人の恋路を邪魔するな

guch

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譲らない

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マレンマレンは司祭の補助をする助祭に若干16歳ながら任じられた。相手の司祭も地位にしては若く、まだ三十にも届かない。貴族出身でない者が若くして高い地位につくのは珍しい。マレンマレンの父も貴族ではなく公証人だが、司祭、キヴィは農民の出だと言うから驚いた。農民と言っても地主に近い家のようだが、それにしても異例の出世だ。

 一体どんな人かと、少しマレンマレンは物怖じしていたが、キヴィは誰に対しても笑顔で人当たりがよく、物腰穏やかな好青年だった。一方その学識の高さは彼の努力を物語っている。それに噂によれば、滅多に人前で使わないが魔力も高いらしい。



キヴィは本当に尊敬すべき人だった。彼が話すことが教会の公式見解と真っ向から対立していることを除けば。



「マレンマレン。教区の信徒の方がご病気らしいので、この薬を注文したいのです。」

「では、勘定に入れておきます。これなら、エスルツの薬屋に頼めば一週間で届きますよ。」

「ありがとう。あなたは計算が早いですね。」



キヴィがマレンマレンの手元を見ながら微笑む。マレンマレンは、信徒の体調を把握し、的確な薬を見抜くキヴィに驚いていた。医学もかじったとおっしゃっていたが、治癒師として教会で働いていたのだろうか。キヴィはあまり昔のことを話さず、教会の記録を見ようにもマレンマレンの地位では禁じられているので、マレンマレンはキヴィの過去が気になって仕方なかった。



「キヴィ様!もうすぐパンが焼けるよ!」

「はい、ではお茶にしましょう。」



心地良いアルトが響く。キヴィが席を立つので、マレンマレンも後に続く。食堂では、修道士修道女とキヴィ、マレンマレン、ベベドナ、そして菓子の香りに釣られた信徒が並ぶ。なんと耳の尖った者や毛むくじゃらの者までいるが、気にするのはマレンマレンと十代の修道士だけで、幼い修道士たちやキヴィは何も言わず彼らと朗らかに話をしている。マレンマレンは特に狼姿の魔族が恐ろしかったので、ハーブティーと菓子を手早く頂いたあと、聖歌の練習を理由に席を立った。食堂の出口で振り返れば、キヴィは黄緑の瞳を細ませてベベドナと話している。



大体、サキュバスが教会に居ることがおかしい!



形ばかり修道女や女司祭の着る長衣とベールをつけたサキュバスがキヴィ目当てであることにマレンマレンは初めから気づいていた。というか、キヴィ以外の者は全員そう思っているだろう。キヴィに言えば絶対に怒られるか悲しげな顔をされるのでマレンマレンは婉曲的にサキュバスが修道女暮らしは難しいのではないか、教会の手伝いもやめさせたほうがいいと言っているが、その度に笑顔で流されるだけだ。キヴィがベベドナに現を抜かす色好きならばマレンマレンは失望してキヴィを見捨てればいいだけだが、キヴィはベベドナに高潔さを夢見ている。

女慣れしておかないとこんなことになるのかと、そこだけはマレンマレンはキヴィを見習うまいと心に決めていた。



「あのサキュバス、まだいるね」

「あの司祭ただの女好きなんじゃないの?前のイベヤ様の方が…」



マレンマレンが回廊を通ると、近隣の村人の声が聞こえた。マレンマレンはため息をつく。こうしてキヴィが誤解されるから、ベベドナは居るべきではないのだ。大体説教の内容も危ないし、キヴィを追い落としたい勢力には格好の餌だ。それに、とマレンマレンはベベドナの姿を思い浮かべる。教会生活が長いものの健康な男子であるマレンマレンにとっても、ベベドナの美貌と肢体をもって誘惑されたら勝てないと思った。たまに流し目をされただけで、精気を持っていかれてる気がする。キヴィはあの通り朴念仁だし、性欲より知識欲が強そうな人だし、何より精神力が強い。しかしサキュバスには人間を魅惑する能力があると聞くし、ベベドナはサキュバスの中でもそこそこ名が知られているらしい。いくらキヴィでも、ベベドナに本気で誘惑されたら勝てないのではないかと、マレンマレンは日々気をもんでいた。



苛々しながらマレンマレンが歌の練習も帳簿の整理もせず庭の草いじりをしていると、向こうからベベドナの声と幼い修道士たちの声が聞こえた。まさかあんな小さい子供を誘惑しているのか…?とマレンマレンが木の影から覗くと、ベベドナが子供たちと遊んでいる様子が見えた。よく見ると教会の外から来た人間の子供もいる。若干1名耳が尖った子がいるのは気のせいだろう。穏やかな光景を見ながらマレンマレンは自身の入れられた修道院を思い出す。



裕福な平民の三男坊として生まれたマレンマレンを父は初めから聖職者にするつもりで、彼は気づけば十になる前には寄宿舎に入れられていた。貴族の子弟も通う割に厳格な修道院では、毎日祈りと神学で一日が終わり、家にもほとんど帰れず、母が病気になって危篤の時にようやく帰れた程だった。おかげでマレンマレンも若くして叙階されたが、あの修道院にいい思い出はない。3分の1の修道士は聖騎士として戦地に赴く。まさしく教会が軍隊を養成するための修道院だった。



マレンマレンの記憶ではキヴィも同じ修道院の出身だったが、キヴィの教会は似ても似つかない、暖かい雰囲気だった。キヴィの教会の修道士たちは名ばかりで、ほとんど村の孤児の寄せ集めだ。キヴィは十五になったら、教会を出るか、残って修道士のままいるか、俗人として働くつもりか聞くと言っている。教会はよく孤児院も兼ねるから、それ程おかしな話ではなかた。修道院を改めて作る程のスペースはないし、わざわざ辺境の村に来る修道士もいなかった。そんなわけで幼児園と化している教会だが、学校もつくりたいというキヴィの話を聞くに、寺子屋となるのは間違いなかった。しかし穏やかな昼下りの光景を眺めていると、それもいいかとマレンマレンは思ってくる。



(子供ばかりでも。サキュバスがいても、キヴィ様が無事な限りは、いいか。)



ベベドナは子供たちをうまくまとめ、仲間外れが出ないようにしている。キヴィもよく子供の相手をするが手詰まりになることもあるし、マレンマレンは子供が苦手だ。彼女がいるおかげで庭の花も毎日潤っている。 



(それに、なぜか知らないけれど、キヴィ様はベベドナといる時が落ち着くんだろう。)



マイペースなようでキヴィの気がいつも張っていることを感じていたマレンマレンは、上司が倒れないために、ひとまずサキュバスの存在を見逃すことにした。



(もっとも、ベベドナ、お前が尻尾を見せたら追い落とす…!)



自己完結したマレンマレンは、自らの手元を見て自分が草むしりしかしていないことに気づき、急いで帳簿を付けに戻った。



























子供たちの声がうるさく響く中、ベベドナは軽くステップを踏んで踊る。気がつけば木の影から感じていた視線は消えていた。



「チョロいね…」

ベベドナはマレンマレンや年齢が高めの修道士や信徒の僅かな精気を腹の肥やしにしており、それがバレたかと思ったが、違うようだ。

「キヴィ様は譲らないよ…」



最近キヴィが男色家である可能性を疑い始めたベベドナは、別の対抗心を燃やしていた。





















おまけ
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