死者誤入

藍雨エオ

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頭部外傷による中枢の損傷により即死

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「起きて下さーい」
 困った顔をして男は少年の肩をポンポンと二度叩いた。
 学生服の少年は微動だにせず眠っている。
 男は濃いグレーのスラックスに緑色の作業服のジャケットは胸元まで開いている。
 そこから覗くのはワイシャツと緩んだネクタイ。
 見た目は工場勤務の新卒サラリーマンの様だ。
「おーきーてーくーだーさーいー」
 今度は強めに叩くが目覚める気配は無い。
 ふぅ、と一度ため息を吐くと、作業服の男は少し荒々しく少年の体を揺すった。
「すいませーん!起きて下さーい!」
 大きな声と大きな揺さぶりに、少年は眉間にシワを寄せ不機嫌そうに目を開いた。
 どうやら寝起きはあまりよろしくないらしい。
「はい、おはようございます」
 にこりと笑った男に少年も口を開いた。
「っ、あぁああぁあぁあーー‼︎」
 ヒュッと一瞬息を飲む音。
 続くは絶叫。
「あのー、すいません」
「あぁあ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああぁあぁ‼︎こんなっ、こんなの、うわぁあぁあ‼︎」
「お話を聞いて」
「あああぁぁあー‼︎」
「…はぁ」
 止まぬ絶叫に男はため息を吐き、タンっ、と一回地面を蹴った。
「あぁああぁー‼︎なっ、なん、何で⁉︎みんなはっ‼︎」
「一時的に消しました」
「返せっ!返せ返せ返せ返せ」
 少年は狂って『返せ』と叫ぶ。
 男はにっこりと笑った。
「無理です」
「はっ⁉︎」
「アナタの言っている返せは『元の姿』で返せという事でしょう?
 無理ですよ。
 この事故は予定通りなんですから」
「ふざけんなっ!じゃあお前がみんなを」
「殺してなんていませんよ。
 わかりやすく言えば運命です。
 死した者、生き残った者、定められた運命の通りになっただけです」
「そ…な…」
 どんなに否定を口にしようとしても出てこない。
 少年は確かに見て、聞いて、覚えているのだ。
 部活で柔道の試合をして、優勝は出来なかったけど今まで初戦敗退だったのが準々決勝まで進めた。
 帰りのバスの中で、このまま行けば三年生になったら優勝出来るかもしれないと友人と笑い合い、そして強い衝撃を受けた。
 誰の物かわからない絶叫が聞こえ激しく揺れる視界に映ったのは無重力空間。
 いや、わかった。
 今、理解してしまった。
 理由はどうあれ乗っていたバスは崖から落ちたのだ。
 無重力に見えたのは上下左右が滅茶苦茶だった事と、本来浮かぶはずの無いモノが縦横無尽に跳ね回っていたからだ。
 そこから記憶は飛んだ。
 起こされた瞬間は混乱していたが視界がハッキリするにつれ、いやがおうにも気付いてしまう。
 目の端に映る瓦礫はバスや事故の際に折れた木々だろう。
 そこら中にあるシミは漏れ出たガソリンや吹き出した血だろう。
 そして脳が拒否を示したのは、先程まで生きていた者達の死体。
「み、んな…死んじゃ、った」
「いいえ?」
 呆然とした少年の呟きを男は即座に否定した。
「一時的に消したと言いましたが、アナタが余りにもパニックを起こして大変だったのでアナタに人を認識出来ない様にしただけです。
 認識出来ないだけでココにいます。生者も死者も」
「じゃあ早く救急車っ!」
「落ち着いて下さい。
 先程も言いましたが運命にて決まっていますので概ね予定通りです」
「予定なんか知らない‼︎みんなを助け…」
「無理ですよ」
「なんで⁉︎」
「私は干渉を許されていません」
「じゃあ俺が!スマホっ、どこだよ!」
「無理ですよ。アナタは死者ですもの」
 事も無げに男は言う。
 死者?何を言っているんだ。
 だってオレは、
「生きてる」
「死んでいます、というか死にます。運が良い事に事故の最初の辺りで頭をぶつけ意識を飛ばしました。そのまま死にます。
 今は刹那の走馬燈の中にいる。
 アナタは絶対に助からない」
「あっ…うぁあ…」
「まだお話がありますので騒がないで下さい」
 信じがたい言葉に少年はまた発狂しそうになるが、男がそれを面倒臭そうに制した。
渡辺真斗わたなべ まさと、年齢14歳、家族構成は両親と弟が一人とインコが一匹。
 以上の情報にお間違いは無いですか?」
「…おれ、もう死んで、る」
「以上の情報にお間違いは無いですね?」
 早く答えろとばかりに聞き返され、真斗はほんのわずかに頷いた。
「では渡辺真斗さん、転生する気はありませんか?」
 ニッコリと人好きしそうな笑みを浮かべ男は手を差し出した。
 その手を不思議そうに真斗は見つめる。
 意味がわからない。
 転生?今アニメとかで流行ってるやつ?何で?生き返れるの?
 いつまでも握られない手を男は下ろし、
「ご説明致しましょうか?」
 倒れたままであった真斗を肩を支え起き上がらせてやった。
 ポンポンと土を払ってやり残骸の上に座らせてやる。
 先程説明された死に瀕している様には見えない。
「何か聞きたい事があればご質問を。
 守秘義務がある為言えない事も御座いますが、答えられる範囲内の物は正直にお答えします」
 こんな大変な事になっているのに笑みを浮かべ続ける男に苛立つ。
「…オレは死ぬんだよな」
「今は走馬燈の中ですからね。
 アナタの寿命は後一秒にも満たない合間です」
「転生って、異世界?」
「その様な場合もございますが同じ世界の場合もございます」
「そう、か。なぁ何でオレだったんだ?
 他のみんなじゃダメなのか?オレの代わにでもっ!」
「先程『概ね予定通り』と言ったでしょう?
 アナタだった理由はアナタが本来死ぬ予定では無かったからです。
 ですので代わりは無理ですねぇ」
「はっ?」
 今コイツは何て言った?
 死ぬ予定じゃなかった?
「ふざけんな!じゃあオレはお前のミスか何かで死ぬのかよ⁉︎」
「アナタはドミノを並べていて絶対にドミノは倒れないと言えますか?
 アナタがうっかりドミノを倒さなくても、風、振動、他者の過失又は故意、様々や要員でドミノは倒れる。
 今回の事はドミノを倒してしまったのでは無く、ドミノが倒れてしまったのです」
「じゃあ…運命って言ってた事故じゃなくて」
「そもそも運命は管理しているのですよ。管理された予定なのです。
 アナタの予定が狂ってしまった」
 予定が狂ったから死んだなんて到底納得出来る物なんかじゃない。
「なんで…狂ったなんて…いや、だ」
 コレは質問ではなく、思わず口から出てしまっただけだ。
 だが真斗の呟きを男は質問と受け取った。
「強いて言うなら善行ゆえの自業自得ですね。
 本来ならアナタは大怪我をしますが上手いこと荷物や他の方々がクッションになり一命を取り止める予定でした。
 しかしアナタ覚えていますか?
 事故の衝撃で吹っ飛ぶ中、必死に手を伸ばしてお友達を助けようとしたのです。
 本来アナタは反射的に柔道で培った受け身を取るはずでしたが、それが為されなかったため頭を打ち気絶しました。
 アナタの善行がアナタを殺し、アナタの強靭な自我がこちらの予定を狂わせた」
 淡々とした説明に真斗はまた視界が滲む。
 正直に言えば記憶は無い。
 でもそれが事実なら他の誰かのせいにする事も出来ない。
「おっ、おれは、たすっ、けられた?」
 途切れ途切れ必死に声を絞り出す。
「いいえ」
 無慈悲な即答が返ってきた。
「アナタの庇ったお友達はつつがなく亡くなります」
「はっはは、あははっははっ」
 結局は無駄死にじゃないか!
 無意味だった。
 文字通り命がけで助けようとして命を落とした。
 バカじゃんただのバカじゃん助けようとしなければよかった死にたく無い覚えてない覚えてない行動のせいで死ぬのかオレはそんな良い人じゃないのに。
「ですがアナタの行動により数時間苦しむ予定が、二十分程度で済みますよ」
 それでも結局死ぬなら、意味ない。
 ひとしきり音程の変わらない作り物の様な笑い声を上げ、真斗は質問を続ける。
「なぁ転生って生き返るのと何が違うの?」
 当初とは違うハッキリとした物言い。
 彼の中で現状に納得したのか吹っ切れたのか、はたまた壊れてしまったかのか、落ち着いている。
「そうですねぇ…、まず転生には二つのパターンがあります。
 一つは輪廻転生。
 こちらは予定通りの一生を終えた魂が巡る理です。
 そしてもう一つが『無為転生』です。
 こちらはアナタの様に予定外の魂が巡る理です」
 輪廻は聞いた事があるが『無為転生』とは?
 疑問が顔に出ていたのだろう。男は説明を続ける。
「簡単に言ってしまうと魂は光る丸いボールだと思って下さい。
 光は魂のエネルギーであり本来なら光が消えたら命が消える。
 光が消えた魂は一度砕かれ溶かされ他の魂と混ざり合い、また新しく形成されエネルギーを込められる。
 輪廻とは『輪を廻る』と書くでしょう?
 そうやって魂は何度も巡回して行く物なのです。
 稀に前世の記憶がある…という方もいますが、その混ぜ込まれた魂の一部の記録の消去が不完全であった為に思い出してしまう事があるのです。
 ですが大抵成長と共に再度忘れてしまうので特に問題ありません」
「あー、なんかオカルト系の動画で見たことあるヤツ。
 でも何でまた忘れるんだ?前世とかインパクト強そうじゃん」
「完全消去出来なかっただけで消去事態は実行され、記録は新しい記録に順次書き換えられています」
「赤ちゃんだった時の記憶が無いのとおんなじ感じ?」
「えぇ」
 真斗の一番古い記憶は、三歳ぐらいの時にアイス落として大泣きしている記憶だ。
 大人になり経験を積むほど昔の記憶は曖昧になるもの。
「今のが輪廻転生、普通の人生ってことか」
「はい。それを踏まえた上で『無為転生』ですが、まず初っ端が違います。
 エネルギーが切れていないのでアナタの魂はまだ光輝いています」
「それが死ぬ予定じゃ無かったってことなんだよな。
 …エネルギー残ったままじゃ輪廻に混ぜらんねぇの?」
「中身満杯のガス缶を炎にぶち込んだらどうなります?」
「あっ、なるほど」
 非常にわかりやすかった。
 良くて爆発、悪けりゃ爆発炎上からの大火事。
「オレはガス抜きしなきゃいけないのか」
「無為とは変わらぬという事。
 アナタの魂をアナタの魂のまま転生させます。
 記憶は消しますが元の魂がそのままである以上、通常の輪廻転生より記憶が蘇る可能性が高いです」
「転生を断ったらどうなんの?」
「賽の河原にてエネルギー消費です」
「三途の河ってマジであるんだ…」
 どんな理由にせよエネルギーを使い切れば問題無いのであろう。
「なぁ何回も聞いて悪いけどさ、やっぱりオレ以外じゃダメなのか?そのエネルギーを誰かのボールに移すとかさ」
「おやっ、転生はお嫌ですか」
「死にたく無い、けど、」
 思い浮かべるのは家族や友人、部活帰りに食べたコンビニチキンに、最近難しくなってきた授業。
 そんなありきたりな日常だ。
「もしかしたら思い出すんだろ?今までの人生もこの事故もやりたかった事も未練とか後悔とか全部思い出しちゃうんだろ?
 思い出して苦しむぐらいなら忘れたままがいい。
 でも三途の河に行って残りを消費するために苦しむのもイヤだ。
 オレがオレとしてもう生きられないなら、終わらせたい」
 男は少し哀れそうに笑い、
「お気持ちはわかります。しかしエネルギーの移し替えは出来ません」
 キッパリと言い切った。
「細かい事は私にも分かりませんが禁止事項なんです」
「えっ、そんなヤバイの?」
「私も作業工程の全てを知っているわけではないのです。
 ただエネルギーの移し替えは真っ先に教えられる禁止事項です」
 死の間際のこんな些細な願いさえ叶わないのか…と真斗の心境を語るならこんな感じだろう。
 泣きわめけば良い。怒り狂えば良い。絶望に呆然としたら良い。
 だが残念な事に真斗は賢かった。
 ここで言う賢いは勉学に優れているという意味では無い。多角的観点から物事を見れるという事だ。
 可哀想に。
 一方的な不満を只々ぶつけてしまえば苦しみも多少は軽くなるというのに。
 理不尽になりきれないから、男の言う無理を押し通せと駄々をこねられない。
 男の方から見れば自分はただの仕事で、たかだか仕事で出会っただけの自分の為にルールを破れと、もしその際に何らかの被害が出たとしもお前が被れと、仕事をこなす以上お前の責任だと無茶を言ってしまうとわかっている。
 身勝手な馬鹿ならその無茶を無茶とわからず押し通そうと喚く。
「死を選びますか?」
 男は変わらない声音で問いかける。
「…事故じゃん」
「死因ですか?詳しくお知りになりたいのなら」
「あっ、いや詳しい説明は止めてくれ。とりあえずオレは事故死って事になるじゃん」
「えぇ」
「やっぱり痛いのかと思って」
 男は何の事かと首を傾げたがすぐに思い至った。
「最初に言った通り今は刹那の走馬燈の中です。…痛みを感じる暇などありませんよ」
「そっか」
 この仕事に就いて長い男は、目の前の少年が本当に聞きたい事を経験から悟った。
「アナタのお友達の大半も、教員やバスの運転手も痛みを感じた人は少ない。驚いてる内に終わったか気絶した者がほとんどです。
 だからアナタが苦しむ事もなければ責任を感じる必要も無い。なんせココには私達しかいないのですから、誰も責めませんよ」
「っ、…そっ、かぁ…」
 真斗はボロボロと泣き出した。
 堪えられない嗚咽は漏れるが、静かに涙を流した。
 サバイバーズ・ギルト、時たまいるのだ。
 自分だけが助かってしまう事に罪悪感を持つ人間が。
 今回の場合助かったとは言えないだろうが、自分だけ特別な道を用意されてしまった事への罪悪感だろう。
 真斗は偽善者だ。
 ごく一般的な偽善者なのだ。
 救いを求める者には手を伸ばし出来る限りの力を貸す…なんて事は無く、ただ自分の周りの人を、その中でも大事だと思える人だけを助けたい。
 でも己を犠牲に出来るほどじゃない。
 きっとこの結果を知っていたなら真斗は友に手を伸ばさなかった。
 助けたいと反射的に動いてしまった事を後悔していて。
 苦しみが少なく済むのは友にとっては救いだったが、命は使い得た救いだと思えば余りにも小さい。
 こんな結果なら全力で身を守る為に受け身を取っていたほうがマシだった。
 でも、死んでほしくなかった。
 都合よくヒーローが現れてみんなを助け、事故の後遺症やトラウマに苦しみながらも最後はハッピーエンド。年食ってそこそこ人生を謳歌して死ぬ。
 そんな事が無理だとわかっていても望むのはそれなのだ。
「…しに、しにたくない、しにた、くない」
 途切れ途切れの言葉に男は動かない。
 男は神では無い。
 救えない助けられない現状を変える力なんて無い。
「そうですか」
 だが無責任に慰めの言葉を投げるほど残酷でもない。
 根拠も無く『きっと大丈夫ですよ』だなんて、希望を持たせた分絶望が深くなる。
「しにたくない」
「はい」
「こわい」
「えぇ」
「いやだ」
「そうでしょうとも」
「でも、えらばなきゃ」
「はい」
「…こわい」
「はい」
 堂々巡りの会話。
 たった一言『YES』か『NO』かを答えて貰えば仕事は終わる。それでも長々と続く同じ会話に男は付き合う。
 実に無意味なのだ。
 本来に男の仕事内容は転生意思の有無確認だけであり、説明義務なんて無い。
「しにたくない、けど」
 会話のループが二桁を超えた頃、ふと真斗が言った。
「死にたくないけど、死ぬ」
 未だに揺らいではいるが腹は決めたようだ。
「おや、よろしいのですか?もっと考えても構いませんよ」
「うん、でももういい」
「時間なら気にせずに。
なんせどれだけ時間がかかろうが走馬灯なので、感知出来ぬほどの一瞬だけ長い時間がありますよ」
 首は横に振られた。
「もういい。これ以上はダメなんだ。きっとずっと悩んで答えが出せないから…」
「そうですか。それも一つの選択なので否定しませんよ」
「なぁこの転生って正解はあんの?」
「選択に正解がある方が珍しモノですよ」
「ならやっぱりもういいや。オレは転生なんてしない。三途の川で石積む方がまだマシ」
 納得していない答えだ。わざと話を引き伸ばせば真斗はまた悩み始めるだろう。
 しかし投げやりであろうと勢いであろうと答えは出た。
 ならば男の仕事をこなす。
「なるほど。確認しますがアナタは『転生しない』という選択でよろしいですね?」
 こくりと、今度は首を一度縦に振った。
「ではアナタの魂を今から賽の河原への転送待機場へと送ります。準備はよろしいですか?」
「待って待って早い!少し待って!あー、最後にお願いなんだけど」
「はぁ」
「みんなを見せてほしい」
「…また発狂しないと言えますか」
「絶対とは言えないけど、ほら、後悔?心残り?をできるだけ無くしたいじゃん」
「死者と生者の見分けも付かない惨状ですよ」
「うん。それでも」
「でしたら」
 男はタンっ、と一回地面を蹴った。
 途端に二人の周囲は惨劇になる。
 明らかに死んでいる者、運良く明らかに生きているとわかる者、一見では生死が判別出来ぬ者。
 男の心配とは裏腹に、真斗はたじろいだが静かなものだ。
 ただ凝視するのは『死ぬ原因』で『助けられなかった』友人。
「憎くなりましたか」
 男の問いに真斗は少しだけ口端を上げた。
「八つ当たりに一発殴りたいぐらいには」
 憎しみを否定しないくせに一発の拳だけで済ますのは、やはり嫌いになり切れないからだろう。
 助けようとしたのは自分だ。失敗したのも自分だ。八つ当たりだと自覚していても憎い。でも、友達なんだ。
 生きて欲しいと無意識に体が動いてしまうぐらいには、無意識に動いた事を後悔しながらもそれでもまだ生きて欲しいと願うぐらいには、大事な人なのだ。
「あいつも死んじゃうのか」
「はい、後二十分程で」
「あの世で会えたりするもんなの」
「さぁ?管轄外ですので」
「ははっ、マジか」
「嘘は吐けませんよ」
 友から視線を外し周囲を見渡す。
 柔道部には珍しい女子マネは腕が変な方向に向いているが、それ以外で大きな傷は無さそうだ。酷く頭や内蔵を打ってなければ生きているだろう。
 顧問の先生はひと目見て駄目だとわかる。瓦礫が胸を貫いてしまっている。
 バスの運転手。お前このヤロウ事故起こしやがって。そのくせパッと見で大きな怪我とか無さそうじゃねーか、苦しんで悔やんで末永く生きてみんなに謝り続けろ。
 同じ部員の仲間たちは、生き残ってももう柔道は出来ない体かもしれない。でも生きてるんならその内、また面白い事見つけてくれたらいい。
 弱小だけど真面目な部員ばっかで、一緒にいて楽しかった。
 わかんないぐちゃぐちゃな思いだけど、最後ぐらい綺麗なフリして良い人な風を装おって終わらせよう。
「あんがと」
「よろしいでのすか」
「オレそんな頑固じゃないからさ、これ以上はまた迷っちゃうから」
「では今度こそ送りましょう」
 今から死ぬと宣言されて怖いと思った。
 でも不思議と逃げたいとは思わなかった。
「おやすみなさい」
 返事は出来なかった。
 まるで寝落ちかの様に意識を持って行かれたからだ。
 今この瞬間、渡辺真斗という14歳の少年はその人生に幕を閉じた。


 一仕事終えた男は口元に手をあて目を瞑る。
 静かに黙祷。
「ふふっ、んふふふふっ、そうですかそうですか。そちらを選びますか」
 なんてする優しさや倫理観は備えていない。
 周りの目があればそれっぽい事をするが、無いならそれまで。
 先程まで穏やかに死人を見送っていた男はニンマリと口角を上げ、それは楽しげに笑う。
「あぁ面白い!てっきり転生を選ぶと思っていたよ少年。
だって不本意だったろう?死にたく無いのなら安易に転生に逃げたら良かった。
まぁ今時のフィクションの様な都合の良い転生になったかは知らんがね」
 この男を例えるならば鏡だ。
 嘘偽りは言わぬとも真実だけを語るわけでなく、問われれば答えるが問われぬなら答えない。
 正しく詳しく知りたいのなら、それ相応の問いをしなければ惑わすだけの男。
 雅人は己の今生を思い出してしまう事を恐れ転生を拒んだが、はてさて思い出す事が本当に不幸か?
「どうして自分の都合良く思い出すと思っているのですかねぇ…まぁ賽の河原を選んだのは無難と言えましょうか」
  男は笑う。
 人の死を笑う。
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