乙女ゲームの村人に転生した俺だけど悪役令嬢を救いたい

白濁壺

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一部三章 アンジュ・ゾンダル

第31話 旅路の約束

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「ねぇビィティ、私たち使役者コンダクターとして世界を旅しない?」
「突然だね」
 使役者コンダクターというのは精霊使いのことで公式用語ではなく『精霊ファーム』ファンの間の通称だ。

「うん、バッドエンドを迎えたいわけでしょ? 平民と二年も家出してた公爵令嬢なんて帰ってきたとしても社交界で通用しないわ。そんな不良令嬢を攻略対象も見向きしなくなるでしょ?」

「確かに一理はあるけど、でもそれで本当に俺の望むバッドエンドを迎えられるかどうか……」
 ビィティは悩む、確かに魅力的な提案だが、この世界のシステムから大きく逸脱することを本能的に嫌っているのだ。

「私は可能だと思うわ。だってプレイボタンを押さなきゃゲームは始まらないのよ。私は『精霊ファーム』のプレイボタンを押すわ」

 すでにこの世界で生まれているのだから『メアリーワールド』のプレイボタンは押されているだろうけど、学園編まではまるで別ゲーのようなものだから、その謎理論は以外とイケるんじゃないかとビィティはアンジュの言葉に気持ちが揺らぎかける。

「でも、世界中を旅してどうするんだ?」

「なに言ってるのよ。せっかくこんな世界に来たんだから観光しなきゃ損じゃない? それに世界情勢を知ることは力になるわ」
「確かに、俺はこの世界を知らなすぎる」
 ビィティは素直にアンジュの考えに感心する。彼女はこれをゲームだと思っていないからビィティには考えもつかないことを容易く考え付くのだ。
 それに今まで『メアリーワールド』だと思っていたからビィティは余裕だったのだ。だが新たにもう一つのゲームが混入している時点でその余裕は消え去っていた。

「知識や人脈は力よ。そもそも魔王ってどこにいるのよ」
「……しらない」
 魔王の名前も容姿もゲーム内では出てこない、ただ最後のシーンでクラリスが魔王を倒したことが分かっただけだ。
「ね? 私たち知らないことが多すぎるのよ。ゲームの知識だけじゃ、この世界を生き抜けないわ」
 確かにこの世界の知識は欲しいとビィティは切実に願う。だが、なんとか旅に行かせようとするアンジュに彼は違和感を感じる。

「そうだね、でも他に理由があるでしょ」
「な、なんのことでしょうか?」
 アンジュは明らかに動揺して目が左右に泳がせならない口笛を吹く。

「世界を巡ってレアな精霊を手に入れたいとか?」
「ぐっ、神クラスのレア精霊が欲しいです」
「やっぱりか……」
「で、でもすごいんだよ、つよいんだよ、かっこういいんだよ(語彙力崩壊)」
 力説するアンジュがおかしくてビィティは口許にコブシを置くとプッと吹き出す。吹き出されてアンジュは頬を膨らませて怒るが、その精霊がどうしても欲しいのか彼女は神クラスのレア精霊がどれだけ凄いのか解説する。
 神クラスの精霊は世界に四匹しかおらず四聖獣である朱雀、青龍、白虎、玄武をモデルに作られ、フェイク精霊でありながらアーティファクト精霊と同じ能力を持っているのだと言う。
 そして出現場所は完全にランダムでどこにいるか全くわからないのだと言う。

 だから世界を巡ろうということらしい。

 確かにアンジュには精霊を憑けた方がいいのは確かだし、仮面の騎士がクラリスを守るのは学園編からだし、当分はこの国から問題はないだろうとビィティはアンジュの世界旅行に賛同することにした。

 アンジュは喜んで朝になったらさっそく旅に出ようと言うので、ビィティは彼女の頭に拳骨を落とし雪の中に取り残された騎士はどうするのか聞くと、もちろん助けてからだよと完全に忘れていたのを舌を出して誤魔化す。

「アンジュはもう少し他人に興味を持たないとね」
「うん、そうだね、ごめん」

 ビィティは世界を放浪する旅に出掛けるんだから四ヶ月間、親にたっぷり甘えてきなよと言う。
 アンジュはもうそんな歳じゃないけど、赤ん坊から世話になっているから確かに愛着はあるので親孝行くらいしないとねと驚愕の事実をのべる。
 赤ちゃんからのやり直しで色々恥ずかしい思いをしたそうなのだが、それは聞かないとしても、なぜ転生時間が自分とこんなにも違いが出たのだろうかとビィティは不思議に思う。
「アンジュは赤ん坊から意識あったのか、俺は最近だから二人の心が俺の中にあるんだ」
「え? じゃあビィティは明人さんじゃないの?」
「いや、明人だよ。ただ、やっぱりビィティでもあるんだよ。だからこの世界の親のことを愛してるし家を奪い返したいと思う」

「え? 家?」
 そういえばアンジュには経緯を全然話していなかったと、ビィティは転生してからのことを全て彼女に話す。

「大変だったんだね」
「ビィティがね、俺はアンジュ、杏子に救われたから……」
「ほへ!? 私何もしてないよ」
「痴漢の冤罪で助けようとしてくれただろ、それにホームに落ちる俺に手も伸ばしてくれて。天使かと思ったよ」
「……うん、でも。私のは明人さんのとは違うから」
 そう言うとアンジュは顔を膝に埋めて何も言わなくなったので、これ以上言わない方がいいなと気がついたビィティは話をわざとらしく変えた。

「まあ、四ヶ月後騎士の人たちを救出したら、すぐに迎えにいくよ」
「うん、絶対だよ」
 二人は古典的に指切りげんまんをして、その晩ビィティ達は肩を寄せあって眠った。

 翌朝、外が紫色に染まり始めると朝食を食べ、すぐに出発した。
 ビィティはそのままアンジュを抱き上げるとクリンの風を使い空を舞う。

「クリン、この間みたいに力が続かないならすぐに言うんだぞ」
『あいでちゅ』

 今度はクリンが力が使えなくなると言うようなことはなく、ビィティ達は易々と山を越えると眼前に王都の町並みを見た。

「思ったより近かったんだね……」
「この山、アトラト山脈だったのね」
 アトラト山脈とは標高2000m級の山々が連なり冬季には王都に冷たい風を運ぶ。その風はアトラトおろし と呼ばれ王都の人々を震え上がらせていた。
 眼前に広がる王都の街並みはファンタジーアニメなどで出てくるなんちゃって王都ではなく東京の江戸川区以上の町並みが広がっており圧巻の景色を見せていた。

『風に乗るでちゅ』

 クリンがアトラトおろし に乗り、一気に加速して距離を稼ぐ。

 ”ドゴン!”

『あるじぃ、砲撃だ!』
 クリンの風でクルクル回ってご満悦だったベルリがとっさに水の壁をだして砲撃を防ぐ。
 王都に空から近づくものを迎撃するために城壁に備え付けられた魔道砲台が破裂音を響かせビィティたちに向かって放たれたのだ。

「警告もなしに砲撃とか、やっぱり飛んで王都に入るのはまずいのか」
「みたいだね」
 どんどん激しくなる砲撃に二体の精霊がてんてこまいになっているのを見て、ビィティは下に降りようと提案するが二体はまだいけると強がりを言って彼を困らせる。

「いや、別に戦いに来たわけじゃないから無理するな。アーティファクト精霊とか出されたら厄介だし歩こう」
『あいでちゅ』
『行けるのに』
 クリンは素直に言うことを聞くが、ベルリは良い所を見せたかったのか、がっかりして恨めしそうにビィティを見る。

「ベルリちゃんははやる気ね」
 アンジュはしょげるベルリを見てクスリと笑う。

「危険を冒す意味無いからね」
 そう言うとビィティは街道沿いへと着地した。王都へはもうそれほど距離はないので数十分も歩けば到着する距離だ。

「ビィティ、私自分で歩くよ」
 お姫様抱っこされているアンジュがジタバタして降りようとするので、公爵家令嬢を歩かせられないだろと言うと「そ、そうよね」と言っておとなしくなった。
 
「まあ、俺も歩く訳じゃないから。クリン低空飛行で進んでくれ」
『あいでちゅ』

 ビィティ達はそのまま宙を浮きながら街道を進んで行った。このまま何事もなくいけるかと油断する二人の正面から土煙を上げて馬に乗った兵士の大群が押し寄せ、ビィティ達を目視すると街道を塞ぐように立ち槍を構えた。
 ビィティは敵意がないことを示すように徐行して進むと隊長格とおぼしき男が前に出て怒声をあげる。

「貴様らそこで止まれ!」
 その顔はビィティの気持ちとは裏腹に完全に敵に対峙するような表情を見せていた。
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