人の恋路を邪魔するな

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変な司祭

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キヴィ・マレイユルの生活は概して規則正しい。朝はいつも日の出の頃に置き、儀式に使う道具やステンドグラスを磨き、たまに家畜に餌やりなどする。どれもキヴィと言うより手伝いの子供たちや雇った世話人の仕事だが、元々農家に育ったキヴィは朝から動くのが好きだった。

しかし、昨日の夜は新たな版が出た聖人伝や神話大集を読み耽り、新しく信徒になった魔族の婦人に字を教えていたため、睡眠時間が減り、今朝は少し遅く起きた。キヴィは身体を動かそうと軽装のまま外に出る。ツンと冷えた朝の空気が心地よい。山の麓のこの村は景色も雄大で、教会を建てるにふさわしい場所だった。



若い司祭は歩きながらも信徒のことや教会のことを考える。昨日までベベドナが聖書を読めないことに気付かなかったのは自分の失態だった。周りの信徒は皆人間だから、いいにくかっただろう。話せるから読み書きできるわけではない。人間の信徒にも教えているのに。キヴィは自分の至らなさを恥じた。そして、ベベドナの様子を思い出す。長く生きているらしいベベドナは人の言葉も俗語であれば流暢に話している。母語はそちらなのかもしれない。文字もすぐに覚えてしまいそうな様子だった。

キヴィはベベドナにプレゼントするのによい教本か神語の本はないかと考えながら、ベベドナに魔族の言葉を教えてもらい、彼等の言葉で話したり書いたりすれば、もっと多くの魔族に神の言葉が伝わるんじゃないか、という思考まで飛んでいた。





 散歩を終えて教会のある広場まで来ると、視線を感じた。大きな1本角に一つ目が特徴の魔族が、突然話しかけてくる。 



「よお、司祭さん」



「おはようございます。」



キヴィは朗らかに笑うが、相手は半目で胡散臭そうに見てくる。前の司祭は魔族に対して強硬派だったらしいので当然かとキヴィは勝手に納得するが、魔族は別のことを聞く。



「ベベドナとはどうなんだよ?」



何やらニヤニヤと笑いながらといてくるが、キヴィには意味がわからなかった。



「ベベドナは真面目に働き、私の言葉を聞いてくれるので、仲良くやっていますよ」



人間の教会に入った魔族の友人を心配しているのだろうか、それならもっともな話だと、キヴィはベベドナが元気そうなことを語った。一つ目は頭を振って、隣の別の魔族に何やら呟いて笑っていた。



「これは脈がなさそうだな!しかし坊主ってのが本当に禁欲的とは」



一つ目の言葉をいまいち読み解けないキヴィは頭にハテナマークを浮かべてしばし考え込んだあと、サキュバスの彼女に自分が誘惑されることを危惧しているのか?と正解か不正解か微妙な答えを得る。

確かに誘惑に負けサキュバスに精気を食い尽くされる聖職者の寓話も実例も数多あり、何なら昨年は男の叙階された聖職者で5件発生した破門事例だ。しかし、いずれにしても悪いのは誘惑に負ける、もしくは誘惑されたと思いこむ脆弱な精神の持ち主だ。

キヴィは自制心にはそれなりに自信があったし、あいつのようには堕落しないという遊び人を反面教師に、数々の誘惑をくぐり抜けてきた。そもそもベベドナはキヴィを誘惑する様子はないし、純粋に入信した彼女をそういう目で見ては失礼だ。



ということをまとめて話したあと、



「もしかしてサキュバスには衝動的に精気を求める習性もあるのですか?その場合に適切に対処できるよう対策を…」



キヴィがノートを取り出すと、一つ目や周りの魔族が大笑いし始めた。サキュバスにはそんな習性がなく、自分は的外れな偏見を話してしまったかと、キヴィが怪訝な目で見上げると、



「その時はあんたのせ…」



何か言いかけたロバの耳が生えた魔族の口を塞ぎ、一つ目が答える。



「馬の血でも飲ませとけ。稀にあるらしいけど、ベベドナなら一人でなんとかするだろうし…それにしてもあんた変なやつだな。よっぽどイカれた野郎かと思ってたが変に真面目だしよ。」

「よく言われます。」

「気に入ったぜ、俺はダゲスンだ。今度飲もうぜ。女はだめでも酒はいいんだろ?」



キヴィはあまり酒に強い方ではなかったが、面白そうな話に司祭は乗った。



「自分を失わなければ。ぜひご一緒に」

「酔わない酒なんて意味ないだろ」

「そうですね…酔いは酔いで神との一体感が得られそう。そうだ、教会でも少しのお酒は出しますよ。週末にお話を聞きに来てくださったら」



ダイレクトなマーケティングをするキヴィを一つ目は食えないやつと半目で見下ろす。



「なんだよ、酒場じゃ説教できねえのか?」



キヴィは一つ目の冗談に目を見開く。



確かにあの遊び人も酒場で酔った勢いでたまに雄弁を振るうと聴衆を集めていた。聖職者が開くバーや教会のビアガーデンも最近人気だと聞く。昔は堕落だと思っていたが、魔族も人間も、ひょっとしたらエルフなども集まる飲み食いの場というのは素晴らしい、教会でなくとも行ってみたい。下大陸や海の方にはあると言うが……



とキヴィは妄想をめぐらせながら、ダゲスンに答える。



「もちろんしますよ」



実際のところ、キヴィ自身、魔族の飲む酒や彼らと話すことに惹かれていた。



ダゲスンは丁寧に口約束で日時まで決め、キヴィは少し駆け足で教会まで戻った。教会の入り口の近くでは、ベベドナが皆好きにしていいとキヴィが言った庭で花を摘んでいた。



「キヴィ様!お帰りなさい。」

「それは?」

「香油にして子供たちにでもあげようかと思って。髪にいいよ。キヴィ様にも…」

「それは有り難い。」



キヴィが近寄ると、ベベドナはいきなりキヴィの袖を掴み、鼻を寄せてクンクンと匂いを嗅いだ。



「ダゲスン…一つ目の魔族と会った?」

「ええ、広場で」

「アイツらなんかしたのかい!?ソツェンやらの匂いも…」



ベベドナが匂いを嗅ごうと近づいてくるので、キヴィはやんわり押しとどめた。



「お話しただけです。貴女のことを心配していました。いいお友達ですね。」

「友達というか…悪い奴らじゃないけど、人をよくからかうんだよ。」



ベベドナの表情に、親しい友人なのだな、とキヴィは思う。そしてベベドナがあまり教会の外に出ていないことを思い出し、彼女を案じる。



「ダゲスンや他の方たちと会わなくて大丈夫ですか?修道女も街に行けるし、そもそも一信徒として教会のお手伝いをするなら、わざわざここに住まなくても…」

「いやいや!ここの教会は人も少ないし、キヴィ様たちも大変でしょ?それに教会に住んでればキヴィ様にあ…色々教えてもらえるし!本も沢山あるし!」



必死に首を振るベベドナ。教義を学ぶ上住み込んでまで教会のために、神のために働きたいなどなんて模範的な信徒だろう!キヴィは目を潤ませ、ベベドナの手を握りしめる。



「それなら、貴女が教会に対して働いた分、私も貴女のために働きましょう」

「え…あ、はは、ありがとう、キヴィ様!」



ベベドナは微妙に顔をそむけているが、キヴィはキラキラとした目を彼女に向け続けた。

「でも、我慢ばかりで道を誤る聖職者も多いですし、息抜きは必要ですよ」

そう言ってキヴィはダゲスンたちの話をした。



「あいつらと飲むなんてやめなよ、酒癖の悪い…………いや、でもさ、あたしが居れば大丈夫だよ!」



ベベドナに窘められ、無自覚にしゅんとしたキヴィに心臓を鷲掴みにされたベベドナは、酔ったキヴィを見たい、あわよくばそしてという我欲に負け、キヴィを酒場という魔界に連れて行くことにした。
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