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アレンベールへの旅立ちの時、クリストファーは見送りに来ていた。
王太子が直々に見送りに来るなどこの規模の遠征ではありえないことだった。
しかも皆の前でミルアージュ妃にキスをし、殴られていた。それでも笑って抱きしめている。
第三部隊は見てはいけないものを見て皆、固まり、怯えた。
ミルアージュに何かあればクリストファーに殺されるのが目に浮かぶからだ。
皆の心配と裏腹に遠征はスムーズに進んだ。
旅の途中、ミルアージュは皆と一緒に移動や食事をした。
寝所まで一緒になることはなかったが、それ以外は全てを隊と共にした。
この距離を移動するのはなかなか体力もいるのだが、ケロッとした顔で文句ひとつ言わなかった。
どうして王族であるミルアージュがそんな事をできるのか。
ミルアージュに慣れてきていた頃、兵士の一人が聞いた。
「軍の遠征には慣れているから。アンロックは少し前まで戦が続いていたので。」
何事もないようにミルアージュは答える。
「…」
その場は静まり返った。
十数年前まではアンロックは豊かな小国であり、色々な国に狙われていた事を皆思い出した。
王族が戦の遠征に出るのか…しかも今のミルアージュの歳を踏まえると遠征に行っていたのはまだ子どもの頃のはずだ。
今でこそアンロックは大国であり狙われる事はないが、何十年も戦がない平和なルーマンにはわからない苦労が色々とあるのだと思った。
人の上に立つオーラはあるものの、常に隊員に気遣うミルアージュをわがまま妃と陰口を叩く者などいなくなった。
旅も順調に進み、残り四日となった夜、アルトは数人の兵士達と夜の見張りをしていた。
あるテントでまだ灯りが見えた。
ミルアージュのテントだ。
「姫?まだ起きているのか?」
アルトは外から声をかける。
共に生活している親近感からかミルアージュは皆から姫と呼ばれている。
平民の兵士は敬語すら使われなくなっていた。
隊長は何度も注意するが、ミルアージュ自身気にしていなかったし、誰も直すつもりはなかった。
副隊長のアルトは部下からも遅くまでミルアージュの部屋の明かりがついている事は報告されている。
遠征の場で夜遅くまで起きているというのは体調管理の面で如何なものかとの意見も上がっていた。
何をしているのかアルトは気になって声をかけたのだ。
「アルト?ちょうど良かった。中に入って。」
ミルアージュの返答があった。
おいおい、こんな時間に男を入れ込むかぁ?と呆れたが、毎晩遅くまで何をしているのか気になったアルトは入ることにした。
「失礼します。」
アルトにしては丁寧な挨拶を言いながら入口の布を開け、中に入った。
それだけこんな時間に女性の、しかも王太子妃のテントに入るのは勇気がいる事だった。
「良かった、ちょっと詰まっててね。誰かに相談したいと思っていたところなのよ。」
若干の疲れが見えるミルアージュの手元には書類の束が積み上げられていた。
チラッと書類を見てアルトは驚いた。
「これを姫が?」
「‥あなた字が読めたのね。」
「‥‥」
アルトが答えない事にミルアージュは自分の失言に気づき、謝った。
「ごめんなさい、失礼なことを言って。この国の平民は字をあまり習わないと聞いていたものだから。」
「軍人になってから覚えた…」
「そう、ちょうど良かったわ。」
ミルアージュはアルトに字を覚えてもらおうと思っていたところだったのだ。
「笑わないのか?平民のくせにって。使うところなんてないのにって。」
そう、平民は軍の中でもどんなに頑張っても副隊長以上にはなれない。
平民は書類仕事などはなく、現場の指揮するのみなので字を覚える必要もないのだ。
「でもあなたは必要だと思ったから覚えたのでしょう?」
「‥‥」
「私は身分で人を評価はしないわ。確かに貴族の方が学べる場がある分、有利なのは間違いないけど高貴な家の者なら戦いに勝てるの?違うでしょう?」
クリストファーからミルアージュは実力主義だと聞いていた。その通りだ。
「だが、平民では誰もついてこない。」
アルトは慌てていう。
貴族を否定するような事を平気で言うミルアージュに驚いた。
そんな事を気にしないというようにミルアージュはため息をつく。
「その考えを何とかしていかなければね。アンロックの軍部大将だって平民出身よ。実力だけで大将になったの。」
「ああ、そうだったな。アンロックはそういう国なのだな。羨ましい。」
ついうっかりアルトは本音が出てしまった。
そんなアルトをミルアージュはジッと見つめる。
実質この第三部隊はアルトが取り仕切っているのはミルアージュだって気づいている。
平民が多いからできているのだろうが、こんな未熟な隊をまとめているアルトには驚かされる。
平民という身分のせいで上に立つこともできないなんて。
ルーマンは勿体ない人の使い方をしているとミルアージュは呆れている。
平和ボケしているルーマンだから仕方ないかもしれないけども。
アルトも発言に気づき話をそらした。
「それにしても姫の強さには驚いた。本気を出す前にやられてしまった。」
「ふふふっ、よく言われるわ。この身なりにみんなが油断してくれるのよ。初見は私が勝つことが多いの。」
ミルアージュのニコニコした顔を見てアルトは悔しそうな顔をした。
「今ここが行き詰まってるんだけど。」
机に乗っていた書類はアレンベールの資料に、何パターンにも及ぶ交渉の詳細をまとめたものだった。
ミルアージュは夜遅くまでアレンベールの交渉案と再建について考えていたのだ。
王太子が直々に見送りに来るなどこの規模の遠征ではありえないことだった。
しかも皆の前でミルアージュ妃にキスをし、殴られていた。それでも笑って抱きしめている。
第三部隊は見てはいけないものを見て皆、固まり、怯えた。
ミルアージュに何かあればクリストファーに殺されるのが目に浮かぶからだ。
皆の心配と裏腹に遠征はスムーズに進んだ。
旅の途中、ミルアージュは皆と一緒に移動や食事をした。
寝所まで一緒になることはなかったが、それ以外は全てを隊と共にした。
この距離を移動するのはなかなか体力もいるのだが、ケロッとした顔で文句ひとつ言わなかった。
どうして王族であるミルアージュがそんな事をできるのか。
ミルアージュに慣れてきていた頃、兵士の一人が聞いた。
「軍の遠征には慣れているから。アンロックは少し前まで戦が続いていたので。」
何事もないようにミルアージュは答える。
「…」
その場は静まり返った。
十数年前まではアンロックは豊かな小国であり、色々な国に狙われていた事を皆思い出した。
王族が戦の遠征に出るのか…しかも今のミルアージュの歳を踏まえると遠征に行っていたのはまだ子どもの頃のはずだ。
今でこそアンロックは大国であり狙われる事はないが、何十年も戦がない平和なルーマンにはわからない苦労が色々とあるのだと思った。
人の上に立つオーラはあるものの、常に隊員に気遣うミルアージュをわがまま妃と陰口を叩く者などいなくなった。
旅も順調に進み、残り四日となった夜、アルトは数人の兵士達と夜の見張りをしていた。
あるテントでまだ灯りが見えた。
ミルアージュのテントだ。
「姫?まだ起きているのか?」
アルトは外から声をかける。
共に生活している親近感からかミルアージュは皆から姫と呼ばれている。
平民の兵士は敬語すら使われなくなっていた。
隊長は何度も注意するが、ミルアージュ自身気にしていなかったし、誰も直すつもりはなかった。
副隊長のアルトは部下からも遅くまでミルアージュの部屋の明かりがついている事は報告されている。
遠征の場で夜遅くまで起きているというのは体調管理の面で如何なものかとの意見も上がっていた。
何をしているのかアルトは気になって声をかけたのだ。
「アルト?ちょうど良かった。中に入って。」
ミルアージュの返答があった。
おいおい、こんな時間に男を入れ込むかぁ?と呆れたが、毎晩遅くまで何をしているのか気になったアルトは入ることにした。
「失礼します。」
アルトにしては丁寧な挨拶を言いながら入口の布を開け、中に入った。
それだけこんな時間に女性の、しかも王太子妃のテントに入るのは勇気がいる事だった。
「良かった、ちょっと詰まっててね。誰かに相談したいと思っていたところなのよ。」
若干の疲れが見えるミルアージュの手元には書類の束が積み上げられていた。
チラッと書類を見てアルトは驚いた。
「これを姫が?」
「‥あなた字が読めたのね。」
「‥‥」
アルトが答えない事にミルアージュは自分の失言に気づき、謝った。
「ごめんなさい、失礼なことを言って。この国の平民は字をあまり習わないと聞いていたものだから。」
「軍人になってから覚えた…」
「そう、ちょうど良かったわ。」
ミルアージュはアルトに字を覚えてもらおうと思っていたところだったのだ。
「笑わないのか?平民のくせにって。使うところなんてないのにって。」
そう、平民は軍の中でもどんなに頑張っても副隊長以上にはなれない。
平民は書類仕事などはなく、現場の指揮するのみなので字を覚える必要もないのだ。
「でもあなたは必要だと思ったから覚えたのでしょう?」
「‥‥」
「私は身分で人を評価はしないわ。確かに貴族の方が学べる場がある分、有利なのは間違いないけど高貴な家の者なら戦いに勝てるの?違うでしょう?」
クリストファーからミルアージュは実力主義だと聞いていた。その通りだ。
「だが、平民では誰もついてこない。」
アルトは慌てていう。
貴族を否定するような事を平気で言うミルアージュに驚いた。
そんな事を気にしないというようにミルアージュはため息をつく。
「その考えを何とかしていかなければね。アンロックの軍部大将だって平民出身よ。実力だけで大将になったの。」
「ああ、そうだったな。アンロックはそういう国なのだな。羨ましい。」
ついうっかりアルトは本音が出てしまった。
そんなアルトをミルアージュはジッと見つめる。
実質この第三部隊はアルトが取り仕切っているのはミルアージュだって気づいている。
平民が多いからできているのだろうが、こんな未熟な隊をまとめているアルトには驚かされる。
平民という身分のせいで上に立つこともできないなんて。
ルーマンは勿体ない人の使い方をしているとミルアージュは呆れている。
平和ボケしているルーマンだから仕方ないかもしれないけども。
アルトも発言に気づき話をそらした。
「それにしても姫の強さには驚いた。本気を出す前にやられてしまった。」
「ふふふっ、よく言われるわ。この身なりにみんなが油断してくれるのよ。初見は私が勝つことが多いの。」
ミルアージュのニコニコした顔を見てアルトは悔しそうな顔をした。
「今ここが行き詰まってるんだけど。」
机に乗っていた書類はアレンベールの資料に、何パターンにも及ぶ交渉の詳細をまとめたものだった。
ミルアージュは夜遅くまでアレンベールの交渉案と再建について考えていたのだ。
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