潮の町の神様

白石華

文字の大きさ
上 下
5 / 30
潮の町の神様

渉の気持ち

しおりを挟む
「定食A二人前、定食B三人前、これすぐ持って行って!」
「はい!」
「こっちは定食Cと定食A、お子様ランチも持って行って。
 お子様連れてお待たせしているから、お待たせしましたってちゃんと言ってね!」
「はい!」

 ランチタイムはメニューが少ない代わりに山のように作った仕込みがどんどん減っていき。現れては去っていくお客さんに次々と配っていった。ちなみにナツミちゃんとナツミちゃんのお母さんはそれに併せてレジまで打っている。揚げ物は二度揚げも可能なのと、そうすると衣が美味しくなるからか、手が空いている内にストックを作っているな。

(うへえ。流石、海がある夏の観光地。どんどんお客さんがやってくるな。)

 俺も簡単なかき氷とかジュース汲みとかならメニューも作れるため手伝っていったが、それでも追いつかない。しかも店を出たお客さんのテーブル片付けもあるし、外で待っているお客さんに声かけもある。

(これはカモメに手伝って貰っても足りないぐらいだ……。)

 俺が手伝うのは一番、お客さんが入るランチタイムのみだが、平日でこれだと週末や盆休みだとどうなるのか想像するのも怖かった。

 ・・・・・・。

「はい。お疲れ様。」

「ありがとうございます……。」

 ランチタイム終了後。俺はナツミちゃんのお母さんからキンキンに冷えたウーロン茶を貰っていた。

「おお……茶がうまい。」
「結構初日から大変だったでしょ?」
「はい。これを家族だけで回していたんですか?」
「そうよ。でもお客さんが来るお陰でお店も続けられるんだけどね!」
「そうですね。」

 あれだけのお客さんをさばいた後でもナツミちゃんのお母さんは元気だった。どうやったらいつも元気でいられるのか、俺とは根本的に身体の作りが違う。

「明日からはカモメちゃんも仕込みに来てくれるみたいだから、少しは楽になるかしらね。」
「あ、もうカモメのこと知ってるんですか?」
「そうよ! 娘がね、すぐに教えてくれたの! 人も欲しいって思っていたから丁度良かったわ!」

 本当にナツミちゃんのお母さんは元気だった。

「渉君、よく来てくれたね。」

 ナツミちゃんのお父さんも片づけをテキパキと終わらせてこっちに挨拶に来てくれた。

「いえ。こちらこそ、お仕事を頂けてありがたかったです。」
「ああ。いいんだよ。人が来てくれるのはありがたいからね。」

 俺はまだ、仕事を貰ったばかりなのだが随分と歓迎されている。最初の内はそういうものかもしれないが、そこで調子に乗らずに腰を低くしていればいいのだろうか。仕事経験はそこまであるものじゃないが、そういう風に目上の人とは上下関係を作っていた。

「お疲れ様。」

 ナツミちゃんも来てくれた。

「最初だけどミスもなかったし、あっても他にオーダーがあれば回しちゃうんだけど。
 結構やれていたんじゃない?」
「えっ本当!?」

 ナツミちゃんはこういう事で嘘は吐かなさそうだったから喜ぶ俺。

「うん。後はカモメ。今年の夏も乗り切れそうね。」
「そうだね! ナツミちゃんにそう言って貰えると嬉しいよ俺!」
「その意気よ。やる気出していかないと。」
「うん、うん!」
「あんた、元気なくなっていたと思ったけど、ちゃんと出せるのね。」
「あ、うん。」

 言われてみれば。カモメが出てきた辺りから雲行きが脱線していたが俺はそういう境遇だったのを思い出した。

「ナツミちゃん、心配してくれていたんだ。」
「当たり前でしょ。幼馴染なんだから。
 隣の子がいきなり天涯孤独になって消沈していたらほっとけるわけないじゃない。」
「……うん。俺も、いきなり目標が無くなっちゃったからな。」
「若い人でも簡単に弱っちゃう話も聞くし。近所でそういう事があればね。」
「ありがとう、ナツミちゃん。」
「そうよー。お店に来たからには、元気出して貰わないと!」

 ナツミちゃんのお母さんは常に元気だった。

「は、はいっ。」
「ナツミもここでは愛想笑いも覚えたからね。」
「もうずっと言われたわよ。お陰でオフじゃ素になると一ミリも笑わなくなったけどね。」
「渉君は、物腰は低いのはいいことだから、あとは営業でもいいから愛想よくしてね!
 若い子なんだから、元気出して! 暗い顔だとお客さん来なくなっちゃう!」
「あ、はい。」

 俺、そんなに愛想よくなかったんだ。直さないとだな。おかみさんにも色々言われるからか、俺のこれからやることがどんどん増えているような気がする。

「……。」

 俺はここで、もう一度やることにしている間は、ときどき俺の身におとずれていた虚無感は無くなっていけそうだった。

「ありがとうございます。宜しくお願いします。」

 俺はナツミちゃんとご両親の前で大きく頭を下げた。

「うん。挨拶がやれるなら最初はそれでいいんじゃない?」
「そうね! やる気のある内にいっぱい覚えてね!」
「渉君も、そういうことやるようになったんだな。」

 ナツミちゃんとご両親は俺を見守ってくれているような、元気づけてくれているような、俺のことを感慨深く見てくれているような。隣の家の人に面倒を見て貰うのは最初は遠慮や気恥ずかしさを作っていたような気がしていたが、これからお世話になるところで、子供の頃は面倒も見て貰っていたところだから、もっと馴染んで、働きやすくしていこうと思いつつあった。それに。

(俺、働いていて、雇い主から元気づけられて応えられた事ってあったかな。)

 俺は雇ってもらう身でありながら、入ったばかりの頃はいつも雇い主から元気づけられていたような気がする。しかも今回は両親が亡くなって、仕事先も倒産した後だ。よくよく思ってみれば倒産した会社の人からも労って貰えていた気がする。仕事をしている内に麻痺していくが俺は恵まれていた方なんじゃないかと思っていてもどうにもならなかったのだから、ここでぐらいは、きちんと働けるようになるまでは、やっていきたいと思ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスの美少女風紀委員と偶然セフレになってしまった

徒花
恋愛
主人公の男子高校生である「倉部裕樹」が同じクラスの風紀委員である「白石碧」が裏垢を持っていることを偶然知ってしまい、流れでセフレになってそこから少しずつ二人の関係が進展していく話です ノクターンノベルズにも投下した作品となっております ※ この小説は私の調査不足で一部現実との整合性が取れていない設定、描写があります 追記をした時点では修正するのは読者に混乱させてしまう恐れがあり困難であり、また極端に物語が破綻するわけでは無いと判断したため修正を加えておりません 「この世界ではそういうことになっている」と認識して読んでいただけると幸いです

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

憧れの童顔巨乳家庭教師といちゃいちゃラブラブにセックスするのは最高に気持ちいい

suna
恋愛
僕の家庭教師は完璧なひとだ。 かわいいと美しいだったらかわいい寄り。 美女か美少女だったら美少女寄り。 明るく元気と知的で真面目だったら後者。 お嬢様という言葉が彼女以上に似合う人間を僕はこれまて見たことがないような女性。 そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。 そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。 ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

【R18】深夜の山奥でセックスをした

ねんごろ
恋愛
久しぶりにアルファポリスに戻ってきました。 よろしくお願いします。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...