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51話 勇者とは孤独なるもの★
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息が苦しい。肺が酸素を渇望し、心臓が煩く喚くのが嫌に大きな音で耳に届く。
それでも、眼前に立ちはだかるドラゴンには、まだ余裕があるように見えた。
だが、後脚に深いキズを負わせており、そこからは未だ血がドクドクと流れ出し続けている。向こうも限界だろうか。
それはお互い様、だ。
「……『デュラキアスラッシュ』ッッ!!!」
一瞬の嫌な静寂の後に、互いの技が交差し、ドラゴンの巨躯が先に傾いた。
だが、私の身体も無事とは行かなかった。デュラキアスラッシュはスキル『勇者の秘奥』のレベル8で習得した技。 威力が凄まじい代わりに、反動も大きかった。
「うぐっ……ゲホッ……はあっ……」
咳に血が混じっている。そんな事を気にしている様な暇も無く、全身を鋭い痛みが駆け抜けた。痛覚耐性のレベルはもう5ある筈なのに、全く軽減された気がしない。初めて使った時は、あまりの痛みに気を失った。
「大丈夫…?『癒やしの加護』」
「………ありがとう」
レーンに魔法をかけてもらうと、痛みがすぅっと楽になっていった。
「……ノワールはもっと強かった…コレくらいもっと楽に倒せるようにならないと……」
あれから多くの魔物と戦って、メキメキとレベルが上っていった。
だけど、それでも、どうしてもノワールに勝てるビジョンが見当たらなかった。
「もっと強く……」
「……アスト」
ぎゅっと、強く手を握られて、レーンの方を向く。
何か言いたげなレーンの手を、強く握り返した。
「レーン……心配させてごめん。もっと強くなるから……」
「違う」
私の言葉を遮って少し怒気を孕んだ声で否定する。
普段のレーンからは考えられない様な調子の強い声に、思わず身体がビクッと跳ねた。
「…………」
「……違う」
私が呆然として何も言えないでいると、今度は自信なさげに俯きながら、ぼそり、零すように否定した。
「…何が違うの?私は勇者だからあの魔王に勝てるようにならないと………」
「………違う」
どんどん自信がなくなっていく様に、レーンの違うという声が小さくなってゆく。
「何が違うの!?言ってくれないと分かんないよ!」
がっしとレーンの肩に手を置いて、じっと顔を見る。
不安そうだったレーンの顔が、次第に泣きそうに変わっていく。
掴んだ肩が、次第に弱々しく震える。
「あ……ごめ…」
慌てて手を離すと、開放されたレーンはそっと抱きついてくる。
…とても暖かくて、どこか懐かしかった。
抱きしめる手は、まるで大事な物を手放したくない子供のように強くなり、その分身体が密着して、お互いの心臓の鼓動の音がよく聞こえた。
「……『心の祈り』」
レーンの放つ淡い光が二人を包む。状態異常解除の魔法だが、今は特に状態異常にはなっていない。でも、その優しさが何よりも暖かかった。
そして、どこか義務感に駆られていた気持ちが、少しだけ軽くなった様な気がした。
「……自分を大事にしなきゃ、だめ」
そっと身体を離して、目をじっと見て、レーンが言う。
あまりにも至近距離で言うものだから、思わず目を逸らしてしまう。転生者は、竜になっていた人でさえ美麗な見た目をしている。レーンも美少女なのだ。どうにも、ここ最近照れてしまうせいで……
…いや。目を逸らした理由がそれだけじゃない事は分かっている。
だけど、その心の奥から湧き出る様な感情は、私には何なのか分からなかった。
「……帰ろっか」
「……うん」
回復魔法で疲れも傷もすっかり癒えてまだ戦えそうだが、そんな事を言える様な雰囲気ではなかったし、何より、直感が、帰れと警告している気がした。
それに、身体的には元気でも、精神的な疲れは拭えない。
「…私も……疲れた」
よく見れば、私が倒したドラゴン以外にも、一定数の魔物が転がっている。多分、レーンが倒していてくれていたらしい。基本補助職だから、戦闘には慣れて居ないはずなのに…
「回復魔法は掛けられないの?」
「自分にはあんまり効かない…負ぶって?」
と、珍しく、子供が甘えるように両手を私に伸ばす。
その頬は微かに朱が差しているし、私の顔も、多分赤くなっていると思う。
「……わ、わかった」
そっとレーンを背中に負ぶさって、なるべく揺らさないように山を降り始める。
寝息と髪が首筋に当たって、少しくすぐったかった。
それでも、眼前に立ちはだかるドラゴンには、まだ余裕があるように見えた。
だが、後脚に深いキズを負わせており、そこからは未だ血がドクドクと流れ出し続けている。向こうも限界だろうか。
それはお互い様、だ。
「……『デュラキアスラッシュ』ッッ!!!」
一瞬の嫌な静寂の後に、互いの技が交差し、ドラゴンの巨躯が先に傾いた。
だが、私の身体も無事とは行かなかった。デュラキアスラッシュはスキル『勇者の秘奥』のレベル8で習得した技。 威力が凄まじい代わりに、反動も大きかった。
「うぐっ……ゲホッ……はあっ……」
咳に血が混じっている。そんな事を気にしている様な暇も無く、全身を鋭い痛みが駆け抜けた。痛覚耐性のレベルはもう5ある筈なのに、全く軽減された気がしない。初めて使った時は、あまりの痛みに気を失った。
「大丈夫…?『癒やしの加護』」
「………ありがとう」
レーンに魔法をかけてもらうと、痛みがすぅっと楽になっていった。
「……ノワールはもっと強かった…コレくらいもっと楽に倒せるようにならないと……」
あれから多くの魔物と戦って、メキメキとレベルが上っていった。
だけど、それでも、どうしてもノワールに勝てるビジョンが見当たらなかった。
「もっと強く……」
「……アスト」
ぎゅっと、強く手を握られて、レーンの方を向く。
何か言いたげなレーンの手を、強く握り返した。
「レーン……心配させてごめん。もっと強くなるから……」
「違う」
私の言葉を遮って少し怒気を孕んだ声で否定する。
普段のレーンからは考えられない様な調子の強い声に、思わず身体がビクッと跳ねた。
「…………」
「……違う」
私が呆然として何も言えないでいると、今度は自信なさげに俯きながら、ぼそり、零すように否定した。
「…何が違うの?私は勇者だからあの魔王に勝てるようにならないと………」
「………違う」
どんどん自信がなくなっていく様に、レーンの違うという声が小さくなってゆく。
「何が違うの!?言ってくれないと分かんないよ!」
がっしとレーンの肩に手を置いて、じっと顔を見る。
不安そうだったレーンの顔が、次第に泣きそうに変わっていく。
掴んだ肩が、次第に弱々しく震える。
「あ……ごめ…」
慌てて手を離すと、開放されたレーンはそっと抱きついてくる。
…とても暖かくて、どこか懐かしかった。
抱きしめる手は、まるで大事な物を手放したくない子供のように強くなり、その分身体が密着して、お互いの心臓の鼓動の音がよく聞こえた。
「……『心の祈り』」
レーンの放つ淡い光が二人を包む。状態異常解除の魔法だが、今は特に状態異常にはなっていない。でも、その優しさが何よりも暖かかった。
そして、どこか義務感に駆られていた気持ちが、少しだけ軽くなった様な気がした。
「……自分を大事にしなきゃ、だめ」
そっと身体を離して、目をじっと見て、レーンが言う。
あまりにも至近距離で言うものだから、思わず目を逸らしてしまう。転生者は、竜になっていた人でさえ美麗な見た目をしている。レーンも美少女なのだ。どうにも、ここ最近照れてしまうせいで……
…いや。目を逸らした理由がそれだけじゃない事は分かっている。
だけど、その心の奥から湧き出る様な感情は、私には何なのか分からなかった。
「……帰ろっか」
「……うん」
回復魔法で疲れも傷もすっかり癒えてまだ戦えそうだが、そんな事を言える様な雰囲気ではなかったし、何より、直感が、帰れと警告している気がした。
それに、身体的には元気でも、精神的な疲れは拭えない。
「…私も……疲れた」
よく見れば、私が倒したドラゴン以外にも、一定数の魔物が転がっている。多分、レーンが倒していてくれていたらしい。基本補助職だから、戦闘には慣れて居ないはずなのに…
「回復魔法は掛けられないの?」
「自分にはあんまり効かない…負ぶって?」
と、珍しく、子供が甘えるように両手を私に伸ばす。
その頬は微かに朱が差しているし、私の顔も、多分赤くなっていると思う。
「……わ、わかった」
そっとレーンを背中に負ぶさって、なるべく揺らさないように山を降り始める。
寝息と髪が首筋に当たって、少しくすぐったかった。
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