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夜の論争
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「それで?そのサキュバスってのはもちろん美人なんだろ。胸はどんくらいなの。」
だから万年発情期のこの男に彼女のことを知られたくなかったのだ。
ベベドナが街を歩いている頃、会議を終えたキヴィは、全ての教会を束ねる聖座のある聖都にひっそりとたたずむ、教会が経営している葡萄酒の卸先の酒場のカウンターで、旧友と杯を交わしていた。
司祭だというのに下世話な話が大好物の友人は、キヴィがベベドナのことをうっかり口にした途端、彼女の胸だの尻だのばかりについて聞いてくる。
(こんな男が破門されないのもおかしいが、堕落した彼が強硬派の多い教会の中では、まともな方だという事実が悲しい。)
「私は信徒をそんな目で見ませんから。失礼でしょう…」
「そんな胸もデカそうな美人がずっと側にいて何もないなんて、お前、昔からそこまで不能だったか?」
「あなたは戒律を百回読み直してください。それが正しい姿なんです!」
友人の酷い発言に頭を抱えたキヴィは顔を手で覆って嘆く。
胸が大きい美人のくだりは否定されなかったので、キヴィの友人、リマスはそこは正しいのかと確信する。
「いや普通じゃねえよ。戒律書いた人も絶対守ると思ってないから。ドン引きしてるって。」
「何故こんなやつが教会にいるんだ…」
「ははは。魔族を教会に入れるやつの方がヤバいからな?」
確かに戒律に関してはリマスの言うとおり、破ったことを理由に地位から追い落とされたりすることはあるが、実は守らないものも多い。子持ちや結婚している聖職者も居り、それだけならまだしも姦通する者や子供に手を出す者もいた。後者は法で罰せられることもあるが、前者は野放しである。しかし、リマスの場合好みの婦人と遊びまくっているだけなので、前者にも当たらない。
とはいえ彼の反論は的を得ているが、キヴィは頑なに持論を展開しようとする。
「ですから魔が魔族という教会の解釈は…!」
「さっき百回聞いたからいい。」
「十回しか言ってません…」
前々からキヴィの言動は危ういところがあったが、ついにここまで来たかと会議で頭を抱えていたのはリマスだ。
「お前、相当やばいこと言ったりしたりしてる自覚ある?」
「…ありますよ。」
「教会にも国王か公爵にも目つけられてるぜ」
魔族との融和を解き魔族を取り入れる司祭など、人間の権力者には反乱分子にしか見えない。その上、人間より魔力も身体能力も高い魔族を動かせるとは、自軍隊を持つに等しい。魔族と争う中、自国内でキヴィが魔族の支持を得れば、教会と世俗権力から見て排除すべき脅威になる。
「何があっても信徒と村は守ります。私が…」
自覚はあるキヴィは、リマスの忠告に対し宣言する。
「お前一人でどうにかなるか?ま、ここまで来たら魔族は味方につけたほうがいいぜ」
キヴィは弁も立つし魔力も高いが、流石に教会が軍を出せば逃げられまい。ならば魔族の伝手をつくっておけと、忠告とは裏腹なことをリマスは友人に言う。
(多分こいつが教会の教義通りの説教をしてもいずれは同じことになるだろうしな。人望を集めすぎるやつは危険だ。)
キヴィは魔族を利用しろと言うような友人の発言に不満を示す。
「味方とかそういう…彼等が私のために傷つくことがあってはなりません。彼等が私を守る必要なんてない。そうでしょう?」
急に後ろ向きになり、首にかけた聖石を握りしめるキヴィに、リマスはまだ引き摺っているのかと思う。彼が清算した、あまり見ないようにしている過去の記憶とキヴィは向き合い続けているのだろう。
「はいはい。それで後ろめたいからサキュバスの姉ちゃんに誘惑されてもやらないと、」
「話が違う上、ベベドナには誘惑されてません!」
論点をずらすリマスに騙されず、キヴィは声を張り上げて否定する。
「嘘だ~そりゃガード固いサキュバスもいるが、話聞いてるとベベドナさんは完全にお前目当てだよ、それ」
「あなたの耳は腐ってるんですか?ベベドナは神の教えを知りに教会で私の手伝いをしてくれてるんですよ!」
「はぁ。それじゃ神に誓って彼女を夜のおかずにしたこともないと?」
目を細めて問うリマスにキヴィは顔色を変えず即答する。
「ありませんし、しません」
「健康によくないな。胸も尻も触ったことがないと」
「当たり前でしょう…!」
聖職者の言葉と思えない発言にキヴィはまた頭を抱える。
(誰かこの男を破門してくれ…!)
「裸も見たことがないと?」
木陰からのぞくベベドナの姿を思い出したキヴィの顔から、サーッと血の気を引かせた。
「お…?」
キヴィの変化に、リマスは楽しげな声を上げた。
「ありません!裸は…」
「へえ、裸は。」
「神に誓ってありません!」
鬼気迫る様子で声を上げ、冷静さを欠いたキヴィの様子に、これは何かあったなとリマスは口角を吊り上げ、追求する。
「昔、街で婦人に誘惑された時は平然としてたのに、何で今は焦るわけ」
「自分の教会に務める女性信徒の裸に近い姿を見るなんて、彼女に無礼だし、不祥事でしょう」
「それだけか?」
「それだけです。」
この話は終わりだと、キヴィはグラスのワインの残りを一気に飲み干し、席を立とうとする。一方、逃がすかとキヴィの肩を掴んだリマスは、キヴィの耳元に酒臭い息をこぼしてこっそり問いかける。
「で、何回ヤ…、」
全くキヴィの言葉を聞かない友人に、ついにキヴィの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ!君は女性への配慮も友人への配慮も足りない!大体彼女がサキュバスだろうが人間だろうが、彼女の人間性を疑うようなこと、軽々しく口にしないでくれ!彼女への侮辱だ!」
言葉遣いも戻り、本気で怒り始めたキヴィを見て、破戒僧はむしろ口元を綻ばせる。
「へぇ~そこまでベベドナさんのために怒るわけ、へぇ~」
「この男…ッ」
笑みを隠さずニヤニヤと笑うリマスに、滅多に乱暴をしないキヴィは思わずダンッとテーブルを叩く。
「まあ落ち着けって。マスター、もう一杯」
リマスは微塵も動じず、へらへらと笑いながら酒場の主人に親指と人差し指を立て、追加の酒を注文する。強いやつで、と話さず口を動かす。
「あなたね…」
反省の色のないリマスをキヴィは白い目で見て、ため息をつく。何故自分はこんなどうしようのない人間と友人なのか会うたびに思うが、それでも腐りきった縁の切れない相手だ。
「じゃあもう一度ベベドナさんとの出会いのとこからはじめて」
「出会いって…まあいい。聞けば、君も彼女がどんな人か分かるでしょう。」
怒りに自制心を忘れているキヴィは、目の前に出された蒸留酒を思わず一気にあおった。
「それで…嵐の日だというのに飛び出して医者を呼びに行ったり…無鉄砲だけど優しい人なんです…聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる」
「だから……ベベドナは…彼女は素晴らしい人なんだ…」
神の信徒という評価基準でなく自分の主観で語っていることも忘れて、酔いが回ったキヴィは惚れた腫れたの話好きのリマスがうんざりし始めるほど、ベベドナについて長々と語っていた。説教かと思うほどに長ったらしい解釈が逐一ベベドナの行動に加わっていた。
リマスには、話を聞けば聞くほどベベドナはキヴィ狙いであり、キヴィは無自覚にベベドナに惹かれているという確信が強まるだけだった。しかし、戒律への意識と自責の念の為にブレーキがかけられ、情動まで至ってないのだと推測する。
(修道院に厳格な軍隊育ちって環境を考えると無理もないが拗らせたやつだな。俺の方が全然健全だわ。)
まだ若い司祭たちを修道士の頃から知る主人も今頃春かと、生暖かい目でキヴィを見ている。
「それで、ベベドナさんが他に取られたらどうすんだ」
リマスはいたって真面目な声で問いかけるが、キヴィは頭に疑問符を浮かべ、何故そんなことを自分に聞くのか分かっていない様子で答える。
「取られる…?修道女ならベベドナは戒律を守るでしょうし、一般信徒して誰かと結ばれるなら私に全く何も言う権利はありません。きっと、過去に恋人や、夫もいたでしょう。」
リマスは思わず未亡人!?いいね!、と言いかけたが、次にふざけると殺されそうなので自らの口を押さえた。
「へえ。じゃあもしベベドナさんがお前に惚れてたら」
「何だその仮定。あり得ないよ。」
単刀直入なリマスの問いに対し、呆れたキヴィは砕けた口調で前提を否定する。
(その可能性しかないと思うが。)
リマスは突っ込みたい衝動を抑えてしつこく聞いた。
「もしも惚れてたら、どうするんだ?」
「目を覚ますよう説得します」
「人の気持ちは容易く変わんないぜ。お前の精気が吸いたいって、吸わないと死んじゃうって言ったら」
リマスの意地の悪い問いかけに、キヴィは真っすぐな目で答える。
「私の血なら、与えますよ」
その逃げ道を知っていたとは。リマスは舌打ちする。大抵の人間はサキュバスは性交しないと死ぬと思っているが、キヴィは流石に知識がある。真面目なこの男のこと、ベベドナを教会に受け入れる際に彼女の種族に関する文献を読み漁ったのだろう。
「あ~、サキュバスって、何年かに一回、性交で精気を得ないと死んじゃうらしいぞ」
リマスは苦し紛れに都合のいい設定をでっちあげて話すが、キヴィにすげなく否定される。
「嘘でしょ」
「マジマジ。聞いてみろよ。」
「聞けるか!」
「大体血で吸うにしても、精気が増してないと駄目だから、やってる途中とかじゃないと。」
先程の発言は真っ赤な嘘だが、これは少し根拠がある。リマスがさりげなく呟くと、キヴィは少し動揺した黄緑色の瞳を向ける。
「そ、そうなのか…?」
「サキュバスの知り合いから聞いたよ。ベベドナさん以外に聞いてみれば?」
(まあ、その知り合いは相手に自分との性行為を妄想させるだけで精気吸ってツヤツヤしてたけど。)
しかしどちらにしろ性的興奮か、闘争心や生存欲求など生命力が増してないと駄目とは言ってたので嘘ではない、とリマスは自らの偽りを正当化した。戒律を自分の解釈で捻じ曲げるのはキヴィ同様彼の得意技である。
「それは…知らなかった…。ベベドナは、もしかして一人で悩んでいるのかも…」
キヴィは何やら追い詰められた顔でどんよりとした空気を纏い、考え込み始めてしまったが、面白いのでリマスは放っておいた。
(信徒の生命維持を理由に手出せばいいのに。まあこの堅物の下半身には無理だろうな、当分。)
そんな風に昼の神学論争とは程遠い夜の論戦は続いた。
月が天頂に上りきるころ、早く帰らなければと言って頭を抑えながら、キヴィは馬車に乗った。
馬車に乗り込むキヴィのふらついた足元を見て、飲ませすぎたとリマスは少し反省する。
(でもこいつを陰ながら庇ってるうちに自分も上に目をつけられてるし、少しくらい玩具にしてもいいでしょう?)
と、天上の神に話しかけ、リマスは一人で納得した。
だから万年発情期のこの男に彼女のことを知られたくなかったのだ。
ベベドナが街を歩いている頃、会議を終えたキヴィは、全ての教会を束ねる聖座のある聖都にひっそりとたたずむ、教会が経営している葡萄酒の卸先の酒場のカウンターで、旧友と杯を交わしていた。
司祭だというのに下世話な話が大好物の友人は、キヴィがベベドナのことをうっかり口にした途端、彼女の胸だの尻だのばかりについて聞いてくる。
(こんな男が破門されないのもおかしいが、堕落した彼が強硬派の多い教会の中では、まともな方だという事実が悲しい。)
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「そんな胸もデカそうな美人がずっと側にいて何もないなんて、お前、昔からそこまで不能だったか?」
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友人の酷い発言に頭を抱えたキヴィは顔を手で覆って嘆く。
胸が大きい美人のくだりは否定されなかったので、キヴィの友人、リマスはそこは正しいのかと確信する。
「いや普通じゃねえよ。戒律書いた人も絶対守ると思ってないから。ドン引きしてるって。」
「何故こんなやつが教会にいるんだ…」
「ははは。魔族を教会に入れるやつの方がヤバいからな?」
確かに戒律に関してはリマスの言うとおり、破ったことを理由に地位から追い落とされたりすることはあるが、実は守らないものも多い。子持ちや結婚している聖職者も居り、それだけならまだしも姦通する者や子供に手を出す者もいた。後者は法で罰せられることもあるが、前者は野放しである。しかし、リマスの場合好みの婦人と遊びまくっているだけなので、前者にも当たらない。
とはいえ彼の反論は的を得ているが、キヴィは頑なに持論を展開しようとする。
「ですから魔が魔族という教会の解釈は…!」
「さっき百回聞いたからいい。」
「十回しか言ってません…」
前々からキヴィの言動は危ういところがあったが、ついにここまで来たかと会議で頭を抱えていたのはリマスだ。
「お前、相当やばいこと言ったりしたりしてる自覚ある?」
「…ありますよ。」
「教会にも国王か公爵にも目つけられてるぜ」
魔族との融和を解き魔族を取り入れる司祭など、人間の権力者には反乱分子にしか見えない。その上、人間より魔力も身体能力も高い魔族を動かせるとは、自軍隊を持つに等しい。魔族と争う中、自国内でキヴィが魔族の支持を得れば、教会と世俗権力から見て排除すべき脅威になる。
「何があっても信徒と村は守ります。私が…」
自覚はあるキヴィは、リマスの忠告に対し宣言する。
「お前一人でどうにかなるか?ま、ここまで来たら魔族は味方につけたほうがいいぜ」
キヴィは弁も立つし魔力も高いが、流石に教会が軍を出せば逃げられまい。ならば魔族の伝手をつくっておけと、忠告とは裏腹なことをリマスは友人に言う。
(多分こいつが教会の教義通りの説教をしてもいずれは同じことになるだろうしな。人望を集めすぎるやつは危険だ。)
キヴィは魔族を利用しろと言うような友人の発言に不満を示す。
「味方とかそういう…彼等が私のために傷つくことがあってはなりません。彼等が私を守る必要なんてない。そうでしょう?」
急に後ろ向きになり、首にかけた聖石を握りしめるキヴィに、リマスはまだ引き摺っているのかと思う。彼が清算した、あまり見ないようにしている過去の記憶とキヴィは向き合い続けているのだろう。
「はいはい。それで後ろめたいからサキュバスの姉ちゃんに誘惑されてもやらないと、」
「話が違う上、ベベドナには誘惑されてません!」
論点をずらすリマスに騙されず、キヴィは声を張り上げて否定する。
「嘘だ~そりゃガード固いサキュバスもいるが、話聞いてるとベベドナさんは完全にお前目当てだよ、それ」
「あなたの耳は腐ってるんですか?ベベドナは神の教えを知りに教会で私の手伝いをしてくれてるんですよ!」
「はぁ。それじゃ神に誓って彼女を夜のおかずにしたこともないと?」
目を細めて問うリマスにキヴィは顔色を変えず即答する。
「ありませんし、しません」
「健康によくないな。胸も尻も触ったことがないと」
「当たり前でしょう…!」
聖職者の言葉と思えない発言にキヴィはまた頭を抱える。
(誰かこの男を破門してくれ…!)
「裸も見たことがないと?」
木陰からのぞくベベドナの姿を思い出したキヴィの顔から、サーッと血の気を引かせた。
「お…?」
キヴィの変化に、リマスは楽しげな声を上げた。
「ありません!裸は…」
「へえ、裸は。」
「神に誓ってありません!」
鬼気迫る様子で声を上げ、冷静さを欠いたキヴィの様子に、これは何かあったなとリマスは口角を吊り上げ、追求する。
「昔、街で婦人に誘惑された時は平然としてたのに、何で今は焦るわけ」
「自分の教会に務める女性信徒の裸に近い姿を見るなんて、彼女に無礼だし、不祥事でしょう」
「それだけか?」
「それだけです。」
この話は終わりだと、キヴィはグラスのワインの残りを一気に飲み干し、席を立とうとする。一方、逃がすかとキヴィの肩を掴んだリマスは、キヴィの耳元に酒臭い息をこぼしてこっそり問いかける。
「で、何回ヤ…、」
全くキヴィの言葉を聞かない友人に、ついにキヴィの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ!君は女性への配慮も友人への配慮も足りない!大体彼女がサキュバスだろうが人間だろうが、彼女の人間性を疑うようなこと、軽々しく口にしないでくれ!彼女への侮辱だ!」
言葉遣いも戻り、本気で怒り始めたキヴィを見て、破戒僧はむしろ口元を綻ばせる。
「へぇ~そこまでベベドナさんのために怒るわけ、へぇ~」
「この男…ッ」
笑みを隠さずニヤニヤと笑うリマスに、滅多に乱暴をしないキヴィは思わずダンッとテーブルを叩く。
「まあ落ち着けって。マスター、もう一杯」
リマスは微塵も動じず、へらへらと笑いながら酒場の主人に親指と人差し指を立て、追加の酒を注文する。強いやつで、と話さず口を動かす。
「あなたね…」
反省の色のないリマスをキヴィは白い目で見て、ため息をつく。何故自分はこんなどうしようのない人間と友人なのか会うたびに思うが、それでも腐りきった縁の切れない相手だ。
「じゃあもう一度ベベドナさんとの出会いのとこからはじめて」
「出会いって…まあいい。聞けば、君も彼女がどんな人か分かるでしょう。」
怒りに自制心を忘れているキヴィは、目の前に出された蒸留酒を思わず一気にあおった。
「それで…嵐の日だというのに飛び出して医者を呼びに行ったり…無鉄砲だけど優しい人なんです…聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる」
「だから……ベベドナは…彼女は素晴らしい人なんだ…」
神の信徒という評価基準でなく自分の主観で語っていることも忘れて、酔いが回ったキヴィは惚れた腫れたの話好きのリマスがうんざりし始めるほど、ベベドナについて長々と語っていた。説教かと思うほどに長ったらしい解釈が逐一ベベドナの行動に加わっていた。
リマスには、話を聞けば聞くほどベベドナはキヴィ狙いであり、キヴィは無自覚にベベドナに惹かれているという確信が強まるだけだった。しかし、戒律への意識と自責の念の為にブレーキがかけられ、情動まで至ってないのだと推測する。
(修道院に厳格な軍隊育ちって環境を考えると無理もないが拗らせたやつだな。俺の方が全然健全だわ。)
まだ若い司祭たちを修道士の頃から知る主人も今頃春かと、生暖かい目でキヴィを見ている。
「それで、ベベドナさんが他に取られたらどうすんだ」
リマスはいたって真面目な声で問いかけるが、キヴィは頭に疑問符を浮かべ、何故そんなことを自分に聞くのか分かっていない様子で答える。
「取られる…?修道女ならベベドナは戒律を守るでしょうし、一般信徒して誰かと結ばれるなら私に全く何も言う権利はありません。きっと、過去に恋人や、夫もいたでしょう。」
リマスは思わず未亡人!?いいね!、と言いかけたが、次にふざけると殺されそうなので自らの口を押さえた。
「へえ。じゃあもしベベドナさんがお前に惚れてたら」
「何だその仮定。あり得ないよ。」
単刀直入なリマスの問いに対し、呆れたキヴィは砕けた口調で前提を否定する。
(その可能性しかないと思うが。)
リマスは突っ込みたい衝動を抑えてしつこく聞いた。
「もしも惚れてたら、どうするんだ?」
「目を覚ますよう説得します」
「人の気持ちは容易く変わんないぜ。お前の精気が吸いたいって、吸わないと死んじゃうって言ったら」
リマスの意地の悪い問いかけに、キヴィは真っすぐな目で答える。
「私の血なら、与えますよ」
その逃げ道を知っていたとは。リマスは舌打ちする。大抵の人間はサキュバスは性交しないと死ぬと思っているが、キヴィは流石に知識がある。真面目なこの男のこと、ベベドナを教会に受け入れる際に彼女の種族に関する文献を読み漁ったのだろう。
「あ~、サキュバスって、何年かに一回、性交で精気を得ないと死んじゃうらしいぞ」
リマスは苦し紛れに都合のいい設定をでっちあげて話すが、キヴィにすげなく否定される。
「嘘でしょ」
「マジマジ。聞いてみろよ。」
「聞けるか!」
「大体血で吸うにしても、精気が増してないと駄目だから、やってる途中とかじゃないと。」
先程の発言は真っ赤な嘘だが、これは少し根拠がある。リマスがさりげなく呟くと、キヴィは少し動揺した黄緑色の瞳を向ける。
「そ、そうなのか…?」
「サキュバスの知り合いから聞いたよ。ベベドナさん以外に聞いてみれば?」
(まあ、その知り合いは相手に自分との性行為を妄想させるだけで精気吸ってツヤツヤしてたけど。)
しかしどちらにしろ性的興奮か、闘争心や生存欲求など生命力が増してないと駄目とは言ってたので嘘ではない、とリマスは自らの偽りを正当化した。戒律を自分の解釈で捻じ曲げるのはキヴィ同様彼の得意技である。
「それは…知らなかった…。ベベドナは、もしかして一人で悩んでいるのかも…」
キヴィは何やら追い詰められた顔でどんよりとした空気を纏い、考え込み始めてしまったが、面白いのでリマスは放っておいた。
(信徒の生命維持を理由に手出せばいいのに。まあこの堅物の下半身には無理だろうな、当分。)
そんな風に昼の神学論争とは程遠い夜の論戦は続いた。
月が天頂に上りきるころ、早く帰らなければと言って頭を抑えながら、キヴィは馬車に乗った。
馬車に乗り込むキヴィのふらついた足元を見て、飲ませすぎたとリマスは少し反省する。
(でもこいつを陰ながら庇ってるうちに自分も上に目をつけられてるし、少しくらい玩具にしてもいいでしょう?)
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