183 / 183
2章 幼少期編 II
64.揺れるチロリアン
しおりを挟む研究院を出る前に、アルベール兄さま、ベール兄さま、私と、近衛騎士の中から選ばれた2名は平民服に着替えなければならない。
ピンクがよく出没するという西の海岸にある「岬公園」に出向くためだ。
岬公園は人気の観光スポットで人が多い。
その観光客に紛れてピンクを観察する作戦なのだ。
スパイのようでドキドキする。
チョイスされたのは裕福層で流行している衣装……派手派手原色花刺繍チロリアンテープな服である。
たっぷりとギャザーを寄せた袖口を綺麗に膨らませて、レースの被り物で可愛いらくしてもらった。
いつもと違う服にテンションが上がった私は、更衣室代わりの謎部屋から廊下に飛び出て見せびらかせて回った。愛でよ!
ガラッと扉がスライドする音が耳に届いた。
アルベール兄さまとベール兄さまが着替えていた部屋からだ。
「兄上……」
「言うな、ベール」
兄ーズは、なぜか盛り下がった様子で出てきた。
二人の前に駆けつけて、くるりと一回転……愛でよ!……とやりたかったが、いや、実際やったが期待した反応は返ってこなかった。
「似合うな、シュシューア……ベールも」
テンション低っ!……でも納得!
ルベール兄さまが言っていたファッション論は正しかった。
高貴なる顔立ちにチロリアンテープは似合わない。酷すぎる。違和感が半端ない。
あぁ、天下のアルベール王子が原色のお花の刺繍ぅ……帽子も似合わないぃ……用意した人、せめてもう少し地味に……
私、子供でよかった。
ベール兄さまもまだイケてる。
でも私たちも、将来はきっとアウト。
「では、参りましょうか」
うっ、先導するチロリアン騎士。
アルベール兄さまとは別の意味で彼らも最悪だ。
強面にお花は似合わない。なぜ君らが選ばれた?
いや、それ以前にサイズが合ってない。筋肉でパツパツだ。
「騎士服って着やせするんだな。いつもより逞しく見えるぞ」
ベール兄さまの純真なコメント。可愛い。
「ブフォッ!……ごほっ、ごほっ」
咳で誤魔化しきれていないチロリアン王子。
──…これ、四コマ漫画にしたいね。
「マーザスト」
……は、いない。あれ? さっきまでいたのに。
「我々以外は先発しました。岬公園の馬車止めで待機後、帰城の際に合流します」
チロリアン騎士が教えてくれた。
確かに、全員で行ったら目立っちゃうか。
「岬公園には私服騎士が配備されていますので、心配はありません」
そっか、街歩きの時と同じか。今回も冒険者がいるのかな~。
「シュシュ」
ベール兄さまに手を握られた……いや、掴まれた。
「ピンクが出ても、走るなよ」
……え~、それはお約束できない。
「その辺の棒を拾って、叩きに走るなよ」
……それも、お約束できない。
「返事!!」
「はいっ!」
うぅ、ベール兄さま……ルベール兄さまが留学してから厳しくなってない?……と思ったら、ルベール兄さまに「シュシュを頼むよ」と、託されてしまったらしい。
ルベール兄さまの後を引き継ぐなら、同じようにデロデロに甘えさせてくれなきゃ。同じように可愛がってくれなきゃ……
いや、待て。ダメだ。溺愛してくるベール兄さまなんてベール兄さまじゃない…「お転婆さん」なんて言われちゃったら、やだ、どうしよう、寒っ!
◇…◇…◇
「わ、わっ、わっ」
私たちは今、どこからか調達されてきた一般の馬車に乗っている。
改造されていない馬車なので揺れが酷い。
前世でオフロード車に乗って石の河原を走ったことはあるけれど、あれとは振動の質が全く違う。
痛っ、痛たたっ!……振動を固く感じるなんて初めての経験である。
「シュシューア、しっかり掴まりなさい」
アルベール兄さまは私の前に手を伸ばし、ドアの取っ手を握っている。
私はそこにガシッとしがみついて猿になった。安全バーである。
横揺れもすごいが、上下運動もすごい。
もう私のお尻は椅子から何度も跳ね上がっていた。
帰ったらシートベルトの必要性を訴えなくっちゃ。
「そうそう、前はこんな感じだった」
ベール兄さまはこの揺れを楽しんでいた。ワンパクめ。
「本道に入るまでの辛抱だ」
暫くして、アルベール兄さまの言葉の通りスッと揺れが軽減した。
それでも〈アルベ〉や〈アルシュ〉のようなソフトタッチな体感にはならない。
ガーーーッという血行が良くなりそうな微振動が音とセットになって全身を駆け巡っている。
「ふぅ」
アルベール兄さまが一息ついて安全バーを解除した。
「前に神殿に行ったときはあんなに揺れなかったのに」
ちょっとばかり命の危機を感じちゃったよ。
「神殿周りは本道と同じく連結魔法で整備されているからな」
「連結?」
「空中街道の石の連結を忘れたか?」
──…れんけつ……
おぉ! なるほど!
言われてみれば表面が似てる感じがする。
素晴らしい。アスファルトいらず。半永久的品質保障。
しかし西王都門を出たとたん揺れが再開し、短い感動はあっさり終わった。
研究院を出てからの揺れより酷く、安全バーが再び降りてきた。
「わ、わっ、わっ、ぎゃっ!」
石か何かに乗り上げたらしき車体が大きく跳ねた。安全バー様々である。
「うっはは~っ」
もはやベール兄さまにとってこれはアトラクション。
「………」
アルベール兄さまは無言である。
舌を噛みそうなので話しかけることもできない。
キャビンの後部外に立っている近衛騎士の方が楽かもしれない。
ガガガガガガガガ……
改めてダンパーの素晴らしさを噛みしめつつ、現実逃避でガラスがはまっていない窓の外に視線を投げる。
遠くにある灯台が小さく見えた。
その灯台の近くにトロッコの港がある。
行きたい。
行きたいけど、行くなら絶対新式馬車で行く。
トロッ…トッ…トトト……思考まで跳ねた。
現実逃避は失敗した。
87
お気に入りに追加
1,708
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(37件)
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました
雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた
スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ
この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった...
その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!?
たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく
ここが...
乙女ゲームの世界だと
これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
魔法陣グルグル、めっちゃ嬉しい
(*´艸`*)……コミックもアニメ(ファースト)も大好きなのです。
シュシュのイラスト可愛すぎます…!
この可愛い子がハチャメチャな動きをするだなんて…ギャップ萌…🤭
兄ーズ始めた登場人物のお顔のイメージが定着したので、あのクールなアルベールお兄様の顎乗せを想像してニヤニ…ほっこりしてます笑
シュシュが使う筆記具は羽根ペンからつけペンに進化したけど、未だにインクをぶちまけるのではないのかとソワソワしていますので、早急に鉛筆やボールペンの開発を…!
あと、シュシュは忘れてるかもしれませんが、1章の29話豆乳だよでクレヨンをランド職人長に作ってもらってましたよ…!(コッソリ
うわぁ、本当だ。クレヨン使ってましたね('◇')ゞ
長編だからいつかはやらかすかもと思っておりましたが、そうか、うん、やらかしてしまったかw
修正、修正っと……報告ありがとうございます。
イラストブログの方は、小説が切りのいいところまでいったら、また増やしていきますので、たまにチェックしてくれると嬉しいです(*^▽^*)
……では、またアレなところがありましたらコッソリ教えてくださいませm(__)m
更新をありがとうございます。
相変わらずとってもキュートなシュシューアちゃんにお会い出来て、とても嬉しいです。
イラストもどれも凄く雰囲気があって綺麗ですね。特に王妃様とレイラ様は溜め息が出るくらい美人で何度も見てしまいました✨
そしてベール兄様は、想像していたとおりな感じで可愛くて、シュシューアちゃんと手を繋いでいるイラストがお気に入りです。( *´艸`)
更に想像を超えて物凄くイケメンかつ苦労人だから喧嘩も強い設定のチギラ料理人を応援せずにはいられません(笑)
ファンタジー大賞、微力ながら心より応援しております。
とても素敵な作品ですから、より多くの方に読んでいただけたら、幸せな気持ちになれる方が増えていくのではと思っております。
作者様のペースで、無理のない範囲でシュシューアちゃんの物語を読ませていただけたら嬉しいです。
設定ブログを見ていただけて嬉しいです。今、AIイラストにハマりまくっていますので、これからもガンガンつけ足していきますね(裏設定や番外編風イラストなど)
小説の方も新しい展開を予定しています。今後もよろしくおねがいします。
ファンタジー大賞の5万文字クリアもがんばります。