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序章

事の発端1

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 ◆

 俺は、実のところそんなにラノベの展開は好きではない。
 主人公は努力もせずに最強だし、何よりも性格破綻者が多すぎると思うのだ。
 平和のためならば悪人を殺すし、明日を必死に生きようと麻薬を売る人間も簡単に殺す。
 麻薬のバイヤーにも、守りたい家族や親族がいるのだろうに、事情も聞かずに正義を遂行する。
 それって、ラノベの主人公的にはどうなのだろうか?
 言うて勇者の方が社会悪なのではないか?
 そんな疑問が浮かび上がり、本気でラノベを読むことが出来なくなってくる。

「最強じゃなきゃ、ラノベは売れないもんな」

 俺は呟き、パソコンに羅列されてる拙い文章を黒目に写し込む。
 最強だとか、ハーレムだとか、SSSランクだとか、この単語たちは親の顔よりも見てきた。
 そんな俺は、小説家だ。

 ペンネームは、ノベル。
 実年齢は27歳で、一人暮らしだ。
 高校生の頃、友達からは「黙ってればモテる」って言われたことはある。
 顔はイケメンよりだけど、ヲタクの趣味が祟ってか分からないが女子からは敬遠されてたそうだ。
 高校を卒業した後に知ったから、今でもそれが悔やまれる。
 そもそも、俺はヲタクじゃない、ラノベ好きだ!

 小説の推敲という『仕事』の妨げになると思い、彼女は作ってない。
 ……いや、本当は欲しいんだよ彼女!
 女の子に直接触れれば、小説に女の子の感触の描写が鮮明にできるからね!
 手を繋いだりとか、太ももに触れたりとか、おっぱいを触ってみたい!

 いや、そんなことはどうでもいい。
 俺は、界隈でノベルさんって呼ばれてる。
 期待の新人作家として、多数の出版社からオファーが来た経験もある。
 割と投稿し始めて早い段階で処女作がヒットし、二作目を投稿した時点から薄々と投稿サイトからは「書籍化どうすか?」とメッセージが来ていたのだ。

 俺は、かなり運が良かった。
 通常なら、小説投稿サイトでそこまでになるためには最短でも2~3年かかると言う統計がある。
 そんな実情の中、たった1年足らずで書籍化の話が舞い込んだのだ!
 一作目がラノベ大賞でいきなり金賞を獲得した時は、俺の運が最高潮となった時だと今でも思う。

 そんな俺だが、実際はラノベの文句を垂れ流している。

 つまるところ、事実からは逃げられないでいる。

『最強・ハーレム・SSSランクは売れる』

 それは、今日も明日も変わらない。
 ラノベ内の主人公は無能とか言われてるくせに、普通にゲームの達人だったり、最弱とか言いながら軽く街一個を魔法で吹き飛ばす。
 そのギャップが面白いとかカッコいいから、小学生から大人まで幅広くウケるっては分かってるんだが……。


 俺のケータイが鳴る。

「あと、1日しかないってか。分かってるよそんなこと!」

 最近の俺は、忙しくて忙しくて仕方がない。
 催促のメールが毎日のようにメールボックスに投げ込まれては、「締め切りなんですけど!」と告げる電話がかかってくる。
 俺は確かに小説家だ。
 一作目から大ヒットして書籍化、二作目も速攻で書籍化が決まったさ!
 そして、三作目では『書籍化確約』と編集者の人から言われたのだ!
『書いてもないのに、書籍化しますだなんて異例の事態なんだぞ!』と説明もされたよ。

 でも、その書籍化にも条件があった。
 二作目完結後、一年以内に1巻分……約10万字の本文を編集者に提出せよとのこと。
 プロットや世界観も完璧に設定し、俺は半年前から本文の作成に取り掛かった……。
 だが、未だに本文は原稿用紙の五枚目あたりから一向に進んでいないのである!

「うわぁ! 間に合うわけねぇよ! なんでこんなになるまで放ったらかしにしてたかなぁ!」

 独り言が、真っ暗な部屋の中を空回りする。
 みんな、きっと俺の書く小説を待っていてくれてる。
 ファンレターや応援の声もたくさんあるのに、どうして俺は今まで何もして来なかったんだ……!
 努力が足りなかった。
 自分はできる人間だったと過信してた!

「あと1日……! 俺だったら、1日で10万字は書ける! 行けるぞ、頑張れ俺!」

 絶対に諦めてたまるか、俺は物語の主人公を描く作者だぞ!
 主人公が紙の中で頑張ってくれてるのに、俺が頑張らなくてどうするよ!
 現在時刻は2023年2月17日の午後2時!

「主人公に比べりゃ、俺の方が軽い努力だろ!書くんだノベル! やれるぞノベルぅぅ!」

 ヤケクソになりながらも、推敲が進まなくなった箇所から適当に描き出す!
 描写も人の説明も何もなし!
 矛盾だらけで設定ガバガバ!
 予め設定してた世界観なんて全て無視!
 それでも、俺は待ってくれてるファンに愛を、勇気を届けたい!
 だから、今から頑張って――!



 って、思ってパソコンのエンターキーを叩いた瞬間、頭の中で何かがプツンと切れたような音がした。
 体から力が抜けて、風景がぐにゃりと歪んでいく。
 血の気が一気に引いて、手足に鋭い痺れが訪れたのである。

「あっ」

 六徹。
 すなわち、6日の間、俺は寝てなかった。
 パソコンの横に整列したエナドリたちが机からこぼれ落ちていく。
 そういえば、エナドリ以外に何か飯は食ったか?

「ひゃあっ」

 声が出ずに、脳が熱くなる。
 意識が遠のいていくのが分かる。
 走馬灯が見える時は、意外と冷静な判断ができるって言うのは強ち嘘じゃないんだな。

 ――死ぬ気がする!

 これって、死因『過労死』ってやつだよな?
 ラノベの主人公ではなかなかない死因だ。
 有名なラノベの死因でいえば、女の子を庇うためにトラックに轢かれたとか、新幹線に轢かれたとか事故系が多い。
 でも、俺の死因は過労死?!
 自業自得もいいところだよな。

 ……なんで死ぬ前までラノベのことを考えてるんだろう。

 最強勇者とか嫌いだ。
 ハーレム展開に嫌気がさす。
 SSSってSが三つ並んでるのを見ると鳥肌が立つ。
 そんなことを言っておいて、やっぱり俺は死ぬほどラノベのことが好きだったんだと思う。
 こんなことになるまで、俺は小説のことしか考えてなかったしな。

 ――ラノベに殺されるんだったら、言うて俺の人生は報われてんのかもしれないな。
 まぁ、どうせ死ぬんだったら、俺の小説に登場する人たちに手を握られながら死にたかったなぁ。
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