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栖軽と雷
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今は昔の話である。
磐余の宮に大王がいた頃のことである。
ある夏の初めの頃、まだ昼間だというのに、空は真っ暗になり、夕立ちが降り始めた。
ざああざああと雨が宮に降る。大王はこの雨では馬に乗りに行くこともできず、ふと后と寝所に籠ることにした。
真っ赤な鉢巻きをした若い随身は、まさか后がそこにいるとも知らず、いつものように入ってきた。
「大王さまぁ、雨ですが馬に」
随身が見たのは、大王が后に赤ん坊のように甘えているところであった。
随身は気恥ずかしいし、大王も恥ずかしい。
大王は恥ずかし紛れに随身に言った。
「栖軽や栖軽。いつも力自慢をするではないか」
適当に言い始めたのだが、夕立ちの中で遠くから雷鳴がした。
大王は空を指差して言った。
「そうだ、あの雷。雷を捕まえることはできるかい?」
栖軽は威勢よく答えた。
「もちろんですとも!」
そのまま、雨の中を走り出していったから、后は呆れてしまった。
栖軽はと言うと、宮を出て、いつものように頭には真っ赤な鉢巻きをして、背中には籠を背負って、馬に乗って剣を天に向けた。
「大王のお呼びだ!雷神、出てこい!」
ぴっかんと稲妻が光り、音がしばらくしてドーンとした。
雨がますます激しく振るのだが、雨の中を栖軽は馬を走らせた。
雷の音はどんどん磐余から離れ、とうとう飛鳥までやってきた。
栖軽は剣を低い丘の上に突き刺した。
「雷神よ!ここに来るべし!」
稲妻の閃光と共に、ドッカーン!と大きな音を立てて、雷が落ちた。
雷は真っ赤な体の童子である。
雨が上がった。
びしょびしょに濡れたまま、栖軽はにこにことその雷童子を縛って籠に入れて磐余の宮に戻った。
「大王さま、雷を捕まえてきました」
まさか栖軽が本当に雷を捕まえてくるとは思っていなかったので、大王は腰をぬかさんばかりにびっくり仰天したのである。
雷はというと、捕まえられて、怒ってピカピカ光って籠を焦がしていた。
栖軽は平気な顔で、金属の灯籠に雷を押し込めてみせた。
雷が怒って光るので、磐余の宮は夜でも、まるで昼間のように眩しくなった。
大王はそれこそ恐れ慄き、毛という毛が全部逆立ち、雷にその逆立った毛が焼かれまいかと心配した。
后は大王に言うのである。
「我が君、雷は童子ですが、神の一種ではありますまいか。捧げ物をして、お帰りいただくようにすべきではありますまいか」
それを聞いて、雷は喜んでピカピカ光った。
大王は、后に賛成して、沢山の捧げ物をして、元の飛鳥の岡から天へと戻ってもらったのである。
これで一件落着、とはいかなかった。
栖軽が飛鳥で雷を捕まえてから、何年にもなってからのことである。
もうあの后も亡くなり、大王は髪の毛が真っ白になった。頬のまだ紅色が残っていたような栖軽は、随身を離れて何年にもなる。今の大王の随身は、栖軽の末っ子である。
やっぱり、末っ子も頭に真っ赤な鉢巻きをしている。
ある日、その栖軽の末っ子が泣きながら大王に申し上げることになった。
「我が父、栖軽が亡くなりました」
歳をとって、めっきり涙もろくなっていた大王は、栖軽の屋敷に弔問したのである。
おいおいと泣きながら、思い出した。
「栖軽や栖軽。まだ后が生きていた頃、栖軽は雷を捕まえたことがあったなあ」
ふと思いついて、大王は栖軽の墓を、雷を捕まえた、あの飛鳥の岡に作ることにした。
碑文を立ててこう書いた。
「雷を捕らえた忠臣栖軽の墓」
これを見た雷は怒った。
雨を降らせ、ピカピカと光って、雷鳴を轟かせて落ちて、碑文を蹴っ飛ばし、踏みつけてやろうとした。
碑文を蹴っ飛ばしたところまでは良かった。
大王は今度こそ、一貫の終わりと覚悟して胸を押さえた。
雷は、やっぱり真っ赤な童子であるが、とても恐ろしげで、勇猛で、格好良かった。
しかしながら、碑文を踏みつけたところで、壊れた碑文に足を取られ、柱に挟まって動けなくなった。柱は少し焦げたが、濡れていて燃えない。
とうとう、雷は泣き始めた。
大王は胸を撫で下ろし、栖軽の末っ子に命じて、雷を引っ張りだしてやり、天に戻れるようにしてやった。
しかし、七日七夜の間は、放心状態で、ピカピカと地上を彷徨った。
大王は喜んで新しい碑文を立てた。
「死んでもなお雷を捕まえた栖軽の墓」
飛鳥の雷の岡のことだと人は言う。
磐余の宮に大王がいた頃のことである。
ある夏の初めの頃、まだ昼間だというのに、空は真っ暗になり、夕立ちが降り始めた。
ざああざああと雨が宮に降る。大王はこの雨では馬に乗りに行くこともできず、ふと后と寝所に籠ることにした。
真っ赤な鉢巻きをした若い随身は、まさか后がそこにいるとも知らず、いつものように入ってきた。
「大王さまぁ、雨ですが馬に」
随身が見たのは、大王が后に赤ん坊のように甘えているところであった。
随身は気恥ずかしいし、大王も恥ずかしい。
大王は恥ずかし紛れに随身に言った。
「栖軽や栖軽。いつも力自慢をするではないか」
適当に言い始めたのだが、夕立ちの中で遠くから雷鳴がした。
大王は空を指差して言った。
「そうだ、あの雷。雷を捕まえることはできるかい?」
栖軽は威勢よく答えた。
「もちろんですとも!」
そのまま、雨の中を走り出していったから、后は呆れてしまった。
栖軽はと言うと、宮を出て、いつものように頭には真っ赤な鉢巻きをして、背中には籠を背負って、馬に乗って剣を天に向けた。
「大王のお呼びだ!雷神、出てこい!」
ぴっかんと稲妻が光り、音がしばらくしてドーンとした。
雨がますます激しく振るのだが、雨の中を栖軽は馬を走らせた。
雷の音はどんどん磐余から離れ、とうとう飛鳥までやってきた。
栖軽は剣を低い丘の上に突き刺した。
「雷神よ!ここに来るべし!」
稲妻の閃光と共に、ドッカーン!と大きな音を立てて、雷が落ちた。
雷は真っ赤な体の童子である。
雨が上がった。
びしょびしょに濡れたまま、栖軽はにこにことその雷童子を縛って籠に入れて磐余の宮に戻った。
「大王さま、雷を捕まえてきました」
まさか栖軽が本当に雷を捕まえてくるとは思っていなかったので、大王は腰をぬかさんばかりにびっくり仰天したのである。
雷はというと、捕まえられて、怒ってピカピカ光って籠を焦がしていた。
栖軽は平気な顔で、金属の灯籠に雷を押し込めてみせた。
雷が怒って光るので、磐余の宮は夜でも、まるで昼間のように眩しくなった。
大王はそれこそ恐れ慄き、毛という毛が全部逆立ち、雷にその逆立った毛が焼かれまいかと心配した。
后は大王に言うのである。
「我が君、雷は童子ですが、神の一種ではありますまいか。捧げ物をして、お帰りいただくようにすべきではありますまいか」
それを聞いて、雷は喜んでピカピカ光った。
大王は、后に賛成して、沢山の捧げ物をして、元の飛鳥の岡から天へと戻ってもらったのである。
これで一件落着、とはいかなかった。
栖軽が飛鳥で雷を捕まえてから、何年にもなってからのことである。
もうあの后も亡くなり、大王は髪の毛が真っ白になった。頬のまだ紅色が残っていたような栖軽は、随身を離れて何年にもなる。今の大王の随身は、栖軽の末っ子である。
やっぱり、末っ子も頭に真っ赤な鉢巻きをしている。
ある日、その栖軽の末っ子が泣きながら大王に申し上げることになった。
「我が父、栖軽が亡くなりました」
歳をとって、めっきり涙もろくなっていた大王は、栖軽の屋敷に弔問したのである。
おいおいと泣きながら、思い出した。
「栖軽や栖軽。まだ后が生きていた頃、栖軽は雷を捕まえたことがあったなあ」
ふと思いついて、大王は栖軽の墓を、雷を捕まえた、あの飛鳥の岡に作ることにした。
碑文を立ててこう書いた。
「雷を捕らえた忠臣栖軽の墓」
これを見た雷は怒った。
雨を降らせ、ピカピカと光って、雷鳴を轟かせて落ちて、碑文を蹴っ飛ばし、踏みつけてやろうとした。
碑文を蹴っ飛ばしたところまでは良かった。
大王は今度こそ、一貫の終わりと覚悟して胸を押さえた。
雷は、やっぱり真っ赤な童子であるが、とても恐ろしげで、勇猛で、格好良かった。
しかしながら、碑文を踏みつけたところで、壊れた碑文に足を取られ、柱に挟まって動けなくなった。柱は少し焦げたが、濡れていて燃えない。
とうとう、雷は泣き始めた。
大王は胸を撫で下ろし、栖軽の末っ子に命じて、雷を引っ張りだしてやり、天に戻れるようにしてやった。
しかし、七日七夜の間は、放心状態で、ピカピカと地上を彷徨った。
大王は喜んで新しい碑文を立てた。
「死んでもなお雷を捕まえた栖軽の墓」
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