喫茶モフモフ

白石華

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喫茶モフモフ

試食会の続き

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「温泉……ウチにも温泉があるんですよ。」
「ほう。」

 温泉地トークで王子がまた、自国を売り込む話になった。

「やはりこちらの国にも近いところで手を打つというのは。隣国ですし。」
「ええ……それならコラボもやりやすいでしょうねぇ。」

 王子とサナダさんが次々と案をお互いに出していくから油断ならない交渉会になっていた。

「ひとまず、議事録を残さない商談はここまでにしておきませんか?」
「そうですね……自国の売り込みになると熱くなって。」

 が、お互いに口頭で交わす口約束では齟齬が生じそうな規模になってきたと感じたサナダさんがストップをかける。

「それに……ホラ。妹さんたちが。」
「あ……。」
「くー。」
「すいー。」

 いつの間にかお姫様たちは王子たちが難しい話をしている内に眠ってしまったようだ。

「そろそろお暇の時間かもしれませんし。」
「いいえ。子供は眠ったからといって安心はしないでください。
 起こした瞬間にまた元気になって暴れ出すかもしれない。
 あいつらの体力は疲れたら寝る、寝たら回復する、起きたら遊ぶ、です。
 ちょっと自分が相手する体力が回復するまで寝かせさせて下さい。」
「はあ……。」

 割とマジになった王子様に止められて、もうちょっと王子といる事にした。

「それじゃあ、風邪だけ引かないように、ブランケット持ってきますね。」
「お願いします、マスエさん。」

 マスエさんが小声で、お客さん用の膝掛け毛布を持って来てくれるようだった。ここの時代考証はどうなっているのか。おとぎ話の世界がそっくりそのまま本当に発達して、機械(キカイ)の発達だけ、異様に遅れている以外は自分たちの時代とそこまで変わらない世界かもしれないが、地球という惑星の時代を追った物語ではないから、気にする事ではないのかもしれない。

「しかし本当に、これだけ気を揉まされるのも、そろそろ終わるかもしれないんですね。」
「ええ……でも、私も子を持てば、また、そうなる日も来るんでしょうね。」
「ああ。」

 王子様の王位継承の順番がどうなっているのかまでは分からないが、王家の血を引く者は政略のために婚姻を結ぶのはほぼ強制となるだろう。
 女性が女王になった場合もよその国ではあったが、それは自分が政治と結婚し、誰にも政治を預けなかった場合であった。例外はあるかもしれないが、自分たちは大人になればそうなると知っている者たちの家系でもあった。

「その時にはあなたが親になるんでしょうね。」
「ええ……でも、思うんです。確かに躾はしていても、子供には自由でいて欲しいと。
 大人になれば制約や政略が待っている。もしかしたらもうすぐ来るかもしれない。
 それでも真っ当な人生を歩んで欲しい。」

 王子様はやはり、子供を育てるのに向いていそうな言葉を言っていた。

「そのためには私だけじゃ足りない……やはり教育係が必要です。
 理想を追うだけではなく、世の中を知った状態で。それでも信念を追える者の存在が。」
「ちょっと力みすぎな気もしますが、お子さんを育てている間は、そうなんでしょうね。」
「王家なんて自分が自分でいられる時なんてほんのわずかですよ。
 それだってまやかしだった場合がある。
 どんな目に遭っても、最後は自分を取り戻すことがどれだけ重要か。」
「いえ。……ううん、そうですね。確かに必要ですが……。
 肩ひじを張るだけじゃなくてもいいと思うんです。
 そういう年輪を感じさせるカリスマも必要なんでしょうが……。」
「サナダさんはそうかもしれませんね。あと、その認識も私達とは違います。
 それに。残念ですがあなたと私は住む世界が違うのです。
 申し訳ないが……私はあなたに染まる気はない。
 王家の者にとっては、それは国を譲るのと同じくらい、危険な事なのです。」
「ええ。これはあなたと……妹さんたちが自分で決めていく事です。
 僕がやれるのは、そういう人々へその時に、お茶とコーヒーと、モフモフした生き物を。
 提供するだけですから。贅沢かもしれませんが。
 でもこれも、人が人として生きるのに必要な事だと思っています。」
「ふふふ。私の国から見て、隣国のような事を言いますね。」

 サナダさんのいる国は陸続きの国でも海に囲まれず、国境の全方位を別国に囲まれた状況にいた。隣国の王子の国の隣の国にも挟まれた状態で、隣国があったのだった。

「僕はのらりくらりと生きていくんです。
 どこの国にも挟まれても、隣り合っても、のらりくらりと、誰にも譲らず。争わず。」
「羨ましいですね。私もそういう風に生きられたら……。」
「ふふふ。その時はまたモフモフ喫茶に来てください。」
「ええ……そうですね、ここにはそれがある……。」

 王子様は眩しいものを見るように、このモフモフ喫茶を眺めていた。

 ・・・・・・。

「では、帰る事にしますか。」

 暫くして。隣国の王子が帰る事にしたのか、席を立った。

「お帰りですか?」

 サナダさんが帰る準備を始めた王子様に声を掛ける。

「ええ。それと、ちょっとだけ試してみたい事業が増えましてね。」
「ほう?」
「モフモフ喫茶、私の国にも作ってみたいなと。」
「は~。」
「サナダさんの所にばかり入り浸るなら、いっそ自国でどういう展開が可能なのかと。
 私の国のカフェなら、どこまで進出可能かやってみたくてですね。」
「いいんじゃないですか、店舗が増えるのは歓迎だと思いますよ。」
「ええ。王室がバックに付いているなら面白い発展もさせられそうです。
 この大陸への進出は、あなたの国から見て、南の隣国から始まったらしいですが……。
 うちの国も美味しい物なら負けていませんからね。
 それにモフモフ喫茶の進出が目覚ましい理由を知れました。」
「ええ。元々が美味しい食べ物にこだわりがある国からの発展みたいですから。」
「なるほど。」
「はい。美味しい飲食物とモフモフはきっと、そういう役割があるんですよ。
 現実を忘れて疲れた人の心を癒す……それはとても重要な事だと思います。」

 エルフの里。隣国と。美味しい料理と魅惑の術で捕獲した魔獣を迎える事で新しい需要を得たモフモフ喫茶が、次々に進出していく話の、始まりなのかもしれない……。

「それはそれとして、うちの国の農産物を扱ったフェア。夏にはお願いしますね。
 それと、保養地もです。」
「はい。」

 そして最後は自国のアピールまでシッカリして、帰っていった隣国の王子だった。

 ・・・・・・。

「帰っちゃいましたね。」
「そうですねぇ。」

 前にもあったが、やはり帰った後の静けさを感じるモフモフ喫茶のメンバーだった。マスエさんとサナダさんがまた、モフモフ喫茶の中を眺めながら会話をしている。

「隣国の王子って言ってはいけませんが、有能だったんですね。」

 限界育児と限界王子のイメージが強すぎて、王子らしさを気品がありそうな態度ぐらいでしか見なかったが、最後は王子として生きる自分みたいな、人生論まで見せられたような気がするゴンドウさんだった。

「最初のイメージが強すぎましたが、それに目を奪われている内に。
 隙あらば商談でしたし。気づいたら、たらしこまれそうな感じでしたね。
 そういう所も含めて、人望をお姫様にも学ばせようとしたのかもしれませんが。」
「あんな早い時期から自分の意に沿うか分からない結婚や。
 妹さんたちの嫁ぎ先の事まで心配するんでしょうね。」
「お姫様たちの教育係が逃げたのも。
 案外、聞いている話とは違う理由かもしれないですね。」

 誰にも染まらない、それは王家にとって国を譲るくらい危険な事と言っていた手前、王子本人か従者の介入があった可能性もある。女性の王族の場合、教育係を経由に、誰かに取り入られる事だってあるかもしれない。

「その割には僕たちの所には無警戒で入り浸るし……どこで気に入られたのか。」
「真夜中のお茶会じゃないですか。」
「そんなにツボだったんでしょうか……。僕には分かりません。」
「子供を預けられる場所が、一時的にでも欲しかったんでしょう。」
「ははは……確かに僕たちは冒険者もやりつつモフモフ喫茶も営んでていますが。
 それがそんなに、向こうにとっては好条件だったとはね……。」
「我々以外にもあぶれた冒険者から。
 モフモフ喫茶の店員になる者はいるかもしれませんね。」
「もとからそういう再就職先の見込みがあって僕たちがいる訳ですが。
 僕たち以外でも、冒険者との兼業でも、ギルドに依頼できない仕事でも。
 モフモフ喫茶の店員としてやっていける人は増えるのかもしれませんね。」

 元々が裏家業も兼任して、モフモフ喫茶をしていたが。そういう仕事だから大口の条件を依頼で取れるのかもしれない。そういう人は自分たち以外にもいるかもしれないし、いなかったとしても、自分達でもモフモフ喫茶に来るお客さんとの繋がりは取れるようになれるのかもしれない。

「おかしいなぁ……前はあんなに自虐的だったんですが。
 今は僕たちだからここまで来られたんだって気分ですよ。」
「ふふ。今度王子様にお会いしたら、そう言われてみてはいかがです。」
「そうですねぇ。どんな顔をされるか。妹さんたちは……確かに気がかりですし。」
「まずは夏のフェアまでこぎつけないとですね。」
「そうですね。ひとまずは今回のフェアも無事、乗り切って。」

 サナダさんとゴンドウさんは、いつの間にか、また王子からやる気を貰っていたのだった。
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