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複数箇所の刺創により出血性ショック死3
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「今の貴方のお話だけを聞いた感想ですが、充分に努力していらっしゃるかと」
「おぉサンキューな」
「やはり難しいものですね」
「んっ?」
「たぶんですが、私なら耐えられました。ですが私ならなのです」
「そりゃそうよ。ガキ臭い言い方だが、俺の不幸は俺の不幸だ。俺の幸福も俺の幸福だ。悲しみも怒りもその他数えきれない感情全部俺のもんだ。
なんで俺じゃない奴が決めるんだよ」
「そうですね。私が死ぬ程苦しんだ事も貴方にとっては馬鹿げた下らない悩みだったのかもしれない」
「んで俺にとって死ぬ程苦しんだことはアンタにとっちゃ、苦しいが耐えられないほどじゃあない」
「やはり難しいですね。私は理解したい」
「俺をか?」
「いえ、貴方も、です。
もう随分前ですが大事な人を無くしたんです。一応他殺でしたが、アレはほとんど自殺に変わりなかった。
わからないんです。あの人はどんな手を使っても生き延びる事を選ぶ人です。残される人達の為にも生きる事を選ぶ芯の強い、少なくても私が知っているあの人はそうなんです。
でも死にました。あの優しい人は、死体すら、まともに残らなかった」
思わずといった所か、男は無表情を崩して智徳から目を逸した。
「言いたくなかった事か?」
「言ってはいけない事でした」
「聞かなかったフリしてやろうか」
「大丈夫です重要な事は言っていないので…注意はされるかもしれませんが」
「何でそこで言い淀むんだよ」
「直属の上司が、その、なんと言いますか、享楽的でして。…注意されるより私の失敗を腹を抱えて笑う可能性の方が高いかと」
その名も知らぬ上司より先に、智徳がダハハと腹を抱えた。
やはりこの男は無愛想を気取っているが感情豊かである。
聡い者や近しい者が見ればすぐにわかる。
だが大抵の人はわからないだろう。
表情を作らない事を武器の一つとしているのだ。簡単に見抜かれては堪らない。
「死体すらか、キツイな」
「はい」
「でも良かったじゃねぇか」
「はい。死に顔を見ずに済みましたから」
「苦しんだ顔は見たくねぇよな」
「むしろそれは見たかったですね」
「えっ、なんだよ大事な奴だったんだろ?」
「だからですよ」
男は薄ら笑いを浮かべた。
それはそれはわざとらしい、作り物めいた冷めた笑顔。
「安らかになんて納得出来やしない。
大切で心から愛する人でしたとも。だから許せない。
先程ほぼ自殺だと言ったでしょう?
安らかならばこの世に未練が無いという事になる。
この様な場で死して無念に顔を歪めるならば『それでこそ』と思えるが、満足した顔されてみなさい。
ひたすら恨みたくなりますよ」
男は笑みをふと柔らかくした。
「きっと、貴方の死の原因も」
走馬灯の中という通常ならば知覚出来ない時間の流れで智徳は気付いていないが、背の刺し傷からは未だに血が流れている。
彼が面倒見ていたガキ共の内の一人、どちらかと言えば普段は大人しくてキレるとヤバいと言われるガキ。
そいつに急に刺されたのだ。いや急ではあるが何となく思い当たる節はある。
そもそもキレると誰しもがヤバくなるのは当然だが、結局は度合いの問題だ。
あの子供は自惚れでなければ俺に憧れていた。自分でも自覚しているがもっと上を目指そうと思えば目指せる。何なら兄貴分からのお声掛けも何度かあった。
それを蹴った。それが理由だ。
上に行って欲しかったんだろう。もっともっと高みへ。追いつけない程遠くへ。縋る手すら届かない場所へ。
自分の憧れが理想から外れてしまうのが許せなかった。
勝手に好いたくせに勝手に恨むなんざ何て自分勝手な事か。
だから智徳は笑った。破裂したように大きく腹に響く声と、愉悦に歪んだ醜い表情で。
「そうだそうだ後悔したらいい!あっはははははざまぁみろっ!俺は後悔なんざしないお前が悔やめお前だけが絶望してろっ!理想なんて捨てればよかったのに理想を押し付けようとして、押し付けられないなら懇願でもして、それでも駄目なら焚き付ける方法の一つや外堀を埋めて逃げられなくしちまえばよかったんだ!
安易に殺したのはお前だ、お前がお前の理想を殺したんだ。納得出来ない?知ったことか!俺は俺の苦悩も幸福も全部自分で抱えて死ねるんだ、こんな幸福は無いだろう?
お前はお前の苦悩と幸福を抱え生きさらせ!」
もうこの場に伝える相手はいない。
だからきっと男と同じく納得出来ない憤りを抱えて、刺した彼は生きるのだろう。運が悪ければ天寿を全うするまで。
煙草が消えたタイミングで智徳の笑いも『はぁ』と漏れ出た空気と共に消えた。
また新しい葉を入れる。
「人生に不満はあったさ、それでも捨てられないぐらいには気に入ってた。この人生に妥協できた。
転生とやらをしてもう一回なんてしたくないんだよ」
「…妥協でいいのですか?」
「人の欲は谷でも足らぬ、谷ごときでは埋まるに欠ける」
「漢字ですか」
「そう漢字の覚え方ってやつだ。でも真理だろ。欲望なんて数限り無く湧き出て谷なんてすぐに埋まっちまう。
だから妥協出来るってのはプラスなんだよ。この人生をプラスで終えたんなら危ない橋を渡る前に手を引く。ギャンブルの鉄則だ」
「賢明ですね」
「だろっ」
先程取り出した煙草。それの入っていた箱を改めて開ける。
空っぽだ。
「さて、転生しないわけは話した。そろそろお仕事しなきゃだろ」
「えぇお話ありがとう御座います。
もう終わらせますか?」
「この煙草を吸い終わった瞬間に、ってのは可能か?」
「はい」
「んじゃそれで」
「承知致しました」
一口、二口と吸う。紙煙草の時は吐き出す煙を眺めるのが好きだった。昨今の副流煙やらの問題で特に電子煙草なんかは煙が極端に少ないが、良いことだが物足りない。
男はもう何も話さない。智徳が少しでも多く長く煙草との時間を楽しめるように。
美味しい不味いも無いクセになっているその行動を、最後の呼吸まで智徳は繰り返した。
仕事を終えた男は一つ溜息を吐く。
何度繰り返しても慣れない仕事、理解出来ない他者の考え。
それでもこの仕事を辞めないのは、いつか自分の望む答えを言ってくれる人が現れるのではという願望。
望む答えを言って欲しかった人はもうとっくにいないのだけれど。
「おぉサンキューな」
「やはり難しいものですね」
「んっ?」
「たぶんですが、私なら耐えられました。ですが私ならなのです」
「そりゃそうよ。ガキ臭い言い方だが、俺の不幸は俺の不幸だ。俺の幸福も俺の幸福だ。悲しみも怒りもその他数えきれない感情全部俺のもんだ。
なんで俺じゃない奴が決めるんだよ」
「そうですね。私が死ぬ程苦しんだ事も貴方にとっては馬鹿げた下らない悩みだったのかもしれない」
「んで俺にとって死ぬ程苦しんだことはアンタにとっちゃ、苦しいが耐えられないほどじゃあない」
「やはり難しいですね。私は理解したい」
「俺をか?」
「いえ、貴方も、です。
もう随分前ですが大事な人を無くしたんです。一応他殺でしたが、アレはほとんど自殺に変わりなかった。
わからないんです。あの人はどんな手を使っても生き延びる事を選ぶ人です。残される人達の為にも生きる事を選ぶ芯の強い、少なくても私が知っているあの人はそうなんです。
でも死にました。あの優しい人は、死体すら、まともに残らなかった」
思わずといった所か、男は無表情を崩して智徳から目を逸した。
「言いたくなかった事か?」
「言ってはいけない事でした」
「聞かなかったフリしてやろうか」
「大丈夫です重要な事は言っていないので…注意はされるかもしれませんが」
「何でそこで言い淀むんだよ」
「直属の上司が、その、なんと言いますか、享楽的でして。…注意されるより私の失敗を腹を抱えて笑う可能性の方が高いかと」
その名も知らぬ上司より先に、智徳がダハハと腹を抱えた。
やはりこの男は無愛想を気取っているが感情豊かである。
聡い者や近しい者が見ればすぐにわかる。
だが大抵の人はわからないだろう。
表情を作らない事を武器の一つとしているのだ。簡単に見抜かれては堪らない。
「死体すらか、キツイな」
「はい」
「でも良かったじゃねぇか」
「はい。死に顔を見ずに済みましたから」
「苦しんだ顔は見たくねぇよな」
「むしろそれは見たかったですね」
「えっ、なんだよ大事な奴だったんだろ?」
「だからですよ」
男は薄ら笑いを浮かべた。
それはそれはわざとらしい、作り物めいた冷めた笑顔。
「安らかになんて納得出来やしない。
大切で心から愛する人でしたとも。だから許せない。
先程ほぼ自殺だと言ったでしょう?
安らかならばこの世に未練が無いという事になる。
この様な場で死して無念に顔を歪めるならば『それでこそ』と思えるが、満足した顔されてみなさい。
ひたすら恨みたくなりますよ」
男は笑みをふと柔らかくした。
「きっと、貴方の死の原因も」
走馬灯の中という通常ならば知覚出来ない時間の流れで智徳は気付いていないが、背の刺し傷からは未だに血が流れている。
彼が面倒見ていたガキ共の内の一人、どちらかと言えば普段は大人しくてキレるとヤバいと言われるガキ。
そいつに急に刺されたのだ。いや急ではあるが何となく思い当たる節はある。
そもそもキレると誰しもがヤバくなるのは当然だが、結局は度合いの問題だ。
あの子供は自惚れでなければ俺に憧れていた。自分でも自覚しているがもっと上を目指そうと思えば目指せる。何なら兄貴分からのお声掛けも何度かあった。
それを蹴った。それが理由だ。
上に行って欲しかったんだろう。もっともっと高みへ。追いつけない程遠くへ。縋る手すら届かない場所へ。
自分の憧れが理想から外れてしまうのが許せなかった。
勝手に好いたくせに勝手に恨むなんざ何て自分勝手な事か。
だから智徳は笑った。破裂したように大きく腹に響く声と、愉悦に歪んだ醜い表情で。
「そうだそうだ後悔したらいい!あっはははははざまぁみろっ!俺は後悔なんざしないお前が悔やめお前だけが絶望してろっ!理想なんて捨てればよかったのに理想を押し付けようとして、押し付けられないなら懇願でもして、それでも駄目なら焚き付ける方法の一つや外堀を埋めて逃げられなくしちまえばよかったんだ!
安易に殺したのはお前だ、お前がお前の理想を殺したんだ。納得出来ない?知ったことか!俺は俺の苦悩も幸福も全部自分で抱えて死ねるんだ、こんな幸福は無いだろう?
お前はお前の苦悩と幸福を抱え生きさらせ!」
もうこの場に伝える相手はいない。
だからきっと男と同じく納得出来ない憤りを抱えて、刺した彼は生きるのだろう。運が悪ければ天寿を全うするまで。
煙草が消えたタイミングで智徳の笑いも『はぁ』と漏れ出た空気と共に消えた。
また新しい葉を入れる。
「人生に不満はあったさ、それでも捨てられないぐらいには気に入ってた。この人生に妥協できた。
転生とやらをしてもう一回なんてしたくないんだよ」
「…妥協でいいのですか?」
「人の欲は谷でも足らぬ、谷ごときでは埋まるに欠ける」
「漢字ですか」
「そう漢字の覚え方ってやつだ。でも真理だろ。欲望なんて数限り無く湧き出て谷なんてすぐに埋まっちまう。
だから妥協出来るってのはプラスなんだよ。この人生をプラスで終えたんなら危ない橋を渡る前に手を引く。ギャンブルの鉄則だ」
「賢明ですね」
「だろっ」
先程取り出した煙草。それの入っていた箱を改めて開ける。
空っぽだ。
「さて、転生しないわけは話した。そろそろお仕事しなきゃだろ」
「えぇお話ありがとう御座います。
もう終わらせますか?」
「この煙草を吸い終わった瞬間に、ってのは可能か?」
「はい」
「んじゃそれで」
「承知致しました」
一口、二口と吸う。紙煙草の時は吐き出す煙を眺めるのが好きだった。昨今の副流煙やらの問題で特に電子煙草なんかは煙が極端に少ないが、良いことだが物足りない。
男はもう何も話さない。智徳が少しでも多く長く煙草との時間を楽しめるように。
美味しい不味いも無いクセになっているその行動を、最後の呼吸まで智徳は繰り返した。
仕事を終えた男は一つ溜息を吐く。
何度繰り返しても慣れない仕事、理解出来ない他者の考え。
それでもこの仕事を辞めないのは、いつか自分の望む答えを言ってくれる人が現れるのではという願望。
望む答えを言って欲しかった人はもうとっくにいないのだけれど。
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