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2章 幼少期編 II

64.揺れるチロリアン

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研究院を出る前に、アルベール兄さま、ベール兄さま、私と、近衛騎士の中から選ばれた2名は平民服に着替えなければならない。

ピンクがよく出没するという西の海岸にある「岬公園」に出向くためである。

岬公園は人気の観光スポットで人が多い。
その観光客に紛れてピンクを観察する作戦なのだ。
スパイのようでちょっとドキドキする。

チョイスされた衣装は裕福層で流行している「派手派手原色花刺繍チロリアンテープ」な服である。
たっぷりとギャザーを寄せた袖口を綺麗に膨らませて、レースの被り物で可愛いらくしてもらった。
いつもと違う服にテンションが上がった私は、更衣室代わりの謎部屋から廊下に飛び出して見せびらかせて回った。愛でよ!


いい気分で鼻歌を歌っていたら、ガラッ……と扉がスライドする音が耳に届いた。
アルベール兄さまとベール兄さまが着替えていた部屋からだ。

「兄上……」

「言うな、ベール」

兄ーズは、なぜか盛り下がった様子で出てきた。

二人の前に駆けつけて、くるりと一回転……愛でよ!……とやりたかったが、いや、実際やったが期待した反応は返ってこなかった。

「似合うな、シュシューア……ベールも」

テンション低っ!……でも納得!

ルベール兄さまが言っていたファッション論は正しかったのだ。
高貴なる顔立ちにチロリアンテープは似合わない。酷すぎる。違和感が半端ない。
天下のアルベール王子が原色のお花刺繍ぅ……帽子も似合わないぃ……用意した人、せめてもう少し地味に……

私、子供でよかった。
ベール兄さまもまだイケてる。
でも私たちも、将来はきっとアウト。

「では、参りましょうか」

うっ、先導するチロリアン騎士。

アルベール兄さまとは別の意味で彼らも最悪だ。
強面こわもてにお花刺繍は似合わない。なぜ君らが選ばれた?
いや、それ以前にサイズが合ってない。筋肉でパツパツだ。

「騎士服って着やせするんだな。いつもより逞しく見えるぞ」

「ブフォッ!……ごほっ、ごほっ」

ベール兄さまの善意溢れるコメントに吹き出すチロリアンの兄王子。
咳で誤魔化しきれていなかったと晩餐の話題にして進ぜよう。


──…ふむ。こういうのを四コマ漫画にしたいね。


「マーザスト~」

……は、いない。あれ? さっきまでいたのに。

「我々以外は先発しました。岬公園の馬車止めで待機後、帰城の際に合流します」

チロリアン騎士が教えてくれた。

確かに、全員で行ったら目立っちゃうか。

「岬公園には私服騎士が配備されていますので、心配はありません」

そっか、街歩きの時と同じか。今回も冒険者がいるのかな~。

「シュシュ」

ベール兄さまに手を握られた……いや、掴まれた。

「ピンクが出ても、走るなよ」

……え~、それはお約束できない。

「その辺の棒を拾って、叩きに走るなよ」

……それも、お約束できない。

「返事!!」

「はいっ!」

うぅ、ベール兄さま……ルベール兄さまが留学してから厳しくなってない?……と思ったら、ルベール兄さまに「シュシュを頼むよ」と、託されてしまったらしい。

ルベール兄さまの後を引き継ぐなら、同じようにデロデロに甘えさせてくれなきゃ。同じように可愛がってくれなきゃ……

いや、待て。ダメだ。溺愛してくるベール兄さまなんてベール兄さまじゃない…「お転婆さん」なんて言われちゃったら、やだ、どうしよう、寒っ!



◇…◇…◇



「わ、わっ、わっ」

私たちは今、どこからか調達されてきた一般の馬車に乗っている。
改造されていない馬車なので揺れがとっても酷い。
前世でオフロード車に乗って石の河原を走ったことはあるけれど、あれとは振動の質が全く違う。
痛っ、痛たたっ!……振動を固く感じるなんて初めての経験である。

「シュシューア、しっかり掴まりなさい」

アルベール兄さまは私の前に手を伸ばし、ドアの取っ手を握っている。
私はそこにガシッとしがみついて猿になった。安全バーである。

横揺れもすごいが、上下運動もすごい。
私のお尻は椅子から何度も跳ね上がっていた。
帰ったらシートベルトの必要性を訴えなくっちゃ。

「そうそう、前はこんな感じだった」

ベール兄さまはこの揺れを楽しんでいた。ワンパクめ。

「本道に入るまでの辛抱だ」

暫くして、アルベール兄さまの言葉の通りスッと揺れが軽減した。
それでも〈アルベ〉や〈アルシュ〉のようなソフトタッチな体感にはならない。
ガーーーッという、血行が良くなりそうな微振動が音とセットになって全身を駆け巡っている。

「ふぅ」

アルベール兄さまが一息ついて安全バーを解除した。

「前に神殿に行ったときは、路地でもあんなに揺れなかったのに」

今回はちょっとばかり命の危機を感じちゃったよ。

「神殿周りは本道と同じく連結魔法で整備されているからな」

「連結?」

「空中街道の石の連結を忘れたか?」



──…れんけつ……



おぉ! なるほど!
言われてみれば表面が似てる感じがする。
素晴らしい。アスファルトいらず。フラット地面。半永久的品質保障!


しかし西王都門を出たとたん揺れが再開し、短い感動はあっさり終わった。
研究院を出てからの揺れより酷く、安全バーが再び降りてきた。

「わ、わっ、わっ、ぎゃっ!」

石か何かに乗り上げたらしき車体が大きく跳ねた。安全バー様々である。

「うっはは~っ」

もはやベール兄さまにとってこれはアトラクション。

「………」

アルベール兄さまは無言である。
舌を噛みそうなので話しかけることもできない。

キャビンの後部外に立っている近衛騎士の方が楽かもしれない。


ガガガガガガガガ……


改めてダンパーの素晴らしさを噛みしめつつ、現実逃避でガラスがはまっていない窓の外に視線を投げる。

遠くにある灯台が小さく見えた。
その灯台の近くにトロッコの港がある。
行きたい。
行きたいけど、行くなら絶対新式馬車で行く。

近いうちに見に行くから待っててね、トロッ…トッ…トト……ッコッコ……思考まで跳ねた。



現実逃避は失敗した。

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