人間嫌いのAさんのお話

白斎

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自称人間嫌いのAさん 2

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 Aさんの話を聞いてなんて言えばよいか分からなくなり無言になってしまった私に、少しほほ笑んでAさんは続けました。
「嫌いな食べ物を毎日無理やり口に詰め込む生活が嫌になったんだ。一切食べない生活は無理だけど、好きになるのは諦めて、できるだけ食べる量を減らすことした。」
 嫌いな食べ物とは、人との会話や接触のことでしょう。人との会話や接触をゼロにして生きることはできません。

 真剣な態度から気楽な感じに切り替えてAさんは話を続けました。
「よく物語に、山奥に住む人間嫌いのおじいさんっているだろう? 僕も昔は何でそんなことをするのか理解できなかったけど、今ならわかる。彼も僕と同じだ。人を好きになることを諦めたんだろう。自分の意志とは関係なく人間嫌いになってしまい、努力しても人を好きになることができず、諦めて人に会って嫌な思いをしなくて済むように山奥に住むことにしたんだろうね。僕は山奥に住む能力なんてないから普通に働いているけど、仕事ではトラブルを起こさないよう愛想よく振る舞って、プライベートでは嫌な思いを減らすために人を避けているよ。お金があれば僕も誰にも会わずに山奥で暮らすんだけどね。」
 空気を変えるように、Aさんは少し冗談っぽく言いました。

「生きていても幸せになれそうもない。生きがいになるような趣味もない。僕はいつ死んでもいいような状態だよ。周りに迷惑をかけたくないから自殺したりはしないけど、迷惑をかけずに、できれば誰かのためになる良い死に方があったら教えてくれないかい。小説を書くなら色々と知っているんだろう。」
 Aさんは冗談とも本気ともとれない態度で聞いてきました。
「すみません。私も良い死に方は分かりません。」 私は誰かのためになる良い死に方なんて考えたことはなかったので、うまく答えることはできませんでした。
「そうかい。残念だ。僕も色々調べたけど、日本は豊かな国なんだけど、良い死に方はできない国みたいだからね。たいがいの人は事故や病気で突然死するか病院で苦しみながら死んでいくみたいだ。あとは自殺くらいだ。僕が聞いた話では、一番マシな自殺方法は真冬の北国の町中とかすぐ発見される場所で凍死するのがいいらしい。死体が一番マシな状態で迷惑が少ないからだそうだ。まあ北国の人には大迷惑だろうけどね。」
「あはは・・・」 私は愛想笑いをするだけで精一杯でした。
「僕が話せるのはこんなところかな。小説をネットにのせたら教えてくれよ。あと良い死に方がわかったらそっちもね。」
「はい。今日はありがとうございました。」
「いや僕も人にこんなに詳しく話したのは初めてだったから良い経験になったよ。」

 私は今の話を聞いて、このままAさんと談笑するのも迷惑だと思ったので、Aさんのための追加注文と清算だけして店を出ました。Aさんも笑顔で見送ってくれました。

 私は聞いた話を整理するために喫茶店に入りノートを広げました。
 整理を終え、道行く人を眺めると浮かない顔の人が多いことに気づきました。
 もしかしたら、人には話さないだけで、Aさんの様に人間嫌いの人は結構多いのかもしれません。過去に出会った人達にも思い当たる人が何人かいます。

 Aさんは平気そうな顔で話してくれましたが、なんとなく深刻な状態なのではないかと感じました。

 精神科医やカウンセラーなら何とかすることができるのでしょうか。しかし精神科医やカウンセラーが、嫌いな食べ物を好きな食べ物に変えることができるようには思えません。
 催眠術の方がまだ可能性がありそうです。でも嫌いな食べ物を好きな食べ物に変えるくらいならいいですが、催眠術で嫌いな人を好きな人に変えるのは問題がある気がします。まして結婚するのであれば、関係者の同意が必要でしょう。催眠術が解ければ嫌いになってしまうわけですから。それに催眠術で嫌いな人を好きな人に変えるというのは、本当の自分と言えるのか、人道的な行為といえるのかというような哲学や倫理の問題も大きい気がします。

 とりとめのないことを考えながら私は家路につきました。

 私も浮かない顔で歩いていることに気づき、ふと顔を上げると、夕暮れの町が私の心を慰めるように美しく光り輝いていました。



 Aさんはいずれ自殺してしまうかもしれませんが、私には何もできません。


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