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介護保険拒否編

在宅介護、介護保険拒否編 5話

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 母のリクエストを叶えるのはかなりきつかった。我が家には墓がない。父が倒れるたびに何度も「墓を買わなければいけない」と催促され、 7年ほど墓探しに付き合わされた。
 周辺30 km 圏内の墓屋さんを見て回った。1時間ほどの説明を何箇所で聞いたかもはや記憶にはない。認知症が進めばどんどん我慢ができなくなる。遠く離れても絶対行くといいはる。
 帰りになると「こんな遠くまで来たのは間違いだった」「はよ帰らせてくれ」「すまんかった私が悪かった」「銭金関係ないハヨハヨ」
 この期間も紙パンツは使用していない。車には常に防水シートを敷いていた。不思議なことに家と病院では漏らすが、他の外出時には漏らしていない。

 本人は自分が介護されているとは思わない。食事の世話はしているのに。洗濯をしているのに。足が悪いので支えているのに。
「外では余計なことを言うな、特にあの子とあの子は」
 といった感じで親戚に自分の情報が漏れないように何度も何度も口止めされた。親戚の人と俺が会話してるだけで、後で癇癪を起こすのだ。「何を話したんな」
 外の人たちは介護をしているなど気づいていなかったようだった。母が通販でいらない商品を買い、徘徊をし、俺は家にいる時間が長くなった。
「お前は大学まで出て何を遊んどんな」
「何のために大学いかしたかわからん」
「お前な座れ、大学まで出といて家でおってどないすんな」
「そんなんなら大学行かせるんじゃなかった」
「こんな情けない思いをするんやったら子育てするんじゃなかった」
 毎日説教された。毎日毎日1時間。小便を漏らしても大便を漏らしても本人は気づいていない。

 二層式洗濯機をご存知だろうか? 洗う槽と脱水槽が分かれている。洗いとすすぎが終わったら一旦手で取り出して脱水槽に入れ直す。めんどくさい。
 母はこれを使えと何度も何度も念を押す。めんどくさい。俺は学生時代から使っていた洗濯機を引っ越しと同時に持ち帰っていた。使わせてもらえない。認知症が進んで母の判断力が低下するまでめんどくさい二層式洗濯機を使い続けることになる。

 洗濯時間は日々増えていく。大便を漏らし始めると一日6時間を越えていた。浸け置き、手洗い、洗濯。これ1回では泡が切れない。3回は洗いなおさないと漂白剤べったりの洗濯物は泡切れしてくれない。とくに二層式洗濯機は泡切れが悪い!! 二層式がよく洗えるともてはやす人は漂白剤使ってないんじゃないの? のちに全自動洗濯機にして放置できる時間が増えても洗濯時間は変わらない。大便べったりの股引をいくら手洗いしたからと一回の洗濯で済ませようとは思わない。

 箪笥の奥でビニールに包まれたカビだらけのパンツや股引が出てくる。それだけではない。証拠隠滅とばかりに母が手洗いしてしまう。台所でだ。
 食器用の漂白剤を使って洗うのだがすすぎができていない。その上、水気を絞れていない。無理やり乾かして水分がまだ残っている状態ではいてしまう。
 塩素がまだ残っている。漂白剤特有の匂いがする。エアコンや扇風機を使って乾かそうとするが、俺が家に帰ると家中に塩素臭がする。何が起こったかすぐに察することができた。塩素がたっぷり残っている 股引きなどを使い続けたら、どうなるか? 当然かぶれる。やめろと言ってもなかなかやめない。
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