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一部三章 アンジュ・ゾンダル

第26話 雪の牢獄からの脱出

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 食料を手にいれたビィティは一路、アンジュ達の元へ戻った。
 途中に川にかかる橋を探したが、やはりどこにも橋はなかった、すべてが白一色で覆われ川ですら凍りついて雪の下で見えなかった、魔結晶の魔物を倒しても降り積もった雪は消えないのだ。

 季節はまだ初冬で、この地方では普段はここまで雪が降らない。魔結晶の魔物のせいで、ここまで降雪していたのだ。だが晴れてはいても気温が低いため雪はそれほど溶けない、そして日中に多少なりとも溶けた雪は夜になれば固まってしまい、日中日差しがさしても溶けにくくなる。
 冬はこれからが本番で最低でも4ヶ月は閉じ込められることになる。その事実にビィティは表情を曇らせる。
 
 途中アイテムバッグから荷物を取り出し背中に背負ったので、その重さを支えるのでクリンはてんてこまいになりビィティはフラフラと空を飛んでいた。
 完全に重量オーバーだった。

「ごめんなクリン無理させて」
『だいじょうぶでちゅ。ご主人ちゃまの為になら頑張れるでちゅ』
 風で物を飛ばすと言う行為はかなりの力を消費する。
 ベスタの形見のペンダントは精霊石で精霊達に力を与えてくれる。それにここまで生死を共にし絆が深まったからこそ長時間飛ぶことができるようになったのだ。

「おかえりなさいビィティ」
 カマクラが立ち並ぶ基地に帰還するとアンジュが走り寄り満面の笑みで出迎えてくれた。ビィティが帰ってくる前から外で待っていたようで唇を青くなっており身体がかなり冷えている様子だった。

「ただいま戻りましたアンジュ様。外は寒いですから中で暖まられた方がいいですよ」

 その言葉は自分を心配していた人に言う言葉ではないなとビィティは反省する。彼が背負う荷物をおろそうとするとアンジュが手伝おうとしたので、それを見たサファイヤに咎められ彼女は頬を膨らませた。

「凄い荷物の量ね」
「牧場の方に一杯詰め込まれまして。それにいつ出発できるかも分かりませんしね」
 ビィティの帰還に腹を空かせた騎士達がワラワラと集まる。彼がみんなに食料を渡すと早速とばかりに鍋を作り出す。
 ビィティは冷え切ったアンジュを焚き火に当たらせ、彼はサファイヤに橋の状況やこの先の雪の状態を説明した。

「春は三ヶ月先ですね。雪が全部溶けて通れるようになるまで後4ヶ月くらいかかりそうです」
 サファイヤはビィティの報告を受けて青い顔をする。4ヶ月も閉じ込められては食料供給が間に合わないからだ。冬はどこも自分の食料を確保するだけで手一杯で30人分程度すら四ヶ月も持続して手に入れるのは無理だからだ。ビィティも肉屋とのやり取りで、そのことに気がついたので脱出する道がないことに表情を曇らせていたのだ。

「そんなに足止めになるのか……。やはりアンジュ様だけでも王都に戻られた方が」

「みんなを残して帰れる訳ないでしょ!」

「アンジュ様……」

 騎士達は皆その言葉に感動する。今までわがまま放題で彼らのことをなんとも思っていなかったアンジュが他人のことにまで気にかけているのだから、騎士達の心のわだかまりも無くなっていった。

「私もアンジュ様は先に城に帰った方がいいと思います」
「なぜ?」
 ビィティの発言にアンジュは首をかしげる。仲間を大事にしろと言うのはビィティの教えだからだ。

「雪解けによる雪崩です。今はまだ寒いから大丈夫ですがここは山間部です、雪解け時に雪崩が発生する場合があります」

「でも、今は平気でしょ」

 だがビィティは首を横に振る。元々この時期はここまで雪が降らない。だから晴れの日は雪が溶けやすい、そうなれば雪崩はいつ起こるもの分からない。
 それに衛生面でも問題がありると言う。4ヶ月もこの場所に滞在するとなると相当量の糞尿やゴミが出る。
 それらにアンジュは耐えられないと言う。

「……耐えられるわよ」

「だとしても、帰るべきですね。ここへは私が責任をもって食材を運びますし、薪も調達します。皆さんを絶対に死なせませんのでアンジュ様はご帰宅なさった方がいいと思います。システム的に」
 ビィティはアンジュがここに居ると不測のイベントが発生してしまう可能性があると考える。
 フィールド系のイベントは命に関わるものが多い。アンジュ自身は無事だとしても仲間の騎士の命を奪ってしまう場合が多々あるのだ。
 この世界ではアンジュ以外の命は軽いのだ。

「ビィティの言うとおりですアンジュ様」
 サファイヤがアンジュの前に跪き言う。それに従って他の騎士達も跪き各々にアンジュへ帰還を促す。
「そうですよアンジュ様、俺たちは大丈夫ですから」
「アンジュ様に何かあったら俺たちみんな死んでお詫びしなくちゃなんないですよ」
「「アンジュ様」」

 アンジュは騎士達に懇願され、システム的にというビィティの言葉に後押しされ帰ることを決めた。
「……分かったわ。王都に戻ります。でも皆さん絶対に死なないでくださいね。父上にも救援するように伝えますので、それまで頑張ってください」

「「「はい!」」」
 帰ることを承諾してくれたアンジュに騎士達は安堵し、あまつさえ自分達の身の心配をしてくれるアンジュに感動すらする。
 それに自分達のせいで守るべき対象が死ぬのは騎士として最大の屈辱だから彼女が帰ることを決意してくれたのは心の底から嬉しいのだ。

 帰ると決まるとその日は軽い宴会が催された、まるで今生の別れをするように。
 食事を終えたビィティは数種類のカマクラを作り、そこに薪や食材を貯蔵した。
 当然トイレ用のカマクラもあるがそれは生活区より下に設置して汚物が流れ込まないように配慮した。
 更にビィティはカマクラがある道を守るように氷で壁を作り、万が一雪崩が起きたときも左右に流れるような形状にした。

「まるで駐屯基地だな」
 サファイヤが出来上がった壁やカマクラを見て感慨深そうに言う。サファイヤは戦争経験者で砦を見ると血が騒ぐのだ。

 翌朝、二人は騎士達を残し王都へと出発する。ビィティは竹で作った篭にアンジュを入れビィティは軽く宙を舞い飛べるかを確認した。問題なく飛べるようなので彼はサファイヤにコクリと頷く。

「ビィティ、アンジュ様を頼んだぞ」

「はい、任せてください。送り届けたら戻ってきますので」

「ああ、食料はなるべく大切に食べるように努めるからアンジュ様の身の安全だけを考えてくれ」

「わかりました」

 空を飛ぶとアンジュは子供のようにはしゃぐ。髪は乱れぐちゃぐちゃだがお構いなしだ。
 娯楽が少ないこの世界ではこういうことでも十分楽しいのだ。

「やっと二人きりになれたわね」

「まるで不倫している恋人みたいな言いぐさですね」
 二人きりになった途端にアンジュが馴れ馴れしくビィティの肩から手を回し寄りかかる。ビィティにはそれがとても気持ち悪く感じ嫌悪感にさいなまれる。

「バカね、これで敬語禁止でしゃべれるじゃない」
「ああ、そうですね」
 敬語と言うのは普段からしゃべっていないとどうしても地が出てしまう。だから普段でも敬語で話したいとビィティは思っている。特にアンジュには思うところもあるのから。

「はいダメ、今のは敬語です!」
「そうですね」

「まだ固いかな」
「オ~イエイ」

「バカかな?」
 軽いチャラ男のノリにアンジュは本気で嫌がる。前世で何かあったのではと思うくらいに。

「杏子って毒舌だよね」

「そう? 優しい方が良いならそうするけど?」
 そういうと首筋に指を当て、なぞるように耳まで手を伸ばすとクリクリと耳をいじりる。好きでもない相手に身体をいじくられると言うのがこれほど不快なのかとビィティは痴漢をされる女性の気持ちが少しわかる気がした。

「毒舌で良いです」
「プフフフ、ウブなんだぁ~」
 ビィティは笑うアンジュに腹を立てていると高度がガクンと下がる。

「クリンどうした!?」
『だめでちゅ、力が出ないでちゅ』

 クリンは泣きそうな顔をしながらビィティを見て精一杯力を振り絞ったが、高度はぐんぐん下がり、二人は凍った山の壁面に叩きつけられた。
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