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認知症、ワンオペ、在宅介護編
認知症、ワンオペ、在宅介護編 19話
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準備に取り掛かった。
それは施設に移住するだけでなく家とのお別れの準備だった。
母が好きだったお菓子を用意した。練り切りという和菓子だ。
母が幼い頃、正月に飾られている綺麗な和菓子を食べさせてもらえなかった思い出を何度も聞かされている。
毎年、母の日に用意していたものだ。家から去る日に合わせて用意した。
当日は雪が降った。
暖かい地域でほとんど降らない。母が気に入っていた庭には雪が積もっていた。
記念にデジカメで写真を撮っておこう。
そう思っていたがカメラが出てこない。どこにいった? 送迎が来るまでに出てきてくれ。
股に母が手を突っ込む。手を洗ってもらう。何とかカメラを探し出し「最後まで慌ただしいな」と母の写真を撮った。
雪で白く染まる庭に母を案内した。
「心配なことあるか」
母は庭を見ながら答えた。
「なんやない、お前は?」
「ないよ」
振り回され、何度も困らされた。
なのに俺は少々の罪悪感に襲われた。
手を抜いていなかったか? 最善だったのか? 母の背中を見つめ思う。
しかし結論は変わらない。当時のメモにはこうあった。
記憶がなくなる。
思い出がなくなる。自宅も分からなくなる。
これでは介護するのが俺である理由がない。
母は送迎の車で家を去った。あっけない。
昨晩は朝まで眠らせてもらえなかったのに目が冴えている。眠れない。家に入ると広く感じる。一人いなくなるだけなのに。部屋のほとんどのものは使わなくなる。
紙パンツ、紙シーツ、使い捨てエプロン、使い捨て手袋、アルコールスプレー、ウェットティッシュ。
同じ送迎でもいずれ帰ってくると、もう帰らないは別なのだ。
静かな家で一人で食べる夕食、これが普通になっていくのだ。
母がいなくなったスペースで少しずつ家の片付けをする。罪悪感からしばらく落ち着かない日々を過ごした。夜こっそり施設の前まで行ったこともある。
あの部屋で今過ごしているのか、と確認して帰る。
思い出の場所を巡る。正月飾りを買った店。お餅を買った店。潰れた店。母との思い出の場所が風景が変わっていく。幼い頃、連れて行ってくれた百貨店でホットケーキを食べた。バターと蜂蜜の乗ったホットケーキ。あの頃はメロンクリームソーダもつけてくれたな。
それは施設に移住するだけでなく家とのお別れの準備だった。
母が好きだったお菓子を用意した。練り切りという和菓子だ。
母が幼い頃、正月に飾られている綺麗な和菓子を食べさせてもらえなかった思い出を何度も聞かされている。
毎年、母の日に用意していたものだ。家から去る日に合わせて用意した。
当日は雪が降った。
暖かい地域でほとんど降らない。母が気に入っていた庭には雪が積もっていた。
記念にデジカメで写真を撮っておこう。
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「心配なことあるか」
母は庭を見ながら答えた。
「なんやない、お前は?」
「ないよ」
振り回され、何度も困らされた。
なのに俺は少々の罪悪感に襲われた。
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しかし結論は変わらない。当時のメモにはこうあった。
記憶がなくなる。
思い出がなくなる。自宅も分からなくなる。
これでは介護するのが俺である理由がない。
母は送迎の車で家を去った。あっけない。
昨晩は朝まで眠らせてもらえなかったのに目が冴えている。眠れない。家に入ると広く感じる。一人いなくなるだけなのに。部屋のほとんどのものは使わなくなる。
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同じ送迎でもいずれ帰ってくると、もう帰らないは別なのだ。
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あの部屋で今過ごしているのか、と確認して帰る。
思い出の場所を巡る。正月飾りを買った店。お餅を買った店。潰れた店。母との思い出の場所が風景が変わっていく。幼い頃、連れて行ってくれた百貨店でホットケーキを食べた。バターと蜂蜜の乗ったホットケーキ。あの頃はメロンクリームソーダもつけてくれたな。
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