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一部三章 アンジュ・ゾンダル

第20話 村人はヒロインを王妃にすることに決める

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「あなたの名前はなんて言うのよ」
 そう聞くアンジュにいつの間にか険しくなってる眉間のシワをビィティは親指を当てて戻す。

「昔の名は捨てました」
 その言葉を聞いてアンジュはお腹を抱えて笑う。

「なに、中二病? あざなを考えてあげようか?」
 アンジュは指をピストル型にしてビィティを指差す。アンジュの一挙手一投足がイラつくビィティに反応してベルリとクリンも警戒態勢になっていた。

「私は春日部杏子あんず、今のアンジュと発音はあんまり変わらなくて笑っちゃうよね」

「姫様、またお言葉が乱れております」
 入り口に立つ騎士が寒さに震えながらアンジュを嗜める。

「もう分かったわよ、と言うか早く豚汁ちょうだいよ、寒くて死にそうよ」
 女騎士を見ると首をクイっとして渡してもいいと許可をされたビィティは鍋から豚汁を竹のどんぶりに移すとひったくるように奪い、竹製の箸を器用に使って豚汁を食べ始めた。

「塩味だけど色々お出汁出ててイケるわね。でもあれよね、醤油じゃないけど日本人が作ると日本人の味になるのね」
 
「そうですね、ありがとうございます」
 ビィティは頭を下げて礼を言うが顔は自然と横を向いていた。アンジュはそれに気がつかず「もう、そう言うの良いって。それより、ご飯はないの?」と言うとさらにご飯をねだった。

「さすがにありませんよ、あわひえならありましたけど米は見つけてないですね」
 仮に米などを見つけても品種改良しなくては食べたい白米は食べられない。
 現代日本の米は研究者が苦労して作った人工的な米なのだ。

 だけどやはりご飯を食べたいと思うのは日本人の常、ビィティは麦飯を代用にしようと考えている。麦なら町に行けば簡単に手に入るし価格もそれほど高くない。
 ただ、囚人に出されて臭い飯と言われるように。100%麦は臭いがきつい。普通は白米と混ぜて使うのが一般だが白米が無い以上臭いにおいは覚悟しなければいけないのだ。

「なんだやっぱり、あっちの人じゃない」
「すみません。私の今の名前はビィティと言います。昔の名前はなぜか思い出せなくて」
 ビィティがそう言うとそんな事もあるのねと彼女は素直に納得した。

「私のことは気楽にアンズって呼んでよ、それに敬語じゃなくて良いわよ面倒でしょ」

「そんなしゃべり方したら家臣の方にに殺されますよ」

「別にタメ口で良いでしょ?」
 アンジュが女騎士に向かい許可をとるが、彼女は一言ダメですと良い首を横に振る。
 アンジュはケチと女騎士に言うとビィティとの話を続ける。

「それで事故は東京ですか?」
 どこで死んだと言えば外の女騎士がビィティに『不敬な!』といって切りかかってくるのは明白なので事故と表現をする。

「そうそう、山足線の有苦町の駅よ」
 やっぱりこいつだとビィティは確信する、自分を痴漢冤罪で殺した犯人だと。

「どうしたの?」
 顔が険しくなるビィティにアンジュは首をかしげる。ビィティはあちらの世界での事故のことを思い出してしまってと言って誤魔化す。

「ふ~ん。それであなたはなんで死んだの?」

「トラック……、トラックに轢かれて死にました。気がついたらこの世界でこの姿になってました」

「ラノベ主人公みたいな死にかたね、でも顔ガチャ良い感じで良かったわね」

「良い感じ、私がですか? ご冗談を。もう少しなんとかして欲しかったです」
 その言葉にアンジュはオイオイと突っ込みを入れる。

「あんた欲張りすぎよ十分イケメンじゃない。あなたがイケメンじゃなかったら世の中不細工だけになるわよ。もしかしてまともな鏡見たことないの?」
「はい、水面でしか見たことないです」
「そんなことだろうと思った、サファイヤ鏡持ってきて」
「はっ! 姫様が鏡をご所望だ!」
 まるで伝言ゲームのように兵士達が鏡を持ってくるように伝えている。持ち場を離れられないからなのだろうが、クラリスの所の騎士達より統率が取れている感じがする。
 そう考えるとビィティはクラリスのことが心配になる。

 愛されていないと。

 継母に我が物顔で実家を歩かれていると。

 そして邪魔者でも追い払うように留学させられた。

 もしかしたら警備が手薄だったのはレジスタンスに殺させる気だったとも考えられる。
 仮にクラリスが王妃になれば確実に継母ままはは を糾弾するだろう。
 そうなる前に亡き者にしようとした。
 だからこそデオゼラは裏切った。デオゼラもまた継母の刺客だったんじゃないのかと後から後から嫌な予想ばかりがビィティの頭をよぎる。

「どうぞ姫様」
 女騎士がアンジュの前に跪き彼女に手鏡を渡す。

「あなた鏡を見たこと無いんでしょ。心の準備は良いかしら?」
 アンジュはジャジャジャーンと言ってビィティに鏡を向ける。その鏡に写る顔は美形の男の顔だった。
 まさにCMのビフォーアフター位の違いがあり。これがワタシ? と言うほど別人の顔になっていた。

「え、誰これ……俺じゃない。いや面影はあるけど」

「ん? 顔は見たことあるの?」

「はい、もっと不細工でした」

「姫様、彼は成長期ですので心の力が上がって顔が良くなったのではないでしょうか?」
 女騎士が言うには、この世界では顔の良さは心が決める。心の強さがそのまま顔に出ると言う。
 貧困に喘ぐものは醜く、高貴なる血を持つものは美しくなる。それは高貴なものほど心が強いからである。
 そして元の顔と違うと言うなら、ここ最近で心境の変化があったのではないかとビィティに言った。
 クラリスを救い、ベスタに鍛え上げられた彼の心は高貴な高みへと昇華され、顔はまさに心を映す鏡の如く高貴になものになっていた。

 元のビィティは今までの貧困生活のせいで心がすさんでいたのだ。両親は死に家を追い出されるのは10歳の子供には耐えがたい苦痛だったろう。
 それが原因でブサイクになっていたのだ。

 だがビィティは心配になる、この顔ではクラリスは自分と気がついてくれないのではないかと言うことに。
 面影はあるが、ほぼ別人なのである。

「ねーね。この世界ってなんなの?」
 どうやらアンジュはゲームに疎いようで、この世界が『メアリーワールド』だと気がついていないようだ。
 いやゲームを模倣した世界だと言うことにすら気がついていないのだろう。

「乙女ゲーム『メアリーワールド』を模倣した世界みたいですね」

「ゲームの世界なのか……。でもわたしスマホゲームしかやらないからちょっとわからないな」

「ゲームの世界ではなく、ゲームを模倣した世界ですね所々違いますので」

「そっか、ではビィティ、乙女ゲーム『メアリーワールド』のアピールポイントを言ってください」
 その言葉にビィティのいや、明人あきとの乙女ゲーマーの血が騒ぎ、矢継ぎ早に推しキャラの何が良いかを説明し、そのついでにゲームシステムの説明をした。

「死ぬまでに128回周回しました」
 ビィティはドヤ顔でアンジュに言うが、彼女の顔は完全にヤバイ人間を見る目になっている。
 やり過ぎた、そう思った頃には手遅れなのである。それが乙女ゲーオタクの闇だから。

「へ? あなた前世は男の人よね」

「そうですが、なにか?」

「うあ、キモッ! さすがに乙女ゲー128回周回とかないでしょ。キモッ」

「こ、このゲームは男にも人気なんですよ」

「でも、さすがにキモいわよ」
 ゲームをやらない人間と言うのはなぜゲームをやる人間を馬鹿にするのか。それが永遠の難問だとビィティは心の中でつぶやく。

「もし、よければこの世界の勝ち組ルート教えますけど? どうせ俺は王子さまと結婚する気ないし」
 もちろんこれはアンジュ側の陣営に入り込みクラリスを助けるための作戦の一貫だ。
 だが、アンジュは予想外のことを言い出す。

「うーん。わたし平民になりたいのよね。なんとかならない?」

「え、なんでですか?」

「だって王族なんて自由がないじゃない。公爵家の今でさえ礼儀作法やらなんやらで厳しいのに」

「平民にはもっと自由がありませんよ」

「嘘おっしゃい、あなた旅してるじゃない」

「親が死んで村で育てられてたんですが搾取されまくりで一日二銅貨で働かされてたんですよ? 逃げ出したんです」

「そうなの?」

「大体、結婚はどうするんです?」

「平民になって素敵な人と自由恋愛よ」
 ビィティはその発言に呆れるようにため息をつく、こんな世界で自由恋愛、しかも公爵家の娘がと。
 クラリスを好きなビィティが言うのもなんだが、この世界には自由恋愛はない。
 結婚は皆小さいときからの知り合い同士で行う。
 また同じ村等に同年代の子供がいない場合は近隣の村での村長同士が話し合い、嫁か婿をもらってくるのである。
 そこには当然よそ者の入る隙間など無く、突然現れた人が美形の麗人でも結婚相手なんかにしないのだ。
 遊ばれて捨てられたり、下手をすれば娼館に売られて人生終了したりするのである。

「なにそれひどくない。女性に人権はないの」

「ないですよ、と言いますか平民には男女ともに人権はありません。虐げられる存在です」

「ヴぅ~」

「この国で一番自由があるのは王妃です。お茶会や色々な遊戯、化粧品などなに不自由なく手に入りますよ。もしあなたが王妃になるつもりなら快適に暮らせるように私も協力します」
 それを聞いてアンジュの落ち込んだ顔が明るくなる。光明をここに見いだしたりと言った感じだ。

「サファイヤ! 私、平民になるのやめる」
 アンジュは突然立ち上がると女騎士に向かって叫ぶが半分凍っている彼女はニタァと不気味に笑うだけだった。。
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