乙女ゲームの村人に転生した俺だけど悪役令嬢を救いたい

白濁壺

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一部三章 アンジュ・ゾンダル

第22話 ビィティを殺したら絶対に許さない

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 ビュービューと吹雪の音が響き、耳障りな音で目を覚ましたビィティは横を見てアンジュが自分の腕に巻きついているのに気がついた。
 抜け出ようとしたがそれは叶わなかったので片手で焚き火に薪を新たに足し、クリンに風で風切り音を中和させた。自分の心の隙間に吹く風もこんな風に中和してくれないかと思いながらビィティは再び目を閉じた。


「ふあ~、よく寝た」
 アンジュが片手をあげて”ん~”となまめかしい声をあげて伸びをする。
 その声でサファイヤも目を覚まし、深い眠りについてしまったことに驚く。

「ちょ、起きなさいよ」
 アンジュが寝ているビィティの鼻を塞いで無理やり起こすとニコリと笑う。
「うん、あ、おはよう……ございます」
 ビィティは戸惑いながらも挨拶をすると彼女は彼の裾を引っ張りお腹をさする。

「お腹減った、ごはん」

「姫様行儀が悪いですよ」

「ヴぅ~」
 サファイヤに言われ不満を声に出すが。お腹が本当に減っているようで彼女はビィティの顔をアヒル口にして見る。

「今作りますので少しお待ちを」
 ビィティは火の弱くなった焚き火に薪を足し、ベルリに綺麗にしてもらった鍋に水を張り具材を投入する。
 昨日と同じでは文句を言われるなと直感で感じビィティは色々な種類のキノコを入れキノコ鍋を作った。もちろん猪肉のジャーキーもふんだんに入れている。

 他のカマクラにも料理を作りに向かおうとすると入口周囲は雪で覆われ巡回の騎士が作った人が一人通れるくらいの道しかなかった。

「どれだけ積もったんだ。クリン周囲の雪を吹き飛ばしてくれ」
『あいでちゅ』

 クリンの風が粉雪を巻き上げ、晴天の空から雪がキラキラと舞い降りるとアンジュがキャッキャッと子供のように騒ぐ。
 雪をどかしてみると周りは二メートル以上の雪壁を作っており皆を驚愕させた。

「観測史上初の大雪?」
「今年から観測しました」
 アンジュのボケにビィティが突っ込みを入れると彼女はお腹を抱えて屈託のない顔で笑う。

「確かに観測なんかしてないわよね」

「将来的に農作物を安定供給させるために、王妃になったら王に気象研究部署新設を進言してみてはいかがでしょう」
 執事がするようなポーズをしてビィティはアンジュにお辞儀をする。

「ビィティが手伝ってくれないと無理よ? 王妃になっても側にいてくれるんでしょ?」
 その言葉にビィティの胸がちくりと痛む。

「はい、もちろんです。ですが、その前に従者試験に受かりませんとね」

「受からせなかったらパパとは口聞かないって言うから大丈夫よ」

「できれば実力でアンジュ様のお側にいたいですね」

「プッ、イケメン口調はあわないわよ」

「すみません」

「今は仕方ないけど、そのうち敬語はやめてね」

「……努力いたします」

「そう、ならいいわ。」

 ”ぐぅ~”

 アンジュのお腹からかわいい虫の音が聞こえると、彼女は泣きそうな顔で「ごは~ん」とビィティに朝食を懇願する。

「はいはい、そろそろ煮えてる頃ですから行きましょうかお嬢様」

「うむ、苦しゅうない。お腹いっぱい食べさせよ」

「はぁは~ッって江戸か!」
 ビィティは周りに誰もいないのを確認して突っ込みをすると、アンジュはすごく嬉しそうに笑った。
 誰も知らない異国の地で知り合いもなく、前世の記憶がある彼女は、この世界では異質だ。親兄弟がいても、たった一人で生きてきたのと同じ気持ちだったのだろう。
 だからこそ同胞のビィティに心を開き、バカにされることなく異世界の話をできるのが嬉しいのだ。

「アンジュ様どうぞ」
 カマクラに戻ったビィティは焚き火の前に座ると肉入りキノコ鍋を竹の器によそいアンジュに渡す、それを受け取ったアンジュは小さな声を上げ手を滑らせて中身をぶちまけてしまう。
 ビィティはとっさに手を出しアンジュを庇う。手に当たったお椀は中身をビィティの腕にぶちまけ転がった。
「ツッ」

「ビィティ!」

「俺は大丈夫です、アンジュ様はかからなかったですか?」

「私は大丈夫だよ。ビィティがビィティが……」

「ベルリ腕を水でコーティングしてくれ」
『おう!』
 腕に巨大な水玉が装着され火傷の痛みを癒す。

「すみませんサファイヤさんアンジュ様の食事の用意していただけますか、腕の治療しますので」

「う、うむ。わかった。」
 ビィティは一度外に出ると火傷をした部分を雪で冷やす。

『無茶しすぎだろ』
『でちゅ』

「アンジュに怪我されちゃ困るからね」
 王妃になるのに治らない傷や火傷跡など、もっての他だ。簡単な怪我なら魔法で治るとはいえ、完全に治らない場合もある。
 美しい肌でいてもらうのは王子と結婚する上で必須なのだとビィティは自分に言い聞かせてはいるが、彼女を助けた時のビィティはまさに無心だった身体が勝手に動いたのを認めたくないためにそう言い聞かせているのだ。

 スープがかかって赤くなった皮膚をベルリの水で洗浄して乾かすと、ベスタ特製の傷薬を塗る。
 この世界では癒し系の術を持つのはアンジュ(ダンジョンでレベル10超え)かナチュラルの水精霊、一部の魔法使いだけである。

 ナチュラルの癒しは完全回復はしない。ベスタのログハウスでビィティが立ち上がれるまでに回復するのに時間を要したのは特製の薬と癒しの術、気功を併用してたためである。
 この世界で完全回復術を使えるのはアンジュだけであり、レベル50の技である天使の癒しだけでなのである。

 ”ザクザク”

 雪を踏みしめる音がする方を見るとアンジュが心配そうにビィティを見ている。

「どうしたんですかアンジュ様」
「ごめんなさい、私がちゃんと持たなかったから」

「いいえ、私の考えが浅かったです。ここは日本じゃないんだから熱いお椀を渡してしまって」
 この世界のアンジュの食事は洋食系で食器を直接持つようなことはしない。
 そのせいもあり手の皮は薄く熱に弱かった。
 それで先程お椀を落としてしまったのだ。それをビィティは火傷したあとに気がついた。
 自分の失策でアンジュは責められないし責める気もない。
 しょげるアンジュにビィティはポンポンと頭を叩き大丈夫だからと励ます。

 ”キンッ”

 剣が抜かれ切っ先がビィティに向けられる。

「姫様の頭を叩くなど平民風情が!」
 サファイヤが今にも斬りかかろうとした時、アンジュはビィティの前に立ち手を広げる。

「ビィティを殺したら絶対に許さない!」

「しかし……」

「命令よ! ビィティに何かあったら例え事故でも、あなたが何かをしたんじゃなくても、私はあなたを許さない」

「そんな、姫様」

「行きましょうビィティ」
 アンジュはビィティの怪我をしてない方の腕をとるとカマクラへと戻っていった。
 残されたサファイヤは剣をカチャカチャさせながらどうするかを思案する。
 騎士としては姫に無礼を働いた平民を切らなければいけない。姫が良いと言っても貴族社会がそれを許さない。
 誰かに知られれば社交界で嘲笑され、あらぬ噂をたてられかねない。

「やはり切るべきか、この命に代えても」

 だが、あの平民のお陰で姫様は変わった、あの平民を殺せばまた元の姫に戻ってしまう。なら、今回は見なかったことにするのが得策かもしれないとサファイヤは結論付けた。

 サファイヤがカマクラに戻るとアンジュは彼女を睨み付ける、もちろんビィティをかばうような位置にいてサファイヤが彼を切ることはできない。
 今剣を抜けばアンジュに剣を向けたのと同義になるからだ。

「姫様、安心してください、その男は切りませんよ」

「本当?」

「はい、ただし今後はあのようなことはお止めください。それと平民、先程のこと誰かに言ってみろ、その時は私の首と引き換えにお前の首をとるぞ」

「サファイヤ!」

「アンジュ様、サファイヤ様の言うことの方が正しいで
す。サファイヤ様を責めないでくださいませ」

「でも……」

「すみませんサファイヤ様、アンジュ様に心配していただけたのが嬉しくて身分違いとはいえ、つい妹のように思ってしまいました。今後は二度とあのようなことはいたしません、お許しください」

「良いだろう。だが次はないぞ。従者を目指すならわきまえるのだな」

「はい、助言感謝いたします」

 サファイヤはふんと鼻息を一つつくと「道の状態を見て参ります」とアンジュに伝えカマクラをあとにした。

「なんなのあいつ!」

「いや、あれがこの世界の普通の人の反応だよ」
 そもそもカマクラを追い出されないだけマシな騎士と言えるだろうとビィティは思う。
 貴族や騎士の話はベスタの授業で耳にタコができるほど聞いていたのだ。だから先ほどの行為を許したサファイヤにビィティは驚いている。
 もし剣を向けてきたら戦う覚悟すら彼はしていたのだ。
 そんなビィティに気がつかずアンジュは憤慨する。

「いつもそう。私が許すと言ってるのに、みんなみんな処罰されて。私なんかのためになんで人が死ななきゃいけないのよ!」
 そう叫ぶとアンジュはだだっ子のようにその場でバタバタと暴れだす。
 それを見たビィティはアンジュのせいで人が死んだことがあるのだと察した。

「そうか、それで平民になりたかったのか」

「……うん、平民になれば。もう私のために死ぬ人がいなくなるから。でも、もう嫌だよ、こんな世界」

「大丈夫、俺が側にいるから」
 そう言うとビィティは自分の胸をドンと叩く。

「本当に? でも今みたいに、また……」

「強くなるよ、今よりもっと、だれも俺を害せない程に。そうすれば失敗しても殺されることないだろ?」

「うん、うん」
 アンジュは必死に頭を上下に振る。やはり同じ世界の人間がいると言うのは安心するのだろう。
 だから、自分の存在を大事に思うのだろうなとビィティは納得した。無理やりに。
「俺は死なないから、大丈夫だよ」

「……うん」

 道の状況を見てきたサファイヤが帰ってくるとかなり絶望的な状況で二メートル以上積もったパウダースノーは行く道を塞ぎここは完全に陸の孤島と化しているのだと言う。

「この先の橋も落ちている可能性があります」

「食料はどのくらいあるんですか?」

「あと良いところ二食分だ」
 二食ではとてもではないが三十人もいる騎士を雪が溶けるまでの間もたせることは不可能なのは誰の目にも明らかだった。
 このままでは自分以外は死んでしまうと思ったビィティはサファイヤに提案する。

「なら、私が食料を調達してきます。それと橋の様子も見てきますので」

「バカなこんな雪道、一歩も前に進めんぞ」

「クリン、俺の身体を浮かしてくれ」
『あいでちゅ』

 クリンの風を纏うとビィティの身体がフワフワと浮く。

「これなら問題なく突破できますよ」
 それを見たサファイヤはビィティの手を取り「飛べるのなら姫様を連れていってくれ」言う。

「は?」

「私たちのことは捨ててくれて良い。姫様さえ生きてくれていたら、それで良いのだ」

「サファイヤ! なんで軽々しく死ぬって言うの!」
 驚くことにアンジュが騎士達の現地人の身を案ずる。それは無くした心だった。それはビィティのおかげで取り戻した心だった。

「ですが」

「あなた達を見殺しにして私だけが助かりたいわけないでしょ! あなたとは何年一緒にいるのよ、いい加減わかってよ!」

「ですが姫様」

「姫じゃない! 私は姫じゃないの! あなた達と同じ人間よ!」
 それは魂の叫びだった、何度も何度も子供の頃から叫んだ叫びだった。ビィティがそばにいるからこそまた言えるようになった言葉なのだ。

「わかりました姫様、いえアンジュ様。死ぬときは一緒です。ですがこの命アンジュ様が生きながら得るための礎に使うことはお許しください」

「死ぬときは一緒じゃないわ。一緒に生きるのよ!」

「はっ!」

 普通に飛べるビィティから見ると茶番劇なのだが。良い話だなぁと感動してたのは内緒の話である。

「じゃあちょっと行ってきます」

「待って、私も飛びたい」
 そう言うと飛び立とうとするビィティにアンジュは抱きつく。ガクンと重みが加わり足が地面に着く。

「アンジュ様、飛ばせる重さには限りがありますので50kgも増えると食料が大幅に減ってしまいます」

”ドスッ”

「50kgもないわよ! 私は31キロです!」

「すみません現世の姿を思い出して」

 ”ドスッ”

 鈍い音とともに腹部に鈍痛が走る。

「そんなにないわよ胸が大きかっただけよ! 胸が減らなかっただけよ! 50kgもあるわけないでしょ。よ、四十んぅんキロよ!」

「え? なんだって?」

 ”ドスッ”

 鈍い音と――

「アンジュ様、殺しますか?」

「そうね、その方が良いかしら」

「では」
「嘘、嘘、嘘よ、殺しちゃダメ!」
 本気で抜刀するサファイヤをアンジュは血相を変えて止める。騎士である彼女には冗談は通用しないのだ。

「アンジュ様ひどいです」
 ビィティは涙目で両手をにぎり祈るように命乞いをする。

「バカめ女性の体重を聞くのは失礼だと知らんのか貴様、この田舎者め!」
 そう言うとサファイヤはアンジュの代わりにビィティの尻を蹴り上げた。
 ビィティはギャフンの代わりに「Hay  Siri!」と叫んで尻を押さえて涙目になった。
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