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狐の嫁入り
胡桃と藤さん
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「という訳で昼ご飯を兼ねて、この周辺を説明しながら歩くぞ。」
実家の酒屋の前に出ると、観光ガイドをしているのを今こそ発揮するために胡桃と山桜桃さんを案内することにした。
「母君の手伝いはいいのか?」
「うむ。適当に何か食ってくれと言ってきた。
俺たちの面倒を見なければ、それはそれで楽だからな。」
「お母様たちに、お世話になる時間を減らせるならそれで。」
胡桃と山桜桃さんも来てくれることになったから、ここいら一帯を案内やれればいいだろう。町並みもレトロな街並みだし他にも神社や寺があるし、稲作にちなんだ地名や、稲荷神社と同じところに大黒天も祀っているからか、えびす大橋に大黒天ロード、布袋池に福禄横丁などなど、七福神にちなんだ地名もあるから地図を見て歩くだけでも面白い。
「まずは酒屋から目の前! 稲荷神社だ!
この町のシンボルでもある!」
「大鳥居と仲見世通りがありますね。」
「うむ。正中を避けて仲見世通りを通って参拝するとよい。
奥の拝殿への道を通る時も脇から通るのだ。」
「私たちは一応、土着神ですし。
ここの町に住むなら挨拶ぐらいはした方がいいのでしょうか。」
三人で大鳥居の前に立つと、お辞儀をして、話をする。
「うむ。山桜桃さんに任せよう。」
「ここは……胡桃と、藤の妖精がいるみたいですね。」
山桜桃さんは稲荷神社の鳥居の先を眺めながら喋り始める。
「山桜桃さん、胡桃とは?」
「はい。私の娘ではない方の、植物の胡桃です。」
「植物にも妖精がいるのか。」
「はい。私たちは長く生きた動物が霊威を授かり信仰対象となって。
精霊になった存在ですが。
植物に霊威が集まるか……精霊が宿るかして妖精が生まれたのでしょうね。
神社にあるから信仰対象のため霊威が集中しているかもしれません。」
「精霊とか妖精とか違いは何なのだ。」
「全く変わりはありません。動植物に宿るのが妖精と言われています。」
「言い方の問題か。」
「日本ですからね。恐らく。」
「ふーむ。そういえばここの川には藤の棚が並ぶ藤川もあるな。
今、盛りだから観光客でものすごいことになっているぞ。
花見のための出店も出ている。勿論、この中の藤もだ。」
今は初夏とは言え、まだ藤は満開を僅かに過ぎたところと言った塩梅だ。
見る分にはそこまで違いはないから今から見に来る人だっているだろう。
時間指定はあるが今だけ小船で渡って藤と川を眺めるサービスもある。
帰りはトラックで船を運んで渡り始めまで戻るからな。
「正宗さん。あとにします。」
「そうか山桜桃さん。目立つからな。」
「はい。妖精は基本、ニンゲンの世界には干渉しないことに。」
山桜桃さんはそう言いながら、道に落ちていた藤の花びらをしゃがんで摘まむ。
「その代わり……ふうっ。」
ふっと、息を吐きかけると、花びらが小さな光の粒になって神社の方へ飛んで行った。
「アポイントを取りに行かせました。」
「便利だな。」
土着神にもそういうのがあるのかと俺は感心したのと同時に、山桜桃さんの不思議な力をまた見てしまった。
「よしでは他のところ。ここいらは酒屋と食べ物屋、雑貨屋になっている。
ちょっとおしゃれな店の中には。
ここの焼き物で作った食器を扱う食べ物屋もある。
あとは観光客向けのたまり場に……。」
「食べ物……ですか。丁度お昼でその話でしたね。」
「正宗。今日のお昼はそこになるのか。」
「うむ。いく前に話を聞こうと思ってな。どこにする?
パンケーキ、団子、中華、カレー屋、カフェとあるぞ。
ちょっと値段の張る店は他にもあるが……俺の持ち合わせでは無理だ。」
「せっかくですから、ご飯を食べたら、船を渡ってみませんか?」
「ふむ。そのくらいなら。まず飯屋を決めよう。」
「お団子を買って、船で食べて。その前に。
簡単なご飯でお腹を軽く塞いでおくというのは。」
「うーむ。風流だな。花見にもなる。」
「はい。この中で簡単なのは。」
「カフェかな。お菓子も買えるぞ。」
「はいっ。胡桃は?」
「さっきからその……神社近くにあるふかし饅頭屋が気になって。」
「胡桃はそれにする?」
「ああ。母さん。」
「じゃあお菓子を買って行きながら町を見て。
最後に船着き場にいくか。」
「そうさせていただきます。」
「案内は頼んだぞ。正宗。」
という訳で近くにある店から回っていくことになり。
「はいっ。胡桃饅頭どうぞ。」
「これでいいか?」
「はーい、毎度ね。」
まず胡桃の言っていたふかし饅頭の店に寄ることにした。
「これはどうする? ふかしたてだし食べていくか?」
「なに!? ふかしたてだと!?」
胡桃のテンションがさっきから嬉しそうである。
「よしよし。食べような。」
「食べていきましょうね。私もお団子を。」
「おお……餡も皮もとろけるようだ。」
俺と山桜桃さんで美味しそうにふかしたての胡桃饅頭を食べている胡桃を微笑ましげに見なる。町を歩きがてら買い食いするのは初手から成功したようで、俺は達成感に包まれる。
「団子はゴマとみたらしと磯辺とあるが。
ここの団子はモチモチしているのに次の日も固くならないのが特徴だ。
買いすぎても次の日も食える。」
「甘いまんじゅうを食べた後に磯辺だと!?」
「胡桃はニンゲンの里の食事が本当に好きね。」
「うむ、馴染んで貰うためにも食事の嗜好の一致はいいことだ。すみません。」
「はーい。取り合えず一本ずつでいいかな?」
「うむ、磯辺だけ二本にしてください。」
「磯辺をもう一本だと!? 無限に食わせる気か!?」
どうやら胡桃は気に入ってくれているようだ。
「よしよし。団子も買ったし、次はお昼か。」
「近くにあるカフェってどこにあるんです?」
「さっきの饅頭屋のもうちょっと先……む、胡桃稲荷もあるな。」
眺めている内にここの名物料理がどんどん出てくる。
「胡桃稲荷は夕飯にします?」
「いや、夕飯はパンにしようと思ったのだが。」
「パン……何かすごいものでもあるのか?」
さっきから胡桃のうまいものへの食いつきがいい。
「うむ。総菜パンが地元の食材を扱っていたり。
あとめちゃくちゃうまいというだけなのだが。」
「最初に全部回ろうとすると、場所が多すぎて悩んでしまうな。」
「そういうことだ。胡桃稲荷は明日の楽しみにするか。まずは夕飯にパンだ。」
「ええと、お昼はどこでしたっけ?」
「済まない山桜桃さん。話が膨らんでしまったな。最初に戻すがこの先にあるカフェだ。」
「もう見えましたね。」
「そうだな。店構えがここだけ目を引くからすぐ見つかった。」
白塗りの木組みの外観に木製の店内にも置かれているハンドメイド風のドアノブや細工が取り付けられた、洋風ハウスになった店だった。暑いからか既にジェラートのプリントされた小さな垂れ幕が店の前に垂れている。
胡桃の言う通り、稲荷神社周辺は昔の観光地というか、木造建屋が多く、全体的にレトロな街並みだが、そこからいきなり世界が切り貼りされたように外周が白い塀に仕切られ、中に白塗りの白い建物が立っていた。
「パンケーキの他にジェラートもあるぞ。」
「むむ。母さん、二人で別々のを頼んで分けるか?」
「それもよさそうですね。」
「よし、中に入るか。」
入ってすぐの所にあるドアから中に入ると。
「おお。中は雑貨屋で奥がカフェか。」
「ああ。地元の焼き物やちょっと贅沢な日用品などを扱っている。」
「ここも綺麗ですね。見ていきたいですが、お金を得てからにしないと正宗さんが。」
「うむ、すまない。奥のカフェに行こう。」
丁度店の仕切りは2:1の割合で、雑貨とカフェになっている。棚で仕切られコーヒーミルやカップ、ドリッパーや専用ポットなど、コーヒーを入れるための雑貨がインテリアに展示されていた。勿論商品である。外のテラスも席が数席、用意されていた。藤が見ごろだからか、藤の棚が桜の木の近くにある。桜も藤も見られるということか。
「ええと、すみません。みんな、メニューはどうする?」
「いらっしゃいませ。今だと藤の生菓子と抹茶も用意してありますが。」
「な、生菓子と抹茶だと!?」
「どうどう胡桃。今日はちょっとしたお昼だから、またあとでお茶にしよう。」
「そ、そうだな正宗。こほん。母さん、パンケーキとジェラートを。」
「それならパンケーキのクリーム代わりにジェラートをお乗せになりますか?」
「な、何だと!?」
店員の言葉に胡桃がどんどん乗せられていく。
「ま、正宗ぇ……。」
パンケーキとジェラートを前に、胡桃が俺を今まで見せた事がない表情で見る。これが食欲の本能に負けた野生というのだろうか。キューと小声で言っている。
(ニンゲンに化けているだけで、こ……コンちゃんではないか!)
俺は狐に餌付けする気分になった。胡桃は本当にキツネだな。
「いいぞ、のせて貰え。」
「あ、ああ! ありがとう!」
「うむ。俺はヨーグルトのアサイーボウルを。山桜桃さんは?」
「胡桃と同じでお願いします。」
「お飲み物とソースは何にいたしますか?」
「選び放題だぞ正宗!」
「はいはい。好きにしろ。」
という訳で、終始、胡桃は喜んでくれていた。ジェラートには濃茶かエスプレッソでアフォガートがやれると言われ、胡桃は再びキューキューしていた。
「お待たせしました、パンケーキとアサイーボウルになります。」
外のテラス席に着いてしばらくしたら店員さんが注文した料理を持って来てくれた。
「はい、胡桃。こっちはミックスベリーよ。あーん。」
「あーん。」
山桜桃さんに胡桃がホットケーキを食べさせて貰っている。
「俺もホットケーキにすればよかったか。」
「それは微笑ましくていいですね、正宗さん。」
「さあ、母さんも。バナナだ」
「あーん。」
「くっ……。」
目の前で仲良さそうにしているのを見ると、俺は羨ましかった。
「アサイーはアサイーでうまいんだがな。」
俺はグラノーラも入った、フルーツとアサイーとヨーグルトの混ざったボウルをつついていく。
「もぐもぐもぐ。うまい。」
腹もある程度は満たされるし、軽い運動も後に控えているから、ちょっとだけ食べたいときに丁度いい。ザクザクした歯ごたえと、フレッシュな果物とアサイーヨーグルトの甘酸っぱさが食べやすくていい。アサイー自体には色合いほど、味の自己主張はないが、目によさそうなポリフェノールが豊富そうな見た目のヘルシーさはあり、小腹を満たすのにちょうどいい食事であった。カフェに一品はある、おしゃれ健康食だな。
「この後は、他の神社を歩いて眺めながら、川下りの場所まで行くのでいいか?」
「正宗。どのくらいの距離かは分からないが、川下りの場所まで行くのに。
稲荷神社以外の場所も通るのか?」
胡桃が口の周りに溶けたソフトクリームを付けながら俺に尋ねてくる。
「うむ。複合型ショッピングセンターがあるのだが、その近くが川でな。
駅からバスで観光客が行き来と、無料駐車場としてそこに停めさせてもらうのに。
丁度いいからそこが船乗り場になっている。記念撮影や出店もあるぞ。
そこまで歩いていくのにちょうどいい道なんだ。」
「出店……。」
山桜桃さんが興味深そうにしている。
「山桜桃さんは買い物好きか?」
「好きというかその……元々が土着神だからか賑やかな出し物が好きで。」
そういえば神事の行事のお祭りはずいぶんと賑やかな気がする。あれは本当に祀られていた神が喜んでいたのか。
「胡桃。アサイーボウルはいってみるか?」
「いいのか。すまないな、正宗。あーん。」
「ふふふ。いいんだぞ。あーん。」
(やはり……コンちゃんだ!)
子狐に餌付けするような気持ちで胡桃の口にスプーンを運んだ。
「うむ。甘酸っぱくてがりがりして、いいな。」
「だろう?」
味はフレッシュフルーツヨーグルトグラノーラと変わらないから、胡桃のお気に召したようだ。
「人里はうまいものでいっぱいだな。」
「胡桃。この後はお団子もあるわよ。」
「うむ。楽しみだな。」
「よし。次はリンゴジュースを。」
「私は濃茶だな。」
「私は……エスプレッソです。」
こうしてカフェで一服した後。
「お、ハニーフラワーカフェでまた季節のクッキーを出したのか。」
「何です?」
帰り際に雑貨コーナーとカフェスペースの間にあるお菓子売り場で足を止めていた。
「うむ。こことは違う街にある、地元のカフェだ。お菓子がうまいのだが、買って行くか?」
「あ、ちょっと食べてみたいな。」
「買ってくださるなら喜んで。」
「うむ。では行くとするか。」
「ありがとうございましたー。」
・・・・・・。
船着き場に向かって街を歩いていき。
「ここは雑貨屋とカフェが別々の店で隣り合った建物で、その奥が神社だ。」
他の場所も案内していた。
「スサノオノミコトを祀られているんですね。」
「うむ。拝殿の隣には目に効くご利益の神社もある。」
「それは……古事記にちなんでです?」
「よくは分からん。しかし、名前に月とあるから、ツクヨミにちなんでいる可能性はある。」
「ツクヨミは文献が全く残っていませんが。
黄泉から戻ったイザナギノミコトが目を洗ったときに生まれた神ですからね。」
「可能性だからな。外れている場合もあるぞ。
たまたまスサノオと併祀している可能性もある。」
「たまたまとは思えないんですけどね……。月に目に。」
「山桜桃さんは知らないのか。」
「そんな昔に生まれてませんから……。それに私、土着神ですが天津神とは無関係です。」
・・・・・・。
「この奥に行くと、大黒天を祀っている寺があるが、奥まで行かずに素通りだな。」
「時間が無くなっちゃいますからね。」
「行こう、正宗。」
てくてくと徒歩で小路を歩いていくと。
「おお、すごい人だな。」
「さすがにセンターが埋まるほどではありませんが、出店に船に、まわりの人だかりと。」
「藤も綺麗だな。」
「ああ。ここいら一帯は藤川と言ってだな。
見ての通り、藤が川辺の傾斜に沿って植わっている。
それにまだ、春に咲いた花も残っているし緑も綺麗だしで眺めるのにいいだろう。
とりあえず行ってみるか。」
「ああ。」
「ええ。」
ショッピングセンター脇の周りは賑やかな光景になっていて、桜の木はすでに青々と茂り始め、ショッピングセンター脇の小路の花が植えられている道から先に石を切り出したまま組み立ててオブジェにした細工の道が作られ、そこに沿って歩いていくと、石の階段があって、そこを下りれば川が流れている船着き場にたどり着く。木造の船と、船に乗るための段と小さな橋も、このために設置された木造だった。出店があるのはショッピングセンター脇と船着き場周辺の道で記念撮影の予約コーナーもあった。藤の花も咲き終わり始めになったがまだまだ見事で、滝のように垂れた藤が道なりに生えている。
「正宗。ここでは何か、買って行かないのか?」
「うむ、そうだな。あれなんてどうだ?フルーツスフレサンド。」
俺が指さした先は移動販売車の中が簡易キッチンになった出店で、中にいる青年がせっせとスポンジケーキにクリームと季節のフルーツを挟んでいた。
「ほぼ稲里市の食材で作られているスフレサンドだ。うまいぞ。」
「ぐっ。さっきパンケーキを食べたばかりだというのにこの誘惑。」
「胡桃。食べ物にはホント弱いのね。」
「そろそろ熱くなってきたから冷凍イチゴみるくかき氷もある。」
「ぐううっ。」
胡桃が本当に険しい表情になった。
「もうパターンだがみんなで違うのを食べるか。」
「ま、正宗。金を出して貰って……すまない。」
「いいぞ。母さんと家の手伝いをするようになったら多分、金も貰えるだろう。
その時は自分の好きなものを自分の金で買え。」
「あらあら。お手伝いをシッカリする理由が作れましたね。」
「うむ。」
ということでスフレサンドとかき氷を買うことになった。
「中はミルクアイスが入っているんですね。」
「うむ、うまいだろう。ホラ胡桃、クリームチーズブルーベリーだ。」
「あーん。う、うまい! まろやかなコクと甘みだ!」
「ハイ胡桃、かき氷よ。」
「こっちは甘酸っぱくてさっぱりするぞ!」
「夕飯はしょっぱいものを買って帰るか。口が甘い。」
「あ、そうだ。正宗さんも。」
「ん?」
山桜桃さんに呼び止められて向くと、かき氷の入ったスプーンが俺の口に向けられていた。
「今日は、沢山お世話になるから。あーん。」
「あ、あーん。」
内心、ちょっとドキドキして。山桜桃さんからかき氷を貰う。ヒンヤリして、酸っぱくて、口の中でサッと溶けた。
「うまいな。そろそろ行くか。」
「うむ。お団子も我々を待っているぞ、正宗。」
「今日は食べ歩きですね。」
・・・・・・。
「はーい。コチラ一回、××円になります。」
「正宗さん、結構するんじゃないですか?」
「船が元々、帆立町の伝統的な木造船を小さくして川乗り用にしているからな。
少し値段は張るが文化保存だ。それにアトラクションなら安い方だぞ。」
「ふむ。宜しく頼む、正宗。」
人数分のお金を払っていくと。
「また仕事を取ってしまった……。しかもイベント一個、作っちゃったよ。
ここに骨を埋める気はないのに……どんどん馴染んでいく。ぶつぶつ。」
船着き場で集金していた女の子は嬉しそうな表情はしているが何か複雑そうにお金を受け取っていた。
・・・・・・。
「よし乗るか。胡桃。危ないから足元に気を付けるんだ。」
「う、うむ。あっ。」
ひょいと、胡桃の腰を掴んで、身体を持ち上げるようにして船にストンと乗せる。
「あ、ありがとう……正宗。」
「山桜桃さんはどうだ。着物だと動きづらいだろう。」
「お願いします。んっ……。」
山桜桃さんもひょいと持ち上げて、船に乗せる。
「ありがとうございます、正宗さん。」
「ああ。幸い、安定していたからこっちに傾かなかったな。」
他に人がいて船に乗っていたから、バランスは崩さなかった。
「船は揺れますからね。」
俺たちで喋りながら船に座っていくと。
「はーい。それではいってらっしゃーい。」
さっきの女の子は打って変わって営業スマイルで俺たちを見送っていった。
「おお。結構速いな。風が気持ちいいぞ、正宗。」
「気持ちいいのは景色もだぞ。藤も生えているが、花も植物も茂っている。」
「綺麗ですね。船も……あら。記念撮影の方です?」
「いや、親子連れだから観光客だろう。伝統的な木造船だからファンもいるのだ。」
「そうなんですね。」
「特に山桜桃さんは着物を着ているだろう。」
「ああ。いわゆる風流というものですね。」
「そんな感じだろう。……お。」
山桜桃さんは写真を撮っている親子連れにサッと手を振ると、向こうも振り返していた。
「向こうの親子連れの方も、綺麗な奥さんでしたね。」
「子供がちょろちょろして、川に落ちないか心配そうにしていたがな。」
「私よりも子供だったな。」
「胡桃は見た目よりシッカリしていますが……子が心配な親はどこにもいるんですね。」
景色と、観光客と、にぎやかな光景を眺めていると。
「そろそろお団子にしましょうか。はい、どうぞ。」
山桜桃さんが紙袋を開いてパックに入ったお団子を俺たちに渡していった。
「俺が頼んでおいてだが、四本とは縁起が悪かったかな。」
「いや、みんなで十二本だ。あと団子も、一串に四つもあるだろう。」
「元々、ゲン担ぎみたいなものだから気の持ちようです。」
まずはみたらし団子を口に運ぶ。
「うむ。ここの団子はうまいな。餅のような歯ごたえなのに固くならない。」
「不思議ですね。」
「焼き直して食うという手段もあるのだが、このくらいならいけるな。」
「焼き団子も美味しそうですね。」
「う、うまい! 甘じょっぱくてさっきまでの甘いものの攻勢の後でもいける!」
胡桃が相変わらずニンゲンの里の食事に舌鼓を打っていた。
「胡桃、磯辺はどうだ?」
「ああっ! こ、こっちはさすがのうまさだ!
海苔と醤油と餅の安定感と食欲をそそる香り!」
「甘いものの後にしょっぱいものですからね。」
「ゴマ団子もみたらしにすりごまを混ぜたようなたれだからうまいぞ。」
「デザートと言えばゴマだからな!」
胡桃もスッカリ、ニンゲンの里を気に入ってくれたようだ。主にめしで。
「この後はパン屋だが、これだけ食べても、まだいけるか?」
「平気です。お供え物として頂いているため、私たちの食事としては霊威を授かれますし。」「大丈夫だぞ。ここの土地の食事なのだろう?」
「言われてみれば確かにそうか。農業の信仰対象なのだったな。」
「胡桃もパクパク食べてましたし。」
「うむ。お供え物だと思えばいいのか。……お、そろそろ。」
川岸が再び見えて、今度はカメラを構えている人を見かける。
「はーい。記念撮影の方は手を振られるかポーズをください。」
舟をこいでいた人から声を掛けられる。
「手を振ればいいのか? 正宗。」
「それでいいだろう。」
「はい。」
俺たちはカメラに向かってカメラ目線で手を振って、岸へ着いた。
「よし。今度は山を登ってパン屋だな。」
「さっき来た稲荷神社から、少し離れて裏手に回ったんだな。」
「そうだ。船から降りても中心地を散策やれるだろう。」
「今度はショッピングセンターでもお買い物をしないと。」
「そうだな山桜桃さん。この道をまっすぐ行くと、今度は山があってだな。
登って、降りるとパン屋にたどり着く。」
「沢山食べましたから、腹ごなしに丁度良さそうですね。」
「よし行こう、正宗。」
今度は山に向かって歩いていった。山というよりは丘だが、ちょっとしたハイキングになるだろう。
「ふう。遭難したばかりだが、山登りを趣味にしておいてよかったな。」
「結構、歩きますし、場所が登り坂と下り坂ですからね。」
「足腰の鍛錬になっていいじゃないか。」
俺たちは洋食屋やカフェ、フランス料理などの見えるレストランのある道を通り、山を登っていく。今度は別のカフェ、蕎麦屋、ホテルなど観光客を目的にした施設も見えてきた。
「寄りたくなる場所がたくさんありますね。」
「ああ。向こうに自然公園があるだろう。そっちの道にも食べ物屋がある。
そして丘の中の自然公園の中にも食べ物や陶器の売店と、陶芸美術館があってだな。」
「なるほど。食ったら遊んで歩けということか。」
「そんな町の作りにはなっているな。今度は下り坂だ。」
今度はガラスのギャラリー兼ショップ。陶器のギャラリー兼ショップ。ときどき作家展や季節のイベント展もやっている。もう少し歩いていくと、今度はペルーやアジアの衣料品店。その先は地元の食べ物屋に小物、衣料品店などの店が集まっている物販センター。さらに先に行くと、陶芸ショップが並んでいき、先がT字路になる大通りとぶつかった角の所にパン屋はあった。
「正宗。景色がいいから歩いていて飽きなかったが、結構長かったな。」
「うむ。食った分は歩いただろう。」
「パン屋さん、有名なんですか?」
「そうだな。うまいぞ。寄ってみよう。」
木造と漆喰と、レンガ造りのお洒落なハウスの引き戸を開けると中にはパンとジャム、僅かにこの町の農作物がズラリと並んでいた。
「おお、パンの焼ける匂いだ。」
「ま、正宗、こんなに沢山、選び放題だぞ! いいのか!?」
「値段も……そんなに高くないですね。これは確かに。」
「うむ。サンドイッチと、食材パンを数点、買って行くか。」
「ううむ。この店のおすすめは何だ? 正宗。」
「今の季節だと桜アンパンとよもぎアンパンかな。
桜かよもぎのアンコに、求肥が入っている。」
「パンを食べながら団子っぽい餅菓子で花見がやれるじゃないか!」
「うむ。だからおすすめだ。
サンドイッチは……ミルククリームコッペサンドの種類が豊富でな。
バターミルク、ラムレーズン、イチゴ、キャラメル胡桃とあるのだが。
他にもカスタードデニッシュにイチゴとマンゴーがあって。フレッシュなやつだ。
こっちの一口デニッシュはアンズとカスタードで焼いたもので。」
「既にデザートパンで力尽きるじゃないか!」
「ふふん。ここの目玉は総菜パンもだぞ。
まずレンコンのメンチカツサンドは帆立町産のレンコンで。
こっちのカレーパンは甘口とモチモチの皮で包んだチーズとがある。
チーズと言えば三種類のチーズをふんわり軟かいパンで混ぜ込んで焼いた。
とろける舌触りのものに。
あと焼肉サンドもあってたれで焼いた肉をこれでもかと挟んでいる。
厚切りパンと豪勢に召し上がれだ。」
「あれだけ歩かせたのは、また食わせる気か!?」
「胡桃。」
「な、何だ。」
「まだサンドイッチの説明をしていないだろう。」
「そ、そうだった。そっちは何なんだ?」
「まずは安定のBLTサンド、ベーコン、レタス、トマトの王道だ。
続いてハムチーズサンドだが。パンがプチフランスパンだ。レタスも当然、挟んである。
チーズが薄く切った穴の開いたエメンタールチーズだ。」
「お、おお! このチーズは食べてみたい!」
「そしてこちらは野菜サンドだが、挟んである千切り野菜の量が既に数センチはある。」
「おお! 農業都市だから豪勢に行ったのか!」
「元気ですねーあなたたち。」
ガイドをしている俺とそれを素直に聞いている胡桃を、既に遠巻きに山桜桃さんが眺めていた。
「山桜桃さんもどうだ? スモークサーモンとクリームチーズのサンドも王道だろう。」
「こちらのペッパービーフパストラミサンドも美味しそうですね。」
「ああ。これもうまい。」
「正宗……この町はしばらく歩いてくいだおれるのによさそうだな。」
「ああ。住むんだからうまいものはしっかり把握しておくんだぞ。」
こうして、一通り、この町を教えるイベントは終了した。次は神社周辺ももう少し教えたいところだな。
実家の酒屋の前に出ると、観光ガイドをしているのを今こそ発揮するために胡桃と山桜桃さんを案内することにした。
「母君の手伝いはいいのか?」
「うむ。適当に何か食ってくれと言ってきた。
俺たちの面倒を見なければ、それはそれで楽だからな。」
「お母様たちに、お世話になる時間を減らせるならそれで。」
胡桃と山桜桃さんも来てくれることになったから、ここいら一帯を案内やれればいいだろう。町並みもレトロな街並みだし他にも神社や寺があるし、稲作にちなんだ地名や、稲荷神社と同じところに大黒天も祀っているからか、えびす大橋に大黒天ロード、布袋池に福禄横丁などなど、七福神にちなんだ地名もあるから地図を見て歩くだけでも面白い。
「まずは酒屋から目の前! 稲荷神社だ!
この町のシンボルでもある!」
「大鳥居と仲見世通りがありますね。」
「うむ。正中を避けて仲見世通りを通って参拝するとよい。
奥の拝殿への道を通る時も脇から通るのだ。」
「私たちは一応、土着神ですし。
ここの町に住むなら挨拶ぐらいはした方がいいのでしょうか。」
三人で大鳥居の前に立つと、お辞儀をして、話をする。
「うむ。山桜桃さんに任せよう。」
「ここは……胡桃と、藤の妖精がいるみたいですね。」
山桜桃さんは稲荷神社の鳥居の先を眺めながら喋り始める。
「山桜桃さん、胡桃とは?」
「はい。私の娘ではない方の、植物の胡桃です。」
「植物にも妖精がいるのか。」
「はい。私たちは長く生きた動物が霊威を授かり信仰対象となって。
精霊になった存在ですが。
植物に霊威が集まるか……精霊が宿るかして妖精が生まれたのでしょうね。
神社にあるから信仰対象のため霊威が集中しているかもしれません。」
「精霊とか妖精とか違いは何なのだ。」
「全く変わりはありません。動植物に宿るのが妖精と言われています。」
「言い方の問題か。」
「日本ですからね。恐らく。」
「ふーむ。そういえばここの川には藤の棚が並ぶ藤川もあるな。
今、盛りだから観光客でものすごいことになっているぞ。
花見のための出店も出ている。勿論、この中の藤もだ。」
今は初夏とは言え、まだ藤は満開を僅かに過ぎたところと言った塩梅だ。
見る分にはそこまで違いはないから今から見に来る人だっているだろう。
時間指定はあるが今だけ小船で渡って藤と川を眺めるサービスもある。
帰りはトラックで船を運んで渡り始めまで戻るからな。
「正宗さん。あとにします。」
「そうか山桜桃さん。目立つからな。」
「はい。妖精は基本、ニンゲンの世界には干渉しないことに。」
山桜桃さんはそう言いながら、道に落ちていた藤の花びらをしゃがんで摘まむ。
「その代わり……ふうっ。」
ふっと、息を吐きかけると、花びらが小さな光の粒になって神社の方へ飛んで行った。
「アポイントを取りに行かせました。」
「便利だな。」
土着神にもそういうのがあるのかと俺は感心したのと同時に、山桜桃さんの不思議な力をまた見てしまった。
「よしでは他のところ。ここいらは酒屋と食べ物屋、雑貨屋になっている。
ちょっとおしゃれな店の中には。
ここの焼き物で作った食器を扱う食べ物屋もある。
あとは観光客向けのたまり場に……。」
「食べ物……ですか。丁度お昼でその話でしたね。」
「正宗。今日のお昼はそこになるのか。」
「うむ。いく前に話を聞こうと思ってな。どこにする?
パンケーキ、団子、中華、カレー屋、カフェとあるぞ。
ちょっと値段の張る店は他にもあるが……俺の持ち合わせでは無理だ。」
「せっかくですから、ご飯を食べたら、船を渡ってみませんか?」
「ふむ。そのくらいなら。まず飯屋を決めよう。」
「お団子を買って、船で食べて。その前に。
簡単なご飯でお腹を軽く塞いでおくというのは。」
「うーむ。風流だな。花見にもなる。」
「はい。この中で簡単なのは。」
「カフェかな。お菓子も買えるぞ。」
「はいっ。胡桃は?」
「さっきからその……神社近くにあるふかし饅頭屋が気になって。」
「胡桃はそれにする?」
「ああ。母さん。」
「じゃあお菓子を買って行きながら町を見て。
最後に船着き場にいくか。」
「そうさせていただきます。」
「案内は頼んだぞ。正宗。」
という訳で近くにある店から回っていくことになり。
「はいっ。胡桃饅頭どうぞ。」
「これでいいか?」
「はーい、毎度ね。」
まず胡桃の言っていたふかし饅頭の店に寄ることにした。
「これはどうする? ふかしたてだし食べていくか?」
「なに!? ふかしたてだと!?」
胡桃のテンションがさっきから嬉しそうである。
「よしよし。食べような。」
「食べていきましょうね。私もお団子を。」
「おお……餡も皮もとろけるようだ。」
俺と山桜桃さんで美味しそうにふかしたての胡桃饅頭を食べている胡桃を微笑ましげに見なる。町を歩きがてら買い食いするのは初手から成功したようで、俺は達成感に包まれる。
「団子はゴマとみたらしと磯辺とあるが。
ここの団子はモチモチしているのに次の日も固くならないのが特徴だ。
買いすぎても次の日も食える。」
「甘いまんじゅうを食べた後に磯辺だと!?」
「胡桃はニンゲンの里の食事が本当に好きね。」
「うむ、馴染んで貰うためにも食事の嗜好の一致はいいことだ。すみません。」
「はーい。取り合えず一本ずつでいいかな?」
「うむ、磯辺だけ二本にしてください。」
「磯辺をもう一本だと!? 無限に食わせる気か!?」
どうやら胡桃は気に入ってくれているようだ。
「よしよし。団子も買ったし、次はお昼か。」
「近くにあるカフェってどこにあるんです?」
「さっきの饅頭屋のもうちょっと先……む、胡桃稲荷もあるな。」
眺めている内にここの名物料理がどんどん出てくる。
「胡桃稲荷は夕飯にします?」
「いや、夕飯はパンにしようと思ったのだが。」
「パン……何かすごいものでもあるのか?」
さっきから胡桃のうまいものへの食いつきがいい。
「うむ。総菜パンが地元の食材を扱っていたり。
あとめちゃくちゃうまいというだけなのだが。」
「最初に全部回ろうとすると、場所が多すぎて悩んでしまうな。」
「そういうことだ。胡桃稲荷は明日の楽しみにするか。まずは夕飯にパンだ。」
「ええと、お昼はどこでしたっけ?」
「済まない山桜桃さん。話が膨らんでしまったな。最初に戻すがこの先にあるカフェだ。」
「もう見えましたね。」
「そうだな。店構えがここだけ目を引くからすぐ見つかった。」
白塗りの木組みの外観に木製の店内にも置かれているハンドメイド風のドアノブや細工が取り付けられた、洋風ハウスになった店だった。暑いからか既にジェラートのプリントされた小さな垂れ幕が店の前に垂れている。
胡桃の言う通り、稲荷神社周辺は昔の観光地というか、木造建屋が多く、全体的にレトロな街並みだが、そこからいきなり世界が切り貼りされたように外周が白い塀に仕切られ、中に白塗りの白い建物が立っていた。
「パンケーキの他にジェラートもあるぞ。」
「むむ。母さん、二人で別々のを頼んで分けるか?」
「それもよさそうですね。」
「よし、中に入るか。」
入ってすぐの所にあるドアから中に入ると。
「おお。中は雑貨屋で奥がカフェか。」
「ああ。地元の焼き物やちょっと贅沢な日用品などを扱っている。」
「ここも綺麗ですね。見ていきたいですが、お金を得てからにしないと正宗さんが。」
「うむ、すまない。奥のカフェに行こう。」
丁度店の仕切りは2:1の割合で、雑貨とカフェになっている。棚で仕切られコーヒーミルやカップ、ドリッパーや専用ポットなど、コーヒーを入れるための雑貨がインテリアに展示されていた。勿論商品である。外のテラスも席が数席、用意されていた。藤が見ごろだからか、藤の棚が桜の木の近くにある。桜も藤も見られるということか。
「ええと、すみません。みんな、メニューはどうする?」
「いらっしゃいませ。今だと藤の生菓子と抹茶も用意してありますが。」
「な、生菓子と抹茶だと!?」
「どうどう胡桃。今日はちょっとしたお昼だから、またあとでお茶にしよう。」
「そ、そうだな正宗。こほん。母さん、パンケーキとジェラートを。」
「それならパンケーキのクリーム代わりにジェラートをお乗せになりますか?」
「な、何だと!?」
店員の言葉に胡桃がどんどん乗せられていく。
「ま、正宗ぇ……。」
パンケーキとジェラートを前に、胡桃が俺を今まで見せた事がない表情で見る。これが食欲の本能に負けた野生というのだろうか。キューと小声で言っている。
(ニンゲンに化けているだけで、こ……コンちゃんではないか!)
俺は狐に餌付けする気分になった。胡桃は本当にキツネだな。
「いいぞ、のせて貰え。」
「あ、ああ! ありがとう!」
「うむ。俺はヨーグルトのアサイーボウルを。山桜桃さんは?」
「胡桃と同じでお願いします。」
「お飲み物とソースは何にいたしますか?」
「選び放題だぞ正宗!」
「はいはい。好きにしろ。」
という訳で、終始、胡桃は喜んでくれていた。ジェラートには濃茶かエスプレッソでアフォガートがやれると言われ、胡桃は再びキューキューしていた。
「お待たせしました、パンケーキとアサイーボウルになります。」
外のテラス席に着いてしばらくしたら店員さんが注文した料理を持って来てくれた。
「はい、胡桃。こっちはミックスベリーよ。あーん。」
「あーん。」
山桜桃さんに胡桃がホットケーキを食べさせて貰っている。
「俺もホットケーキにすればよかったか。」
「それは微笑ましくていいですね、正宗さん。」
「さあ、母さんも。バナナだ」
「あーん。」
「くっ……。」
目の前で仲良さそうにしているのを見ると、俺は羨ましかった。
「アサイーはアサイーでうまいんだがな。」
俺はグラノーラも入った、フルーツとアサイーとヨーグルトの混ざったボウルをつついていく。
「もぐもぐもぐ。うまい。」
腹もある程度は満たされるし、軽い運動も後に控えているから、ちょっとだけ食べたいときに丁度いい。ザクザクした歯ごたえと、フレッシュな果物とアサイーヨーグルトの甘酸っぱさが食べやすくていい。アサイー自体には色合いほど、味の自己主張はないが、目によさそうなポリフェノールが豊富そうな見た目のヘルシーさはあり、小腹を満たすのにちょうどいい食事であった。カフェに一品はある、おしゃれ健康食だな。
「この後は、他の神社を歩いて眺めながら、川下りの場所まで行くのでいいか?」
「正宗。どのくらいの距離かは分からないが、川下りの場所まで行くのに。
稲荷神社以外の場所も通るのか?」
胡桃が口の周りに溶けたソフトクリームを付けながら俺に尋ねてくる。
「うむ。複合型ショッピングセンターがあるのだが、その近くが川でな。
駅からバスで観光客が行き来と、無料駐車場としてそこに停めさせてもらうのに。
丁度いいからそこが船乗り場になっている。記念撮影や出店もあるぞ。
そこまで歩いていくのにちょうどいい道なんだ。」
「出店……。」
山桜桃さんが興味深そうにしている。
「山桜桃さんは買い物好きか?」
「好きというかその……元々が土着神だからか賑やかな出し物が好きで。」
そういえば神事の行事のお祭りはずいぶんと賑やかな気がする。あれは本当に祀られていた神が喜んでいたのか。
「胡桃。アサイーボウルはいってみるか?」
「いいのか。すまないな、正宗。あーん。」
「ふふふ。いいんだぞ。あーん。」
(やはり……コンちゃんだ!)
子狐に餌付けするような気持ちで胡桃の口にスプーンを運んだ。
「うむ。甘酸っぱくてがりがりして、いいな。」
「だろう?」
味はフレッシュフルーツヨーグルトグラノーラと変わらないから、胡桃のお気に召したようだ。
「人里はうまいものでいっぱいだな。」
「胡桃。この後はお団子もあるわよ。」
「うむ。楽しみだな。」
「よし。次はリンゴジュースを。」
「私は濃茶だな。」
「私は……エスプレッソです。」
こうしてカフェで一服した後。
「お、ハニーフラワーカフェでまた季節のクッキーを出したのか。」
「何です?」
帰り際に雑貨コーナーとカフェスペースの間にあるお菓子売り場で足を止めていた。
「うむ。こことは違う街にある、地元のカフェだ。お菓子がうまいのだが、買って行くか?」
「あ、ちょっと食べてみたいな。」
「買ってくださるなら喜んで。」
「うむ。では行くとするか。」
「ありがとうございましたー。」
・・・・・・。
船着き場に向かって街を歩いていき。
「ここは雑貨屋とカフェが別々の店で隣り合った建物で、その奥が神社だ。」
他の場所も案内していた。
「スサノオノミコトを祀られているんですね。」
「うむ。拝殿の隣には目に効くご利益の神社もある。」
「それは……古事記にちなんでです?」
「よくは分からん。しかし、名前に月とあるから、ツクヨミにちなんでいる可能性はある。」
「ツクヨミは文献が全く残っていませんが。
黄泉から戻ったイザナギノミコトが目を洗ったときに生まれた神ですからね。」
「可能性だからな。外れている場合もあるぞ。
たまたまスサノオと併祀している可能性もある。」
「たまたまとは思えないんですけどね……。月に目に。」
「山桜桃さんは知らないのか。」
「そんな昔に生まれてませんから……。それに私、土着神ですが天津神とは無関係です。」
・・・・・・。
「この奥に行くと、大黒天を祀っている寺があるが、奥まで行かずに素通りだな。」
「時間が無くなっちゃいますからね。」
「行こう、正宗。」
てくてくと徒歩で小路を歩いていくと。
「おお、すごい人だな。」
「さすがにセンターが埋まるほどではありませんが、出店に船に、まわりの人だかりと。」
「藤も綺麗だな。」
「ああ。ここいら一帯は藤川と言ってだな。
見ての通り、藤が川辺の傾斜に沿って植わっている。
それにまだ、春に咲いた花も残っているし緑も綺麗だしで眺めるのにいいだろう。
とりあえず行ってみるか。」
「ああ。」
「ええ。」
ショッピングセンター脇の周りは賑やかな光景になっていて、桜の木はすでに青々と茂り始め、ショッピングセンター脇の小路の花が植えられている道から先に石を切り出したまま組み立ててオブジェにした細工の道が作られ、そこに沿って歩いていくと、石の階段があって、そこを下りれば川が流れている船着き場にたどり着く。木造の船と、船に乗るための段と小さな橋も、このために設置された木造だった。出店があるのはショッピングセンター脇と船着き場周辺の道で記念撮影の予約コーナーもあった。藤の花も咲き終わり始めになったがまだまだ見事で、滝のように垂れた藤が道なりに生えている。
「正宗。ここでは何か、買って行かないのか?」
「うむ、そうだな。あれなんてどうだ?フルーツスフレサンド。」
俺が指さした先は移動販売車の中が簡易キッチンになった出店で、中にいる青年がせっせとスポンジケーキにクリームと季節のフルーツを挟んでいた。
「ほぼ稲里市の食材で作られているスフレサンドだ。うまいぞ。」
「ぐっ。さっきパンケーキを食べたばかりだというのにこの誘惑。」
「胡桃。食べ物にはホント弱いのね。」
「そろそろ熱くなってきたから冷凍イチゴみるくかき氷もある。」
「ぐううっ。」
胡桃が本当に険しい表情になった。
「もうパターンだがみんなで違うのを食べるか。」
「ま、正宗。金を出して貰って……すまない。」
「いいぞ。母さんと家の手伝いをするようになったら多分、金も貰えるだろう。
その時は自分の好きなものを自分の金で買え。」
「あらあら。お手伝いをシッカリする理由が作れましたね。」
「うむ。」
ということでスフレサンドとかき氷を買うことになった。
「中はミルクアイスが入っているんですね。」
「うむ、うまいだろう。ホラ胡桃、クリームチーズブルーベリーだ。」
「あーん。う、うまい! まろやかなコクと甘みだ!」
「ハイ胡桃、かき氷よ。」
「こっちは甘酸っぱくてさっぱりするぞ!」
「夕飯はしょっぱいものを買って帰るか。口が甘い。」
「あ、そうだ。正宗さんも。」
「ん?」
山桜桃さんに呼び止められて向くと、かき氷の入ったスプーンが俺の口に向けられていた。
「今日は、沢山お世話になるから。あーん。」
「あ、あーん。」
内心、ちょっとドキドキして。山桜桃さんからかき氷を貰う。ヒンヤリして、酸っぱくて、口の中でサッと溶けた。
「うまいな。そろそろ行くか。」
「うむ。お団子も我々を待っているぞ、正宗。」
「今日は食べ歩きですね。」
・・・・・・。
「はーい。コチラ一回、××円になります。」
「正宗さん、結構するんじゃないですか?」
「船が元々、帆立町の伝統的な木造船を小さくして川乗り用にしているからな。
少し値段は張るが文化保存だ。それにアトラクションなら安い方だぞ。」
「ふむ。宜しく頼む、正宗。」
人数分のお金を払っていくと。
「また仕事を取ってしまった……。しかもイベント一個、作っちゃったよ。
ここに骨を埋める気はないのに……どんどん馴染んでいく。ぶつぶつ。」
船着き場で集金していた女の子は嬉しそうな表情はしているが何か複雑そうにお金を受け取っていた。
・・・・・・。
「よし乗るか。胡桃。危ないから足元に気を付けるんだ。」
「う、うむ。あっ。」
ひょいと、胡桃の腰を掴んで、身体を持ち上げるようにして船にストンと乗せる。
「あ、ありがとう……正宗。」
「山桜桃さんはどうだ。着物だと動きづらいだろう。」
「お願いします。んっ……。」
山桜桃さんもひょいと持ち上げて、船に乗せる。
「ありがとうございます、正宗さん。」
「ああ。幸い、安定していたからこっちに傾かなかったな。」
他に人がいて船に乗っていたから、バランスは崩さなかった。
「船は揺れますからね。」
俺たちで喋りながら船に座っていくと。
「はーい。それではいってらっしゃーい。」
さっきの女の子は打って変わって営業スマイルで俺たちを見送っていった。
「おお。結構速いな。風が気持ちいいぞ、正宗。」
「気持ちいいのは景色もだぞ。藤も生えているが、花も植物も茂っている。」
「綺麗ですね。船も……あら。記念撮影の方です?」
「いや、親子連れだから観光客だろう。伝統的な木造船だからファンもいるのだ。」
「そうなんですね。」
「特に山桜桃さんは着物を着ているだろう。」
「ああ。いわゆる風流というものですね。」
「そんな感じだろう。……お。」
山桜桃さんは写真を撮っている親子連れにサッと手を振ると、向こうも振り返していた。
「向こうの親子連れの方も、綺麗な奥さんでしたね。」
「子供がちょろちょろして、川に落ちないか心配そうにしていたがな。」
「私よりも子供だったな。」
「胡桃は見た目よりシッカリしていますが……子が心配な親はどこにもいるんですね。」
景色と、観光客と、にぎやかな光景を眺めていると。
「そろそろお団子にしましょうか。はい、どうぞ。」
山桜桃さんが紙袋を開いてパックに入ったお団子を俺たちに渡していった。
「俺が頼んでおいてだが、四本とは縁起が悪かったかな。」
「いや、みんなで十二本だ。あと団子も、一串に四つもあるだろう。」
「元々、ゲン担ぎみたいなものだから気の持ちようです。」
まずはみたらし団子を口に運ぶ。
「うむ。ここの団子はうまいな。餅のような歯ごたえなのに固くならない。」
「不思議ですね。」
「焼き直して食うという手段もあるのだが、このくらいならいけるな。」
「焼き団子も美味しそうですね。」
「う、うまい! 甘じょっぱくてさっきまでの甘いものの攻勢の後でもいける!」
胡桃が相変わらずニンゲンの里の食事に舌鼓を打っていた。
「胡桃、磯辺はどうだ?」
「ああっ! こ、こっちはさすがのうまさだ!
海苔と醤油と餅の安定感と食欲をそそる香り!」
「甘いものの後にしょっぱいものですからね。」
「ゴマ団子もみたらしにすりごまを混ぜたようなたれだからうまいぞ。」
「デザートと言えばゴマだからな!」
胡桃もスッカリ、ニンゲンの里を気に入ってくれたようだ。主にめしで。
「この後はパン屋だが、これだけ食べても、まだいけるか?」
「平気です。お供え物として頂いているため、私たちの食事としては霊威を授かれますし。」「大丈夫だぞ。ここの土地の食事なのだろう?」
「言われてみれば確かにそうか。農業の信仰対象なのだったな。」
「胡桃もパクパク食べてましたし。」
「うむ。お供え物だと思えばいいのか。……お、そろそろ。」
川岸が再び見えて、今度はカメラを構えている人を見かける。
「はーい。記念撮影の方は手を振られるかポーズをください。」
舟をこいでいた人から声を掛けられる。
「手を振ればいいのか? 正宗。」
「それでいいだろう。」
「はい。」
俺たちはカメラに向かってカメラ目線で手を振って、岸へ着いた。
「よし。今度は山を登ってパン屋だな。」
「さっき来た稲荷神社から、少し離れて裏手に回ったんだな。」
「そうだ。船から降りても中心地を散策やれるだろう。」
「今度はショッピングセンターでもお買い物をしないと。」
「そうだな山桜桃さん。この道をまっすぐ行くと、今度は山があってだな。
登って、降りるとパン屋にたどり着く。」
「沢山食べましたから、腹ごなしに丁度良さそうですね。」
「よし行こう、正宗。」
今度は山に向かって歩いていった。山というよりは丘だが、ちょっとしたハイキングになるだろう。
「ふう。遭難したばかりだが、山登りを趣味にしておいてよかったな。」
「結構、歩きますし、場所が登り坂と下り坂ですからね。」
「足腰の鍛錬になっていいじゃないか。」
俺たちは洋食屋やカフェ、フランス料理などの見えるレストランのある道を通り、山を登っていく。今度は別のカフェ、蕎麦屋、ホテルなど観光客を目的にした施設も見えてきた。
「寄りたくなる場所がたくさんありますね。」
「ああ。向こうに自然公園があるだろう。そっちの道にも食べ物屋がある。
そして丘の中の自然公園の中にも食べ物や陶器の売店と、陶芸美術館があってだな。」
「なるほど。食ったら遊んで歩けということか。」
「そんな町の作りにはなっているな。今度は下り坂だ。」
今度はガラスのギャラリー兼ショップ。陶器のギャラリー兼ショップ。ときどき作家展や季節のイベント展もやっている。もう少し歩いていくと、今度はペルーやアジアの衣料品店。その先は地元の食べ物屋に小物、衣料品店などの店が集まっている物販センター。さらに先に行くと、陶芸ショップが並んでいき、先がT字路になる大通りとぶつかった角の所にパン屋はあった。
「正宗。景色がいいから歩いていて飽きなかったが、結構長かったな。」
「うむ。食った分は歩いただろう。」
「パン屋さん、有名なんですか?」
「そうだな。うまいぞ。寄ってみよう。」
木造と漆喰と、レンガ造りのお洒落なハウスの引き戸を開けると中にはパンとジャム、僅かにこの町の農作物がズラリと並んでいた。
「おお、パンの焼ける匂いだ。」
「ま、正宗、こんなに沢山、選び放題だぞ! いいのか!?」
「値段も……そんなに高くないですね。これは確かに。」
「うむ。サンドイッチと、食材パンを数点、買って行くか。」
「ううむ。この店のおすすめは何だ? 正宗。」
「今の季節だと桜アンパンとよもぎアンパンかな。
桜かよもぎのアンコに、求肥が入っている。」
「パンを食べながら団子っぽい餅菓子で花見がやれるじゃないか!」
「うむ。だからおすすめだ。
サンドイッチは……ミルククリームコッペサンドの種類が豊富でな。
バターミルク、ラムレーズン、イチゴ、キャラメル胡桃とあるのだが。
他にもカスタードデニッシュにイチゴとマンゴーがあって。フレッシュなやつだ。
こっちの一口デニッシュはアンズとカスタードで焼いたもので。」
「既にデザートパンで力尽きるじゃないか!」
「ふふん。ここの目玉は総菜パンもだぞ。
まずレンコンのメンチカツサンドは帆立町産のレンコンで。
こっちのカレーパンは甘口とモチモチの皮で包んだチーズとがある。
チーズと言えば三種類のチーズをふんわり軟かいパンで混ぜ込んで焼いた。
とろける舌触りのものに。
あと焼肉サンドもあってたれで焼いた肉をこれでもかと挟んでいる。
厚切りパンと豪勢に召し上がれだ。」
「あれだけ歩かせたのは、また食わせる気か!?」
「胡桃。」
「な、何だ。」
「まだサンドイッチの説明をしていないだろう。」
「そ、そうだった。そっちは何なんだ?」
「まずは安定のBLTサンド、ベーコン、レタス、トマトの王道だ。
続いてハムチーズサンドだが。パンがプチフランスパンだ。レタスも当然、挟んである。
チーズが薄く切った穴の開いたエメンタールチーズだ。」
「お、おお! このチーズは食べてみたい!」
「そしてこちらは野菜サンドだが、挟んである千切り野菜の量が既に数センチはある。」
「おお! 農業都市だから豪勢に行ったのか!」
「元気ですねーあなたたち。」
ガイドをしている俺とそれを素直に聞いている胡桃を、既に遠巻きに山桜桃さんが眺めていた。
「山桜桃さんもどうだ? スモークサーモンとクリームチーズのサンドも王道だろう。」
「こちらのペッパービーフパストラミサンドも美味しそうですね。」
「ああ。これもうまい。」
「正宗……この町はしばらく歩いてくいだおれるのによさそうだな。」
「ああ。住むんだからうまいものはしっかり把握しておくんだぞ。」
こうして、一通り、この町を教えるイベントは終了した。次は神社周辺ももう少し教えたいところだな。
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