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最終回 日常への帰還
しおりを挟むカテリーナがサンクトペテルブルクに到着したころ、モスクワは内戦状態に陥っていた。
プーチンの私兵として働いていた民間軍事会社や新興財閥が裏切ったからだ。
軍も指揮系統がバラバラになり、大統領派と革命派の内戦と化していた。
プーチンの娘という後継者が現れたことでロシアは真っ二つに分裂していた。もう一人の指導者が現れた事で簡単に分裂してしまった。
プーチンは後継者になる人間を自分の手で全員排除していた。
権力を死守するために、自分にとって代われる人間を徹底的に排除してきたからだ。
プーチンが70歳になっても大統領の椅子にしがみついていたのは、誰が後継者になっても国が分裂する、自分の老後を保障してくれる人間が誰も居ないからだった。
収拾が付かなくなった状況のど真ん中でカテリーナは叫んだ。
「お願いだから、本物が出来て代わってよ!」
カテリーナが震えて小さくなっていると、革命本部に恐ろしい知らせが届いた。
「プーチン大統領を逮捕した、サンクトペテルブルクの革命本部へ連行する」
カテリーナは困った。
本物の父親と対面したら一目でバレる……
どうして良いのか分からないまま、時間だけが過ぎてしまい、プーチンが革命本部へ連行されてきた。
プーチンがニセモノだという前にカテリーナは自殺する覚悟で叫んだ。
「私はプーチンの娘なんかじゃない、関係ない他人なの!」
悪霊のゾルゲは革命家とプーチンの前で酷い事を平然と断言した。
「最初から知っていました」
カテリーナはパニックになった。
「なんで、どうして……」
ゾルゲ老人は真実を告げた。
「本物はとっくの昔に二人とも殺されている」
「一体誰に……」カテリーナは状況を理解出来なった。
ゾルゲ老人は真実を告げた。
「自分の子供に権力の座を奪われると思った父親にだ、独裁者は常に蹴落とされる不安に怯えている、被害妄想で自分の妻子を暗殺した」
「しかし、どんな理由でも実の娘が死んだと公表できないから正体不明にして隠していた、これが権力に取り憑かれた亡霊の末路だ」
カテリーナは悟った。
この人はボケてるんじゃなくて、最初から全部知った上で計算していた。
プーチンの娘は私じゃなくても、周りが信じるなら誰でも良かったんだ。
全てを失ったプーチン大統領は痴呆老人のようにブツブツと独り言を言っているだけで何も反論しなかった。
老人ゾルゲは優しい目で恐ろしいコトを宣言した。
「ソビエトの亡霊プーチンよ悪霊と共に地獄に落ちよう」
「ニコライ、トーニャ、後は頼んだぞ」
ゾルゲ老人は信じられない事をした。
裁判も開かず、ロシアのテレビとネット配信されている前でプーチンの頭を撃ち抜いた。
死体を晒した老人は最後の言葉を残した。
「悪霊は亡霊と共に地獄に落ちる、全てのロシア市民よ、全ての呪縛を捨てて普通になれ」
「全ての罪と怨念は悪霊と共に消える」
プーチンの頭を撃ち抜いた老人は、自分の頭を撃ち抜いて公開自殺した。
それから、歴史書に『仮面革命評議会』と記されることになる暫定政府が誕生した。
ロシアは新政府が樹立され、停戦が実現した。
ロシア新政府は平和に関する布告を出した。
独裁者は英雄の中から生まれる。
革命を成し遂げた英雄を讃えてはいけない、讃えられた英雄は次の独裁者になる。
革命の中心となったメンバーは仮面のまま、民主的な選挙が終わるまでの暫定統治者としてのみ働く。
革命を成し遂げた英雄の名前は残さない。
新十月革命は普通の無名の市民によって成し遂げられた。
それが、革命の盟主カテリーナ・ウラジミロヴナ・プーチナの最後の声明である。
ロシアの国民も、世界も革命政府が掲げた言葉を受け入れ支持した。
それから数日後、傀儡女帝の任を解かれたカテリーナはやっとの思いで日本へ帰ってきた。
伸びてきた髪の毛は根元から地毛で黒くなってきたので銀髪に染まったところをバッサリ切ってオバサン・ショートヘアにした。
これで別人に見えると期待していた。
やっと我が家にたどり着くと、マンションは家賃滞納三ヶ月で家の中の物を全て処分され追い出されていた。
口座が凍結されたから引き落としが出来なかったんだ……
会社へ行ってみると倒産していた、ロシアとの貿易がストップした影響だ……
一般社会は革命の盟主カテリーナ・ウラジミロヴナ・プーチナがその後どうなったのか知らない。
世間では死んだとか、スイスで隠棲しているとか、様々な噂が流れていた。
今からカテリーナが名乗り出たところで、嘘つき呼ばわりされるだけだった。
今のカテリーナは無職の浮浪者……
今夜寝るところもない、少ない手持ちの現金で泊まれるところ……
当面は漫画喫茶で暮らして、日雇いの仕事と思っていると、電柱に貼ってある張り紙が目に付いた。
『ロシア語通訳急募 寮完備 即入居可能』
会社の住所はココから遠くない。
行ってみると、即日採用で寮に入れて貰えた。
なんとか住む場所と仕事を見つけることが出来た。
意外と立派な会社みたいで給料も良かった。
ロシア人でも嫌がらせとかされないし、職場はみんな良い人ばかりだった。
やっと平穏な日常を取り戻すことが出来たカテリーナは安心していた。
日本人になれたし、大きな会社の正社員として雇って貰えた。
ふと、会社の中を巡回している警備員に気付いて声をかけた。
「杉原さん」
杉原は昔のように明るかった。
「警察、首になっちゃって警備員になりました」
「私のせいでゴメンなさい」
謝るカテリーナに杉原は優しかった。
「一生分の冒険が出来たんですから、気にしないでください」
カテリーナは妙な違和感に気付いた。
「会社も寮も警備員が多いですね」
杉原は気軽に答えた。
「産業スパイとか警戒してるんじゃないですか、そのおかげで私も再就職助かってます」
カテリーナは妙な違和感が気になっていた。
「警察官だった杉原さんはともかく、身元の怪しい私なんかよく雇いましたね」
杉原は満面の笑顔で答えた。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
カテリーナは知らなかった。
杉原は警察を首になっていない、それどころか警部に出世して公安の秘密警備部の隊長になっていた。
この会社が新ロシア政府の要請で日本政府が用意した、ロシアを救った救国の英雄に楽隠居してもらうために日露共同で作られたダミー会社だった。
日本政府はカテリーナを本気で革命を成し遂げた偉人だと信じていた。
そう信じるように悪霊のゾルゲが残していた、ささやかな報酬だった。
カテリーナは何も知らずに平凡な幸せを噛みしめていた。
ある日、カテリーナは会社から不思議な仕事を頼まれた。
ロシア語の絵本を日本語に翻訳する仕事だった。
題名は「顔のない皇女」
寒い国に亡霊が現れ民衆を苦しめた。
亡霊は民主を兵隊にして隣の国を侵略した。
皇女は悪霊に自分を差し出し民衆を助けてくれと懇願した。
悪霊は亡霊を食い殺し自分も消えた。
悪霊に全てを差し出した皇女は命以外の全てを失いました。
皇女は地位も財産も美しい顔も無くしてしまいました。
でも、命だけは残ったから、皇女は平民になり幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし
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