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認知症、ワンオペ、在宅介護編

認知症、ワンオペ、在宅介護編 9話

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 俺は異性愛者なので、男から毎日のように「会いたい会いたい」と連絡が来ても全く嬉しくはなかった。JPOPの歌詞か? この話はまた後で詳しく述べたい。

 デイサービスに慣れてきた頃、ショートステイを少しずつ利用するようになった。
 施設で泊まってくるのだが、夜「小石、小石はおらんのか」と何度も職員さんに聞く。友人の結婚式に行ってます、と手紙を書いておく。それを何度も夜中に見せることにした。

 家に帰りたがる。これを帰宅願望というのだが、家にいても家に帰りたがる。夜、家に帰りたいと母が言うので、何度も車椅子に乗せて、何度も玄関から出て帰ってくる。
 夜中に3回繰り返したこともある。
 週3日以上ショートステイでとまってくるようになって、やっと睡眠がまとまって取れるようになった。それでも夜中に飛び起きて母の姿を探してしまう。
 声やにおいで紙パンツの交換時期がわかるのだが、母がいなくても俺の意識は休んではくれなかった。「今日はいないのか」周囲を見渡し時間を確認し再び眠る。深夜、下の世話を考えて中途覚醒するのは母が入所してから2年続いた。

 認知症はどんどん悪化した。テレビをつけても集中力がなくなってすぐ「もうええ」となる。昼間に興奮することは少なくなっていたが、本人の好きだった演歌番組もほとんど見なくなった。テレビに向かって「こんにちは初めまして」ということも何度かあった。

「なあ、おかん、俺は誰かわかるか?」
「誰やったかな?」
「小石や」
「あー小石か! それは忘れん! 小石は忘れんわ! で、あんた誰やったかな?」
 受け入れるしかない。

 介護期間で大きな怪我することはあった。
 手の怪我が2回、骨折はしなかった。足腰が弱りかろうじて立てていた時、トイレで転んだ。その時、手首付近の皮膚がパックリと割れてしまった。
 高齢者は皮膚が弱っている。裂けて大きく剥がれるように傷ができる。3センチ程度の範囲皮膚がめくれていた。これは整形外科で診てもらった。

  T 先生の病院にかかってから怪我をしたのは手の甲だった。ベッドサイドの手すりに勢いよくぶつけた時に、皮膚が裂けた。手の甲の皮膚がめくれてずれている。やはり3センチぐらいの傷があった。
 その対処が正しいかどうかは自信がないが、とにかくさわらないようにして食品用ラップに包んで固定し、すぐ病院に向かった。介護タクシーには随分お世話になった。
  T 先生の病院の整形外科に診てもらうことにした。病室に入ると俺が医師に説明をした。医師は「あなたは誰」と尋ねてくる。何か不機嫌そうだった。
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