ。そなたも私に求めさせるな」


「…じゃあ、私が未央様に贈り物をするのは良いですよね?…この香り袋、未央様に合うので、贈ります」


……緑の香り袋を私に、か


「……そなたからの贈り物であれば、受け取ろう」


「…良かった、受け取ってくださって」


「そなたは婚約者だろう?…断ればそなたの体面が傷付くであろう。受け取るしかあるまい」


「………」


「どうした、気分が良くないなら屋敷まで送らせるが」


「あ、いえ、大丈夫です…ただ、寂しくて」


「寂しい、?」


「…気にしないでください。さっ、次の店行きましょう?」


「ああ…」


何だ?
寂しいというのは感情のことか…?
この者の言うことが私には分からぬ
私にどうして欲しいのだ、この女子は


「……あっ!ここ!この街で有名な麺屋です!さ、入りましょ。ここの麺は美味しいんです!」


「ああ、分かった」


店に入り、席に座る
麺を2つ頼んで、来るのを待つ
そして、数分後、麺が来た


「……美味しそうですね!さぁ、この箸で食べてください。きっと気に入ってもらえますよ」


「ああ、頂くとしよう」


麺をすすって食べる
…ああ、これが


「どうですか?」


「…良い柔らかさだ、汁と麺がよく絡んでいるな」


「でしょう?ここの麺大好きなんですよ」


「そうなのか。まあ、そう言うのも分かるかもしれぬ」


「…共感してもらえて嬉しいです!」


「……私の言葉が嬉しいのか」


「もちろん。嬉しいです、だって、私の想い人ですから」


「……好きにしろ」


「ふふ」


「……早く食べて帰るぞ」


「はい」



麺を食べ、勘定をし、外に出た
屋敷の外は慣れておらぬからか、少し疲れたな


「屋敷の外に出るのに慣れておらぬゆえ、私は帰る。そなたも疲れただろう、帰るが良い。屋敷まで従者に送らせる」


「はい。ありがとうございました、またお誘いしても良いですか?」


「…好きにせよ、私は構わぬ」


「はい。では失礼します」


「ああ。……来い」


近くに控えている珒卿を、合図の手振りで傍に呼ぶ


「お呼びでしょうか」


「屋敷に帰る。そなたは深児を屋敷まで護衛しろ、残りは私と共に屋敷へ」


「御意」


珒卿と数名を深児の護衛に回し、
残りを私の護衛に付かせる
望んでいない婚姻ではあるが、それを理由に相手の体面等を傷付ける訳にはいかない
私が望むのは、
この世からの消滅、ただ1つである


「未央様、おかえりなさいませ」


「ああ。……何だ」


「天佑様が未央様とお話したがってるとのことです」


「……私と何を話すというのだ」


「そこまでは分かりません」


「……夜なら構わないと伝えろ。疲れたから休む、夜に起こしに来い」


「かしこまりました」


……私と話したとて、何になるというのだ
暇つぶしにしかならぬ
深児とやらは、たいそう私のことが気に入っているようだ
私を気に入ったとて、良いことなど何も無かろうに
なぜ娘を私に嫁がせるのか、
秋男爵とやらは何を考えているか分からぬ

夜月の調べならば、これ以上疑う必要が無くなるが
人間など、いつ変わるか分からない
今は良くとも、いつ、気が変わるか分からぬのだ
人間というものは気分屋なのだ
深児という者も、いつ気が変わるか分からぬ
それゆえ、全てを信じる訳にはいくまい

気が変わったとて、私には関係の無いこと
好きに生きるがよい

……消滅、ただそれだけが私の運命だ
他人の感情や人生になど構ってられぬ
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